そらのおとしもの -sigma-   作:effutod

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#07 登校!!

翌朝、悠は玄関に立っていた。

 

男子制服を着ている。

 

サイズは不自然ではない。

髪色は黒に近い紫へ偽装されている。

声も、いつもより少し低めに調整しているらしい。

 

背中の羽は完全に隠れていた。

 

見た目は、普通の男子中学生だった。

 

少し線が細く、髪が長く、顔立ちが中性的なだけの、普通の生徒。

 

ただ、昔の悠とは少し違う。

 

昔は、髪がもっと短かった。

今は長い髪を後ろで軽くまとめている。

 

そはらが朝早く来て、結び方を教えたのだ。

 

「これで少しは邪魔にならないでしょ」

 

「うん」

 

「きつくない?」

 

「大丈夫」

 

「本当に?」

 

「違和感はある。でも、痛くはない」

 

「そう言えるならよし」

 

そのやり取りを、俺は横で見ていた。

 

悠は、自分の髪に触れる。

 

偽装された髪は、黒に近い紫に見えた。

 

けれど、俺たちは知っている。

 

本当は、白に近い銀色の髪で、毛先だけが光の加減で淡く紫を帯びている。

 

「どう?」

 

悠が聞いた。

 

俺は答えた。

 

「バレないと思う」

 

そはらは腕を組んで、上から下まで悠を見る。

 

「昔から女子に間違われてたし、まあ、いけるんじゃない?」

 

「その評価、喜んでいいの?」

 

「知らない」

 

悠は少しだけ困ったように笑った。

 

イカロスは、悠の周囲を観察している。

 

「偽装状態は安定しています」

 

「ありがとう」

 

悠がそう言うと、イカロスは少しだけ首を傾げた。

 

「感謝の必要はありません」

 

「あるよ」

 

悠は静かに答えた。

 

「ボクを家に入れるの、許してくれたから」

 

「マスターの判断です」

 

「それでも」

 

イカロスは、しばらく黙った。

 

それから小さく言った。

 

「理解できません」

 

「うん」

 

悠は少し笑った。

 

「でも、言いたかった」

 

イカロスはそれ以上何も言わなかった。

 

俺は玄関を開けた。

 

朝の光が差し込む。

 

悠は一瞬だけ足を止めた。

 

「どうした?」

 

「学校に行くの、三年ぶり」

 

それから、少しだけ苦笑する。

 

「でも、みんなにとっては昨日もいたことになってる」

 

そはらが言った。

 

「変なこと言わないようにね」

 

「努力する」

 

「努力じゃなくて、ちゃんとして」

 

「……了解」

 

「硬い」

 

「じゃあ、分かった」

 

そのやり取りに、俺は少し笑った。

 

悠も笑った。

 

三年前のように。

 

でも、その笑顔はまだ少しだけ不安定だった。

 

-----

 

教室に入った瞬間、俺は息を止めた。

 

クラスメイトたちは、普通だった。

 

本当に、普通だった。

 

「おはよー」

 

「紫月、昨日の宿題やった?」

 

「今日小テストあるってマジ?」

 

「お、今日は髪まとめてんじゃん」

 

誰も驚かない。

 

誰も叫ばない。

 

誰も「三年前に消えたはずじゃ」と言わない。

 

紫月悠がそこにいることを、当たり前のように受け入れている。

 

悠は一瞬だけ固まった。

 

それから、ぎこちなく答える。

 

「おはよう」

 

声は少し低い。

でも、不自然ではない。

 

クラスメイトの一人が悠の肩を叩こうとした。

 

その瞬間、悠の身体がわずかに反応した。

 

速すぎる反応だった。

 

俺は慌てて咳払いする。

 

悠はハッとして、動きを止めた。

 

「ごめん」

 

「え、何が?」

 

クラスメイトは何も気づいていない。

 

悠は少し笑った。

 

「なんでもない」

 

席に着く。

 

悠の席は、ちゃんとあった。

 

机の中には教科書が入っている。

ノートには、悠の字に似せた文字で授業内容が書かれている。

 

悠はそれを見て、少しだけ顔を歪めた。

 

「大丈夫か?」

 

俺が小声で聞くと、悠は頷いた。

 

「大丈夫。これはボクの記憶じゃない」

 

「気持ち悪いか」

 

「うん」

 

悠はノートを閉じた。

 

「でも、必要な情報だって分かる」

 

そはらが前の席から振り返る。

 

「無理しないでよ」

 

悠は一拍置いて、微笑んだ。

 

「うん」

 

その返事は、少しだけ昔の悠に近かった。

 

その日の朝、紫月悠は普通に教室にいた。

 

誰も疑わない。

 

誰も騒がない。

 

カードの力で、世界はそういう形になっていた。

 

けれど、俺たちだけは知っている。

 

悠はずっとここにいたわけじゃない。

 

三年間、空の上に奪われていた。

 

そして今、嘘の記録の中で、本当の日常を取り戻そうとしている。

 

その矛盾を抱えたまま、悠は静かに教科書を開いた。

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