【悲報】自己犠牲で死んだはずの悪徳領主、何とか生還したものの偽物扱いされてしまう 作:性癖は脳焼き曇らせ
今日の夕方にバルゴさんがやって来る。
それまでに身寄りを失くした者達への嘆願書のたたき台を作る必要があるだろう。
しかし現行の行政システムが10年前とどれくらい変わっているか分からない。
そのためどうしようかなと悩んでいたところ、意外にもそれはあっさりと解決した。
「───はい、これ。図書館からリュシール領の領政録を取ってきてあげたわよ」
「ありがとう! 本当に助かるよ!」
冒険者の格好をした白髪の少女───マリアベルが一冊の蔵書を差し出す。
それに礼を言えば、マリアベルは「どういたしまして」とくすぐったそうに笑った。
エルドロス王国の全領主は4年ごとに最新版の領政録を王都大図書館へ提出しなければならないのだ。
もちろん原本は各領地に保存されているし、外部に流出しても問題のない簡易資料であるため貸し出しも行われている。
つまり「とりあえずこれを読めば基本的なその領地の政策が分かるよ!」ということが書かれているわけだ。
(院内の廊下でうろうろしてたら、ちょうどマリアベルがいたんだよな。ダメ元で頼んでみたけど、引き受けてくれて本当に良かった)
マリアベルはというと、どうやらギルドの任務で大量のポーションを病院に運んでいたらしい。
仕事もちょうど終わったところで、俺がうろうろしているのを発見したそうだ。
(いや、マリアベルがいてくれて本当に助かった。冒険者の人が病院にいないか探そうと、ナースの人達には売店に行くって誤魔化していたんだもんな)
本当に感謝である。
するとマリアベルは俺の黒く染まった両手を見つめ、心配そうに呟いた。
「貴方の意識が戻って良かったけど………その手は大丈夫なの? もしかしてまだどこ怪我を………」
「ううん、何ともないよ。怪我とかそういうのじゃないし、面会も許されているくらいだから全然平気だよ」
今のところ両手が変な感じになっている以外は問題ない。
少なくとも領主時代に悩まされた腰痛と比べたら、この両手の黒ずみなんて黒子みたいなものだろう。
(むしろマリアベルこそ色々環境が変わって大変だろうに)
おじさんのことは気にしなくて大丈夫だよ。今は自分のことだけ考えてね、という気持ちになってしまう。
そしてその時、ふとあることを思い出した。
「オスカー君………じゃなくて、オスカーさんは?」
「オスカーさんはまだ王都にいるわよ。復興支援で炊き出しとかやっているの。あの人も貴方のことを心配で、見舞いに来たいって」
「もちろん! 実は昨日目が覚めて、今日から面会ができるようになったんだ。だから来てくれると嬉しいよ」
オスカー君も無事な様子でほっと安堵する。
するとマリアベルがどこか気恥ずかしそうな様子で口を開いた。
「私ね、冒険者ギルドに入ったの。モニカさんっていう人が良かったら入ってみないかって誘ってくれて、身分証もできて…………ちゃんと屋根のある部屋に住めてる」
そして彼女は目の覚めるような美しい金色の瞳で、まっすぐと俺を見つめた。
「───ありがとう。あの時、シグやオスカーさんが私を助けてくれたから、今こうやって生きることができている」
それに何だか胸が熱くなる。
マリアベルの様子を見るに迫害されている様子はない。
むしろ冒険者ギルドに所属し、王都の人達からは頼られている。
原作とは違うそのマリアベルの姿がとても眩かった。
「…………マリアベル、それは違うよ」
「え?」
「それはマリアベルが頑張ったからに過ぎないんだよ。オスカーさんだって、きっとそう思うよ」
確かに俺やオスカー君がマリアベルを助けたのがきっかけだったのかもしれない。
けれど結局は、マリアベル自身がそうあろうとしたからに過ぎないのだ。
レッドドラゴンの襲撃時、魔力切れを起こした俺を助けてくれた。
女の子のお母さんを助けてくれた。
そしてモニカさんの手を取り、冒険者となって王都の人達のために働いている。
そういった積み重ねがマリアベルを『憤怒の魔女』にさせなかったんじゃないのか。
すると、マリアベルは花が咲くように笑みを綻ばせた。
・
・
・
マリアベルが去った後、俺は夕方に行われるバルゴさんとの面会に向けて黙々と準備していた。
マリアベルが持ってきてくれた領政録は基本的なことしか書かれていない。
そのため細かいところまで詰められないが、あるのと無いのとじゃ大分違かった。
(王都で身寄りを失くした者の中で希望者を他領へ移送するためには───まず本人の意思の確認、受入領からの承諾書、そして移送責任者の署名か。ここら辺は昔と変わらないな。
リュシール領以外の領地は受け入れてくれないのかな? 王都からリュシール領まで遠いから、近場のヴェルデ領とかエルバ領とかはどうなんだろう。あそこの貴族は比較的穏健派だった記憶があるけど…………)
ベッドの上で領政録を広げながら、タイプライターを打っていく。
何度も試行錯誤するため、結構な枚数の紙を駄目にしてしまった。しかもそれがベッドの上で散乱しているため、バルゴさんが来るまでに片付けなければならないだろう。
(あくまでたたき台だからね。それに俺はギルドの中でも下っ端の下っ端だから受理されない可能性もあるし。
それにやっぱり王都の役人達がスマートなプランを考えているよね? どういう方向性で舵を切るのかだけでも知りたいなあ………)
というか、俺一人が考えたプランなんてたかが知れている。
だからこういったことは既にバルゴさん達か王都の役人が考えてくれていて「あ、何だ。俺の嘆願書っていらないんじゃん」となってくれた方が絶対に良い。
(まあ、作るだけ作って、必要なかったら必要ないでいっか)
そしてタイプライターを打ちながら、思考の渦に呑まれていく。
(ええと…………まず急ぐべきなのは、王都での一時的な受入体制の設計かな。希望者の選別と書類整備と………一時保護先の確保までは王都で完結できる。一時保護先は教会が妥当かな? 教会には本部からの支援金があったはずだよね)
(問題はその先か。それと並行してリュシール側で受入基準と配置計画を固めなきゃ。それが終わったら、リュシール領で定住モデルを成立させる。雇用と住居と、身分保証───そこまで形にできれば、後は他領を説得して…………)
そんなことをぼんやり考えながら、ひたすら手を動かす。
しかしその時、部屋の扉がノックされた。
ハッと顔を上げれば、窓の外の日はとうに傾いており赤く色づいている。
「───シグ、ギルドマスターのバルゴだ。入るぞ」
「え、え!?」
(やばいやばい、全然できてない!!!)
しかもベッドの上は紙が散らかっていて、めちゃくちゃ汚い。
けれど俺が止める前にバルゴさんは呆気なく扉を開いてしまった。
◇
バルゴが部屋に入ると、そこは無数の紙で散らかっていた。
ベッドの上にはタイプライターと正座しているシグがおり、こちらを見ながら何とも言えない表情で「お疲れ様です………」と気まずそうに挨拶してくる。
(? 何だこれは………)
そしてバルゴは近くにある紙を一枚手に取る。
紙一面を埋め尽くす、虫でも這っているかのような文字の羅列。
それにシグはタイプライターから紙をピッと切り取り、周りに散らかる紙を慌ただしくまとめた。
「それはちょっときちんと書けていないので、良ければこちらの書類を見ていただきたいかと………」
しかしバルゴは適当に摘んだ一枚の紙の前で固まる。
『魔物災害に起因する扶養基盤喪失者の包括的救済措置ならびに行政扶助・就業斡旋・住居供与制度の適用について』