昏き星のアドラスタ -第二王子は如何にして魔女と共に王位を簒奪したか- 作:鴉の子
人ごみをかき分ける、ディアナは人混みの少し外に待たせて、歓声を上げる観客の隙間を縫って近づく。
護衛はいない、当然だ、この都市にこの女より強い存在はいない。
「ルクレツィア・スフォルツァ・エスペリア!!!!! ロラン・アランキール・イスタリアだ! 面通しを願う!」
ぴくり、と即座に聞き取ったのか耳が動く。そして、こちらに満面の笑みで振り向いた。
「あら〜〜〜! 我が親友じゃありませんこと!? 王様を殴って丸焼きチキンになったのでは?」
きゃっきゃっと丸太のような脚が大地を踏み締めて、こちらに猛牛のように近寄って、俺を抱き上げる。
「ええいやめろこのムキムキ! ウェイトが増えたな!」
「あら、よくお分かりで、ちなみに何キロ?」
「5kg、120の大台は目標だったろ、おめでと」
「ふっ、流石のマイフレンド……私の欲しい褒め言葉を的確にくださるのね……抱いていいですわよ!」
「ヤダ、お前の女に刺されたくない」
「死なないでしょう!」
「痛いものは痛いの!!」
高い高いされる姿勢のまま、目の前の女へため息を吐いて笑いかける。相変わらず元気なやつだった。
「いいじゃないですの、愛しの麗しき
「いいか、お前は美人だが男には優しくない。結果として生まれるのは製麺機のローラーにかけられたか如く潰された俺が生まれるだけだ。あと幼馴染はそういう目で見れない」
「はぁ──ーっ!? この完全無欠ボディの美少女を!?!? それでも○○○付いてますの!?」
「往来でなんてこと言うんだお前!?!?」
このエセお嬢様はガキの頃に俺らと一緒に近所のガキをボコボコにしていた頃と何も変わっていない。ボコボコにされていたのは俺? そんなことは忘れたね。
「(……いいか、大事な話があってきた)」
「(ええ、でしょうね。席を設けますわ)」
小声で囁けば、すぐに周囲に伝わらないように同様に囁き返す。把握している上ですぐに目の前に現れたと言うことは、既にこちらの動きは監視されていたのだろう、そのあたり、全く抜かりない国家元首である。
「ワインは?」
「いいのを頼むよ、チーズも」
「いいでしょう、私手ずから用意してあげますわ! ハムもいいですが、今日は貝の出来がいいと漁師が言っておりましたので、精々楽しみに待っていなさい〜!」
…………ハムは丸の原木を持ってくる気だな、1人で全部食う気じゃないだろうなあいつ。
「それで、遠くでブー垂れてるレディは貴方の伴侶?」
「困ったことにそうなんだ、つい昨日結婚してね」
「あら、おめでとう。恋愛結婚には見えないですわね」
「……どうかな」
「あら、あらあらあら」
こいつ。
「詳しくは聞きませんけれど、私の淑女の勘が働いておりますわ! ボーイ・ミーツ・ガールですのね……!」
「違……わなくもないが! そういう感じでもねぇ! はよ連れてけ!」
「あら、なら私が頂いても?」
「……まだやってんの?」
こいつ、人の女に手を出す悪癖は何も変わっていないのか。なんて厄介な女だ。
「おほほほほ、レディから私を離しませんのよ。仕方ないでしょう?」
呆れて、彼女の手から逃れて、すた、と地上に降りる。全く、悪い友達が何も変わっていないというのは気分がいいものだなと笑って。
「アレはダメだ」
「……本当に珍しいことがありますのね」
「なんだよ」
「いいえ、なんでも。それならやめておきましょう」
ほほほ、と楽しげに笑う友人に着いて歩く。いつのまにか、横にはディアナが現れている。人ごみをすり抜けてきたにしては、乱れも少ない。
「……急に出てくるな」
「知り合い?」
「幼馴染だ、まぁ、腐れ縁とも言うな」
「ふぅん」
何やら機嫌が良さそうだ、話を聞いていたのだろうか。
「ね、ね、私はダメなの?」
「ん? ダメだろ、俺の花嫁なんだろう?」
「えへ」
はて、何故喜んでいるのか。まさか、俺のことが好きなわけでもあるまいのに。
「……なんだその顔」
「嬉しい顔だけど?」
「そうか」
わからん、なんだこの女は……と頬を掻きながら歩みを進める。ディアナは腕を抱いてくるが、果たしてどこまで本気なのかはわからない。
まあ、別にそれはそれでいいのだが。俺はこの女のことは嫌いではないから。
「さて、あなたの兄上のことですわね?」
ドン、とワイン樽を担いで現れるルクレツィア。ここは彼女の総督府の応接室、青空からの光が差し込むテラスへと通されていた。何もかもが白い、白亜の壁に、白いソファ、青空と、重厚な木のテーブルだけが浮かび上がるような部屋だった。しかし、無機質というには明るく、美しい砂浜のような印象を受ける。
テーブルには彼女の用意した多種多様な魚介料理やハム、ワインが並べられている。食えるかそんなにというくらい並んでいる。いや本当に多過ぎないか?
「食えねぇよ」
「誰があなたたちが全部食べると言いましたか、私の昼食です」
「……デb……」
「ほう?」
「デラックスな食事ですね!!!」
「おほほほほ」
危なかった、拳が凝縮する音が聞こえた。何を言っているかわからないかもしれないが本当にそうとしか言えない音が聞こえた。
「……まぁ、わかるだろう?」
「王位簒奪ですか、昔から変わりませんのね」
「あいつに王様なんて向いてねぇんだ、俺よりな」
「……悲しいほど、向いていますわ。そして、王とはそういうものです、故に私は彼に恭順しました」
「裏切れ」
「……見返りがなければ不可能です」
「今のお前は、断頭台へ向かう列を後回しにしてもらっているに過ぎないとわかっているだろう」
そうだ、兄は、きっと世界を飲み込んで、尽きるまで戦い続けるに違いない。同盟を組んでいる国ですら、最終的に全てを奪い去っていくだろう。
「いいえ、私は死ぬかもしれませんが、国の名前は残りますわ」
無理だ、あの男は、全てを焼き尽くす星の光そのものだから。肩を並べて戦ったという事実は、決して彼の歩みを止める理由にはならない。
「王国は、きっと栄華を極めるだろう。新しい世界は、きっと素晴らしいものなのだろう、でも、俺はともかく、お前の場所はない」
「ええ、守銭奴で、放蕩娘で、喧嘩と詐欺だけが取り柄の女提督の居場所はないでしょうね」
「なら何故」
「王たるものなら、それくらいはわかっててやるものですわよ?」
ぱちり、とウィンクして、ワインを飲み干す。
「勝ち馬に乗って、民を一人でも多く残すのです」
「……まだ続けるのか、茶番?」
「……ほう?」
剣呑な空気が流れる、目の前の筋肉の塊のような女の笑顔が、敵意を込めたそれに変化していく。そう、この女は、喧嘩する時いつもこの顔だ。
「おいひい」
もきゅもきゅとひたすら出された食事を口に詰め込んでいるディアナは一旦無視する。
「私にすら、一度も喧嘩で勝てなかった男が、言いますわね」
「お前が口喧嘩をグーで終わらせただけで、一度も負けてませんけど?」
「では、続きを話してみなさいな」
「おう、話してやるよ。あのバカ兄貴の目的は世界征服だ。だが、エスペリア都市同盟は隣国であり、独自の交易経済圏を持つことから長い間イスタリアとは同盟国だった。ここを攻めない理由はシンプルに、“まだ使えるから”だ」
「ええ、承知のことですわ」
「お前は、この戦争に便乗して得た資源と領地で軍備力と経済力を高め、イスタリアが疲弊した瞬間を狙って、全世界の支持を得た上で開戦事由とし、土壇場で裏切るつもりか、違うか?」
「……どうしてそうお思いなのかしら?」
「新聞、あとお前んところに入る交易記録でわかる。それと、お前の性格」
この幼馴染は、率直に言って人格が破綻している。うちの兄貴は人間じゃないが、こいつは人間らしいが人格破綻者だ。良心が外付けでついてるだけ、いいやつではあるんだが。
まぁ、その辺は、きっとわかる。
「お前は情が深く、計算高いが、自分の利益を絶対に捨てられない。賢しらに王の理屈を語っていても、お前は女を抱いて、美食を食らい、花に囲まれて生きていかなきゃ死ぬ」
「……続けて」
よし、イライラしてるな、可愛いやつだ。こんなものお前の評価の中では穏当な方だというのに。
「うちの兄貴のことも好きだと思う、うちの兄貴もお前のことが好きだと思う。親友だからな」
「ええ、そうですわね」
このクソボケたちに巻き込まれた記憶が蘇る。こっそり兄が城の畑で作っていた油を絞り用な菜種の新品種を勝手にパクったルクレツィア。
そして、それを逆手にとって宣伝させて売り捌いた兄貴。結局売り上げは折半だったが、親父に何故か俺のことを監督不行届でケツを引っ叩かれたのはまだ恨んでいる。
「だからよくわかるだろう、お前は勝てねぇ。何故なら俺の兄貴は最強だからだ」
単純な事実。あらゆる凡人の積み重ねを踏破する鮮烈な光こそが我が兄であり、どうしようもないバカなのだ。
「だから、俺がお前の勝率を上げてやる」
「────どうやって?」
「世界を、一つにするんだよ」
そうだとも、そんなバカを相手にするには、こっちもバカにならなきゃいけないんだ。賢いこの女はわからないに違いない。
「
「──────────乗ったわ、バカロラン」
次回
大言壮語につき物なのは、そう、喧嘩!