これは良識欠けてる僕に与えていいスキルじゃない!   作:peko34

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一章
1 ユートピア


 

「ユウ、いるか?」

 

 僕を呼ぶ声と共に、ノックもなしに扉が開く。

 むわっと熱気漂う部屋に入ってきたのは、僕たち幼馴染4人のまとめ役『エレ』だ。

 

「ゲームを買ってきたんだ。早速始めるぞ」

 

 口から出るのはいつも通りの突拍子もない話。

 1つ年上の彼女にとって、今は高校最後の夏休み。受験勉強で忙しいはずなのに。

 

「……なんなの突然」

 

 何か思いつく度に、嬉しそうに僕らを巻き込む厄介リーダー。嫌な予感が止まらない。

 

「なんだァ急に、ゲームなんて珍しいな」

 

 重りを担いでスクワットをしながら、唸り声のように返答するのは『ピースケ』。190センチの身長に加えて、筋トレが趣味の熱苦しい男。

 

「つーかエレ、食費も節約してたのにゲームなんてよく買えたな」

 

 鏡の前で、入念に走行フォームのチェックをしながら返すのは、エレの弟『MO(エムオー)』だ。

 小柄ながらも足の速さは全国トップクラス。姉同様、見た目まで完璧なまでに整っている。

 

 子供の頃からどんなスポーツでも突き抜けていく『天才』エレ。そんな彼女にあらゆる事で負け続けた僕たちは、1つの武器を磨いて対抗しようとした。

 ピースケは力、MOは足の速さ、僕は特技。

 たまり場である僕の部屋は、いつも熱苦しい空間になっていた。

 

「安かったんだ。500円だぞ? 受験勉強の息抜きにちょうどいいだろう?」

「あ、ふーん」

 

 例え厄介事でも、せめて面白いゲームであれば……なんて期待はしない方が良さそうだ。

 

「あー、今はようやく身体が悲鳴をあげ始めたところでな、悪ィな!」

「まぁ……僕も今回はパスで」

「ゲームなんて買ってる場合かお前は」

 

 みんな、久しぶりにエレと会うというのに見向きもしない。

 休日にわざわざ1つの部屋に集まって、身体をイジメ抜いている2人がゲームに食い付くわけがないんだ。

 

「待て待て、話だけでも聞け。というか『ユウ』はVRゲームがやりたいと以前から言っていただろう」

「……その値段でVRなんだ。ちょっとそれ見せて」

 

 エレが手に持っていた、ソフトらしきものを受け取る。

 えーと、タイトルは『ユートピア』。VRRPG──流行りのMMOではないんだ。

 

 開発者は世界中を震撼させた、あの『人間と変わらない思考が可能なAI』を開発した『九條星羅(くじょうせいら)』渾身の大作──九條?

 

 それよりこのAI凄いな、そんなの絶対おもしろい──あ、小さく『※本作には未実装』って書いてある……凄く時間を無駄にした気分だ。

 

「ありがと、じゃあこれ荷物になるだろうし一旦部屋に置いてきなよ」

「お、置いてこない! 聞けと言っているだろう。いいか? このゲームはな──」

「ユートピア、ユートピア……うわ。発売数ヶ月でサービス終了が決まった超絶クソゲーって出たんだが」

 

 いつの間にかスマホを片手に持ったMOが呆れたように呟く。

 

「…………」

「…………」

「…………その通りだが?」

「だが? じゃねェだろ! んなクソみたいなもん持ってくんなや!」

「エレ、またね!」

 

 みんな完全にエレに興味を失くして、僕も手元の動画に目を落とす。それでも彼女は止まらない。

 

「──待て分かった、認めよう。確かにこのゲームは特殊だ。難易度が恐ろしく高くてな、攻略には結構な実戦経験が必要なんだ」

「実戦経験って……あるかそんなもん。初めて口にしたまであるわこの単語」

「ゲームにんなもんが関係してくんのか?」

「最近のVRは、現実の身体で出来ることはなんでも出来るって聞くね」

 

 だから今のVRは、誰でもクリア出来るようにと難易度がどんどん低くなっているって。

 

「そう、そこで運動能力だけは馬鹿みたいに高いお前らだ。特にユウは1対1の戦いなら、誰が相手でも負ける気はしないだろう?」

「いや戦いって……まぁ、相手と同条件でなら、まず負けないと思うけど」

 

 なんだか話が全然読めない。

 いくら難易度が高いといっても、運動神経が求められるゲームで僕らが苦戦する訳ないし。

 

「ほーん、ま、目の付け所は悪かねェが、そんならテメェがやればイイじゃねェか」

「そんな事はどうでもいいだろ? さ、とにかく起動するからな」

 

 もう説得は諦めて勢いだけで押し切ろうとし始めた。ダメだな、これ今断っても明日明後日と永遠に誘われ続けるやつだ……

 

「はぁ……受験勉強はいいの?」

「ふっ」

 

 エレは一つ笑ってVRゲームを起動する為のヘッドセットを取り出す。いいならいいけどさ……

 

「いや言えよ。いつもみてーに下らねえ理由なら付き合わねーぞ」

「……ふぅ、あー……それはだな…………」

「あ? 聞こえねーよ」

 

 ゴニョゴニョゴニョゴニョと、「まず、私はゲームをあまりやってこなかった」だの、「あくまで息抜きとして──」だの声量の割に鬱陶しい前置きが続く。

 

 なんだろ、珍しいけどそろそろピースケが苛ついてきてるよ? そんな空気を感じ取ったかエレは意を決したように──

 

「…………何度挑戦しても、私にはクリア出来なかったからだ……」

 

 一言呟いた。

 

「……」

「……は?」

「なんだその顔は。言っておくが諦めた訳じゃないぞ。あくまでサービス終了まで時間が無いから──」

 

 そんなこと……あり得るの?

 今までなんでも完璧にこなしてきたエレが、運動能力を求められるたかがゲームをクリア出来ない?

 

 待てよ。だとするとこれは……この超絶負けず嫌いが僕達に、クリア方法を聞きたい。なんて話なのでは……?

 

「お、おい、マジに受けてんじゃねえよ。こんなの俺たちを、その気にさせる嘘に決まってんだろ?」

「……分かった、ピースケは少し向こうを向いてくれるか?」

 

 エレがこれが証拠だと言わんばかりに示すのは、自分の胸元?

 

「これを見てくれ」

 

 なんでだよ、はしたないなぁ。以前エレの家にお世話になってから僕も完全に弟扱いだ。

 でも確かに……胸元に痣のようなものが……あ。

 

「ドラミングの痕!?」

 

 エレは負けず嫌いを拗らせ過ぎて、勝負事で負けると凄い勢いでドラミングする。こんなにはっきり痣が出るまで叩いたって事は──

 

「──見ての通り、痛くて眠れない段階まで来ている」

「いや、知らんけど……あ? じゃ、じゃあマジなのかよ……は、はは、うはははははは! おいおいマジかよ天才サマよォ!?」

「おいおいおいおい、本当か? ……よく見たら唇、血が滲んでるじゃねえか! ふは! 悔しさ表現のバリエーション豊かだなぁおい!」

 

 散々マウントを取られてきた2人は大喜び。

 

「あーもう駄目だって! 負け犬と化したエレはイジられるとすぐ涙目に──って、ふふ、あははははっ! ほら泣かないでよリーダー!」

 

 当然同じ立場の僕もニッコリ。

 あのエレが既に涙目になって、プルプルと震えながら拳を強く握りしめているんだから。

 

「っ、泣いて、ない! だが、そこまで笑ったんだ。お前らにも絶対にプレイしてもらうぞ?」

「ははッオーケーオーケー!

 そうだなァ、これはオレがずっと思っている事なんだが。いつもバカばっかやってるエレが、天才扱いされてるのがどうにも納得いかなくてな。

 いい機会だ! 本当の天才はこのピースケ様だと世間に教えてやる!」

 

 真っ先に乗ったのはピースケ。

 ウキウキと僕の椅子に掛けていたタオルで汗を拭き、エレの前で腰を下ろす。

 

「……分かった分かった。ならとっととコレを付けろ」

 

 エレは部屋の床に敷いてあるカーペットに横になるよう指示してヘッドセットを被せ、手際よく操作を行う。

 

「──っし! まァ仮想だのVRだのよくわかんねェけど、ちょっくら行ってくるわ!」

 

 おっと、ご機嫌だね。

 なんだか結局エレのペースに巻き込まれちゃったな。まあ、僕もちょっと楽しみになってきたからいいけどさ。

 クリアは僕がするから、負けて帰って来ますようにっ!

 

       ♢

 

「それで? 俺達はこのままただ待つだけかよ」

 

 愚痴るようにMOは言う。

 

「なに、遊戯人口の少ないゲームだ。実際に掛かる時間は驚く程少なくなっている筈だ」

 

 ああ、思考加速──『VR時間』ってやつ。少ない時間で長く遊べるって、一時期話題になってた。このゲームに搭載されてたんだ。開発者、何者なんだよ。

 

「あ、そうだ」

 

 時間が出来たなら丁度いい。気になってた事があるんだ。

 

「開発者の苗字、エレ達と同じなんだけど」

「まあ、そうだな。九條星羅は叔母にあたる。あまり面識はないが──」

「ちっ、うちの人間かよ。どうりでとんでもねえ技術だと思ったよ」

「人間と変わらないってAIも凄いよね。なんでこれは未実装なの?」 

 

 九條なら本当に開発してそうなのに。

 

 『九條』──あらゆる分野で突出している為か、超エリート意識と選民思想にどっぷり浸かった困った一族。

 目の前の2人の優秀さと、得意分野におけるプライドの高さからは信憑性しか感じない。

 

「剣と魔法と魔物がいる無法地帯が舞台で、人間の思考だとエログロだらけになるらしいな。真相は知らんが」

「……九條は本当に、人の心を学ぶべきだね」

 

 AIに搭載してる場合かい。図々しいなぁ。

 なんて僕達が話していると、ピースケの方から「ピーピーピー」と電子音が鳴る。

 

「……急に何? 充電切れ?」

「いや、ランプが全て消えて──ゲームオーバーだな。どうやらやられてしまったみたいだ」

 

 ピースケが被ったデバイスを確認して、少し口角が上がったエレが呟く。

 

「……やっぱしっかりクソゲーじゃねーか」

「……あんな素敵な笑顔と自信で向かったのに。泣ける……」

 

 

      ♢

 

 

 

「なんじゃあこのゲームはァァァッ!!」

 

 ピースケが勢いよく飛び起き、顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「おいテメェエレ!! なんなんだよあれは! ゲーム始まった途端とんでもねぇのが──」

「いや、恐らくゲームは始まってすらいないぞ?」

「──ああッ!?」

 

「時間から考えてやられたのはプロローグだな。ふふ、あんなあからさまな負けイベに、死ぬまで立ち向かえるとは……ふふ」

 

 プロローグで負けイベ……ああ。

 昔のRPGでよくある竜とか大きな亀が姫を攫う導入で、取り返そうとレベル1のまま突っ込んだ感じか。

 

「滅茶苦茶ピースケっぽいね。そんなに笑う?」

「ふふふ、中々出来る事じゃないぞ? 流石はピースケだ」

 

 エレが異常に嬉しそう。これ多分、エレも立ち向かってやられてるやつ……

 待てよ。それなら今、僕があっさりクリアしたらエレは──

 

「ぐっ……せっかくの休日に、こんな気持ちにさせやがってぇぇ!」

 

 まだ文句を言っているピースケをよそに、俄然やる気が湧いてきた僕はとにかくゲームを始めようとするが、

 

「……っ」

「おせーよアホ」

 

 既にMOがヘッドセットを着用して起動方法を確認している。

 

 この速さは流石のカタルシス大好き男、小説もザマァのページしか読まない男。

 散々好き勝手やってくれてる姉にドヤれる、絶好の機会を逃すはずなかった。

 

「そんじゃあ次は俺が行ってくるわ」

「ケッ、テメェじゃ無理だよ、とっとと死んでこい」

「あのなぁ、俺はお前みたいにすぐキレたりしないし、ソロで動くのは慣れてんだよ」

 

 軽口を言いながらMOはさっさとゲーム世界に飛び立ってしまった。うーんクール。

 あーあ、MOなら本当にクリアしかねないんだよな。

 

「……はあ。エレさ。長くなりそうだし、僕ちょっと飲み物買ってくるね」

 

 もしかすると今日ずっとMOの身体が僕の部屋に置かれる可能性だって──『ピーピーピー』

 ……ゲームオーバー。

 

「やめてよ。MOを信じた僕まで恥ずかしいよ……ねえ、いくらなんでも早過ぎない?」

「……確かにそうだな」

 

 エレも不思議に思ったのかMOのヘッドセットを確認している。

 

「なるほど、どうやらMO自らログアウトを選んだようだ」

「あん? どーいう状況だそれ?」

「まあ大体予想はつくがな」

 

 不思議に思いながらも間も無く「はぁ……」なんて、ため息と共に青白い顔をしたMOが起き上がってくる。

 

 「はぁ……」じゃないんだよ。あんなに格好良かったのにこの速さはないよ!

 

「……」

「……」

 

「……いや序盤の鬱展開が王道なのは分かるけどよ。VRで見るのはちょっとキツくないか……?」

 

 論外だった。

 誰も何も聞いていないのに言い訳を始めるの、凄く格好悪い!

 

「これからはザマァ前の胸糞ページも読んでメンタルを鍛える事、いいね?」

「え? なんで? 読まないよ胸糞悪いだろ!」

 

 そう言って血の気の引いた顔のままガックリと肩を落とすMO。何を見てきたらこうなるんだろう。

 

「さて、じゃあ次はユウだな? 散々外野から言いやがって、テメェはさぞかし上手く行くんだろうなア?」

「あのねぇ、僕がVRゲームをやりたかった理由は、ここなら多分思う存分に特技が活かせるからなんだよ?」

 

 そう、身体は小さく力もない、そんな僕がここの推薦を勝ち取れたのはこの特技のお陰で──

 

「……あ? ああ、あれな。最近しょうもない事にしか使ってねェから、凄さがスッと入ってこねェんだよな」

「自由に筋肉付けられねーってのが致命的なんだよ」

 

 だというのに最近舐められてる気がするんだ……

 しょうもない事にまで使える汎用性の高さが僕の特技の恐ろしい所なのに……!

 

「もういいか? それで、今回ゲームを持ってきた理由の1つなんだが」

 

 エレの声が少し低い。これが本題かな。

 

「あー……初挑戦ではあり得ない事だとは思うが万が一、『リザ』という、赤い髪に角が生えた女と戦う時は、動画を撮ってきて欲しいんだ」

「……ふふ、そいつがエレの仇ってことね」

 

 この歯切れの悪さ。同性に負けちゃったかー。

 ヘッドセットを取り付けながら、エレがここまでムキになる理由に納得する。

 

「待て、なんでそれをユウだけに言う?」

「そーいやお前らユウにボコボコにされたっつってたっけ? やっぱ今でもケンカ強えのか?」

「む、昔の話だろ、今は──あー、俺らはともかくエレには大概の事で勝ててねーじゃん」

「その大概の事には、ルールというものがあるからな」

「あ?」

「何でもありの世界では……ユウのように倫理観が壊れてる人間ほど強いって事だ」

 

 ゲームの準備していたら、とんでもないこと言われてる……

 そう、分かったよ。

 お望みのようだし本当に好き勝手やってクリアして、録画データはいやらしく出し渋ってやる……!

 

「……長くなるだろうから、エレはマウスピースでも用意しとくんだよ。

 今日は歯軋りが、止まらなくなるだろうからさあ!」

 

 そう吐き捨てて、僕は自分にとって初めて体験するVR世界に、ワクワクが抑えられないまま飛び立った。

 

 

 

          ♢

 

 

 

 この時はただ、調子に乗っていた。

 数え切れない程ゲームオーバー寸前まで追いこまれながらも録画を完了させて、エレのんーんー言いながら下唇を噛む姿を前に有頂天になっていた。

 

 ここまではいい。

 こんなに苦労したんだからお小遣いでも稼げるかなと、気軽に動画サイトに上げたのがマズかったのだと、数ヶ月経った今では思う。

 

 まさか赤髪の女を倒したのが日本で僕だけで。

 このゲームを攻略出来る人間を、気が狂う程探している人間がいるなんて、知る筈もなかったから……

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