これは良識欠けてる僕に与えていいスキルじゃない! 作:peko34
1 ユートピア
「ユウ、いるか?」
ノックもなしに扉が開く。
僕を呼ぶ声と共に、むわっとした熱気漂う部屋に入ってきたのは、僕たち幼馴染4人のまとめ役『エレ』だ。
「ゲームを買ってきたんだ。早速始めるぞ」
彼女は僕たちより1つ年上の高校3年生。最近は受験勉強に忙しいと寮の自室に籠りがちで、僕の部屋に顔を出すのは1週間ぶりになる。
4人で難しい事に挑戦するのが好きで、いつも嬉しそうな顔で僕らを厄介事に巻き込んでくる。
そんなエレだから、今みたいに突拍子もない事を言い出すのは珍しい事じゃないけど……ゲーム?
「なんだァ急に、ゲームなんて珍しいな」
重りを担いでスクワットをしながら、唸り声のように返答するのは『ピースケ』。190センチの身長に加えて、筋トレが趣味の熱苦しい男。
「つーかエレ、食費も節約してたのにゲームなんてよく買えたな」
鏡の前で、入念に走行フォームのチェックをしながら返すのは、エレの弟である『
小柄ながらも足の速さは全国でもトップクラスで、姉同様見た目は完璧なまでに整っている。
子供の頃からどんなスポーツでも突き抜けてしまう「天才」エレ。そんな彼女にあらゆる事で負け続けた僕たちは、1つの武器を磨いて対抗しようとした。
ピースケは力、MOは足の速さ、僕は特技といった具合に。
その結果、いつも4人が集まる僕の部屋はとても熱苦しい空間になってしまっていた。
「安かったんだ。500円だぞ? 受験勉強の息抜きにちょうどいいだろう?」
「あ、ふーん」
ああ、なるほどね。ゲームと聞いて少し期待したんだけどな……
「あー、今はようやく身体が悲鳴をあげ始めたところでな、悪ィな!」
「まぁ……僕も今回はパスで」
「ゲームなんて買ってる場合かお前は」
みんな、久しぶりにエレと会うというのに見向きもしない。
休日にわざわざ1つの部屋に集まって、身体をイジメ抜いている2人がゲームに食い付くわけがないんだ。
「待て待て、話だけでも聞け。というか『ユウ』はVRゲームがやりたいと以前から言っていただろう」
「……その値段でVRなんだ。ちょっと、それ見てもいい?」
えーと、タイトルは『ユートピア』。VRRPG──流行りのMMOではないんだ。
ふむふむ、開発者は世界中を震撼させた、あの『人と同じ思考が可能なAI』を開発した『
それよりこのAI凄いな、そんなの絶対おもしろ──あ、小さく『※本作には未実装です』って書いてある……凄く時間を無駄にした気分だ。
「ありがと、じゃあこれ荷物になるだろうし一旦部屋に置いてきなよ」
「だ、だから露骨に帰そうとするんじゃない。いいか? このゲームはな──」
「ユートピア、ユートピア……おい、発売数ヶ月でサービス終了が決まった超絶クソゲーって出たんだが」
いつの間にかスマホを片手に持ったMOが呆れたように呟く。
「…………」
「…………」
「…………その通りだが?」
「だが? じゃねェだろ! んなクソみたいなもん持ってくんなや!」
「エレ、またね!」
それはその値段にもなる。というかお金をドブに捨ててるまである。
みんなもう完全にエレに興味を失くして、僕も手元の動画に目を落とす。それでも彼女は止まらない。
「──待て分かった、認めよう。確かにこのゲームは特殊だ。難易度が恐ろしく高くてな、結構な実戦経験でも無いと、進める事すら難しいと思う」
「実戦経験って……あるかそんなもん。初めて口にしたまであるわこの単語」
「ゲームにんなもんが関係してくんのか?」
「最近のVRは、現実の身体で出来ることはなんでも出来るって聞くね」
だから今のVRは、誰でもクリア出来るようにと難易度がどんどん低くなっているって何かで見たな。
「そう、そこで運動能力だけは馬鹿みたいに高いお前らだ。特にユウは1対1の戦いなら、誰が相手でも負ける気はしないだろう?」
「いや戦いって……まぁ、相手と同条件でなら、まず負けないと思うけど」
なんだか全然話が読めない。
いくら難易度が高いといっても、運動神経が求められるゲームで僕らが苦戦する訳ないし。
「ほーん、ま、目の付け所は悪かねェが、そんならテメェがやればイイじゃねェか」
「そんな事はどうでもいいだろ? さ、とにかく起動するからな」
もう説得は諦めて勢いだけで押し切ろうとし始めた。ダメだな、これ今断っても明日明後日と永遠に誘われ続けるやつだ……
「はぁ……受験勉強はいいの?」
「ふっ」
エレは一つ笑ってVRゲームを起動する為のヘッドセットを取り出す。いいならいいけどさ……
そういえばエレは昔、VRデバイスだけは話題性に乗っかって買っていたっけ。一台じゃみんなで出来ないし、楽しくないってすぐ飽きていたけど。
「いや言えよ。いつもみてーに下らねえ理由なら付き合わねーぞ」
「……ふぅ、あー……それはだな…………」
「あ? 聞こえねーよ」
ゴニョゴニョゴニョゴニョと、「まず、私はゲームはあまりやってこなかった」だの、「あくまで息抜きとして──」だの声量の割に鬱陶しい前置きが続く。
なんだろ、珍しいけどそろそろピースケが苛ついてきてるよ? そんな空気を感じ取ったかエレは意を決したように──
「…………何度挑戦しても、私にはクリア出来なかったからだ……」
一言呟いた。
「……」
「……は?」
「なんだその顔は。言っておくが諦めた訳じゃないぞ。あくまでサービス終了まで時間が無いから──」
本題の後もしっかり見苦しいエレは置いといて……そんなこと……あり得るの?
今までなんでも完璧にこなしてきたエレが、運動能力を求められるたかがゲームをクリア出来ない?
待てよ、だとするとこれは……この超絶負けず嫌いが僕達に、クリア方法を聞きたい──なんて話なのでは……?
「お、おい、マジに受けてんじゃねえよ。こんなの俺たちを、その気にさせる為の嘘に決まってんだろ?」
「……分かった、ピースケは少し向こうを向いてくれるか? よし、これを見てくれ」
そう言ってエレが見せたのは自分の──胸元?
なんでだよ、はしたないなぁ。以前エレの家にお世話になってから完全に弟扱いだ……いや、胸元に痣のようなものが……ってこれ──
「ドラミングの痕!?」
エレは負けず嫌いを拗らせ過ぎて、勝負事で負けると凄い勢いでドラミングする癖がある。それでこんなにはっきり痣が出るまで叩いたって事は──
「──分かるか? 見ての通り、胸が痛くて眠れない段階まで来ている」
「いや、知らんけど……あ? じゃ、じゃあ今の話マジなのかよ……は、はは、うはははははは! おいおいマジかよ天才さんよォ!?」
「おいおいおいおい、本当か? ……よく見たら唇に歯型ついて、血が滲んでるじゃねえか! はは! 悔しさ表現のバリエーション豊かだなぁおい!」
下らないけど付き合いの長い僕たちには十分な証拠を突きつけられて、散々マウントを取られてきた2人は大喜び。
「あーもう待ってよ、駄目だって! 負け犬と化したエレはイジられるとすぐ涙目に──って、ふふ、あははははっ! ほら泣かないでよリーダー!」
当然同じ立場の僕もニッコリ。
あのエレが既に涙目になって、プルプルと震えながら拳を強く握りしめているんだから。
「っ、泣いて──ない! だが、そこまで笑ったんだ。お前らにも絶対にプレイしてもらうぞ?」
「ははッオーケーオーケー!
そうだなァ、これはオレがずっと思っている事なんだが。いつもバカばっかやってるエレが、天才扱いされてるのがどうにも納得いかなくてな。
いい機会だ! 本当の天才はこのピースケ様だと世間に教えてやる!」
これに真っ先に乗ったのはピースケ。
ウキウキと僕の椅子に掛けていたタオルで汗を拭き、エレの前で腰を下ろす。
「……分かった分かった。ならとっととコレを付けろ」
そう言ってエレは部屋の床に敷いてあるカーペットに横になるよう指示してヘッドセットを被せ、手際よく起動操作を行う。
「──っし! まァ仮想だのVRだのよくわかんねェけど、ちょっくら行ってくるわ!」
おっと、ご機嫌だね。
なんだか結局エレのペースに巻き込まれちゃったけど、僕もちょっと楽しみになってきたからいいか。
クリアは僕がするから、負けて帰って来ますようにっ!
「それで? 俺達はこのままただ待つだけかよ」
「なに、遊戯人口の少ないゲームだ。実際に掛かる時間は驚く程少なくなっている筈だ」
ああ、思考加速──『VR時間』ってやつか、少ない時間で長く遊べるんだっけ。話題になってたけどこのゲームに搭載されてたんだ。
だけど時間が出来たなら丁度いい。気になってた事があるんだ。
「あのさ、開発者の苗字の『九條』──エレ達と同じなんだけど」
「まあ、そうだな。九條星羅は叔母にあたる。あまり面識がある訳ではないが──」
「ちっ、うちの人間かよ。どうりでとんでもねえ技術だと思ったよ」
「人間と変わらないAIってやつだよね。なんで未実装なの?」
九條なら本当に開発してそうなのに。
『九條』──あらゆる分野で突出している為か、超エリート意識と選民思想にどっぷり浸かった困った一族。
目の前の2人の優秀さと、得意分野におけるプライドの高さを考えると、VR時間やAIのとんでも設定も信憑性しか感じない。
「剣と魔法と魔物がいる無法地帯が舞台で、人間の思考だとエログロだらけのとんでもない事になるらしいな。真相は知らんが」
「……九條は本当に、人の心を学ぶべきだね」
心はまず自分に搭載しなよ図々しいなぁっ!
なんて僕達が話していると、ピースケの方から「ピーピーピー」と電子音が鳴る。
「……急に何? 充電切れ?」
「いや、ランプが全て消えて──ゲームオーバーだな。どうやらやられてしまったみたいだ」
ピースケが被ったデバイスを確認して、少し嬉しそうな表情でエレは呟く。
「……やっぱしっかりクソゲーじゃねーか」
「……あんな素敵な笑顔と自信で向かったのに。泣ける……」
♢
「なんじゃあこのゲームはァァァッ!!」
ピースケが勢いよく飛び起き、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「おいテメェエレ!! なんなんだよあれは! ゲーム始まった途端とんでもねぇのが──」
「いや、恐らくゲームは始まってすらいないぞ?」
「──ああッ!?」
「時間から考えてやられたのはプロローグだな。ふふ、あんなあからさまな負けイベに、死ぬまで立ち向かえるとは……ふふ」
プロローグで負けイベ?
ああ、昔のRPGでよくある竜とか大きな亀が姫を攫う導入で、取り返そうとレベル1のまま突っ込んだ感じか。
「滅茶苦茶ピースケっぽいね。そんなに笑う?」
「ふふふ、中々出来る事じゃないぞ? 流石はピースケだ」
エレが異常に嬉しそう。これ多分、エレも立ち向かってやられてるやつ……
でも待てよ。それなら今、もし僕があっさりクリアしたらエレは──
「ぐっ……せっかくの休日に、こんな気持ちにさせやがってぇぇ!」
まだ文句を言っているピースケをよそに、俄然やる気が湧いてきた僕はとにかくゲームを始めようとする──が、少し遅かった。
既にMOがヘッドセットを着用して起動方法を確認している。
この速さは流石のカタルシス大好き男、小説もザマァのページだけしか読まない男。
散々好き勝手やってくれてる姉にドヤれる、絶好の機会を逃す筈ないか。
「そんじゃあ次は俺が行ってくるわ」
「ケッ、テメェじゃ無理だよ、とっとと死んでこい」
「あのなぁ、俺はお前みたいにすぐキレたりしないし、ソロで動くのは慣れてんだよ」
なんて軽口を言いながらMOはさっさとゲーム世界に飛び立ってしまった。うーんクール。
あーあ、MOならクリアしてもおかしくないんだよな。
「……はあ。エレさ。長くなりそうだし、僕ちょっと飲み物買ってくるね」
もしかすると今日ずっとMOの身体が僕の部屋に置かれる可能性すら──『ピーピーピー』
「……ゲームオーバー。やめてよ、MOを信じた僕まで恥ずかしいよ……ねえ、いくらなんでも早過ぎない?」
「確かにそうだな」
エレも不思議に思ったのかMOのヘッドセットを確認している。
「いや、なるほど、どうやらMOは自らログアウトを選んだようだ」
「あん? どーいう状況だそれ?」
「まあ大体予想はつくがな」
不思議に思いながらも間も無く「はぁ……」なんて、ため息と共に青白い顔をしたMOが起き上がってくる。
「はぁ……」じゃないんだよ。あんなに格好良かったのにこの速さはないよ!
「……」
「……」
「……いや序盤の鬱展開が王道なのは分かるけどよ。VRで見るのはちょっとキツくないか……?」
論外だった……
何なの? 誰も何も聞いていないのに突然言い訳を始めるの凄く格好悪い!
「これからはザマァ前の胸糞ページも読んでメンタルを鍛える事、いいね?」
「え? なんで? 読まないよ胸糞悪いから!」
そう言って血の気の引いた顔のままガックリと肩を落とすMO。何を見てきたらこうなるんだろう。
「さて、じゃあ次はユウだな? 散々外野から言いやがって、テメェはさぞかし上手く行くんだろうなア?」
「あのねぇ、僕がVRゲームをやりたかった理由は、ここなら多分思う存分に特技が活かせるからなんだよ?」
そう、身体は小さく力もない、そんな僕がここのスポーツ推薦を勝ち取れたのはこの特技のおかげで──
「……あ? ああ、あれな。最近しょうもない事にしか使ってねェから、凄さがスッと入ってこねェんだよな」
「自由に筋肉付けられねーってのが致命的なんだよ」
だというのに最近舐められてる気がするんだ……
しょうもない事にまで使える汎用性の高さがこの特技の恐ろしい所なのに……!
「もういいか? それで、今回ゲームを持ってきた理由の1つなんだが」
エレの声が少し低くなっている。これが本題かな。
「あー……初挑戦ではあり得ない事だとは思うが万が一、『リザ』という、赤い髪に角が生えた女と戦う時は、動画を撮ってきて欲しいんだ」
「……ふふ、そいつがエレの仇って事?」
「待て、なんでそれをユウだけに言う?」
「そーいやお前ら昔ユウにボコボコにされたっつってたっけ? やっぱ今でもケンカ強えのか?」
「む、昔の話だろ、今は──あー、俺はともかくエレには大概の事で勝ててねーじゃん」
「その大概の事には、ルールというものがあるからな」
「あ? どういう事だよ」
「何でもありの世界では……ユウのように倫理観が壊れてる人間ほど強いって事だな」
いや、なんて言い草……
そう、分かったよ。お望みのようだし本当に好き勝手やってクリアして、録画データはいやらしく出し渋ってやる……!
「……長くなるだろうから、エレはマウスピースでも用意しとくんだよ。
今日は歯軋りが、止まらなくなるだろうからさあ!」
そう吐き捨てて、僕は自分にとって初めて体験するVR世界に、ワクワクが抑えられないまま飛び立った。
♢
この時はただ、調子に乗っていた。
数え切れない程ゲームオーバー寸前まで追いこまれながらも録画を完了させて、エレのんーんー言いながら下唇を噛む姿を前に有頂天になっていた。
ここまではいい。
こんなに苦労したんだからお小遣いでも稼げるかなと、気軽に動画サイトに上げたのがマズかったのだと、数ヶ月経った今では思う。
まさか赤髪の女を倒したのが日本で僕だけで──そしてこのゲームを攻略出来る人間を、気が狂う程探している人間がいるなんて、知る筈もなかったから……