【悲報】自己犠牲で死んだはずの悪徳領主、何とか生還したものの偽物扱いされてしまう   作:性癖は脳焼き曇らせ

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第2話 あの人の名を決して汚すな

 

 

 

 10年後、故シグレット・ワイヤー辺境伯が守り抜いた防衛砦───リシュールの街にて。

 

 今年で十回忌となるシグレットを偲ぶ今日に、10代前半程の少年が正門をくぐった。

 

 行商人や荷馬車が行き交う賑やかなその場所で、紫色の髪の少年───シグレットは「わあ」と表情を明るくする。

 

(随分とかかったが、帰って来たぞ! 我が領地!)

 

 訳あっておっさんから少年に姿を変えたシグレットは「さて、知り合いでも探すか」と足を進めた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 結論から言うと俺は死ななかった。

 

 《切り札(ラストコード)》を使って身体が消滅したと思ったが、HPやMPの他に時間という概念もリソースされたらしく、気が付けば子どもの姿で森の中に倒れていたのだ。

 

 そしてぶかぶかになった服をローブみたいに何とか巻き付け、近くの村までひいひい言いながら行けば、あれから10年は経っていると聞かされる。

 

 一文無しで見るからに訳ありな俺を同情したのか、村の人達は衣服を貸してくれた上に、馬車を出してリュシールの街まで送ってくれたのだ。

 

 ───困ったときはお互い様。シグレット様ならそうなさるだろう。

 

 一瞬そのまま奴隷商にドナドナされてしまうかと思ったが、朗らかにそう言ってくれる村人に頭が上がらない。

 

 若干俺のことを持ち上げ過ぎだと思うが、流石俺の領民。民度が高いぞ!

 

 とはいえもちろんそんな村人に「実は俺がシグレット・ワイヤーなんです」とは言えない。

 とりあえず魔術的な知識のある知り合いに助けを求め、リュシールの街に訪れたというわけだ。

 

 この世界で魔術を使える人なんてほんの少ししかいないけれど、今日は俺の十回忌ということで勇者アレン君達がこの街に来ているらしい。

 こんなトンチキな状況を理解してくれるのは、あらゆる上位存在の事象に慣れた彼らしかいないだろう。

 

(あの魔物侵攻から10年経っているってことは、ゲーム第一作目の時系列はとっくに終わっているってとこか)

 

 村人から話を聞いたところ、アレン君達は無事にラスボスである邪神を倒したそうで、数年前に凱旋パレードなんかもこの街で開かれたようだ。

 

 俺は領地を守れたし、アレン君達も誰一人欠けることなくラスボスを倒せた。

 

 この上なくハッピーエンドで終わったと言って良いだろう。

 

(えーと、確か勇者一行は領主館に泊っているって言っていたっけ)

 

 村人が教えてくれたことを思い出す。

 

 このまま領主館へ行っても謁見してもらえるかは分からない。

 

 けれどとりあえず向かってみるかと足を進めた。

 

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 

「───なあ、俺だよ! 俺! 俺がシグレット・ワイヤーだ! あの魔物侵攻から命からがら助かってよお、だが誰も信じてくれねえんだ! 勇者様なら分かってくれるよなあ!?」

 

 目の前にいる身なりの汚い、酒臭い中年男に勇者アレンは「またか」と冷えた頭で思う。

 

 シグレット・ワイヤーの十回忌が行なわれるリュシールの街で、久しぶりに出会う元仲間達と懐かしみながら歩いていると声をかけられた。

 

 ちょうど人気のない路地裏であったため、変装用に被っていたフードを下ろしてしまったのがいけなかった。

 

 顔を晒した俺達を見た通りすがりの男が「勇者一行か!」と言って近寄ってくる。

 そして何の臆面もなく自身をシグレット・ワイヤーだと宣ったのだ。

 

 そんな輩がこの十年、何人も現れた。

 何人も現れては、シグレットが絶対に言わないようなことを要求する。

 

 ───あの時助けてやったんだから金をくれ。

 

 ───あの生意気な領主代行の女を引きずり下ろし、俺を領主にしろ。

 

 ───少しでも感謝しているんなら、そこの聖女や女魔術師に奉仕させろ。

 

 クズばかりであった。

 

 中には身なりの良い者やシグレットに似た風貌の者も現れたが、敵国の間諜であったり没落貴族の末裔だったりして一様にこの安定した領地を掠め取ろうとする。

 

 うんざりだった。

 

 シグレットの遺体が見つからないからと言って、彼の意思を土足で踏みにじる奴らの厚かましさにアレンは絶望する。

 

 どうしてシグレットさんが死んで、こんな奴らが生き残るのか。

 

 一番生きていてほしい人がどうしてここにいない。

 

「……………アレン、どうします? 相手にするのも面倒ですが」

 

 聖女ユーフィリアが虫の死骸を見るかのような目で男を見据える。

 

 ユーフィリアがシグレットに懐いていたことを思い出す。

 

 異性ということで多少の距離はあったものの、当時最年少であったユーフィリアをシグレットはおろおろしながらも気を使っていた。

 

 この年頃の女の子からしたらおじさんなんて汚物だからねとか言いつつ、旅に疲れたユーフィリアが少しでも休めるよう、貴重な甘味などを用意してもてなしてくれたのだ。

 

 そして同性の方が良いよねと言って女性の使用人を付け細やかな気配りをしつつも、この領地にいる時くらいは普通の少女でいさせてあげようと配慮してくれた。

 そんな彼にユーフィリアは「もっとシグレットさんと仲良くなりたいのに」と度々ぼやいていたものだ。

 

「ていうか、まだこういう(・・・・)輩っているんだね? いちいち憲兵に突き出すのも面倒くさいし、私達で処理しちゃう?」

 

 黒魔術師のイゾルテが肩をすくめながら溜め息を吐く。

 

 イゾルテはシグレットという男に心底惚れ込んでいた。

 邪神を倒し内々に祝い酒をしていた時、かつてシグレットに告白したことを打ち明けたのだ。

 

 旅の道中、美しく肉欲的な身体を持つイゾルテにその土地の所有者はこぞって彼女を差し出せと詰め寄ってきた。

 

 どうせ勇者の性処理役として連れているのだろう。

 一晩貸してくれた暁にはこの土地にいる限り不便な目には遭わせないぞ、と。

 

 そんな中でシグレットは最年少であるユーフィリアと同じように彼女を子ども扱いした。

 当時二十歳でとっくに成人しているというのに「うんうん、二十歳ってそういう年頃だよね。でもお腹冷やすといけないから」と言って薄着の彼女に厚手の上着を着せるよう使用人に指示した。

 

 他所の土地から来た貴族がイゾルテに「いくらだ?」と揶揄した時、その場にいたシグレットが本気で怒ったのも覚えている。

 

 告白したものの「君は本当に良い子だと思うけれど、そういった目では見れないかな」とすげなくされたのは良い思い出だと語っていた。

 

「憲兵に手を煩わせるのもどうかと思うしな。アレン、お前がやるか?」

 

 戦士ガイウスが冷静に言う。

 

 ガイウスにとってシグレットは命の恩人であった。

 

 元騎士の身分であるガイウスに他国への軍事情報の流出疑惑がかけられた時に真っ先に否定し、庇ってくれたのがシグレットだった。

 

 無実の証拠をひたすら集め「いやいやいやガイウス君はそんなことをする人じゃないから」と言い張って、誰に頼まれるわけでもなく城に搭城し国王に嘆願する始末。

 

 果てには自分の(いのち)をかけても良いと言い張るシグレットに王がほとほと困り果て、処刑目前であったガイウスを救い出したのは記憶に新しい。

 

 かつて同じ騎士団に所属していた同僚達が勇者一行の戦士として武功を上げるガイウスに嫉妬した結果、そのような噂を故意に流したという結末であったのだが………

 自分のことのように「本当に良かった」と何度も胸を撫でおろすシグレットの姿が懐かしい。

 

 するとアレン達の様子に気付いたシグレットと名乗る偽物が、慌てふためいたように口を開く。

 

「お、おい! 本物だぞ! なあ、分かるだろ! アレン! ユーフィリア達も分かるよな!?」

 

 違う。

 あの人はそんな風に俺達の名前を呼ばない。

 

 アレン君。

 ユーフィリアさん。

 イゾルテさん。

 ガイウス君。

 

 少し他人行儀で、それでも小さな子どもに話しかけるように呼んでくれた。

 

「………───うっせえな。あの人はそうやって俺らの名前を呼ばねえんだよ!」

 

 そして掴みかかろうとする偽物に、アレンはその横っ面を殴り飛ばす。

 

 ギャッとひしゃげるような声を漏らし、偽物の男は路地裏の壁に積まれた資材に突っ込んだ。

 

「て、てめえ! ふざけんじゃねえぞ! 勇者がこんなことして良いと思ってんのか!?」

「───勇者なんて知ったこっちゃねえんだよ! あの人はなあ! お前らみたいな輩が気楽に成り代わっていい人じゃねえんだ! あの人の名を汚すような真似をしてみろ! 今度こそぶっ殺すぞ!!」

 

 こんな輩がいつまでも消えない。

 その事実に怒りが湧き、とっさにそう返す。

 

 勇者にあるまじき行為だが、シグレットの死を汚す偽物を許すことはできなかった。

 

 男は舌打ちをし、そのまま地面に転がった資材を蹴り飛ばしながら姿を消す。

 

 今日はあの人の十回忌という大切な日なのに。

 アレンの中で苛立ちが収まらない。

 

 そしてその時、偽物の男と入れ替わるように路地裏の向こうから一人の少年がやって来るのが見えた。

 

 珍しい紫色の髪に丸い瞳。

 歳は12歳くだいだろうか。

 

 こちらを見つめ、嬉しそうに駆け寄ってくる少年が口を開いた。

 

「───アレン君!」

 

 

 

 

 

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