「はぁ、どうしたものか……」
金色の髪に深い青の瞳、そして尖った耳を持つハーフエルフの女性――エリィ・アストラル・リーフは、自室でため息をつきながら呟いた。
彼女が悩んでいる理由は、今日届いた一通の手紙だった。
送り主の名はガルド・リグレット。
冒険者たちの間では『火炎のガルド』の異名で知られる、元A級冒険者だ。
エリィがガルドと出会ったのは、彼がまだ駆け出しのD級冒険者だった頃だった。
当時すでにS級として名を馳せていたエリィに、ガルドは子生意気にもこう言った。
『魔装を俺に教えろ!』
(……あの時は、本当に生意気なガキだと思ったな)
だが、生意気なだけではなかった。
根性も、剣の才能も本物だった。
それがエリィのガルドに対する印象だった。
ハーフエルフであるエリィは、人間と深く関わることを避けてきた。
親しくなった人間が、自分より先に老い、死んでいく姿を見たくなかったからだ。
だから最初は何度も断った。
しかし、ガルドは諦めなかった。
結局、その執念に負けて魔装を教えることになったのだ。
(……今度は、その息子に教えろというわけか)
エリィは手紙を見つめながら小さく息を吐いた。
内容は簡潔だった。
『五歳になる息子と、その友達に魔力の扱い方と魔装を教えてほしい。報酬はしっかり用意する』
正直、行く義務はない。
王都から西部辺境のパビブ村までは、馬車で最低でも一週間。
自由気ままに暮らしてはいるが、面倒さもある。
だが、最後に添えられていた一文を見て、エリィは苦笑した。
『こういうのはあまり好きじゃないけど……あの時の借りを返してくれよ、先生』
受けた恩は返す。
それがエリィの信条だった。
「……仕方ない。行くか」
―――――
それから一週間後。
「…………ここか」
エリィは手紙に同封されていた地図を頼りに、パビブ村外れの家へと辿り着いた。
木と石で作られた二階建ての家。
その裏手から、木剣がぶつかる乾いた音が聞こえてくる。
カッ……カッ……!
(木剣の音か)
一つ目は力強いが少し粗削り。
二つ目は脱力ができていて、かなり洗練されている。
(……面白いな)
エリィは静かに裏手へ回った。
そこでは二人の子供が木剣を打ち合わせていた。
茶色い髪の少年。
白い髪の少女。
少し離れた場所で腕を組みながら見守っているのはガルドだった。
エリィは声をかけず、木陰から二人の動きを観察する。
やがて――
「そこまで!」
ガルドの声で訓練が止まった。
アッシュとリリシィは同時に木剣を下ろし、息を整える。
額には汗が浮かび、特にアッシュは肩で大きく呼吸していた。
その時、エリィは木陰から姿を現した。
「いい戦いだった」
拍手をしながら現れたエリィに、ガルドたちは一斉に振り返る。
「え!? 先生!? 来てたのかよ!!」
ガルドが慌てて駆け寄ってくる。
「久しぶりだな、先生! 元気そうで安心したぜ!」
「お前こそ相変わらず騒がしいな」
エリィは苦笑しながら答えた。
「すまんな声をかけようとは思ったんだが、二人の戦いが面白くてな。つい見入ってしまった」
そう言うと、ガルドはニヤリと笑ってアッシュたちを振り返った。
「アッシュ、リリシィ。挨拶しろ。
この人が俺の先生で、S級冒険者――魔装の達人だ」
アッシュは少し緊張した様子で頭を下げた。
「はじめまして。アッシュ・リグレットです。よろしくお願いします」
「……リリシィ・ルミリンスです」
リリシィも小さく頭を下げる。
エリィは二人を見つめ、静かに頷いた。
「エリィ・アストラル・リーフだ。よろしく頼む」
挨拶を終えると、エリィは二人へ真っ直ぐ視線を向けた。
「ガルドから話は聞いている。
お前たちに魔力の扱い方と魔装を教えてほしい、とな」
その青い瞳が鋭さを帯びる。
「だが、私の教えは甘くない。
弱音を吐き、諦めたなら、その時点で終わりだ。それでも学ぶ覚悟はあるか?」
「はい!」
アッシュは即答した。
「……お願いします」
リリシィも静かに頷く。
エリィは満足そうに微笑んだ。
「よろしい。ではまず、魔力の扱い方から始めよう」
―――――
アッシュから見たエリィの第一印象は、“厳しそうな人”だった。
金髪を高い位置で束ねたポニーテール。
鋭い目元。
無駄のない立ち姿。
お嬢様というより、戦場を駆ける騎士のような雰囲気を纏っていた。
そして何より印象的だったのは、尖った耳だった。
人族とは違う、エルフ特有の耳。
エリィは純血のエルフではなくハーフエルフだった。
純血のエルフほどではないが、それでも人間より遥かに長寿だ。
そんなエリィに魔力を教わり始めてから、三日が経っていた。
魔力とは生命エネルギー。
生き物にも、大地にも、空気にも存在している力。
まず必要なのは、それを“感じる”ことだった。
目を閉じ、呼吸を整え、自分の内側へ意識を向ける。
すると、胸の奥に微かな熱のようなものを感じる。
それが魔力だとエリィは言った。
アッシュは何度も繰り返し練習した。
初日は何も感じなかった。
二日目で微かな温かさ。
そして三日目――ついに、はっきりと魔力を感じ取ることができた。
「ほう……三日で感じ取れるようになるとは早いな。
ガルドの息子とは思えん」
「三日でも早いんですか?」
「ああ。普通は一週間、長ければ一ヶ月かかる。
子供で三日はかなり早い方だ」
「ちなみに父さんは?」
アッシュが聞くと、エリィは静かに指を二本立てた。
「……二ヶ月だ」
「マジですか……」
それなら言われても仕方ない、とアッシュは思った。
ふと隣を見ると、リリシィが自分の掌を見つめていた。
だが、そこにはまだ魔力の光が浮かんでいない。
「……できない」
珍しく悔しそうな声だった。
「焦る必要はない。アッシュが早すぎるだけだ」
エリィは優しく言った。
すると、エリィはアッシュへ向き直る。
「さてアッシュ。お前には先に魔装を教えてやろうか」
だがアッシュは首を横に振った。
「……先生。俺、まだいいです」
「なぜだ?」
「リリシィだけ置いて先に進むのは違う気がするんです。
俺たちは相棒ですから」
その言葉に、リリシィの瞳がわずかに見開かれた。
「……アッシュ」
エリィはしばらく二人を見つめ、やがて小さく笑った。
「ふっ……いい関係だな。
なら、リリシィができるようになるまで待つとしよう」
「……ありがとう、アッシュ」
「当然だろ。相棒なんだから」
その言葉に、リリシィは小さく笑った。
「……うん!」
―――――
それから数日後。
ついに二人とも魔力を完全に感じ取れるようになった。
「では今日から、魔装を教える」
エリィは右手に魔力を集中させた。
淡い青白い光が腕を包み込み、空気がわずかに震える。
「魔装は、魔力を身体や武器に纏わせる技術だ。
ただ流すだけではない。“包み込む”ように意識しろ」
エリィの拳に光が集まり、圧力のような気配が生まれる。
「これが基本の魔装だ」
アッシュとリリシィは真剣な眼差しで見つめていた。
「まずは掌に魔力を纏わせ、それを維持する練習から始める。
三十秒維持できれば合格だ」
「「はい!」」
そこから二人の魔装訓練が始まった。
―――――
数時間後。
「よし、今日はここまでだ」
疲れ切った二人を見て、エリィは静かに頷いた。
「だいぶ形になってきたな。
だが、その前に一つ確認しておくことがある」
エリィは布袋から透明な石を取り出した。
内部で虹色の光が揺らめいている。
「これは『魔色石』。
魔力を流すことで、その者の固有属性が分かる魔道具だ」
エリィが魔力を流すと、石は鮮やかな黄色に輝いた。
「私の属性は雷だ」
次にアッシュが石を握る。
すると石は黄緑色に輝いた。
「風属性か。
流れが綺麗だ。悪くない」
(風属性……ガルドと同じ火じゃないんだな)
続いてリリシィ。
石は淡い水色へと変わった。
冷たく透き通るような光。
「……氷属性か。珍しいな」
「氷属性……夏に便利そう」
「発想が平和すぎるだろ……」
アッシュは思わずツッコんだ。
エリィは小さく笑う。
「風は速度と機動力。
氷は拘束と精密性に優れる。
これからは属性を活かす訓練も行う」
そして二人を見つめ、静かに告げた。
「お前たちは、ようやくスタートラインに立った。
ここからが本番だ」
アッシュは拳を握り締める。
風のような感覚が、掌に残っていた。
(この力で……
みんなを助ける英雄になる。
樹……見ていてくれ)
「明日から本格的に始める。
覚悟はいいな?」
「はい!」
「……はい」
こうして、アッシュとリリシィの本格的な魔装訓練が始まった。
二人の英雄への道は、まだ始まったばかりだった。