昏き星のアドラスタ -第二王子は如何にして魔女と共に王位を簒奪したか- 作:鴉の子
感想、評価、お気に入りいただければ励みになります、よろしくお願いします!
ロラン・アランキール・イスタリアという男は、妙な男だと思っていた。
都市国家の総督の地位を簒奪した家系たるルクレツィア・スフォルツァ・エスペリアは、幼少よりこの男とつるみ、遊んできた。色んな意味で。イスタリア王家は、都市同盟ともある意味では偏見なく、利益を優先して付き合いを深めていたからだろう。
森の虫取りでは顔面にセミをくっつけて泣かせたり、水遊びでカエルを投げつけては泣かせたり。
それを、彼の兄に咎められて5倍泣かされているのが私だった。
いつからか、酒と女遊びを覚えた頃、3人の遊びはより過激になり。ロランの兄、ジョシュアの顔で酒場の注目を集め、私が遊び、ロランが後始末をするようになり。
不思議と、いつも文句ばかりを言うが、私たちに愛想を尽かすこともなく。むしろ最後に慰めるあいつの方が女の子と仲良くなったりしていた気もするし。
声が大きい割に素直じゃなく、誰よりも優しいくせに態度も悪い、強気なくせに喧嘩は弱い。そういう、捻くれたようで、そうでもない、不思議な男だった。
そういうところが、私は結構好きだった。
誰も彼もが、彼の兄を英雄だと言う。それはその通りなのだろう、不断の努力を欠かさず、輝かしい言葉と、圧倒的な力で、彼の王国の民を救う英雄なのだから。
それは昔から変わらなかった、困った人を助けて、誰よりも好かれていて、そして、迷いなく誰かを殴ってはよく弟に怒られていた。
私は、そうやって、殴られた方を労る男が好きだった。
ああ、でも可愛い女の子の方が好きなのは本当。だからこれは親愛かもしれない、でもまぁ、抱かせてやってもいいくらいの気持ちではいたけど、ついぞあいつは私に手を出すことはなかった。そういうところもいいと思う。
だから、彼が兄を倒そうとする今を悲しいと思う気持ちはある。だが、それ以上に私は総督だから、彼の誘いには乗るかどうかを選ばなければいけない。
「言い分は理解しますわ、ですが、出来ます?」
出来るだろう。少なくとも、やると決めれば命を賭ける。死なない男だとしても、それは評価に値する。
「出来る、背中から撃たれないようにするだけでいい。兄貴は、今やそれくらいの脅威だ」
ああ、これでやはり、信じているのは兄なのか。何も変わらない男だなとため息をついて、それから、視界の隅にいる花嫁とやらを見る。
魔女、魔女、魔女ときた。なるほど、立ち上る魔力からして魔女に違いない、だって人間には見たことがないくらいドス黒い。
あれで、悪意とは縁遠そうな顔をしているのがタチが悪い。総督として、数多くの性悪商人を見てきたが故に、わかることだった。その正体については、少しだけ想像がつくものの、今はいい。
きっと、理由もなく現れて、理由もなくこの男は助けてしまったのだろう。ああ、でも、顔は好みそうだ。いつも誤魔化してはいたけれど、背が大きくて丸っこい目をした子が好きだった。
私は少し顔が怖いと、幼い頃に言われた記憶が蘇る。鋭利な目つきは、お嬢様方からは人気があるというのに、失礼なやつだと、こっそり泣いた昔の自分を心の中で慰める。
なんか、だんだんむかついてきたな。
……国の利益のために、この男の提案の乗ろうという気は湧いてくる。まぁ、バレないように立ち回れば私の立場はしばらく変わらないし、そのあたりの工作は得意も得意の家系だ。
伊達に、先先先代が相続法と毒を悪用して出来た地位ではない。
でもなんか、腹立つ。
しばらく会ってなかった幼馴染が女を連れて私に物を頼みにきたという状況が、腹立つ。
ならばどうする、乙女ルクレツィア、趣味とお嬢様ウケのため鍛え上げた筋肉に問いかける。
うん、殴って決めますわ。
「いいですわ、条件が一つ」
「なんでも聞いてやるよ」
じゃあ今すぐ私を抱いてくださいまし、と言ったら鼻で笑うだろうこの男に、告げる。
「喧嘩で私に勝ちなさい」
「………………無理!!!!」
「無理じゃない! 男でしょう!!!」
声を張り上げて、テーブルを叩く。
「決闘で、勝利すれば貴方の言う通りに、貴方を支援しましょう」
「……負ければ?」
「私が王国を簒奪するので貴方が私を支援しなさい」
「……同じでは?」
「違います、主導権が私か、貴方か」
「俺どっちでもいいよ?」
「よくないですわ! このバカロラン!」
「バカとはなんだばーか!」
「とにかく! そういうことですので、明日待っていなさい!」
「えー……なんでそうなるんだよ……」
なんて嫌そうな顔するのだこのバカは。私だって色々言いたいことはあるというのをわかっているのだろうか。
「……何か、怒らせるようなことしたか?」
これである、しおらしそう顔をして言えば私も彼の兄も許してしまうというのを学習しているのか。ちょっと許してしまいそうなのが悔しくて、さらに怒りが湧いてきた。
「いいえ、いいえ。ただ、これを機に色々と言わせてもらおうかと」
「えっ」
「ですので、今日のワインは程々に。私も抑えましょう」
啖呵は切ったが、食事はする、出された食事は食べるのがお嬢様の流儀である。
「えー……えー……?」
「早く食べなさい、そこの魔女がもう半分くらい食べてますわよ」
「うわっ、どこに入るんだお前」
中々の健啖家ですわね、私にも負けていない、しかし、運動もしていなさそうな肉付きでどこにカロリーがいくのでしょう。
「……食べ過ぎ?」
「いいえ、お客がよく食べるのは良いことです」
「そっか、おいしいわ」
「……ええ、ええ、お楽しみください」
……可愛いですわね、ちょっと私のものにしたくなるかもしれません。勝ったらつまみ食いくらい許してくれないかしら。
ではなく。
「……貴方も手伝いなさい、明日」
「いいよ、“花嫁”だもん」
「……?」
何か、含みを感じる言葉に、一瞬の違和感を覚える。しかし、追求するほどのことではないかと、口を噤んだ。
「……二人がかりってことか?」
「ですわね」
「…………いいのか?」
「あら、なら一人で来ます?」
「いや、いい」
まぁ、千日手ではあるのでしょうが。まぁ、その辺りは負けを認めた方が負けということで。この男なら、諦める必要があるならば諦める人間です。
逆に、必要がないならしないのですけれど。
「やるなら勝つぞ」
「…………おほほほ、言いますわね」
死なないだけの男が、なにを言うのだろう。だが、瞳には一切の恐れも虚勢もなく、ただ、やるべきだからやるという意志だけがあった。
それが、私を嫌に苛立たせる。いいでしょう、そこまで言うなら徹底的に叩き潰してやると決意して。
「条件追加で」
「ん?」
「私が勝ったら、貴方の身柄は好きにさせてもらいますわ」
「いいけど」
ほら、全然動じない、全くもって、私が女の子以外好きじゃないと思っているのが腹立たしい。
「────泣かす」
「なんで!?」
「自分の胸に聞いてくださる〜!?」
「お前より小さいからなんも言わないんだよね」
「お死になさい」
くくく、と喉から笑いが漏れてしまう。ああ、何も変わらない男め。本当に、憎たらしい男だと、笑みが溢れて。
「…………懐かしいですわね」
「……そうだな、お前も、あんまり変わってないな」
笑顔で、こちらを見つめる、ロランという男から、思わず目を逸らす。
変わりましたのよ。
貴方と遊んでいた頃の私じゃありませんの。たくさん悪いこともしましたわ。たくさん人が死にましたわ、笑い話に出来ないことも沢山。でも、全然辛くもないし、むしろ楽しいんです。
ああ、でも、貴方、今でもあの兄が好きなんですね。
本当に、変わらない人。
太陽に照らされている、紫紺の瞳が眩しくて、やけに嫌な気持ちになった。
親友枠って言ったのになんかしっとりしてきたな……