そらのおとしもの -sigma-   作:effutod

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#04 再会!!

そはらは、しばらく動かなかった。

 

俺を見て、イカロスを見て、それから悠を見た。

 

目の前にいるのは、俺の上着を羽織った見知らぬ少女だった。

しかも、妙に落ち着いている。

怯えているようにも見えるのに、逃げようとはしない。

 

「……説明して」

 

そはらの声は低かった。

 

俺は口を開きかけて、閉じた。

 

何から説明すればいい。

三年前に消えた幼馴染が、空の上で作り替えられて帰ってきた。

今は少女の身体で、エリュシオンと呼ばれていて、自分自身をマスターにしている。

 

そんな説明を、どうやって普通の言葉にすればいい。

 

「トモちゃん」

 

そはらが一歩近づいた。

 

「ちゃんと説明して」

 

その時、悠が小さく息を吸った。

 

悠はしばらく黙っていた。

 

それから、ゆっくり口を開いた。

 

「ボクが言う」

 

「悠」

 

俺が名前を呼んだ瞬間、そはらの表情が変わった。

 

「悠?」

 

悠はその名前に一拍遅れて反応した。

 

「うん」

 

喉が少し震えていた。

 

「久しぶり」

 

そはらは、笑わなかった。

 

「嘘」

 

「嘘じゃない」

 

「悠は男の子だった」

 

「うん」

 

「三年前にいなくなった」

 

「うん」

 

「そんな姿じゃなかった」

 

「うん」

 

悠は目を伏せた。

 

「変えられた」

 

その一言は、あまりにも短かった。

 

でも、その短さの中に、三年分の何かが押し込められている気がした。

 

そはらは口を開きかけて、何も言えなかった。

怒ることも、泣くことも、問い詰めることもできない。

 

俺も同じだった。

 

三年前、俺たちは悠を探した。

町の中を走って、河川敷を見て、坂道を上って、何度も名前を呼んだ。

 

でも、空の上なんて探せるわけがなかった。

 

探せるわけがない場所に、悠はいた。

そこで、変えられた。

 

悠は自分の胸元を押さえる。

 

「ボクは、エリュシオン」

 

首筋に、紫の発光環が浮かぶ。

 

「可変統合型エンジェロイド。タイプシグマ」

 

イカロスが静かに補足しようとした。

 

「対象は――」

 

「今は言わなくていい」

 

俺が止めると、彼女は口を閉じた。

 

悠は続ける。

 

「でも、紫月悠でもある……と思う」

 

そはらは、震える声で言った。

 

「思うって何よ」

 

「ボクにも、まだ分からない」

 

「分からないって、何よ」

 

「身体も、声も、記憶の出方も、言葉も、少しずつ変わってる」

 

悠は苦しそうに笑った。

 

「でも、そはらのことは覚えてる」

 

そはらの目に涙が浮かんだ。

 

「じゃあ、私のこと言って」

 

悠は一度、目を閉じた。

 

電子音のような小さな警告が、首筋の発光環から漏れる。

 

「幼馴染。地上生活時代の近接個体。高頻度接触者。感情反応、親愛、安心、軽度恐怖」

 

「最後の何!?」

 

悠は少しだけ焦った。

 

「違う。今のはインプット側の分類」

 

「分類しないでよ!」

 

「ごめん」

 

「名前は?」

 

悠はそはらを見た。

 

今度は、機械的な言葉ではなかった。

 

「覚えてる。そはら。見月そはら」

 

その呼び方は、三年前と同じだった。

 

その瞬間、そはらの涙がこぼれた。

 

「本当に……悠なの?」

 

悠は頷こうとして、止まった。

 

そして、正直に言った。

 

「たぶん」

 

「たぶんって何よ!」

 

そはらは悠に近づく。

 

俺は止めようとしたが、悠が小さく首を横に振った。

 

そはらは、悠の頬に触れた。

 

その手が震えている。

 

悠も震えていた。

 

「三年も、どこ行ってたのよ」

 

「空の上」

 

「馬鹿」

 

「うん」

 

「帰ってくるなら、もっと普通に帰ってきなさいよ」

 

「ボクもそうしたかった」

 

「なんでそんな姿になってるのよ」

 

「作り替えられた」

 

「誰に」

 

悠は答えなかった。

 

答えられなかった。

 

代わりに、背中に紫の光が広がる。

 

羽織っていた上着が、内側から押されるようにずれた。

悠は一瞬だけそれを押さえようとして、やめる。

 

白銀と紫の外装が、肩から背中にかけて展開した。

肌を覆うように、装甲の輪郭が組み上がっていく。

 

装甲は、服のようには見えなかった。

 

身体に着せられているというより、身体の一部が外へ現れたようだった。

肩口から背中へ、薄い白銀の板が重なり合い、紫の光がその隙間を走る。

 

そはらが、息を止めたのが分かった。

 

俺も、何度見ても慣れなかった。

 

悠はここにいる。

でも、目の前の姿は、人間の身体だけでは説明できない。

 

その背中から、収納されていた羽がゆっくりと開いた。

 

二対四枚。

 

根元は白に近い銀色。

羽先に向かうほど、淡い紫がほのかに沈む羽。

 

柔らかな羽毛に見える。

けれど根元には、結晶のような人工軸と紫の回路光があった。

 

天使の羽に見えて、自然のものではない。

 

そはらは息を呑んだ。

 

悠は言った。

 

「これが、今のボク」

 

声は小さかった。

 

「怖い?」

 

そはらはしばらく黙っていた。

 

やがて、涙を拭かないまま、悠を睨んだ。

 

「怖いに決まってるでしょ」

 

悠の表情が沈む。

 

でもそはらは続けた。

 

「でも、それより腹が立つ」

 

「え?」

 

「三年もいなくなって、やっと帰ってきたと思ったら、そんな顔して、怖いかなんて聞いて」

 

そはらは一歩踏み込んだ。

 

「怖いのは、悠の方でしょ」

 

悠の羽が小さく震えた。

 

「……うん」

 

「だったら、最初からそう言いなさいよ」

 

「怖い」

 

悠は、ようやく言った。

 

「ボクは、自分が怖い」

 

その瞬間、そはらは悠を抱きしめた。

 

悠は完全に固まった。

 

「接触過多。姿勢制御が」

 

「黙って抱きしめられてなさい」

 

「……了解」

 

「命令じゃない」

 

「じゃあ、分かった」

 

悠の声が震える。

 

「ただいま」

 

そはらは、泣きながら言った。

 

「おかえり、悠」

 

その言葉で、悠の羽が少しだけ力を抜いた。

 

紫の光が、穏やかになる。

 

やがて、四枚の羽がゆっくりと畳まれた。

肩から背中にかけて展開していた白銀と紫の外装も、粒子のようにほどけていく。

 

「……外装、しまうね」

 

「え?」

 

俺が聞き返す前に、装甲の輪郭が消えた。

 

次の瞬間、悠はまた薄いインナーだけの姿になって、はっとしたように自分の身体を見下ろした。

 

「……しまうと、服がない」

 

「だから先に言え!」

 

俺は慌てて床に落ちかけていた上着を拾い、悠の肩にかけ直した。

 

悠は上着の前を押さえながら、小さく頷く。

 

「ありがとう」

 

「礼はいいから前閉めろ!」

 

イカロスは、その光景をじっと見ていた。

 

理解できないものを見るように。

 

あるいは、自分にはまだ分からない何かを記録するように。

 

俺はようやく息を吐いた。

 

隠す相手が一人減った。

 

けれど同時に、悠を守らなければならない理由が一つ増えた。

 

その直後、そはらがこちらを見た。

 

涙を拭きながら、目だけはしっかり怒っていた。

 

「で」

 

「え?」

 

「事情は分かったけど」

 

嫌な予感がした。

 

「悠をそんな格好で家に入れて、しかも嘘までつこうとした件は別」

 

「いや、それは不可抗力で」

 

二発目が落ちた。

 

「痛っ!」

 

「とりあえず服を用意する!」

 

そはらはそう宣言した。

 

「はい!」

 

俺は反射的に返事をして、自分の部屋へ向かおうとした。

 

とりあえず、俺のシャツかジャージでも出せばいい。

サイズは合わないかもしれないが、上着だけよりはずっとましだ。

 

そう思ったところで、そはらに襟首を掴まれた。

 

「待ちなさい」

 

「何だよ」

 

「まさか、トモちゃんの服を着せるつもり?」

 

「他にないだろ」

 

「あるでしょ」

 

「どこに」

 

「私の家」

 

そはらは当然のように言った。

 

俺は一瞬、言葉に詰まった。

 

「いや、でも悠は男子制服がいいって」

 

悠が、上着の前を押さえたまま小さく頷いた。

 

「うん。学校に戻るなら、男子制服がいい」

 

そはらは悠を見た。

 

怒るかと思った。

 

けれど、そはらは怒らなかった。

 

少しだけ考えて、それから静かに言った。

 

「それは、あとで考えよ」

 

「あとで?」

 

「今は学校じゃなくて、家の中でしょ。まず普通に着られる服」

 

悠は視線を落とした。

 

「普通に着られる服」

 

「そう。トモちゃんの服だと大きすぎるし、余計に変に見える」

 

「変」

 

「変っていうか……」

 

そはらは言葉を探した。

 

「今のユゥには、楽に着られる服が必要なの」

 

悠が少しだけ反応した。

 

「ユゥ」

 

「昔からそう呼んでたでしょ」

 

「まだ、その呼び方なんだ」

 

「嫌?」

 

「ユウちゃんよりはいい」

 

「じゃあユゥ」

 

悠は少しだけ困ったように目を伏せた。

 

「……うん。それならいい」

 

そはらは、それを聞いて一瞬だけ泣きそうな顔をした。

 

けれど、すぐに表情を引き締める。

 

「とにかく、私の部屋着を持ってくる。制服とか、かわいい服とか、そういうのじゃなくて、普通に楽なやつ」

 

「女の子の服?」

 

悠の声が少し硬くなる。

 

そはらはすぐに首を横に振った。

 

「似合うとか、そういう話じゃないでしょ」

 

少し強めの声だった。

 

「今は、ちゃんと着られる服が必要なの。寒くないこと。動きにくくないこと。トモちゃんの上着だけで座ってないこと。まずそこ」

 

「寒さは、感じる」

 

悠がぽつりと言った。

 

そはらの言葉が止まる。

 

「感じるけど、苦痛としては処理されにくい。外装を解除しても、すぐに行動不能になるわけじゃない」

 

その言い方は静かだった。

 

静かすぎた。

 

「だから、寒いかどうかは、たぶん優先順位が低い」

 

そはらは、しばらく悠を見ていた。

 

それから、少し怒ったように言った。

 

「そういうのが駄目なの」

 

「え?」

 

「寒いなら、寒いでいいの。大丈夫かどうかじゃなくて、寒いなら服を着るの」

 

悠は瞬きをした。

 

「現実的」

 

「当たり前でしょ」

 

「うん」

 

悠は上着を握る指に力を込めた。

 

「それなら、分かる」

 

そはらは頷くと、イカロスを見た。

 

「イカロスさん」

 

「はい」

 

「私が服を取ってくるまで、ユゥを見ててください」

 

「監視ですか」

 

悠の肩が一瞬だけ強張った。

 

そはらはすぐに言い直した。

 

「見守り」

 

イカロスは少しだけ首を傾げた。

 

「見守り」

 

「そう。監視って言うと、ユゥが怖がるから」

 

イカロスは悠を見た。

 

悠は少し気まずそうに視線を逸らす。

 

「理解しました。見守ります」

 

「お願いします」

 

そはらはそう言ってから、俺に向き直った。

 

「トモちゃん」

 

「はい」

 

「変なこと考えない」

 

「考えてない!」

 

「じゃあ、ユゥをちゃんとリビングに座らせておいて」

 

「はい!」

 

悠が小さく笑った。

 

「トモちゃん、完全に怒られてる」

 

「お前が言うな」

 

「智樹」

 

悠は少しだけ笑ったまま言い直した。

 

「智樹も大変だね」

 

「今ちょっとからかっただろ」

 

「少し」

 

「お前な」

 

「ごめん」

 

「謝るところじゃないでしょ」

 

そはらはそう言って、玄関へ向かった。

 

そして出ていく直前、もう一度だけ振り返る。

 

「ユゥ」

 

「何?」

 

「勝手に外装出したりしまったりしない」

 

「努力する」

 

「努力じゃなくて、しない」

 

「……分かった」

 

「命令じゃないからね」

 

悠は少しだけ笑った。

 

「うん」

 

その返事を聞いて、そはらはようやく小さく頷いた。

 

「じゃあ、すぐ戻るから」

 

玄関の扉が閉まった。

 

俺は、ようやく息を吐く。

怒られたことよりも、悠が普通に笑ったことの方が、ずっと頭に残っていた。

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