【悲報】自己犠牲で死んだはずの悪徳領主、何とか生還したものの偽物扱いされてしまう 作:ふくふくまる
領主時代、リュシールの領主街に広がる裏森をアレン君と一緒に散策していた時、魔物に襲われてしまった。
裏森に棲んでいる魔物なんてスライム程度であったが(スライムでも俺は倒されるが)どこからか流れ着いたのか、フォレストウルフが現れたのである。
そして襲い掛かろうとするフォレストウルフにいち早く気付いた俺が、アレン君を庇って右腕を噛まれてしまったのだ。
アレン君によって退治されたものの、鋭い牙で思いっきり噛まれてしまったため血は流れるわ、腕の骨は折れるわで大変だったのを覚えている。
その時の、血の気の引いたアレン君の顔も覚えていた。
───アレン君、ごめんね。怪我はないかい?
俺の代わりはたくさんいても、勇者アレンの代わりはどこにもいない。
何より身体が勝手に動いてしまったのだ。
けれどアレン君は、震える手で俺の腕を止血しながら呆然とつぶやく。
───………俺は、自分の命を軽視して、他人の代わりに命を投げ出すような奴が、この世で一番大っ嫌いだ。
よく見れば、額に脂汗が浮いて目に涙の膜が張っていた。
口元はかすかに震えており、自分がとんでもないことを仕出かしたことに気付く。
───ごめんね、もう二度とこういったことはしないよ。
それにアレン君が「絶対だぞ」と地を這うような声音で言う。
けれどその後、その約束を何度も破ることになるのは言うまでもないだろう。
◇
テントから出て、辺りを見渡す。
いつの間にか一夜明かしたようで、水平線が淡い桃色に色付いていた。
もうすぐ陽が出るのだろう。
明朝の薄暗い中、炊き出しの準備がされていたり、ヴェラス領から派遣されたであろう兵士がのそのそと瓦礫の後片付けをしていた。
そしてその中で一番近くにいる兵士に声をかける。
「おはようございます。何かお手伝いできることはありませんか? 瓦礫の撤去作業は………」
「ああ、おはよう。今はもう落ち着いているから安心しなさい。瓦礫の下にいる人達は遺体も含め、全員引っ張り上げた」
そして兵士が水の入っているだろう革袋と手拭いを差し出した。
「夜通し勇者様が頑張ってくれたんだ。俺は今から休憩に入るから、代わりに君が渡してきてくれ」
それらを受け取ると、兵士は「勇者様なら神殿の大階段の跡地にいるよ」と言ってそのまま立ち去っていった。
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神殿の大階段。
正門から神殿の建物に続く大階段だ。
階段上部は神殿の瓦礫に巻き込まれて崩壊してしまったものの、わずかに形を保ち遺っている。
兵士に言われた通り向かえば、階段の下の方に座ってぼんやりと水平線を見つめていた。
「おはようございます。アレンさん」
「…………………」
しかしアレン君は何も答えてくれない。
「隣に座っても良いですか?」
そう尋ねればこくりと頷いてくれた。
そしてそのままアレン君の隣に腰を下ろす。
真上から水平線にかけて、深い濃紺から桃色へとグラデーションのかかる空は美しく、辺りはしんと静まり返っていた。
そこで俺はぼんやりと思案する。
(アレン君は、俺の正体に気付いているのかな)
気のせいかもしれないけれど、何となくそんな予感がしたのだ。
俺を通して誰かを見つめるアレン君の瞳。
責めるような表情。
もしかしたら彼は、俺のことを『シグレット・ワイヤー』と重ねているんじゃないだろうか。
するとその時、黙り込んでいたアレン君がぽつりとこぼした。
「………………昔、お前みたいな奴がいたんだ。俺よりもはるかに弱いくせに、身体が勝手に動いたとか言って自ら危機に瀕して怪我する大馬鹿野郎が」
「………………はい」
「俺の代わりなんていくらでもいるとか言って………貴族のアイツの代わりなんてどこにもいないのに、何とでもないように卑下するアイツに、いつもイライラしていた」
「………………は、はい」
何だか雲行きが危うくなっているような気がして冷や汗が流れる。
しかし次の瞬間、アレン君は絞り出すように吐露した。
「……………シグレット・ワイヤーは───シグレットさんはそういう人なんだ。自分の命よりも他人の命を優先するような大馬鹿野郎で、俺が唯一信用できると思った大人なんだ」
ふとアレン君を見れば、顔を俯かせて項垂れていた。
金色の髪の隙間から覗く彼の表情は苦しげに歪められていて、咄嗟に声をかけようとする。
けれどアレン君は、俺が話しかけるよりも前に立ち上がって俺を見下ろした。
そしてアレン君が、顔を真っ青にさせて叫ぶ。
「どうしてお前はあの人みたいに簡単に自分の命を投げ出そうとする!? 残された奴らがどんな思いで、どれほど苦しむのか分かっているのか!?」
「……………アレンさん」
「どうしてそんなに自分の命を軽く見積もるんだ!? 俺が、俺達が、どれだけあの人に救われてきたのか、分かっているのか!?」
その姿が、顔が、10年前のアレン君と重なってしまう。
魔物のスタンピードからリュシールの街を守るために、俺は砦から身を投げて自爆した。
その時に、アレン君は俺に避難するよう必死になって説得してくれたのだ。
「お前は………ッ! お前は一体何なんだ!? どうしてお前はこんなにも、あの人に───ッ!!」
苦悶しながら吐き出すアレン君を前に、俺も階段から立ち上がった。
アレン君がまるで亡霊を見るかのように俺を見つめてくる。
しかし次の瞬間、彼は糸がぷつんと切れたように笑い出した。
「…………………はは、悪い。お前のことをシグレットさんに重ねて見過ぎていた。あの人がもう死んだっていう事実は変わらないのに」
壊れた玩具のように、自嘲するように笑う彼が痛ましい。
「シグレットさんを騙る偽物が、この10年何人現れたと思う? シグレットさんだと思った奴が何人いたと思う? 中には《変化》のスキルで化けていた隣国の間諜なんかもいたんだぞ。……………シグレットさんだと信じていた奴に、殺されかけたこともあったんだぞ」
その言葉に思わず息を呑んでしまう。
この10年、この子はどれほど傷付いてきたのだろう。
俺の姿で、アレン君を殺そうとした者もいたのか。
そしてアレン君が俺の顔をじっと見つめる。
シグレット・ワイヤーとの違いを確かめるように俺を一瞥し、ふっと力なく微笑んだ。
「……………悪いな、シグ。故人とお前を重ねて」
「いえ…………」
「俺はもう、信じない。これから先に現れるだろうシグレット・ワイヤーにも、信じることはできない」
そう言ってアレン君はくるりと踵を返す。
そして遠ざかって行こうとするアレン君の後姿に───俺は、ようやく声をかけた。
「……………───アレン君」
俺の声にアレン君がぴたりと足を止める。
水平線から朝日がゆっくりと昇り、少しずつ自分達を照らしていく。
彼がどんな表情をしているか分からない。
けれどそのまま続けた。
「俺は───前リュシール領領主、ワイヤー辺境伯家の先代当主シグレット・ワイヤーです。10年前、魔物のスタンピードから街を守るべく《