贖罪を胸に、異世界で英雄となれ   作:東西南北!!

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第六話 二人で立つスタートライン

「はぁ、どうしたものか……」

 

金色の髪に深い青の瞳、そして尖った耳を持つハーフエルフの女性――エリィ・アストラル・リーフは、自室でため息をつきながら呟いた。

 

彼女が悩んでいる理由は、今日届いた一通の手紙だった。

 

送り主の名はガルド・リグレット。

冒険者たちの間では『火炎のガルド』の異名で知られる、元A級冒険者だ。

 

エリィがガルドと出会ったのは、彼がまだ駆け出しのD級冒険者だった頃だった。

 

当時すでにS級として名を馳せていたエリィに、ガルドは子生意気にもこう言った。

 

『魔装を俺に教えろ!』

 

(……あの時は、本当に生意気なガキだと思ったな)

 

だが、生意気なだけではなかった。

根性も、剣の才能も本物だった。

 

それがエリィのガルドに対する印象だった。

 

ハーフエルフであるエリィは、人間と深く関わることを避けてきた。

親しくなった人間が、自分より先に老い、死んでいく姿を見たくなかったからだ。

 

だから最初は何度も断った。

しかし、ガルドは諦めなかった。

 

結局、その執念に負けて魔装を教えることになったのだ。

 

(……今度は、その息子に教えろというわけか)

 

エリィは手紙を見つめながら小さく息を吐いた。

 

内容は簡潔だった。

 

『五歳になる息子と、その友達に魔力の扱い方と魔装を教えてほしい。報酬はしっかり用意する』

 

正直、行く義務はない。

 

王都から西部辺境のパビブ村までは、馬車で最低でも一週間。

自由気ままに暮らしてはいるが、面倒さもある。

 

だが、最後に添えられていた一文を見て、エリィは苦笑した。

 

『こういうのはあまり好きじゃないけど……あの時の借りを返してくれよ、先生』

 

受けた恩は返す。

それがエリィの信条だった。

 

「……仕方ない。行くか」

 

―――――

 

それから一週間後。

 

「…………ここか」

 

エリィは手紙に同封されていた地図を頼りに、パビブ村外れの家へと辿り着いた。

 

木と石で作られた二階建ての家。

その裏手から、木剣がぶつかる乾いた音が聞こえてくる。

 

カッ……カッ……!

 

(木剣の音か)

 

一つ目は力強いが少し粗削り。

二つ目は脱力ができていて、かなり洗練されている。

 

(……面白いな)

 

エリィは静かに裏手へ回った。

 

そこでは二人の子供が木剣を打ち合わせていた。

 

茶色い髪の少年。

白い髪の少女。

 

少し離れた場所で腕を組みながら見守っているのはガルドだった。

 

エリィは声をかけず、木陰から二人の動きを観察する。

 

やがて――

 

「そこまで!」

 

ガルドの声で訓練が止まった。

 

アッシュとリリシィは同時に木剣を下ろし、息を整える。

額には汗が浮かび、特にアッシュは肩で大きく呼吸していた。

 

その時、エリィは木陰から姿を現した。

 

「いい戦いだった」

 

拍手をしながら現れたエリィに、ガルドたちは一斉に振り返る。

 

「え!? 先生!? 来てたのかよ!!」

 

ガルドが慌てて駆け寄ってくる。

 

「久しぶりだな、先生! 元気そうで安心したぜ!」

 

「お前こそ相変わらず騒がしいな」

 

エリィは苦笑しながら答えた。

 

「すまんな声をかけようとは思ったんだが、二人の戦いが面白くてな。つい見入ってしまった」

 

そう言うと、ガルドはニヤリと笑ってアッシュたちを振り返った。

 

「アッシュ、リリシィ。挨拶しろ。

この人が俺の先生で、S級冒険者――魔装の達人だ」

 

アッシュは少し緊張した様子で頭を下げた。

 

「はじめまして。アッシュ・リグレットです。よろしくお願いします」

 

「……リリシィ・ルミリンスです」

 

リリシィも小さく頭を下げる。

 

エリィは二人を見つめ、静かに頷いた。

 

「エリィ・アストラル・リーフだ。よろしく頼む」

 

挨拶を終えると、エリィは二人へ真っ直ぐ視線を向けた。

 

「ガルドから話は聞いている。

お前たちに魔力の扱い方と魔装を教えてほしい、とな」

 

その青い瞳が鋭さを帯びる。

 

「だが、私の教えは甘くない。

弱音を吐き、諦めたなら、その時点で終わりだ。それでも学ぶ覚悟はあるか?」

 

「はい!」

 

アッシュは即答した。

 

「……お願いします」

 

リリシィも静かに頷く。

 

エリィは満足そうに微笑んだ。

 

「よろしい。ではまず、魔力の扱い方から始めよう」

 

―――――

 

アッシュから見たエリィの第一印象は、“厳しそうな人”だった。

 

金髪を高い位置で束ねたポニーテール。

鋭い目元。

無駄のない立ち姿。

 

お嬢様というより、戦場を駆ける騎士のような雰囲気を纏っていた。

 

そして何より印象的だったのは、尖った耳だった。

 

人族とは違う、エルフ特有の耳。

 

エリィは純血のエルフではなくハーフエルフだった。

 

純血のエルフほどではないが、それでも人間より遥かに長寿だ。

 

そんなエリィに魔力を教わり始めてから、三日が経っていた。

 

魔力とは生命エネルギー。

生き物にも、大地にも、空気にも存在している力。

 

まず必要なのは、それを“感じる”ことだった。

 

目を閉じ、呼吸を整え、自分の内側へ意識を向ける。

 

すると、胸の奥に微かな熱のようなものを感じる。

それが魔力だとエリィは言った。

 

アッシュは何度も繰り返し練習した。

 

初日は何も感じなかった。

二日目で微かな温かさ。

そして三日目――ついに、はっきりと魔力を感じ取ることができた。

 

「ほう……三日で感じ取れるようになるとは早いな。

ガルドの息子とは思えん」

 

「三日でも早いんですか?」

 

「ああ。普通は一週間、長ければ一ヶ月かかる。

子供で三日はかなり早い方だ」

 

「ちなみに父さんは?」

 

アッシュが聞くと、エリィは静かに指を二本立てた。

 

「……二ヶ月だ」

 

「マジですか……」

 

それなら言われても仕方ない、とアッシュは思った。

 

ふと隣を見ると、リリシィが自分の掌を見つめていた。

 

だが、そこにはまだ魔力の光が浮かんでいない。

 

「……できない」

 

珍しく悔しそうな声だった。

 

「焦る必要はない。アッシュが早すぎるだけだ」

 

エリィは優しく言った。

 

すると、エリィはアッシュへ向き直る。

 

「さてアッシュ。お前には先に魔装を教えてやろうか」

 

だがアッシュは首を横に振った。

 

「……先生。俺、まだいいです」

 

「なぜだ?」

 

「リリシィだけ置いて先に進むのは違う気がするんです。

俺たちは相棒ですから」

 

その言葉に、リリシィの瞳がわずかに見開かれた。

 

「……アッシュ」

 

エリィはしばらく二人を見つめ、やがて小さく笑った。

 

「ふっ……いい関係だな。

なら、リリシィができるようになるまで待つとしよう」

 

「……ありがとう、アッシュ」

 

「当然だろ。相棒なんだから」

 

その言葉に、リリシィは小さく笑った。

 

「……うん!」

 

―――――

 

それから数日後。

ついに二人とも魔力を完全に感じ取れるようになった。

 

「では今日から、魔装を教える」

 

エリィは右手に魔力を集中させた。

 

淡い青白い光が腕を包み込み、空気がわずかに震える。

 

「魔装は、魔力を身体や武器に纏わせる技術だ。

ただ流すだけではない。“包み込む”ように意識しろ」

 

エリィの拳に光が集まり、圧力のような気配が生まれる。

 

「これが基本の魔装だ」

 

アッシュとリリシィは真剣な眼差しで見つめていた。

 

「まずは掌に魔力を纏わせ、それを維持する練習から始める。

三十秒維持できれば合格だ」

 

「「はい!」」

 

そこから二人の魔装訓練が始まった。

 

―――――

 

数時間後。

 

「よし、今日はここまでだ」

 

疲れ切った二人を見て、エリィは静かに頷いた。

 

「だいぶ形になってきたな。

だが、その前に一つ確認しておくことがある」

 

エリィは布袋から透明な石を取り出した。

 

内部で虹色の光が揺らめいている。

 

「これは『魔色石』。

魔力を流すことで、その者の固有属性が分かる魔道具だ」

 

エリィが魔力を流すと、石は鮮やかな黄色に輝いた。

 

「私の属性は雷だ」

 

次にアッシュが石を握る。

 

すると石は黄緑色に輝いた。

 

「風属性か。

流れが綺麗だ。悪くない」

 

(風属性……ガルドと同じ火じゃないんだな)

 

続いてリリシィ。

 

石は淡い水色へと変わった。

 

冷たく透き通るような光。

 

「……氷属性か。珍しいな」

 

「氷属性……夏に便利そう」

 

「発想が平和すぎるだろ……」

 

アッシュは思わずツッコんだ。

 

エリィは小さく笑う。

 

「風は速度と機動力。

氷は拘束と精密性に優れる。

これからは属性を活かす訓練も行う」

 

そして二人を見つめ、静かに告げた。

 

「お前たちは、ようやくスタートラインに立った。

ここからが本番だ」

 

アッシュは拳を握り締める。

 

風のような感覚が、掌に残っていた。

 

(この力で……

みんなを助ける英雄になる。

樹……見ていてくれ)

 

「明日から本格的に始める。

覚悟はいいな?」

 

「はい!」

 

「……はい」

 

こうして、アッシュとリリシィの本格的な魔装訓練が始まった。

 

二人の英雄への道は、まだ始まったばかりだった。

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