【悲報】自己犠牲で死んだはずの悪徳領主、何とか生還したものの偽物扱いされてしまう 作:ふくふくまる
5年前、邪神討伐の旅を終えた聖女ユーフィリアは神殿へと帰還した。
最初の頃は良かった。
邪神が倒され、魔物の被害は減り、この世に平和が訪れたと誰もが喜んでくれたから。
けれど人間というのが本当に愚かで。命の危機が去ると、人々の心には新たな欲望が芽生え始める。
その流れは神殿も例外ではなく、先代教皇が病没すると腐敗は一気に表面化していった。
───聖女ユーフィリア、とある聖職者が信徒達から不当に金品を徴収しています。
───聖女ユーフィリア、助けてください。聖職者様に身体を差し出せと言われました。そうすれば母の病を治してくれると。
───聖女ユーフィリア、瘴気汚染により村が一つ無くなりました。どうして助けに来てくれなかったのですか。
神殿へ来る信徒達が、泣きながら訴える。
それに対してユーフィリアは途方もない罪悪感と聖職者達への失望で胸が押しつぶされそうになった。
中には信頼できる聖職者もいる。
けれど平和が訪れたはずの世界で、自分達聖職者のせいで苦しむ人々がいることに深く絶望した。
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「───《
魔物ではない───羽を持たない黒い蟷螂のような異形の生き物に、ユーフィリアは聖属性唯一の攻撃魔法をメイスから放つ。
白く瞬く雷が異形の者達の身体を貫通し、それらはどろりと泥になって崩れていった。
おそらく
何者かによって放たれた無数のゴーレムを倒しながら、ユーフィリアは神殿内に逃げ遅れた者がいないか見て回る。
「誰か! 誰かおりませんか!?」
するとその時、どこからか絹を引き裂くような悲鳴が聞こえてきた。
慌てて悲鳴の上がったであろう部屋へ向かえば、そこにはラモット卿の一団にいた枢機卿と幼い見習いシスターがいて。更に部屋には一体のゴーレムが鎌のような両腕を振り上げていた。
そして贅肉を蓄えた枢機卿が見習いシスターの少女を盾にするかのように前へ突き飛ばす。
「止めなさい!!!」
ユーフィリアが咄嗟に《
ゴーレムの鎌のような両腕が、見習いシスターの小さな体を引き裂く。
真っ赤な鮮血が溢れ出し、床一面に夥しい程の血液が流れる。
「──────ッ」
《
部屋に残されたのは息絶えた幼い少女の死体と、その場に立ち尽くす枢機卿とユーフィリアのみ。
すると枢機卿は声にならない嗚咽を何度も上げながら、うろうろと視線を彷徨わせて口を開いた。
「ち、ちが、これは、誤解で………ッ! あの娘が私の目の前にいて、いきなり飛び出して………!」
そんなわけが、ないだろう。
この男が少女を無理矢理ゴーレムの前に突き飛ばしたのを、この目で見ているのだ。
そんなユーフィリアに誤魔化しきれないと察したのか、男はしばらくして部屋の金庫を開けて中からけぶるように輝く宝飾品を取り出す。
そしてその内の一つをユーフィリアの手に押し付けて、その場から逃げるように去ってしまった。
「………………」
男から渡された、色鮮やかな宝石類が埋め込まれた金のネックレスを手に、ユーフィリアは茫然とする。
次の瞬間、燃えるような怒りが沸き上がった。
幼い少女を肉壁にしただけでなく、あの男はこの一件を見逃すようユーフィリアに賄賂を贈ったのだ。
それを理解した途端、ユーフィリアは手に持っていたネックレスを投げ捨てた。
激しい憎悪と怒りが沸き上がり、身体中を掻きむしってしまいたくなる程の激情がユーフィリアを襲う。
許せない。
少女を殺した。
私に賄賂を贈った。
あんな奴がどうして。
賄賂を贈れば見逃すと思われた。
許せない。
絶対に、許せない。
腐ってる。
何もかもが、腐って───!!
「───あーあ、酷いことをするもんだなあ。あんな聖職者がのさばるくらいなら、神殿なんか無くなっちまった方が良いんじゃねえか?」
するとその時、どこからともなく声が聞こえた。
弾かれるように振り返れば、ユーフィリアの後ろにいつの間にか一人の女性が佇んでいる。
波のように緩くウェーブする豊かな黒髪に、日に焼けた褐色の肌。
胸元をざっくりと開いたシャツにスラックスというシンプルな装いをした女性に、ユーフィリアは眉を潜める。
「貴女は………」
「おっと、悠長に話してる暇はねえぜ? 神殿の一部に爆発が起きて、もうすぐここは崩落する。その前に聖女様と話を付けとかねえと」
朗々と話す女を前にユーフィリアはメイスを構える。
そんなユーフィリアに女は気にした様子もなく続けた。
「俺の名はドローレス! 省略するが、巡礼団っていう組織のリーダーで、主にこの腐った世界の世直しをしている。単刀直入に言うが、お前も俺の仲間にならないか?」
「何を………」
「さっきの見ただろ? ひでえよなあ。何の罪もない幼子を盾にするなんて、聖職者のやることじゃねえよ。どうせああいった奴がでかい顔して神殿を牛耳ってんだろう?」
「……………」
「俺だったら御免だね。こんな腐った組織にいるくらいなら死んだ方がマシさ」
ドローレスと名乗った女にユーフィリアは黙り込む。
彼女の正体は何一つ分からないが、おそらく今回の神殿への襲撃に何らかの形で関わっているのだろう。
しかしユーフィリアの心は疲弊しきっていた。
もう何も考えたくない。
選択もしたくない。
少女を殺した聖職者への怒りはまだ胸の内を燻っているが、大分落ち着いてきた。
そしてユーフィリアは、ドローレスの言葉など聞く意味がないと判断し踵を返す。ゴーレムの鎌によって無残に殺された、少女の遺体へ歩いていく。
「《
万が一、奇跡が起こって回復できるかと思ったが、死んでいるため少女の身体は再生しない。
それにユーフィリアは諦め、別の魔法をかけた。
「《
少女の遺体が身綺麗になっていく。
床一面に流れる大量の血も、少女の身体からしとしとと流れる血も瞬く間に消えていく。
そしてユーフィリアは少女の服を整えてやり、その上に自らの白いローブを被せてやった。
それを終えるとユーフィリアは追悼の調べを唱え、そのままドローレスの横を抜けて部屋を出ようとする。
「おいおい、どこに行くんだ? 神殿から脱出するのか?」
「……………いえ、『結界の間』へ」
「はあ?」
怪訝そうにするドローレスにユーフィリアは淡々と告げる。
「…………神殿は崩壊するのでしょう? 神殿が崩壊すれば、地下にある結果の間への道は閉ざされてしまいますから」
神殿の瓦礫を撤去し、人海戦術で地下深くにある結界の間へ行くのも流石に時間がかかる。それならばまだ崩壊していないこのタイミングで結界の間へ赴いた方が良いだろう。
結界の間は特殊なシェルターとなっており、たとえ神殿が崩落したとしても耐えることができる。
それに………
(もう、何も見たくない)
残酷な現実を前にユーフィリアの心が折れかけていた。
「ふーん」
ドローレスが無感動な声音でぼやく。
「でもさ、神殿の結界を再生するのって時間がかかるんだろ? その間ずっと一人なんだろ? それで良いのか?」
「構いません」
「お前が神殿の結界を一人で健気に張り直している間、聖職者達が腐っていたらどうするんだ?」
「そんなこと、ありえません。今は教皇がいないため、神殿の聖職者達の規律が乱れているだけで、新教皇が就任すれば、きっと───」
自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
そんなユーフィリアにドローレスは笑みを深くする。
「うんうん。それじゃあ聖女様が神殿の結界を再生させるという大仕事から解放されたら、また会いに行くよ!」
「は、」
「何年後、何十年後になるかもしれないが、ずっと待つ。その時の神殿が、聖職者達がどんな形をしているか、それを見てから俺達の仲間になるか決めれば良いさ」
この女は何を言っているのだろう。
しかしユーフィリアはまともに会話しても無駄だと思い、そのままゆっくりと部屋を出て行く。
どこからともなく聞こえる轟音と、天井から舞う砂埃。
夜の神殿を照らす蝋燭の火はとうに消え、ユーフィリアは結界の間へ続く地下への闇へ進んで行った。
◇
ユーフィリアの白いローブをかけられた少女の遺体───『怠惰の魔女』ムイムイがむくりと起き上がる。
固有スキル《
「ちょっと、身体縫うのって本当に大変なんだからね! ドローレスも手伝いなさいよ! ていうかドローレスがやって!」
「分かった分かった。ていうか勧誘失敗かあ。ま! もう一回会う約束は取り付けられたし気長にいくか!」
「いくか、じゃないのよ! せっかく私が一芝居売ってこんな傷まで作ってやったのに何失敗してんのよ!」
「でもムイムイが一芝居売ってくれたおかげで、聖女様も結構揺らいでた感じしない?」
「しないわ!」
ぷりぷりと怒るムイムイにドローレスが「ごめんごめん」と苦笑しながらなだめる。
そしてユーフィリアは消えて行った闇の向こうを見つめて思う。
馬鹿だなあ、と。
きっと彼女も分かっているだろう。
腐敗した神殿がそう簡単に変わらないことを。
それに思考放棄して、何年もかかるだろう結界の再生をするなんて。その間ずっと一人なのだ。
いつ結界が再生するか分からないまま、ずっと一人で閉じこもって、ようやく解放された先で───聖職者の腐敗を見た時どうなるだろうか。
自分から独りになるなんて馬鹿なやつ。
将来仲間になるであろう聖女様にドローレスはほくそ笑んだ。