「は?」
彼女の質問に、思わず間の抜けた声が漏れた。
「どういうことだ?」
「アッシュ、私を助ける時……私よりずっと辛そうな顔をしてた。」
リリシィは不思議そうに首を傾げる。
「いじめられてたの、私なのに。」
なるほど。そういうことか。
まさか泣いてるところとか見られてないよな?。
「俺、そんな顔してた?」
「うん。あと泣いてた。」
「気づいてたのかよ!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
助けた側が、助けられた側に心配されるなんて聞いたことがない。
「まぁ、その……色々あったんだよ。」
「大丈夫。誰にも言わない。」
「いや、そういう意味じゃ……まぁいいや。」
噛み合っているようで噛み合っていない会話に、思わず苦笑する。
「ところで、君の名前は?」
「リリシィ・ルミリンス。最近、お母さんとこの村に来た。」
リリシィ。
綺麗な白銀の髪によく似合う名前だった。
「俺はアッシュ・リグレット。よろしく。」
手を差し出すと、リリシィは迷いなくその手を握った。
「よろしく、アッシュ。」
そのまま上下にぶんぶん振られる。
「ちょっ、どうした!?」
「友達になれたのが嬉しくて。」
無表情のまま言うものだから、余計に面白い。
「友達……か。」
この世界に来て、初めてできた友達だった。
不思議なくらい嬉しい。
「ところでリリシィ、大丈夫か? 土とか投げられてただろ。」
「平気。こういうの慣れてるから。」
「慣れてる……?」
「前いた場所でも、よくやられてた。前は小石だったから、今の方が楽。」
あまりにも自然に言うものだから、逆に胸が痛くなった。
俺と同じくらいの歳の子供が、“いじめに慣れている”。
そんなこと、あっていいはずがない。
「アッシュ?」
「……あぁ、ごめん。ちょっと考え事。」
「顔、怖いよ。」
リリシィは心配そうに俺を見上げてくる。
なったばかりで馴れ馴れしいかもしれないけど、俺はリリシィをもう大切な友達だと思った。
だから――。
「なぁリリシィ。俺に、君を守らせてくれないか?」
「……守る?」
「もう二度と傷つかないように。いじめられないように。」
そう言うと、リリシィは少しだけ目を丸くした。
そして、小さく笑った。
「アッシュ、嘘つき。」
「え?」
「友達なのに、“守ってあげる”は変。」
リリシィは俺の手を握り直す。
「友達なら、お互い守るんでしょ?」
その言葉に、胸が熱くなった。
守る側と守られる側じゃない。
支え合うのが、友達。
そんな当たり前のことを、俺は今まで忘れていたのかもしれない。
「……ありがとう、リリシィ。」
「うん。」
気づけば、また涙が溢れていた。
「なんでまた泣いてるの?」
「嬉しいから。」
「変なの。」
そう言いながら、リリシィは少しだけ嬉しそうに笑った。
――その笑顔が、とても綺麗だった。
◇
「ところでアッシュは、なんで森にいたの?」
「剣術の復習だよ。いつもここで練習してる。」
「へぇ……すごい。」
リリシィは少し興味深そうに木剣を見る。
「誰から教わってるの?」
「父さん。元冒険者なんだ。」
そんな話をしながら、俺たちは森の中を並んで歩く。
「アッシュの剣、見てみたい。」
「いや、そんな大したもんじゃないぞ?」
「じゃあやめとく。」
「やめるんかい。」
思わずツッコミを入れると、リリシィはきょとんとした顔をした。
天然なのか、本気なのか判断に困る。
「リリシィは? 何か習ったりしてないのか?」
「私、お父さんいない。お母さんだけ。」
しまった。聞かない方がよかったか。
そう思ったが、リリシィは気にした様子もなかった。
「別に平気。顔も知らないし。」
そう言ってから、少しだけ空を見上げる。
「でも、お母さんは好き。一人で私を育ててくれたから。」
――強いな。
心からそう思った。
「リリシィは強いよ。」
「アッシュの方が強い。」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。」
俺は苦笑する。
するとリリシィは、小さく微笑みながら言った。
「だって、あの時のアッシュ。私には
その言葉に、胸が強く震えた。
それは――。
「俺、夢があるんだ。」
気づけば、自然と口にしていた。
「
リリシィは笑わなかった。
真っ直ぐに、俺の言葉を聞いてくれる。
「誰かが困ってたら助けて守れる、そんな英雄《ヒーロー》になりたいんだ。」
少し恥ずかしかった。
馬鹿にされるかもしれないと思っていたから。
でも。
「素敵な夢だね。」
リリシィは、そう言って笑った。
その瞬間、胸の奥がじんわり熱くなる。
「……笑わないんだな。」
「なんで笑うの?」
不思議そうに言われ、俺は思わず吹き出した。
「むっ......何で笑う。」
「ははっ、いやぁ……嬉しくて。二人目だな、俺の夢を笑わなかったのは。」
二人で笑い合う。
するとリリシィは、少しだけ真面目な顔になった。
「じゃあ私も、英雄《ヒーロー》になる。」
「え?」
「アッシュと一緒に。」
木漏れ日の中で、リリシィは静かに言った。
「私も、誰かを守れる人になりたい。」
その言葉を聞いた瞬間。
俺はリリシィに樹の面影を見た。
自分と同じ夢を持っていた樹の面影が。
リリシィと樹は見た目も性格も似ていないはずなのに、なぜか時々重なって見える。
(おかしいなぁ……似てないはずなのに、なんでこんなに似てるんだろう。)
おかしくて、また笑ってしまう。
「だからなんで笑うの。」
むすっとしたリリシィの顔がおかしくて、さらに笑ってしまう。
「ごめん、ごめん。」
リリシィは笑われたのが嫌だったのか、俺をポコポコと軽く叩いてきた。本気で叩いているわけではないので痛くはない。
「いやぁ、似てるなって思って。昔の友人に。」
「アッシュ、私と同じぐらいの年齢でしょ?」
「あー、そういえばリリシィって何歳なんだ?」
「今、話をすり替えたね。まぁいい。私は今年で5歳になる。」
危ない危ない。転生者だとバレそうになった。
「俺も同じ5歳だ。」
「一緒だね。」
歳が一緒なのは素直に嬉しい。まぁ精神年齢は俺の方が一回り以上上だけど。
「リリシィはさっき言った夢、本当に目指すのか?」
「うん。私は本当、アッシュの夢を聞いて素敵だと思った。だから私も——」
リリシィは少し目を細めて、森の木漏れ日を見つめた。
「アッシュと一緒に、
私も、誰かを守りたい。」
その言葉は、静かだけどはっきりとした意志を帯びていた。
俺は胸の奥が熱くなるのを感じながら、そっと頷いた。
「じゃあ……これからよろしくな。相棒。」
「相棒?」
「友達で、一緒に目指す仲間ってことだ。」
◇
そして翌朝。
「おはよう、アッシュ。」
「…………は?」
目を覚ますと、そこにはリリシィがいた。
――なんで?