【悲報】自己犠牲で死んだはずの悪徳領主、何とか生還したものの偽物扱いされてしまう 作:性癖は脳焼き曇らせ
大人気RPG『魔冠のレガリア』シリーズ。
俺はそのシリーズ第一作目に登場する悪徳領主、シグレット・ワイヤーに転生した。
このシグレット・ワイヤー。
ゲームの舞台となるエルドロス王国の辺境に領地を持つ貴族で、見た目麗しい奴隷達を侍らせて薬漬けにしたり、魔物被害を訴える領民達の声を無視して、自分の屋敷の警備だけ厳重にしたりするとんでもない悪役だ。
おまけに金銭と引き換えに自国の軍事情報を敵組織に売るわ、そのせいで主要キャラの一人が死んでしまう鬱展開を引き起こすわ、果ては主人公である勇者の母親を奴隷にして殺したという過去も持っていたりする。
ちなみにシグレットはゲーム中盤、辺境領地に魔物の群れが押し寄せ、誰にも助けられることもなく無残に死ぬのだが………
せっかく異世界に転生したんだからめっちゃ鍛えて俺TUEEEとかやってみたいよね!!
いっぱい冒険して可愛いエルフとか渋くてかっこいいドワーフとかに会ってみたいよね!!
悪徳貴族だからってゲーム通りにする必要はないし、程々に領地運営して、敵も作らないようにして、ワイヤー家の資金で異世界満喫したいよね!!!
───なんて考えていた俺がアホだった。
だって人間を簡単に殺せてしまう程の殺傷能力を持った魔物がうじゃうじゃいるのだ。決して遊んでる場合じゃない。
魔物の襲撃によって一家の大黒柱を失った母子。
魔物によって無残に子供を殺された親。
手足を欠損した元兵士。
凌辱された娘。
壊滅された村。
たった一人残された身寄りのない子供。
うん。こんな切羽詰まった状況で「何とかしよう」と思わない方がおかしい。
そもそも『領主』として領民達から税金をふんだくっている身なのだ。
それを領民達に還元しないで平気でいられる程心臓に毛は生えていなかった。
あと普通に前世の価値観からやっぱり奴隷売買は可哀そうすぎて忌避感が湧くし、違法薬物だって受け付けられない。
そんなわけで悲惨過ぎる世界にめそめそしながら(その度に侍女兼秘書には「きたねえ涙拭いてください」と言われながら)ギルドと連携して火急の際には王都から指定の冒険者を派遣させる体制を作ったり、自警団作ったり、夫に先立たれた女性や負傷兵のセカンドワークとして公共事業を増やして工場建てたり、身寄りのない子供の受け入れ施設作ったり………
気が付けばあっという間におっさんになっていて、ゲーム開始時期に入っていた。
その頃には領地も安定してきて、どこにでもいる領主として侍女兼秘書さんにしばかれつつ過ごしていた。
本当は冒険者とかになって異世界を満喫してみたかったが、内政し過ぎてレベルやパラメーターは1のまま。
スライムにだってすぐに殺されてしまうだろう(神殿の聖職者の人に頼めば《鑑定スキル》で自分のステータスを見てもらえるのだ。異世界っぽい!)
だからこの辺境の領地にやって来てくれる冒険者や俺よりも外のことに詳しい領民達から話を聞いて、異世界欲を満たすことにしていた。
あと最近この『魔冠のレガリア』シリーズ第一作目主人公の───勇者一行も立ち寄ってくれるようになり、魔物討伐と引き換えに拠点の一部として衣食住の面倒を見るようにもなっていた。
もちろん俺は勇者のお母さんを殺していないし(けれど勇者のお母さんは数年前に病でなくなってしまったらしい)自国の軍事情報も流していないから主要キャラが死ぬ鬱展開を引き起こしていない。
悪徳領主シグレット・ワイヤーとして生きつつも、それなりに勇者達と良い関係を築いていた。
───そんな最中のことであった。
◇
「───前方南西、前線を基点にしておよそ五百里先から魔物の群れがこちらへ向かってきています。数は把握しきれていませんが、目視でゴブリンやウェアウルフといった小型・中型魔物が千を下りません。
さらにトロール五体、
今にも雨が降りそうな、黒く渦の巻いた曇天の下。
スタンピードによる大量の魔物達が辺境の領地を飲み込まんとする中、石作りの防衛拠点に各村から避難させた領民達を一人残らず収めさせて、目前に迫る光景をぼうと眺める。
前世の知識でスタンピードが起こることは知っていた。
けれどそれが具体的にいつ起こるのか分からず、ただその日に備えて巨人頭一つ分高い石作りの壁で出来た要塞を何十年も前から作っていたのだ。
しかしいざ夥しい程の魔物の群れを見ると、この砦もあっという間に破壊されてしまうだろうなと思う。
その時ふと気付いた。
砦の上には武装した兵達が整列しているのだが、誰一人取り乱していないのだ。
それが気になって、隣に佇む兵士に尋ねる。
「…………皆やけに冷静じゃないか? こんな状況だし、養育者のいる者は今すぐ領民と共に避難しても良いんだぞ」
前もってそう通達もしているはずだ。
けれど想定よりも多く集まっている兵士達に首を傾げる。
するとその兵が苦笑した。
「ここを逃げても安全な土地がないことは皆知っています。魔物によって故郷を追われた者達が、最後に辿り着く安寧の場所がここなんです」
確かに彼の言う通りこの世界は魔物による悲劇に満ち溢れている。
裏門を開け領民達を避難させるよう命じているが、どうやら誰もこの場所から離れようとしないらしい。
「それに妻からも言われましたよ。ここで恩を返さないで、いつ返すのかと」
するとそれをきっかけに兵達が口々に話し出す。
「というか領主様もこんな前線にいるなんて変な話でしょう! 貴方こそ早くお逃げくださいよ!」
「いや、現場責任者が残るのは当然かと………」
「アンタって人は本当に真面目っすね! ま、そんなんだから皆逃げようとしないんですけど!」
「俺も妻から言われましたよ! 魔物一匹でも倒さないと二度と家の敷地をまたがせないぞと」
「どうせ死ぬってんのに何言ってんだか!」
先程の様子と打って変わって明るく笑いだす彼らにきょとんとする。
すると俺の隣に佇む兵が呆れた様子で言い放った。
「ま、そういうことです。今逃げたって逃げ切れるか分からない。その先が地獄かもしれない。だから誰一人故郷となったここから逃げないんですよ」
「そんな………」
「───だが、貴方は生き残るべき人だ。迎えはすでに用意しております」
その時、後ろから声をかけられた。
振り返ればこの世界の主人公達、勇者一行がいる。
何でこんなところに、と思う暇もなく勇者の青年───アレンが言い放った。
「シグレットさん、早くここから逃げるぞ! アンタ一人なら護衛して逃げ切れる!」
「いや、領民達を置いて逃げることなんて………」
そう答えればアレン君が苛立ったように続けた。
「アンタはなんっも分かってねえ!! こんな腐った世界でな! アンタだけなんだよ! 俺達市民のためにどうにかしようとしてくれるのは!」
「そんなことは───」
「だから早く俺達と逃げてくれ! この先シグレットさんが救う無数の命のために、今ここで俺の手を取ってくれ!」
アレン君が俺に向かって手を差し伸べる。
彼の後ろにはパーティーの聖女、戦士、女魔術師もいて、彼らは固唾を飲んで見守っている。
けれど申し訳ないが、いくら考えたってここから俺一人だけ逃げることはできなかった。
「ごめんね。やっぱりそれはできないよ」
「何で………! アンタの代わりはいないんだぞ! アンタさえ生き残れば将来救える命が、」
「ここで逃げることもできず、この拠点で魔物による蹂躙を待つしかない───何の武装もしていない領民達を放って、将来救うかどうかも分からない命のために逃げ出すことなんてできない」
アレン君がそれに言葉を失う。
ここまでしてくれたのに本当に申し訳ないが、今領民達を置いて逃げたらきっと自分の心は罪悪感で耐えられない。
多分こういったところが上に立つ者として全然向いていないのだろう。
だから侍女兼秘書からバシバシしばかれていたのかもしれない。
そして俺はすぐ隣に立つ、先程俺の問いに答えてくれた兵に話しかけた。
「そこの君、ロルフ・グレイヴ君だったね。君の奥さんのお腹の中にはお子さんがいるだろう。次の春には生まれると聞いているよ」
兵───ロルフ君の瞳がゆるりと揺れ動く。
それからくるりと見渡して、兵達に声をかけていった。
「そこにいるエドガー・ハウレット君には足の悪い妹さんがいるだろう。今度幼馴染の青年と結婚するって言っていたね」
「オスカー・フェルド君、確か高齢の御両親がいたね。君の御両親の焼く胡桃御パンは好きだったなあ」
「ミカエル・ブロント君、君のお子さんはまだ3歳だろう。もし君が死んだらお子さんが一人になってしまうよ」
そして再び、俺はアレン君に向き直る。
「アレン君、俺はもう知っちゃっているんだ。ここに残ってくれている領民達がどんな人で、どんな風に生きているかを知ってしまっている。だから俺は、この人達を置いて逃げることはできない」
そうやって言葉にしていく内に、自分の中の気持ちもはっきりと固まっていった。
うん、腹は括ったぞ。
勇者一行を一人一人見つめる。
戦士ガイウス
聖女ユーフィリア
魔術師イゾルテ
そして、勇者アレン。
この者達がいずれ魔物を凶暴化させて人類を滅ぼそうとする邪神を討伐する。
そこでふと思った。
こうやって見ると、やっぱり皆若いなと。
最年少の聖女ユーフィリアが確か15歳で、最年長の戦士ガイウスが22歳くらいだった気がする。
ゲームの主要キャラクターとしてやっぱり若者の方がプレイヤー受けが良いのかなと思う反面、こんな若者達に世界の命運を預けて申し訳ない。
「…………ごめんね。君達みたいな若い子達に全部押し付けて、本当にすまない。もし逃げ出したくなったら逃げたって良いんだからね」
「何を言って」
「それから、ありがとう。君達から聞く冒険の話は本当に楽しかった。俺もいっしょに外の世界で冒険しているような気持ちになれた」
そう言いながら懐から一枚の書類を取り出す。
自分がいなくなった時のこの領地を誰が統べるか、そういったことが事細かに書かれた遺書をアレン君に押し付けた。
アレン君が茫然と俺を見つめる。
そして俺は砦から身を乗り出し、飛び降りた。
「シグレットさん!!!!」
兵達のどよめきとアレン君の叫び声が耳に入る。
高さおよそ500m程の砦の防壁から落下しながら、俺は自身の両手を組んだ。
───この世界には《
ゲームの設定ではHP/MPを大幅に削って放つ特大魔法で、レベル上げをしてから使わないと即死する必殺技だ。
昔神殿で鑑定してもらった結果、俺にもそういったスキルがあることが分かり、ちょっと嬉しかったのを思い出す。
俺はレベルもパラメータも初期値のままだから死んでしまうだろう。
けれどこれを使うことはとっくに決めていたのだ。
勇者アレン君の顔を見て、腹も括った。
夥しい程の魔物達が黒い波となって砦の防壁に迫りくる。
息を吐く。
「───《
自身の内側から真っ白な光が凄まじい勢いで円形状に広がっていく。
激しい閃光は魔物の群れを覆い込み、光に触れた魔物達が一瞬にして消滅していく。
身体の段々と無くなっていくのが分かった。
良かった。
最後にかっこいい領主らしいことができて。
そして俺の意識はぷつりと途切れた。
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天洋暦682年。
エルドロス王国南西辺境防衛砦において魔物の大侵攻あり。領主シグレット・ワイヤー辺境伯、固有技能を用いこれを撃退。
討伐数、約五千。
同戦闘後、辺境伯の遺体は確認されず、以後その消息は不明と記録される。