【悲報】自己犠牲で死んだはずの悪徳領主、何とか生還したものの偽物扱いされてしまう 作:性癖は脳焼き曇らせ
山のような巨大な体躯に、分厚くて固い装甲のような鱗。
レッドドラゴンが王都の狭い通りを這うように動く。
それだけで密集した建物はおもちゃの積み木のように崩れ、瓦礫の山となった。
逃げ惑う人々をまるで蟻のように踏み潰し、
(───地獄だ)
肉を焼いたような脂っぽい匂い。
つんざくような怒号と悲鳴。
ブレスによって身体が焼け爛れ、水を求めて彷徨う者。
ドラゴンによって踏み潰され半身を失くした者。
瓦礫に挟まれて泣いて助けを求める者。
その地獄のような光景を見た瞬間、ふと思い出す。
そうだ。
そういえばこの世界は、こんなにも残酷だったなと。
人を簡単に殺せてしまう魔物のいるこの世界において、人間の命は驚く程軽い。
そしてその最中、俺は何度も何度も《
(どうしてスキルが発動しない………?)
HPもMPも足りないのは分かっている。
だから今度も自分の時間や命をリソースして発動を試みたのだが、何も起こってくれなかった。
(前回は時間を………およそ30年分の時間をリソースして発動できた)
けれど今は12歳の姿で、HPもMPも、そしてリソースできる時間や命すらないのかもしれない。だから頼みの綱である《
何もできないまま、レッドドラゴンによって王都が無残に焼かれていく。
なんて自分は無力で、ちっぽけで、役立たずなんだろう。
(………───でも)
それでも立ち止まったままじゃいられなくて、俺は燃え盛る王都の街を走り出していた。
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【《
【HP、MP、生体エネルギー不足により承認されませんでした】
【《
【HP、MP、生体エネルギー不足により承認されませんでした】
【《
【HP、MP、生体エネルギー不足により承認されませんでした】
【《
【HP、MP、生体エネルギー不足により承認されませんでした】
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マリアベルは
母が亡くなってから、マリアベルは王都のスラムで隠れるように生きてきた。
その王都が、赤く燃えている。
建物は瓦礫の山となり、真っ黒に焼け焦げた人間の死体がいくつも倒れ伏している。
その中でマリアベルは潰れた建物に足が挟まり、動けなくなっていた。
(あ、あつい、こわい、こわいよ…………!!)
辺りは一面真っ赤に染まっていて、轟々と黒い煙を浮かべている。
焼けつくような空気の熱と、砂埃と油を混ぜたような異臭で意識が遠ざかりそうになった。
早くここから逃げなければならないのに。
しかし身体が思うように動かず、マリアベルの中で焦りが生じる。
(誰か、誰か………ッ!!)
するとその時、火の海の向こうから何者かが走ってくるのが見えた。
燃え盛る炎から必死の形相で逃げる、
マリアベルはその男に向かって声を張り上げた。
「た、助けて………! お、お願い、助けて………ッ!!」
けれど男はマリアベルを一瞥し───まるで炉端に倒れる鼠の死骸を見るかのように顔を顰め、逃げてしまった。
取り残されたマリアベルは茫然とする。
もう一度助けを呼ぶ気にもなれず、心がぽきりと音を立てて折れてしまった。
(───まただ)
マリアベルの中でどろりと黒い感情が湧き上がる。
(ここにいるのに、皆見えないふりをする)
高額な堕胎薬を買うことができず、一人で私を育てるしかなかった娼婦の母を、誰も助けてくれなかった。
母が病気になって、かき集めたお金で医者に診せても救ってくれず、診察代だと言ってそのままお金を取られてしまった。
母が死んで一人になって、街の人はスラムの孤児となった私を『見てはいけないもの』のように扱った。
お腹がすいて、ひもじくなって、寂しくて。
路地で横たわる私に手を指し伸ばしてくれる人はいなかった。
誰も私をたすけなかった。
誰もお母さんをたすけてくれなかった───!
マリアベルの中で強い憎悪と怒りが沸き上がる。
私を助けてくれない───いや、お母さんを助けてくれなかった全てに対して憎しみが込み上げる。
(誰も助けてくれない、こんな世界なんて、もう───!!)
しかし次の瞬間、マリアベルの耳に少年の高い声が飛び込んだ。
「───《
ハッと顔を上げれば、そこには一人の少年がいた。
自分と同い年くらいの年齢で、紫色の髪を汗で貼り付け、身体中黒い煤と土埃で汚れている。
彼の唱えた魔法によって、マリアベルの身体を蝕んでいた痛みや熱が瞬く間に消えた。
(この子は…………)
そして少年は茫然とする自分に大きな声で叫ぶ。
「もう大丈夫だよ! 怖かったよね!? ああ、もうこんな小さい子がこんな酷い目に遭うなんて色々と無理なんだけど………! おじさん! おじさーーーん!!? 俺達ここ! ここにいるから! テコの原理で瓦礫どかすから手伝って!!!」
やかましすぎる少年の声にマリアベルは目を白黒させる。
一体何なの。何が起こっているの。
すると彼の後ろから、もう一人誰かが現れた。
それは先程マリアベルを無視した───はずの煤まみれの男だった。
「ああ、もう煩せぇぞ坊主!! 嬢ちゃん、悪かったな。俺一人じゃ助けらんねえと思って人を探してたんだが、寄りにもよってこんなちっこい坊主がうろうろしてて………! いいか!? 坊主、おめーは今すぐ大人を呼んでこい!!」
「おじさん! いちにのさんでいくよ!? いちにの───さんッ!!!」
「ああああ!!!」
いつの間にか少年がマリアベルの足を潰していた瓦礫の間に木材が差し込んでいた。
そして彼らは二人がかりで木材を押し、その隙をついて少年が慌ててマリアベルの身体を引きずり出す。
それから彼はすぐさまマリアベルの足に《
「良かった! あ、でも《
「坊主それは俺がやる! 嬢ちゃん、早く俺の背中にのれ! 急いで逃げるぞ!」
マリアベルは泣きそうになっていた。
汗でぐっしょりと濡れた男の背中にしがみつつ、助けられた安堵でもうどうにかなりそうだった。
(助けられたの? 私が?)
一体何が起こっているのか理解できず、呆然とする。
いつの間にか心を占めていた黒い泥のような感情は消え去っていた。
ふと隣を走る少年を見れば、彼は他にも逃げ遅れた人がいないか探しているようで、きょろよろと辺りを見渡していた。
黒い煙や火の海から段々遠ざかっていく。
呼吸がしやすくなって、かすんでいた視界も回復していく。
そして気付いた時には、貴族街の正門前に着いていた。
貴族街へ続く正門は閉め切られ、その一画をぐるりと囲う高い外壁を登ることすらできない。
しかしその周辺には火の手が回っておらず、避難した人々が野営地として拠点を構えていた。
テントがたくさん張られ、その下には負傷した市井の人々が横になっている。
五体満足の者達は忙しそうに動き回っており、冒険者の格好をした者は警備の他、マリアベル達のいた火の海に向かって行こうとする者もいた。
「ここまで来ればもう大丈夫だね。おじさんとマリ………じゃなくてお嬢ちゃんは、ギルドの職員の人が水を配布しているみたいだから、貰いに行ってきた方が良いよ」
「おい、坊主。お前は?」
「俺は《
そう言って少年は足早に去ってしまった。
残された煤だらけの男が「んじゃ、水貰いに行くか」とマリアベルに声をかけ、足を進める。
「嬢ちゃんはこの王都の子か? 親は?」
「……………親はいない」
「……………そうか。悪いな。変なこと聞いちまって。───いや、俺も災難だったよ! 王都の夏至祭だからって田舎から来たら、まさかレッドドラゴンが襲撃してくるなんてよ! 俺も嬢ちゃんも運がねえな!」
空気を変えるかのように笑い飛ばす男にきょとんとする。
そしてそんな彼に対して、マリアベルは口を開いた。
「……………どうして私を助けたの?」
混乱に乗じて奴隷商にでも売りつけるつもりか。
それとも助けてやったんだからと俺の奴隷になれとでも言うつもりか。
しかし男は一瞬呆けた後、大きく溜め息を吐いた。
「お前なあ………まずは『ありがとう』だろ? それにガキに見返りを求めるとか、どんだけ自分のこと高く見積もってんだよ。…………え、まさか王都って、助けた見返りに子供に何かやらかすような治安の終わった場所なのか………?」
そんな男の姿にマリアベルの懸念が晴れる。
そして彼女は何だかふわふわとした心地になりながら「ありがとう」と言った。
ありがとう、だなんて言うのは随分久しぶりだった。
何故だか自然と涙が溢れそうになる。
「良いってもんよ! 『情けは人の為ならず』ってシグレット様も言っていたしな!」
「シグレット様?」
そう聞き返すと男は太陽のような笑みを浮かべた。
「おうよ! 俺の地元で領主をやっていたシグレット・ワイヤー様だ。昔兵士をやっていたんだが、若い俺らにもよく話しかけてくれて、気に掛けてもらっていたよ」
「ふうん………」
「それで色んな話を聞かせてもらったんだが…………えっと確か『情けは人の為ならず』は情けは巡り巡って自分のためになる………みたいな意味だったか? ま! そんなようなことを言っていたんだよ!」
話しながら歩いていると、いつの間にか給水場のような場所に着いていた。
ギルド職員の格好をした女性が、かき集めたであろう様々な種類の器に水瓶の水を注いで配っている。
「はい、お嬢さんもどうぞ」
「……………ありがとう」
眼鏡をかけた厳しそうな女性が優し気な笑みを浮かべて、マリアベルに水を渡す。
器の中に写った水面の自分をじっと見つめ、マリアベルは顔を上げた。
「……………水を、もう一つ貰うことはできますか?」
するとそれに男が「おいおい」と制止する。
「水も有限なんだ。一人一個に決まってるだろ?」
「……………情けは人の為ならず、なんでしょ」
そしてマリアベルは小さくはにかみながら口を開いた。
「私を助けてくれたあの男の子、水も貰わないで行っちゃったでしょ? まだお礼も言ってないから、言いに行きたい」
「…………そうか。じゃあ、渡しに行かないとな」
そんなマリアベルに男は微笑ましそうに頷く。
ギルド職員も「それなら」と言って、もう一つの器をマリアベルに渡した。
「おじさん」
「ん?」
「……………助けてくれて、ありがとう。私はマリアベル。おじさんの名前は?」
すると男はどこか気恥しそうに頬をかきながら口を開いた。
「オスカー・フェルド。リュシールの街で胡桃パンのうまいパン屋をやってるよ」