贖罪を胸に、異世界で英雄となれ   作:東西南北!!

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第五話 リリシィの剣術訓練

「なんでリリシィがここにいるんだ……」

 

朝、妙な息苦しさで目を覚ますと——

 

「おはよう、アッシュ。」

 

目の前には、俺の上に馬乗りになっているリリシィの姿があった。

 

(……どういう状況だ、これは)

 

白い髪がふわりと揺れ、リリシィは無表情のまま俺を見下ろしている。

 

「エレナさんが、アッシュの部屋は二階だって教えてくれたから。

来てみたらアッシュが寝てたから、起こそうと思ったの。」

 

「いや、もっと前の話だ。

なんでリリシィが俺の家を知ってるんだよ。

あと、その起こし方は将来的に色々問題になるからやめろ。

というか、重いから降りてくれ。」

 

「……色々多いけど、女の子に『重い』は失礼だよ、アッシュ。」

 

「そこは悪かった。でも問題はそこじゃない。

なんで朝から俺の部屋にいるんだ?

ちゃんと説明してくれ。俺の頭が追いついてない。」

 

正直、もう十分パニックだった。

 

するとリリシィは悪びれもなく答えた。

 

「昨日、森を出たあとアッシュを尾行したの。

それで家を覚えた。」

 

「尾行!?」

 

思わず大声が出た。

 

「なんで尾行なんてしたんだよ!?

普通に聞いてくれれば教えたのに!後くるときはだな事前にアポを取ってもらわないと困るぞ。」

 

「アッシュの家、知りたかったから。」

 

リリシィは本当に当然のことのように言う。

 

「あと、一回家に帰って寝て、起きてから来た。」

 

「説明を足されても怖さが増しただけなんだが……。」

 

五歳児が自然に『尾行』なんて単語を使ってる時点で色々おかしい。

 

「あとアポって何?」

 

「事前に約束とか連絡をすることだよ。」

 

「なるほど。アッシュ、物知り。」

 

リリシィはぱちぱちと拍手した。

 

……なんか褒められてる気がしない。

 

俺は深いため息をついた。

 

「で、用ってなんだ?

あと、いつまで俺の上に乗ってるつもりなんだ……。」

 

「あっ、ごめん。」

 

リリシィは素直に謝ると、ようやく俺の上から降りた。

白い髪がふわりと揺れる。

 

身体が軽くなり、俺はようやく息を吐く。

 

「それで、用事って?」

 

「アッシュに剣術を教えてほしくて来た。」

 

「剣術を?」

 

「うん。」

 

リリシィは真っ直ぐ俺を見つめた。

 

「アッシュと一緒に強くなりたい。」

 

その無表情な顔には、はっきりとした意志が宿っていた。

 

「アッシュと一緒に強くなって、お互いを守れるようになりたい。

だから、私も剣術をやりたい。」

 

どうやら思いつきではなく、本気らしい。

 

俺が返事に迷っていると——

 

「いいぞ!」

 

突然、部屋の入り口から大声が飛んできた。

 

振り向くと、ガルドがニヤニヤしながら立っていた。

 

「父さん、いつからそこにいたんですか。」

 

「お前が起きた瞬間からずっとだぞ。」

 

「マジかよ……。」

 

全然気づかなかった。

 

「いやぁ、エレナから『アッシュに女の子が来てる』って聞いてな。

気になって見に来たんだよ。」

 

ガルドは楽しそうに笑っている。

 

「父さん、俺とリリシィはそういうんじゃないですからね?。

後まだ俺とリリシィ五歳ですし。」

 

「年齢なんて関係ねぇ!

父さんなんて、お前くらいの頃には幼馴染と結婚の約束までしてたぞ!」

 

「はいはい、そうですか……。

で、リリシィに剣術教える件、本気なんですか?」

 

「おい、父親の青春話を雑に流すな。」

 

ガルドは不満そうにしながらも笑った。

 

「でもまあ、本気でやりたいなら歓迎だ。

友達と一緒に鍛えた方が成長も早いからな。」

 

そう言ってガルドはリリシィを見る。

 

「リリシィちゃん、本当に剣術やりたいんだな?

剣術は痛ぇし、しんどいぞ?」

 

「大丈夫。私もアッシュと強くなりたいから。」

 

少し照れながらそう言うリリシィを見て、俺までなんだか照れてしまう。

 

するとガルドがさらにニヤニヤし始めた。

 

「想われてんなぁ〜、アッシュ。」

 

「父さん、その顔やめてください。普通に気持ち悪いです。」

 

「マジかよ……。」

 

ガルドが露骨にショックを受ける。

 

少し可哀想になって、俺は苦笑した。

 

「冗談ですよ。父さんはかっこいいです。」

 

「ほんとか!?」

 

一瞬で機嫌が直った。

 

(チョロいな、この人……)

 

「よし!

じゃあ今日からリリシィも一緒に鍛えるぞ!」

 

「「はい!」」

 

俺とリリシィが元気よく返事した——その時。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

鋭い声が部屋に響いた。

 

振り向くと、エプロン姿のエレナがフライ返し片手に仁王立ちしていた。

 

……目が笑っていない。

 

「朝ご飯も食べずに剣術?

リリシィちゃんも来たばかりでしょう?」

 

「お、お母さん……。」

 

「剣術の前にまず朝食!

ちゃんと食べてからにしなさい!」

 

「「「はい……」」」

 

俺、ガルド、リリシィの三人は揃って肩をすくめた。

 

そのまま素直に食卓へ向かう。

 

エレナはため息をつきながらも、温かいスープや焼きたてのパン、卵料理を並べてくれた。

 

「リリシィちゃん、朝早く来たんでしょう?

ちゃんと食べて、元気になってから頑張りなさい。

剣術は体が資本なんだから。」

 

「はい……ありがとうございます、エレナさん。」

 

リリシィも珍しく少し小さくなっている。

 

すると隣でガルドが小声で囁いた。

 

「……怖ぇな、お前の母ちゃん。」

 

「何言ってるんですか。父さんの奥さんでしょう。」

 

「聞こえてるわよ、二人とも?」

 

「「すみません!」」

 

朝から怒られはしたものの——

 

なんだか少しだけ、家の中がいつもより賑やかで温かく感じた。

 

---

 

「いいかリリシィ、ちゃんと見てろよー!」

 

ガルドが豪快に笑いながら木剣を構えた。

朝の陽光を浴び、その大きな体がいつも以上に頼もしく見える。

 

「剣術で大事なのは、まず正しい体の動かし方を覚えることだ。足の運び、腰の使い方、剣の振り方――全部繋がってるからな!」

 

そう言うとガルドは、力強く木剣を振った。

動きは大きいのに無駄がなく、風を切る音が庭に響く。

 

「リリシィ、最初は真似するだけでいい。難しく考えなくて大丈夫だ。」

 

「……わかった。」

 

リリシィは短く答え、小さな木剣を握った。

 

最初は流石にぎこちなかった。

だが、二回、三回と繰り返すうちに、目に見えて動きが変わっていく。

 

剣を振る軌道が綺麗になり、足運びのブレも減っていく。

腰の動きまで自然と連動し始めていた。

 

「おぉ……これは……」

 

ガルドが感心したように低く唸る。

 

さらにリリシィは集中したまま木剣を振り続けた。

白い髪がふわりと舞い、小さな体からは想像できないほど鋭い動きを見せている。

 

「どう?」

 

一通り動きを終えたリリシィが、こちらを見た。

 

「リリシィ……お前、才能ありすぎだろ。」

 

思わず本音が漏れた。

 

一度見ただけでここまで動きを再現できるなんて普通じゃない。

俺なんて最初は何度やっても足がもつれていたのに。

 

「一回見ただけでここまで吸収するとはな……すげぇ才能だ。」

 

ガルドも驚いている。

 

ガルドに褒められ、リリシィは無表情のまま小さく頭を下げた。

だが耳が少し赤くなっている。

 

その後も彼女は夢中になって木剣を振り続けた。

動きはどんどん洗練されていき、さっきまでのぎこちなさが嘘みたいに消えていく。

 

「ぼけっとしてられないぞアッシュ。このままだと、すぐ追い抜かれちまうぞ。」

 

「……そうですね。」

 

(1日でここまで来るなんて……俺を越すのも時間の問題かもしれないな。)

 

才能の差を見せつけられ、少しだけ落ち込む。

 

するとガルドが笑いながら俺の肩を叩いた。

 

「まぁ落ち込むな。強さってのは剣術だけじゃない。魔術や魔装だってあるんだからな。」

 

「確か魔装って、体とか武器に魔力を纏わせる術ですよね。」

 

「あぁ、そうだ。あと“固有属性”ってのもある。」

 

「固有属性?」

 

以前聞いた時には出てこなかった単語だ。

 

「あれ、言ってなかったっけ? まぁ簡単に言えば、“その人だけが使える属性”みたいなもんだ。」

 

ガルドはそう言いながら、自分の腕にうっすらと魔力を纏わせた。

 

「魔装は一人につき一属性しか扱えねぇ。例えば俺の場合は火属性だ。」

 

「魔術みたいに色んな属性は使えないんですか?」

 

「魔術なら色々使える。だが魔装は別だ。代わりに身体能力を強化したり、武器に属性を乗せたりできる。」

 

なるほど。

つまり魔術と魔装は似てるようで全然違うのか。

 

「じゃあ魔術にはメリットがないんですか?」

 

「いや、そんなことはねぇ。回復や生活用の術は魔術の方が便利だ。結局は使い分けだな。」

 

「なるほど……。」

 

俺が感心していると、横からじっとした視線を感じた。

 

「アッシュ達、リリシィを置いて面白そうな話してる。」

 

肩で息をしながら、リリシィが少し不満そうにこちらを見ていた。

 

「ごめんごめん、つい気になって。」

 

「魔装って強いの?」

 

「うまく使えれば、かなり強いらしい。」

 

「じゃあ私もやりたい。」

 

リリシィは即答した。

 

「アッシュが強くなるなら、私も強くなる。」

 

その言葉に、ガルドがなぜか急に目を逸らした。

 

「ははは……いやぁ、魔装かぁ……」

 

笑い方が妙にぎこちない。

 

「父さん、教えてくださいよ。」

 

俺が追撃すると、ガルドの額にじわっと汗が浮かんだ。

 

「え、えーっと……その……魔装ってのはな、感覚が大事で……」

 

「教えられないなら、素直にそう言いなさい。」

 

腕を組んだエレナが、呆れたように割って入ってきた。

 

「この人、剣術は本当に上手なんだけど、魔装と魔術を教えるのは致命的に下手なのよ。」

 

「お、おいエレナ!」

 

ガルドが慌てて抗議する。

 

「新人冒険者に教えて、三日で逃げられたの忘れたの?」

 

「うっ……!」

 

ガルドが言葉に詰まる。

 

さらにエレナは追撃をやめない。

 

「しかも別の人に教わったら、その子三日で使えるようになったのよね?」

 

「やめて! 俺の古傷を抉らないで!」

 

ガルドが頭を抱えた。

 

俺とリリシィは思わず顔を見合わせる。

 

しばらくして、ガルドは観念したように大きく息を吐いた。

 

「……わかった。俺が教えるより、先生を呼ぶ。」

 

「先生?」

 

「あぁ。昔、俺に魔装を教えてくれた人だ。今でも現役のS級冒険者でな。教え方もめちゃくちゃ上手い。」

 

「S級冒険者……?」

 

思わず聞き返す。

 

ガルドがA級冒険者なんだから、そのさらに上ってことだ。

前世の感覚で言えば、ほぼ頂点クラスじゃないか。

 

「よかったわね。」

 

エレナが微笑む。

 

「ガルドの先生、本当にすごい人なのよ。」

 

そんな凄い人が来るのか……。

 

「本当に来てくれるんですか?」

 

「まぁ……多分。」

 

「多分なんですね。」

 

「先生、自由人だからなぁ……。」

 

ガルドが遠い目をした。

 

その後、俺たちは再び剣術の練習に戻った。

 

……なぜかガルドの指導は、俺に対してだけ異様に厳しくなっていたけど。

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