贖罪を胸に、異世界で英雄となれ   作:東西南北!!

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第八話 覚醒

「魔人族……?」

 

リリシィが小さく呟く。

アッシュは即座に彼女の腕を掴み、駆け出した。

 

「説明は後だ!!」

 

『風歩』

 

足元へ風を纏い、一気に加速する。

今までで最速。

全力だった。

 

だが――。

 

「おいおい、逃げんなよぉ」

 

間延びした声が響く。

次の瞬間。

 

ゴゴゴゴゴ――ッ!!

 

地面が盛り上がった。

 

「なっ――!?」

 

森の地面が隆起し、巨大な土壁となってアッシュ達を囲い込む。

逃げ道が、塞がれた。

 

「チッ……!」

 

アッシュは舌打ちしながら立ち止まる。

リリシィを背に庇い、木剣を構えた。

 

ゆっくりと。

 

魔人族の男が歩いてくる。

 

「人の顔見て逃げるなんてよぉ、最近のガキは礼儀がなってねぇなぁ?」

 

ヘラヘラと笑いながら、男は頭を掻いた。

その姿だけ見れば、どこにでもいる軽薄な男だ。

だが纏う魔力が異常だった。

 

空気が重い。

 

呼吸するだけで肺が軋む。

 

「……アッシュ。魔人族ってあの?」

 

「あぁ」

 

アッシュは唇を噛み締める。

本で読んだことがある。

 

人族と長年戦争を続けてきた、魔の種族。

圧倒的な身体能力。

強大な魔力。

そして何より――残虐。

 

「紫色の肌に黒い角……間違いない」

 

「へぇ? ちゃんと勉強してるじゃねぇか」

 

男がニタリと笑う。

 

「だったら分かるよなぁ? お前らみてぇなガキじゃ、オレ様には絶対勝てねぇって」

 

その笑みを見た瞬間、アッシュの本能が告げる。

勝てない。

今まで出会った誰よりも強い。

 

エリィに近い――いや、もしかしたらそれ以上。

 

「リリシィ」

 

「うん」

 

短いやり取り。

だが互いに理解していた。

今は生き残ることだけを考える。

 

「……行くぞ!!」

 

アッシュが地面を蹴る。

同時に、魔人族の男が笑った。

 

「あはははは!! 本当にやる気かよぉ!?」

 

男が地面へ手を触れる。

 

その瞬間。

 

ドゴォッ!!

 

無数の岩槍が地面から突き出した。

 

「っ!!」

 

「『旋風刃(せんふうじん)』」

 

アッシュは木剣を振り抜きながら身体を回転させる。

風の刃が渦となり、迫る岩槍を次々と切り裂いた。

だが数が多い。

 

左右から迫る岩槍へ、今度はリリシィが魔力を放つ。

 

氷ノ槍撃(アイシクルランス)

 

水色の魔法陣が展開される。

直後、無数の氷槍が放たれ、岩槍と正面衝突した。

 

轟音。

 

土煙。

 

視界が白く染まる。

 

「おぉ、やるじゃねぇか」

 

声が近い。

アッシュの目が見開かれた。

 

「――速っ!?」

 

煙の中から、魔人族が飛び出してきた。

狙いはリリシィ。

 

「守りが薄い方から潰すのが基本だよなぁ!!」

 

拳が迫る。

 

「リリシィ!!」

 

だが。

リリシィは逃げなかった。

静かに木剣を地面へ突き刺す。

 

氷ノ爆撃(クリスタルブレイク)

 

バキィィィン!!

 

地面が凍る。

 

次の瞬間、巨大な氷柱が爆発的に突き上がった。

森を突き破るほどの氷槍群。

 

「ほぉ!!」

 

魔人族は笑った。

避ける。

いや、それだけではない。

 

飛来する氷柱へ手を触れる。

 

「『歪な改造(アルタレーション)』」

 

――グニャリ。

 

氷が、歪んだ。

 

次の瞬間。

 

氷柱そのものが砕け散り、無数の氷塊となってリリシィへ襲い掛かる。

 

「え――」

 

避けきれない。

 

ドゴッ!!

 

「かはっ――!!」

 

リリシィの小さな身体が吹き飛んだ。

 

「リリシィ!!」

 

アッシュが駆ける。

 

倒れた彼女を抱き起こした。

額から血が流れている。

呼吸はある。

だが戦える状態ではない。

 

(なんだ今の……!?)

 

アッシュの背中を冷たい汗が伝う。

触れた氷を、分解した?

いや違う。

形そのものを書き換えた。

 

「『歪な改造(アルタレーション)』……」

 

理解不能な能力。

だがひとつだけ分かる。

危険だ。

 

「おいおい、もう終わりかぁ?」

 

魔人族が笑う。

 

「オレ様はまだ遊び足りねぇぞ?」

 

その瞬間。

地面が再び脈動した。

巨大な岩の拳が形成される。

アッシュ達を押し潰すほど巨大な拳。

 

「くっ……!」

 

リリシィを抱えたままでは避けきれない。

だが下ろせば間に合わない。

防ぐしかない。

 

でも――。

 

(防げるのか……?)

 

脳裏によぎる。

前世の記憶。

助けられなかった親友。

動けなかった自分。

もできなかった、弱い自分。

 

(また……失うのか?)

 

岩の拳が迫る。

死が迫る。

だが。

その瞬間。

 

アッシュの瞳に、強い光が宿った。

 

(違う……!!)

 

拳を握る。

木剣へ魔力を注ぎ込む。

限界を超えて。

身体が軋むほど。

 

「俺は……!!」

 

風が吹き荒れる。

森全体が揺れる。

 

「もう何も守れず終わるだけの俺じゃない!!」

 

黄緑色の暴風が剣へ集束する。

風が唸る。

大気が震える。

 

「風よ――龍となれ!!」

 

木剣を振り抜く。

 

「『爆風龍抉(ばくふうりゅうけつ)』ッ!!!!」

 

轟音。

 

暴風が龍の形を成し、咆哮を上げながら放たれた。

暴風の龍が、森を喰らうように荒れ狂った。

轟々と唸る風。

木々が軋み、地面が抉れ、周囲一帯の空気が激震する。

 

それはもはや“風”ではなかった。

 

破壊そのもの。

 

巨大な龍となった暴風が、一直線に魔人族へ襲い掛かる。

 

「はぁ!?」

 

初めて。

 

魔人族の男――ゴードの表情から余裕が消えた。

 

「なんだよそれぇぇぇぇ!!」

 

咄嗟に両手を前へ突き出す。

 

歪な改造(アルタレーション)!!」

 

紫色の魔力が迸る。

今までと同じように。

触れたものを捻じ曲げ、分解し、自分に都合のいい形へ変える絶対の能力。

 

そのはずだった。

 

だが――。

 

「……変わらねぇ!?」

 

ゴードの目が見開かれる。

暴風龍は止まらない。

確かに変質はしている。

風の流れも、形も、軌道も歪めている。

 

だが。

 

変えても変えても、暴風が再構築される。

龍が崩れない。

 

「なんなんだこの技はぁ!!」

 

暴風が唸る。

風が風を生み、壊されるたびに再び龍を形成していく。

暴風そのものが“喰らう意思”を持っているかのようだった。

アッシュは荒い呼吸を繰り返しながら、それでも剣を構え続ける。

 

全身が悲鳴を上げていた。

魔力が急速に削れていく。

視界も揺れる。

それでも――。

 

「『暴風龍抉』は……止まらない……!」

 

アッシュが叫ぶ。

 

「相手を喰らい尽くすまで、終わらない!!」

 

「クソガキがぁぁぁぁぁ!!」

 

ゴードが吠える。

次の瞬間。

暴風龍が、ついにゴードを呑み込んだ。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

凄まじい悲鳴。

風の牙が肉を裂き、骨を砕き、魔力を削り取る。

ゴードの身体が宙へ吹き飛ばされた。

地面へ叩きつけられる。

 

ズドォォォンッ!!

 

土煙が舞い上がる。

やがて。

暴風龍は空高く舞い上がり、そのまま爆散した。

森へ、強烈な風だけが吹き抜ける。

 

静寂。

 

アッシュは膝をついた。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ……」

 

限界だった。

今の一撃で、ほとんどの魔力を使い切った。

指先すら震えている。

それでも。

最初に向いた視線は、敵ではなかった。

 

「リリシィ!!」

 

アッシュは慌てて駆け寄る。

 

『暴風龍抉』は広範囲を巻き込む技だ。

 

咄嗟に威力を逸らしたとはいえ、無事とは思えない。

 

「大丈夫か!?」

 

「……ん」

 

リリシィが小さく返事をする。

氷の壁で身を守っていたらしく、致命傷にはなっていなかった。

だが全身はボロボロだ。

 

「アッシュの技、すごすぎ……」

 

「馬鹿! そんなことより怪我は!?」

 

「平気。ちょっと痛いだけ」

 

「それ平気じゃないからな!?」

 

思わず声を荒げる。

だが、生きている。

それだけで、胸の奥が熱くなった。

 

(守れた……)

 

涙が滲む。

前世では、守れなかった。

手を伸ばせなかった。

間に合わなかった。

でも今は違う。

 

ちゃんと戦った。

 

ちゃんと守れた。

 

「……アッシュ、なんで泣いてるの?」

 

リリシィが不思議そうに首を傾げる。

アッシュは涙を拭いながら笑った。

 

「嬉しいんだよ」

 

「変なの」

 

「うるさい」

 

そう言いながら、アッシュはリリシィへ肩を貸す。

 

「帰ろう。さすがに先生達に怒られる」

 

「たぶんすごく怒られる」

 

「だろうな……」

 

苦笑しながら歩き出そうとした、その時だった。

 

「おいおい……どこ行く気だぁ?」

 

声。

背筋が凍る。

 

アッシュとリリシィが同時に振り返った。

 

そこには。

先ほど吹き飛ばされたはずのゴードが、立っていた。

 

「なっ……!?」

 

上半身に大穴が空いている。

普通なら即死。

だがゴードは、口元を歪めて笑っていた。

 

「いい顔してんなぁ、お前ら」

 

ゴードの瞳が狂気に染まる。

 

「せっかく勝ったと思ったんだろぉ?」

 

アッシュの顔から血の気が引いた。

 

「なんで……生きて……」

 

「あぁ? 知らねぇのか?」

 

ゴードがニタァッと笑う。

 

「魔人族はなぁ……首から上を完全に潰されねぇ限り、簡単には死なねぇんだよ」

 

絶望的な言葉だった。

 

「残念だったなぁ!!」

 

ゴードが吠える。

 

「オレ様、今すっげぇムカついてんだよ。ガキ相手にこんな姿にされてよぉ!!」

 

紫色の魔力が爆発する。

森が震える。

空気が軋む。

先ほどまでとは比べ物にならない圧力。

 

「もう遊びは終わりだ」

 

ゴードが、自らの胸へ右手を突き刺した。

 

歪な改造(アルタレーション)

 

ドクン。

 

心臓の鼓動のような音が響く。

 

ゴードの身体が脈打つ。

骨が砕ける音。

肉が膨れ上がる音。

 

バキバキバキ――ッ!!

 

「っ……!」

 

アッシュ達が目を見開く。

 

ゴードの身体が変貌していく。

筋肉が異常なまでに膨張する。

角が巨大化し、牙が伸び、背中から漆黒の翼が生えた。

 

その姿は、もはや人型ですらない。

怪物。

まさに化け物だった。

 

「『歪な超越体(エヴォルブドフォーム)』」

 

ゴードが低く笑う。

 

「さぁ第二ラウンドだ、ガキども」

 

圧力が違った。

先ほどまでのゴードですら怪物だった。

だが今、目の前に立っている存在は、その比ではない。

 

空気が重い。

息を吸うだけで肺が軋む。

森全体が、ゴードという存在を恐れて震えているかのようだった。

 

「なんだよその顔ぉ?」

 

ゴードが醜悪な笑みを浮かべる。

 

「絶望してんのかぁ?」

 

漆黒の翼を広げながら、一歩前へ出る。

その瞬間。

 

ドゴォッ!!

 

地面が陥没した。

ただ歩いただけで、大地が砕ける。

アッシュの頬を冷たい汗が流れた。

 

(勝てない……)

 

本能が理解してしまう。

今の自分では、絶対に届かない。

『暴風龍抉』ですら耐えられた。

 

しかもあれは、全魔力を注ぎ込んだ一撃だ。

 

もう二度と撃てない。

 

「アッシュ……」

 

隣で、リリシィが小さく呟く。

 

声が震えていた。

無理もない。

彼女も限界だ。

全身傷だらけで、まともに戦える状態じゃない。

 

それでも。

 

リリシィは前へ出た。

 

「リリシィ!?」

 

「……アッシュ、下がって」

 

「何言ってんだよ!」

 

アッシュが叫ぶ。

だがリリシィは振り返らない。

ボロボロの身体で木剣を握り締め、ゴードを見据えていた。

 

「私が時間を稼ぐ」

 

「ふざけんな!!」

 

アッシュはリリシィの肩を掴む。

 

「置いて逃げろなんて言うな! 二人で生き残るんだろ!?」

 

「無理」

 

即答だった。

 

「今のアッシュ、もう魔力ほとんど残ってない。私を抱えたままじゃ絶対逃げられない」

 

「だったら俺が残る!」

 

「ダメ」

 

リリシィが初めて強い声を出した。

その瞳には涙が滲んでいる。

 

「アッシュは、生きなきゃダメ」

 

アッシュの心臓が強く打つ。

 

「私は、アッシュにいっぱい守ってもらった。だから今度は……私が守る番」

 

「そんなの……!」

 

「お願い……逃げて」

 

ぽろり、と。

リリシィの瞳から涙が零れ落ちた。

アッシュは目を見開く。

泣いている。

 

いつも無表情だったリリシィが。

 

「私は、アッシュに英雄になってほしい……!」

 

その言葉が、胸を貫いた。

アッシュは奥歯を噛み締める。

逃げたいわけじゃない。

置いていきたいわけじゃない。

 

そんなこと、できるはずがない。

 

だが――。

 

(俺が弱いから……!)

 

もっと強ければ。

もっと力があれば。

こんな選択をさせずに済んだのに。

 

ゴードが、そんな二人を見て大笑いした。

 

「あはははははッ!! 泣けるねぇ!! 友情ごっこかぁ!?」

 

巨大な腕を鳴らす。

 

「いいぜぇ! だったら先にそっちの白髪から殺してやるよ!!」

 

「やめろォ!!」

 

アッシュが叫ぶ。

だがゴードは止まらない。

地面を砕きながら、一瞬でリリシィへ迫った。

 

速い。

 

今までとは比較にならない。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

巨大な拳が振り下ろされる。

直撃すれば、リリシィの身体など跡形もなく吹き飛ぶ。

 

その瞬間――。

 

バチィッ!!

 

緑色の雷光が森を裂いた。

 

「……は?」

 

ゴードの動きが止まる。

 

拳が空を切った。

 

そこにいたはずのリリシィが消えている。

 

「どこ行きやがった!?」

 

周囲を見回すゴード。

そして。

 

「ノロマめ」

 

冷たい声が響いた。

ゴードが振り返る。

そこには、一人のエルフが立っていた。

 

金色の髪。

 

鋭い眼差し。

 

全身を走る緑雷。

 

その腕の中には、気絶しかけたリリシィとアッシュが抱えられていた。

 

ゴードの目が細まる。

 

「……誰だぁ、お前」

 

エルフは静かにリリシィを下ろした。

そして。

腰の細剣へ手を添える。

 

「悪いが魔人に名乗る名は持ち合わせていない」

 

バチバチと雷が迸る。

森の空気が震えた。

 

「だが、強いて言うなら――」

 

エリィが笑う。

それは、弟子達へ向ける優しい笑みではない。

 

獲物を見定めた“戦士”の笑みだった。

 

「この子達の先生だ」

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