【悲報】自己犠牲で死んだはずの悪徳領主、何とか生還したものの偽物扱いされてしまう 作:性癖は脳焼き曇らせ
冒険者ギルドのギルドマスター、バルゴはリュシール領領主シグレット・ワイヤーと直接顔を合わせたことはない。
しかしバルゴがまだ一冒険者であった頃、リュシールの領主街にてシグレットを見かけたことがあった。
街中にある建設中の建物を前に、彼は職人達と同じような作業着と帽子を被り、現場責任者らしき老父と話していたのだ。
───お疲れ様です。いつも本当にお世話になっております。あ、これ、差し入れですので、休憩の合間に皆さんでどうぞ。…………ええと、それから進捗についてですが、予定通り収穫祭の前には終わりますかね?
───シグレット様! いつもお気遣い感謝いたします。それから工場ですが、予定通りに進んでおります。基礎はもうほとんど出来上がっており、今は主棟の骨組みに取り掛かっているところです。
───ええ、すごい! 資材の方はどうですか? 最近近隣諸国の戦争の影響で鉄材が値上がりしそうですので、早めに確保しておきましょうか。この工場が動き始めれば、魔物被害で働き口を失くした領民の暮らしも安定するでしょうから。
見たこともない、異様な光景だった。
彼の部下であろう者達が馬車から積み荷を降ろす。
そこには瓶詰めされた水と糖付けの果物が入っており、領主と呼ばれた男───シグレットは「どうぞどうぞ」と慣れた様子で差し出した。
市井の人間と貴族が何とでもないように会話するのは珍しく、バルゴはつい聞き耳を立ててしまう。
(何だ、アイツは)
バルゴの出身はエルドロス王国最北部で、その領地を統治する貴族は圧政によって領民を苦しめていた。
税を払えず娘を売った者。
冷害により飢え死にする者。
領主の気まぐれによって、処刑される者。
領民達が反旗を翻す前に奴は徹底的に尊厳を奪い、反乱を起こす気さえ無くさせる。
そんな領主を前に皆恐怖で思考停止していた。
それに耐えられず、バルゴは逃げるように故郷を出て王都へやって来たのだ。
どこの貴族も似たようなものであるが、王都の貴族達は貴族街から出ないだけまだマシだった。
しかしアイツは何なのだろう。
平民相手にあんな態度を取って、何を考えているのか。
舐められて見下されて、いつか後ろから刺されてしまうに違いない。
けれど、バルゴの中である言葉が思い付く。
(ああ、
自己顕示欲の肥大化した男で、気まぐれに施しを与え、悦に入っているのだろうと当たりをつける。
そう思うと全てに納得がいった。
すると気難しそうな老父がシグレットに尋ねる。
───シグレット様、どうしてこうもワシらを気にかけてくださるんですか?
───そりゃあ皆さん頑張ってくださるから俺も何かしないとって思いますし、それに………
───それに?
───これでも領主やらせてもらっているので、
シグレットが実際にどういった人間かは分からない。
しかしその姿が、何年経ってもバルゴの頭から消えなかった。
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シグが差し出した書類の束を前にバルゴは固まる。
『魔物災害に起因する扶養基盤喪失者の移転及び定住支援に関する包括的救済措置ならびに行政扶助・就業斡旋・住居供与制度の適用について』
一枚目には書類の目録が載っており、捲っていくと今回のレッドドラゴンの襲撃によって身寄りを失くした被災者への措置が事細かに書かれていた。
王都での一時保護先の選定からリュシール領への疎開計画まで立てられており───ざっと見ただけでも、その内容は驚くほど緻密で、被災者の生活再建に必要な手順が段階ごとに明記されている。
これを短期間でまとめ上げたのだとすれば、並大抵の労力ではないだろう。
するとシグは固まるバルゴに向けて、おそるおそる口を開いた。
「…………すみません。いきなりこんなもの渡されても困りますよね。今回のレッドドラゴンの襲撃で被災した方達に向けて何かできないか、自分なりに考えてみたんです。
でももうこういった計画がすでに立てられていたら、こちらは破棄していただいて構いません」
「……………いや、被災した者達の一時的な住居として協会を開いたり、有志の職人を集めて広場に簡易テントを張ったりしているが、そこからは何も───」
「あ、そうなんですね! 仮設地は建てられていて、一時的な寝床は確保されているということですか。ちなみにこちらの指揮は役人の方が?」
「……………役人共は一応を支援として資材や金は出しているが、そこで止まっている」
「なるほど、被災現場の立て直しや食料補給などはクリアされているとのことですね。確かにそれが出来ていなかったら今頃王都で暴動が起きているはずですもんね」
シグがバルゴの言葉に丁寧に返す。
バルゴは今自分が一体
するとシグは表情をくるりと変えて、バルゴの様子を伺うように話し出す。
「…………大変お忙しいところ恐縮ですが、被災者へのプランとして、こちらを嘆願書という形でまとめました。もし未だ方向性が定まっていないようでしたら、一提案としてギルドマスターであるバルゴさんから、王都の役人か現リュシール領領主のロザリー様にお渡しすることはできませんか?」
「伝手があればですが………」と言うシグをバルゴはまじまじと見つめる。
するとそんなバルゴ達の沈黙に、シグは慌てた様子で付け加えた。
「もちろん現行の行政システムを網羅していないので穴だらけですし、特に王都からリュシール領への移動手段がきちんと詰められていないので、考える余地はまだまだあります。
ただゼロからプランを作るよりも、めちゃくちゃな形でもこういったたたき台をある程度作った上で審議却下していった方がスムーズに進むかなと………」
「…………」
「あ、それともやっぱりこういった計画は水面下ですでに立てられていますよね? 嘆願書だったら一提案として受け取ってもらえるかなと思ったんですが、やっぱり必要なさそうですので、私の方で破棄して………」
そう言ってシグは一人で納得し、バルゴの手からいそいそと書類を取り返そうとする、が。
それを当のバルゴが止めた。
こんなもの、あった方が絶対に良い。
「…………これは俺が預かっておく。王都の役人については商業ギルドのギルドマスターが詳しい。アイツに話を通して渡してもらおう」
「あ、ありがとうございます!」
「いや、感謝するのは俺の方だ」
現状国の上層部がこういったことを精査しているとは思えない。
一部の役人達が尽力をしている可能性もあるが───
王都がいかに切羽詰まった状況であるか危機感を仰ぐことができるからだ。
この嘆願書は商業ギルドのギルドマスター、シャムルークの他、医師局局長のサミュエルやシスター・クラリスにも報告した方が良いだろう。
(……………というよりも)
コイツは一体、何なのか。
身寄りのない孤児として身分証明無しで登録できる冒険者ギルドに身を寄せた少年。
複雑な文字の読み書きを困難とする者には掲示板の文字を読んでやり、新人冒険者には準備金と報酬金の差額計算をやってやる。
その高い教養と面倒見の良さから、おそらく学位のある親の元に生まれた訳ありの孤児だと当たりを付けていた。
中には没落した元貴族の令息だと噂する奴もいたが、それでもその人の好さから「たとえ元貴族だとしても罪はない」と大目に見られていたのだ。
しかしこれは何だろうか。
(学位持ちの親から生まれた少年? 没落貴族の子息? それにしたって………)
あまりにも賢すぎる。
まるで子供の身体に無理矢理大人の精神を入れ込んだような、そんな違和感を感じるのだ。
「…………お前さん、気持ち悪いな」
「!? 気持ち悪くてすみません………」
「いや、それよりもどうしてこれを作った。こういったことをお前さんがやる必要はどこにもないだろう」
レッドドラゴンの襲撃によって怪我をした者を命がけで治した。
そしてそれだけでなく、目覚めてからもこのような行いを、まるで自分自身のことのように解決しようとする。
けれどそんな彼にシグはきょとんとした後「え」と声を漏らす。
「………………何ででしょうかね?