そらのおとしもの -sigma-   作:effutod

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#05 私服!!

少しして、玄関の向こうから足音が聞こえた。

 

そはらが戻ってきたらしい。

 

扉が開き、そはらが紙袋を抱えて入ってくる。

 

「お待たせ」

 

「早かったな」

 

「近いから。それに、あんまり待たせるのもよくないでしょ」

 

そはらはそう言って、悠を見る。

 

悠はまだ俺の上着を羽織ったままだった。

 

そはらは少しだけ表情を緩める。

 

「ちゃんと座ってた?」

 

「座ってた」

 

「トモちゃんは変なこと考えてない?」

 

「考えてねえ!」

 

「本当に?」

 

「本当に!」

 

悠が小さく笑った。

 

そはらはそれを見て、少しだけ目を細める。

 

けれど、今度は何も言わなかった。

 

「着られそうなもの持ってきたよ」

 

そはらはそう言ってから、もう一度悠を見た。

 

「下は私の部屋着で何とかなると思う。ウエスト紐のやつ持ってきたから」

 

「上は?」

 

悠が聞く。

 

そはらは少し迷った。

 

俺はそこで、自分の部屋へ向かった。

 

「じゃあ、上は俺のパーカーでいいんじゃないか。俺のほうが身長は近いし」

 

戻ってきて、普段着ている大きめのパーカーを差し出す。

 

そはらがじっと俺を見た。

 

「……変な意味じゃないよね?」

 

「あるわけないだろ!」

 

「なら、上はそれでいいかも」

 

悠はパーカーを見つめた。

 

それは、俺がいつも着ているものだった。

 

少し大きめで、悠の今の身長ならゆったり着られるはずだ。

 

「智樹の服」

 

「嫌か?」

 

悠は少しだけ首を横に振った。

 

「嫌じゃない」

 

それから、少し困ったように笑った。

 

「むしろ、少し安心する」

 

そはらはその言葉を聞いて、一瞬だけ黙った。

 

それから、袋の中から部屋着のズボンを取り出した。

 

「じゃあ、上はトモちゃんのパーカー。下はこれね」

 

「混合装備」

 

「装備って言わない」

 

「じゃあ、服」

 

「そう。服」

 

そはらはさらに袋の中を探る。

 

「あと、インナーなんだけど」

 

悠の動きが止まった。

 

「不要」

 

「不要じゃない」

 

「胸部保持対象がほぼ存在しない」

 

「言い方!」

 

「なくても困らないと思う」

 

「困るの」

 

そはらは強めに言った。

 

「今はよくても、服によっては擦れるし、外に出るなら見た目もあるし、そういうのはちゃんとした方がいいの」

 

悠は少し黙った。

 

「そういう知識は入ってる。でも、自分のこととしては繋がらない」

 

「じゃあ、今は私が見る」

 

「命令?」

 

「生活指導」

 

悠は一拍置いて、小さく笑った。

 

「それなら、分かった」

 

そはらは袋からカップ付きのインナーを取り出した。

 

「普通のは合わないと思ったから、締め付け弱いやつ。無理なら今日は厚手のパーカーでごまかす。でも、何もなしは駄目」

 

「選択肢がある」

 

「ある」

 

「じゃあ、試す」

 

俺がその場に立っていると、そはらがこちらを向いた。

 

「トモちゃん」

 

「はい」

 

「部屋から出る」

 

「はい!」

 

俺は即答した。

 

今の悠をどうこう見るつもりなんて、当然なかった。

そもそも、目の前にいるのは三年前まで一緒にいた幼馴染だ。

身体が変わったからといって、そんな目で見られるわけがない。

 

そう思っていたのに、そはらの目はまったく信用していなかった。

 

「イカロスさん」

 

「はい」

 

「トモちゃんを監視してください」

 

「命令ですか」

 

悠の肩が、ほんの少しだけ強張った。

 

そはらはすぐに悠を見る。

 

「ユゥは見守り。トモちゃんは監視」

 

「扱いが違う」

 

悠が小さく言った。

 

「違うわよ」

 

そはらはきっぱり言った。

 

「ユゥは怖がるから。トモちゃんは油断すると馬鹿なことするから」

 

「しない!」

 

「前科が多すぎるの!」

 

「今は本当にしない!」

 

イカロスは俺を見る。

 

「命令を受諾しました。監視対象、マスター」

 

「受諾するな!」

 

「監視を開始します」

 

「本当にするのかよ」

 

「はい」

 

そはらが冷たい目で俺を見る。

 

「当然でしょ」

 

「理不尽!」

 

悠が小さく笑った。

 

「智樹、大変だね」

 

「お前も笑うな」

 

「ごめん。でも、少し安心した」

 

「何が」

 

「いつもの智樹っぽい」

 

その一言で、俺は少しだけ言葉に詰まった。

 

そはらも、一瞬だけ黙った。

 

けれどすぐに表情を戻す。

 

「じゃあ、ユゥはこっち。着替えるよ」

 

「うん」

 

そはらは悠の背中を軽く押して、部屋の奥へ向かわせた。

 

俺はリビングに残された。

 

目の前には、イカロス。

 

「監視を開始します」

 

「本当にするのかよ」

 

「はい」

 

イカロスは表情を変えずに、じっと俺を見た。

 

……覗くつもりなんてない。

 

ないのに、ものすごく居心地が悪かった。

 

部屋の奥から、そはらの声が聞こえる。

 

「ユゥ、無理だったらすぐ言ってね」

 

「うん」

 

「締め付け苦しくない?」

 

「大丈夫。苦痛反応は低い」

 

「そういう意味じゃないの!」

 

少し間があった。

 

「じゃあ、違和感はある」

 

「それでいいの。そう言って」

 

「うん。違和感はある」

 

「痛くはない?」

 

「痛くはない」

 

「なら次。ズボン穿いて」

 

「これ、下に広い」

 

「部屋着だから」

 

「戦闘には向かない」

 

「戦闘しない!」

 

俺は思わず顔を覆った。

 

着替えの会話のはずなのに、ところどころ物騒すぎる。

 

イカロスは俺を見たまま動かない。

 

「マスター」

 

「何だよ」

 

「移動しないでください」

 

「しないって」

 

「監視中です」

 

「分かったよ……」

 

しばらくして、部屋の奥から足音がした。

 

先に出てきたのは、そはらだった。

 

「トモちゃん」

 

「はい」

 

「変な顔しない」

 

「出てくる前から釘刺すなよ」

 

「刺すわよ」

 

そはらはそう言ってから、少し横に退いた。

 

その後ろから、悠がゆっくり出てきた。

 

上は俺のパーカー。

袖は少し長く、手の甲まで隠れている。

下はそはらの部屋着のズボン。

紐で調整しているらしく、少しゆるそうだが落ちるほどではない。

 

白に近い銀色の長い髪が、パーカーの肩にかかっている。

その毛先だけが、光の加減で淡く紫を帯びていた。

 

さっきまでの上着だけの姿より、ずっと落ち着いて見えた。

 

けれど、それでも三年前の悠とは違った。

 

男物のパーカーを着ているのに、身体の線はもう昔とは違う。

髪も、昔の短い髪ではない。

そはらの部屋着も、妙に違和感なく収まっている。

 

悠は袖口を少し引っ張りながら、こちらを見た。

 

「変?」

 

「いや」

 

俺は少し迷ってから言った。

 

「落ち着いた」

 

「似合うって言わないんだ」

 

「言った方がよかったか?」

 

「今は、たぶん困る」

 

「じゃあ言わない」

 

悠は小さく頷いた。

 

「ありがとう」

 

そはらは満足そうに息を吐いた。

 

「とりあえず、これで家の中は大丈夫」

 

「外は?」

 

悠が聞く。

 

「外はまだ駄目」

 

「駄目」

 

「その格好で出たら目立つでしょ。あと、髪も長いし」

 

「髪色は偽装できる」

 

「色だけの問題じゃないの」

 

そはらは悠の髪を見る。

 

「明日までには、ちゃんと整えた方がいいかも」

 

悠は自分の髪に触れた。

 

白に近い銀色の髪。

指先で梳くと、毛先に残る淡い紫がゆっくり揺れた。

 

「切る?」

 

そはらはすぐには答えなかった。

 

昔の悠は、髪が短かった。

少し癖のある黒に近い紫の髪で、女子に間違われる顔立ちを気にして、余計に短くしていた時期もある。

 

だから、今の長い髪は明らかに昔とは違う。

 

「切りたくないなら、今すぐ切らなくていいよ」

 

「いいの?」

 

「三年ぶりに帰ってきて、いきなり何もかも昔に戻さなくていいでしょ」

 

悠は髪を握ったまま、少し黙った。

 

「この髪も、ボクのもの?」

 

そはらは一瞬だけ言葉に詰まった。

 

それでも、すぐに答えた。

 

「今のユゥの髪でしょ」

 

悠はゆっくり瞬きした。

 

「そっか」

 

「ただ、学校に行くなら色は何とかしないとね」

 

「偽装できる」

 

「じゃあ明日はそれ。長さは、邪魔なら結ぶ」

 

「結び方は分かる」

 

「それ、インプット?」

 

悠は少し考えた。

 

「たぶん」

 

そはらは一瞬だけ眉を寄せた。

 

でも、すぐに言った。

 

「じゃあ、明日教える。インプットじゃなくて、私が」

 

悠は目を瞬かせた。

 

「そはらが?」

 

「そう」

 

「そっか」

 

悠は袖口を握ったまま、小さく笑った。

 

「それなら、覚え直せるかもしれない」

 

その言葉に、そはらはまた泣きそうな顔をした。

 

けれど今度は、泣かなかった。

 

「覚え直せばいいでしょ」

 

「うん」

 

悠は頷いた。

 

「少しずつ」

 

イカロスは、そのやり取りをじっと見ていた。

 

「学習補助ですか」

 

そはらが振り返る。

 

「違います」

 

「違うのですか」

 

「友達として教えるの」

 

イカロスは少しだけ首を傾げた。

 

「友達」

 

「そう」

 

イカロスは悠を見た。

 

悠もイカロスを見る。

 

「ボクとそはらは、幼馴染」

 

少し間を置いて、悠は続けた。

 

「友達でもあると思う」

 

そはらは、そこには突っ込まなかった。

 

ただ、少し照れたようにそっぽを向いた。

 

「思うじゃなくて、そうなの」

 

「うん」

 

悠は小さく笑った。

 

「そうだった」

 

俺はその様子を見て、ようやく肩の力を抜いた。

 

帰ってきた悠は、もう昔のままではない。

 

身体も違う。

名前の反応も違う。

言葉の出方も違う。

時々、自分のことすら他人事みたいに話す。

 

それでも、そはらと話している時の悠は、少しだけ昔に近かった。

 

少なくとも、さっきよりは。

 

「で」

 

そはらが俺を見る。

 

嫌な予感がした。

 

「トモちゃん」

 

「はい」

 

「ユゥをどこで寝かせるつもり?」

 

「え」

 

「まさか同じ部屋とか言わないよね?」

 

「言ってない!」

 

「考えてもない?」

 

「考えてない!」

 

「本当に?」

 

「本当に!」

 

イカロスが俺を見る。

 

「マスターの心拍数が上昇しています」

 

「言わなくていい!」

 

悠がまた小さく笑った。

 

「智樹、監視されてる」

 

「お前、楽しんでないか」

 

「少し」

 

「少し楽しむな」

 

そはらは呆れたようにため息をついた。

 

「とりあえず、今日はリビング。布団を出して。ユゥはそこで寝る」

 

悠は少しだけ驚いた。

 

「ここでいいの?」

 

「いいの」

 

「でも、迷惑」

 

「迷惑なら、今さら服なんて持ってこない」

 

そはらはきっぱり言った。

 

悠は何も言えなくなった。

 

代わりに、ゆっくりと頭を下げる。

 

「ありがとう」

 

「いいから、ちゃんと休んで」

 

「うん」

 

悠はパーカーの袖口を握ったまま、静かに頷いた。

 

その姿は、やっぱり三年前の悠ではなかった。

 

けれど。

 

そこにいるのは、確かに悠だった。

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