贖罪を胸に、異世界で英雄となれ   作:東西南北!!

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第二話 転生と贖罪

(樹、ごめんな……)

 

意識が沈んでいく。

真っ暗な闇の中で、俺は最後まで親友の顔を思い浮かべていた。

笑っていた樹。

 

泣いていた樹。

そして――冷たくなってしまった樹。

 

(お前との約束……守れなかったよ……)

 

そこで、俺の記憶は途切れた。

 

---

 

「――――」

 

柔らかな声が聞こえる。

女の人の声だ。

聞いたことのない言葉だった。

 

少なくとも、日本語じゃない。

けれど不思議と嫌な感じはしなかった。

まるで子守唄みたいに優しくて、意識の奥へゆっくり染み込んでくる。

 

「――――、――――」

 

今度は少し嬉しそうな声。

誰かが笑っている。

 

……なんだ?

 

俺、生きてるのか?

最後の記憶が蘇る。

 

夜の国道。

 

大型トラック。

 

眩しいヘッドライト。

 

クラクション。

 

そして。

 

全身を粉砕されるような衝撃。

 

骨が砕ける音。

 

肉が裂ける感触。

 

血の臭い。

 

あれで生きてるわけがない。

絶対に死んだ。

なのに。

 

(……声が聞こえる)

 

恐る恐る、目を開ける。

最初に見えたのは、木の天井だった。

古びた木材。

 

隙間から差し込む柔らかな光。

 

病院じゃない。

日本の建物でもない。

ログハウスのような、木造の家だった。

 

「――――!」

 

目を開けた俺に気づいたのか、誰かが嬉しそうな声を上げた。

視線を向ける。

そこには、一人の女性がいた。

 

茶色がかった柔らかな髪。

 

透き通るような碧い瞳。

 

優しそうな顔立ち。

 

歳は二十代後半くらいだろうか。

白衣ではなく、ゆったりとした生成り色のローブを着ている。

まるでファンタジー世界の住人みたいな格好だった。

 

女性は俺の顔を覗き込みながら、何かを話している。

 

「――――! ――――!」

 

言葉はわからない。

でも、その表情だけで理解できた。

喜んでいる。

 

まるで――。

 

“我が子”を見るような目だった。

 

(……待て)

 

嫌な予感がした。

俺は身体を動かそうとする。

だが。

 

動かない。

 

腕に力が入らない。

 

首もまともに回らない。

 

視界が低い。

 

やけに身体が小さい。

 

自分の手を見る。

そこにあったのは――。

ぷにぷにした、小さな赤ん坊の手だった。

 

(……は?)

 

思考が止まる。

試しに声を出そうとした。

 

「ぁ……あぅ……」

 

出たのは、情けない泣き声だった。

 

「ぁうっ! あううっ!」

 

違う。

そうじゃない。

ちゃんと言葉を――。

 

「うぇぇぇぇぇぇん!!」

 

だが、口から出たのは赤ん坊特有の大泣きだった。

感情が抑えられない。

混乱も恐怖も不安も、全部そのまま涙になって溢れ出す。

 

女性が慌てた様子で俺を抱き上げた。

 

温かい。

柔らかい。

甘い匂いがした。

 

背中を優しく叩かれる。

 

その瞬間。

 

俺は理解してしまった。

 

――俺は、赤ん坊になっていた。

 

---

 

それから、一ヶ月が経った。

 

最初の数日は地獄だった。

身体は思うように動かない。

眠気に逆らえない。

感情を抑えられない。

 

前世では当たり前にできていたことが、何一つできなかった。

 

泣くことしかできない自分が、情けなくて仕方なかった。

だが、一ヶ月も経つ頃には、少しずつ状況を整理できるようになっていた。

 

まず、この世界は日本じゃない。

 

言葉も違う。

 

文化も違う。

 

そして――。

 

魔法が存在する。

最初に見た時は本気で目を疑った。

 

母親――エレナが、俺を寝かしつける時。

 

指先に小さな光を浮かべたのだ。

柔らかな金色の光。

まるで蛍みたいに宙を漂うそれを見た瞬間、俺は言葉を失った。

 

さらに父親――ガルドは、薪に手をかざすだけで火をつけていた。

 

どう考えても普通じゃない。

ここは、異世界だ。

 

漫画やアニメでしか見たことのない、“剣と魔法の世界”。

 

そして。

 

俺は、その世界で新しい命として生まれ変わった。

 

名前は“アッシュ”。

 

どうやらそれが今の俺の名前らしい。

 

(……アッシュ、か)

 

不思議な感覚だった。

あつしだった俺は死んだ。

なのに、こうしてまた生きている。

 

まるで神様が、

 

「やり直してこい」

 

そう言っているみたいだった。

 

けれど。

 

夜になると、必ず思い出す。

樹のことを。

首を吊った姿。

 

冷たくなった身体。

 

最後の手紙。

 

『お前は、俺のヒーローだった』

 

その言葉が、今でも胸を抉る。

俺はヒーローなんかじゃない。

樹を見捨てた。

 

助けられなかった。

 

怖くて逃げた。

最低の人間だ。

そんな俺が、ヒーローになれるわけがない。

 

夜になる度、涙が溢れた。

 

赤ん坊の身体は感情を隠せない。

気づけば大泣きしていて、その度にエレナが優しく抱き上げてくれた。

 

「よしよし、大丈夫ですよー」

 

言葉はまだ完全にはわからない。

それでも、その優しさだけは伝わった。

 

……温かかった。

 

前世の俺は、ずっと後悔の中にいた。

自分を責め続けていた。

 

だが。

 

樹は最後まで、俺を責めなかった。

それどころか。

 

『前を向いて生きろ』

 

『たくさんの人のヒーローになってくれ』

 

そう願ってくれた。

 

(……なんでだよ)

 

胸が苦しい。

痛い。

樹を助けられなかった俺なんかに。

 

どうしてそんな言葉を残せるんだ。

 

(ずるいよ、お前……)

 

涙が滲む。

けれど。

だからこそ。

 

もう逃げちゃいけないと思った。

 

この人生は、きっとやり直すためにある。

樹を救えなかった俺が。

今度こそ誰かを守るために。

 

(もう、逃げない)

 

小さな拳を握る。

まだ力の入らない、赤ん坊の手。

それでも。

 

胸の奥の決意だけは、本物だった。

 

(この世界では、絶対に後悔しない)

 

誰かが苦しんでいたら手を伸ばす。

守りたいものを守る。

二度と、大切な人を見捨てない。

 

そして――。

 

(樹……)

 

心の中で、親友の名前を呼ぶ。

 

(お前の分まで、俺がヒーローになる)

 

それは夢なんかじゃない。

誓いだった。

罪を背負った俺が。

 

生涯をかけて果たすべき、“贖罪”だった。

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