【悲報】自己犠牲で死んだはずの悪徳領主、何とか生還したものの偽物扱いされてしまう 作:ふくふくまる
轟々と炎を燃やし、崩れ行く神殿を前に立ち尽くすシグ。
その小さな背中を見た時、アレンの中で嫌な予感がした。
どうしても重なってしまうのだ。
その小さなシグの背中が、かつて魔物のスタンピードから街を守るために身を投げたシグレット・ワイヤーの背中と、重なってしまう。
するとその時、シグがゆるりと振り返った。
神殿からも燃え盛る炎によって赤く照らされるシグの顔。
その表情があまりにも穏やかで、あまりにもシグレットと似ていて呆然としてしまう。
「アレン君、ごめん。マリアベルをよろしくね」
そしてアレンが止める間もなく、シグは崩壊していく神殿へ駆けだす。
その姿がリュシールの砦から身を投げ出すシグレットの姿と全く同じで、アレンは一瞬ぐらりと眩暈がした。
あの時と同じ。
あの時も、あの人はそう言って自分の命を投げ出した。
「……………待ってくれ」
シグの背中が小さくなっていく。
神殿への闇に溶けていく。
「───待ってくれ、シグレットさん!!!」
しかし次の瞬間、神殿の支柱が目の前に倒れた。
瓦礫と砂埃が舞い、アレンの視界が真っ白にかすむ。
そして気付いた時には、アレンの目の前からシグは消え去っていた。
◇
聖女ユーフィリアは地下へと続く階段を下り、『結界の間』へ辿り着く。
その入口は重厚な気密扉で閉ざされており、中央の開閉ハンドルを聖属性の魔力を流し込みながら回すことで、扉が開く仕組みになっていた。
扉を開き『結界の間』へ足を踏み入れる。
そこは5メートル四方ほどの薄暗い空間で、その中央には巨大な魔石の結晶が闇を払うように煌々と輝いていた。
この魔石は、はるか神話の時代に空から落ちてきたと伝えられ、神より賜った聖石とも語り継がれている。
そのため神殿はこの魔石が眠るエスカリ諸島に築かれた。
更にこの魔石には莫大な魔力を広範囲へ拡散させる力があり、聖属性の魔力を流し込み、《
しかしそれは、いつ完成するか分からない。
数百年前に脆くなった結界を再度張ることとなった聖職者は、20年間もの間結界の間から出てこれなかったと聞く。
その間、この魔石による影響で人間の生理現象は全て抑えられるため、腹を空くことも無ければ眠ることもしなくて良い。
けれどその分あるのは、途方もない孤独だった。
(きっと先は長いわね)
何だかもう、疲れ果ててしまった。
神殿に帰還して、聖職者達の汚職や腐敗に辟易として、正そうとしても正せなくて───。
そういえば邪神討伐の旅に出ていた時も人間の醜さと残酷さに心が蝕まれ疲弊しきってしまったことがあった。
(その時は、どうしてたっけ)
そうだ。
その時は確か、リュシールの領主街へ行っていたんだ。
そこで身体を休めて、英気を養って───シグレットさんに会いに行った。
リュシール領の領主シグレット・ワイヤーは穏やかな人柄の男性で、ユーフィリア達勇者一行に「おかえりなさい」と言って温かくもてなしてくれた。
互いに不快な思いをしないよう適切な距離を保つのも上手く、それが時にもどかしくて、ユーフィリアやイゾルテよりも比較的心を開いているだろうアレンやガイウスに嫉妬したりすることもあった。
(そういえば一度、一対一で話したこともあったわね)
その時のことをふと思い出す。
それはユーフィリアにとって、何よりも美しい思い出だった。
・
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勇者アレンは戦士ガイウスと共に武器屋へ、黒魔術師のイゾルテは服を見に行くと言って滞在するリュシールの領主館から出掛けた日。
暇を持て余す15歳のユーフィリアにシグレットは気を利かせたのか。茶菓子を用意し、何となしにユーフィリアを褒め称えたのだ。
「───ユーフィリアさんはまだ15歳なのに本当にすごいね。君の白魔法のおかげでたくさんの人が救われていて、皆ユーフィリアさんに感謝しているよ」
「………………それって本当ですか?」
「へ?」
突然聞き返したユーフィリアにシグレットは鳩が豆鉄砲を食ったような顔できょとんとする。
そんな彼にユーフィリアは苦笑しながら、自分の胸の内に潜めていた思いを吐露した。
「……………旅を続けていくと、たまに言われるんです。『どうしてもっと早く助けてくれなかったの』って。私の使う白魔法って決して誰かを生き返らせることは出来ないんです。
だからどう頑張っても死んだ人を蘇らせることができなくて、魔物を倒しても『もう遅い』って言われちゃうことも多いんですよね」
旅の道中、そう言われることが多々あった。
もっと早く来てくれたらあの人は生きていたかもしれないのに。
今更魔物を倒したって、もう遅いと叫ばれたこともある。
もちろん大多数の人は感謝するけれど、手からこぼれていく救えなかった者の命を思うと胸を張ることはできない。
そんな思いもあって、決して自分は褒められるようなべき人間ではないと否定したのだ。
しかしそれを聞いたシグレットが黙ったまま動かない。
不思議に思って顔を上げれば、シグレットは───ぼろぼろと情けなく泣いていた。
「泣い………え!? 泣いてます!?」
「いやもう本当にごめんなさい。大の大人が泣いてる姿なんて、子供からしたら軽くホラーなのに申し訳ない。すぐに泣き止みます」
(ホラー?)
懐から手拭いを取り出し、慣れた様子で自分の涙を拭くシグレットにユーフィリアは素直に戸惑う。
そしてシグレットはしばらくして、静かに口を開いた。
「…………そう言われることが何度もあったんだね。その言葉を聞いた時、ユーフィリアさんはどう感じたんだい?」
「悲しかったです。だって、その人にとっては大切な人を失ったんですから」
「相手が大切な人を失って苦しんでいることと、ユーフィリアさんがその人を救えなかった責任があることは、決して同じではないよ」
気付けばシグレットは、悲しそうに微笑んでいた。
「…………俺も職業上、そう言われることがたくさんある。領主として、俺は何度も間に合わなかった命を見てきた。もっと早く気付いていれば、もっと早く手を打っていれば………そう思ったことは一度や二度ではないよ」
その言葉にユーフィリアがハッとする。
それにシグレットはくすりと笑った。
「だから俺はこれ以上『手遅れになった命』を増やさないために、領主としてできることを続けていく」
「…………」
「でもね、それって俺一人では決して成し遂げられないんだ。秘書のロザリーさんが俺に発破をかけてくれなきゃ動けないし、商業ギルドのウィット氏に色々と手伝ってもらわなきゃ物資の確保だってできない」
シグレットがどこか遠くを見つめながら続ける。
「王都から来てくれる冒険者の人達に魔物を討伐してもらって…………こんなこと年若い君達に言うのは情けないけど、アレン君やガイウス君、イゾルテさんにユーフィリアさんが邪神討伐の旅に出てくれるから、この世界もまだ捨てたものじゃないと希望を見出すことができる」
そしてシグレットはユーフィリアに目を合わせた。
シグレットの瞳に泣きそうな顔をしたユーフィリアの姿が映る。
「だからね、ユーフィリアさんも一人で全てを救おうとしないで」
「……………」
「ユーフィリアさんが取りこぼしてしまったと思う命を、俺が領主として掬い上げるから」
それに15歳のユーフィリアは、どこかふわふわとした気持ちで尋ねる。
「私がもし、どうすることもできなくなって、一人になったらどうします?」
「もちろん助けに行くよ」
何の戸惑いもなくそう言ってみせるシグレットに、自分はどれほど救われただろうか。
嬉しかった。
それが現実的に考えて無謀だとしても、その言葉だけでユーフィリアの心は大分救われたのだ。
でも、結局その約束は果たされなかった。
シグレットが死んだから。
シグレットが死んで、心がずたずたになって───あの人が守った世界をせめて守ろうと苦しみながら、生きていく。
一人で。
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「……………うそつき」
15歳の頃の記憶を思い出しながら、ぽつりとこぼす。
誰もいない地下深い結界の間で、ユーフィリアは今は亡きシグレットにぼやく。
そして大きく息を吐き、魔石に聖属性の魔力を流し込みながら《
ここから何年、何十年もの間、孤独に耐えれば良いのだけなのだ。
その先にきっと、あるべき神殿の姿が待っているはずだから。
───そんな確証などどこにもないことを、彼女は気付かないふりをした。
しかしその時、結界の間の開閉ハンドルがギギッと音を立てた。
先程のドローレスと名乗った女か。
そう思ったが、気密扉から現れたのは一人の少年で。
亡きシグレットと同じ紫色の髪をした少年は、困ったように苦笑した。
「……………ユーフィリアさん、一人で全てを救おうとしないでって言ったでしょ」