昏き星のアドラスタ -第二王子は如何にして魔女と共に王位を簒奪したか- 作:鴉の子
夜が更けて、簡単な夕飯を済ませて、寄越された寝室でロランは寝転がる。目の前にはふわふわと浮いた魔女、ディアナが切った桃を齧っている。
「まだ食うのか」
「おいしいわよ?」
「腹一杯に……ああいや、人間じゃなかったな……」
ため息をついて、天蓋を眺める。はて、一体何を怒らせてしまったのか、あの筋肉女は昔からよくわからないところで怒る女だったから、まぁそれは仕方がない。
しかし、喧嘩で勝てとなると途端に難しい。だってシンプルに喧嘩弱いし、殴られたら負ける。
本当にクソの役にも立たない能力だな……とため息を吐いて、思案する。ぶっちゃけ条件的には負けても問題ないのだが、それは全てが成功した時の話である。
最悪、最後に失敗して兄貴がキレた時に、俺の責任にしてなんとかすることができなくなる。
つまり、あいつが死んでしまう可能性があるので困るのだ。
「どうすっかなー」
あいつの魔法のタネはわかっている、わかっているだけだが。
「なー、お前何出来る?」
「なんでも出来るけど、なんにもできないよ?」
「……とんち?」
「ううん、なんでも出来るから、何にも出来なくなっちゃったの」
紫の瞳が、悲しそうな、寂しそうな色を帯びる。揶揄っているわけでも、冗談を言っているわけでもなかった。
「なんでも出来るとね、出来ないことが無くなって……そうすると、不自由になっちゃうんだよ」
「……ああ、まぁ、ちょっとだけわかるよ」
王族なんてやってると、わかることもある。良い食い物も、良い絵画も、良い書物も、なんでもあると人間何もかもに飽きてくる。飽きた果てに、珍しいものばかり求めるようになって、そうして死んでいく人間に。
「つまり?」
「見たものはなんでも出せるし、見た事はなんでも起こせるわ。瞬間移動をして、時間を止めて、指を鳴らせば星を消せるの。でもそんなことしても仕方がないって思ってしまうから」
「ああ、もう出来ないのか」
魔法は、意志がなければ意味がない。力というものは往々にしてそういうものだ、心から願わなければ、それはただのエネルギーか、モノでしかない。
そんなことをしても、なんの意味もないと心からそう思ってしまっているのなら、その力は使えない。
「ん? じゃあなんでアレ出来たんだ、あの……オープンカーとかいうの」
「……貴方に喜んで欲しかったから、出来たの」
きゃー、とわざとらしい声をあげて、両手を頬に当てて少女ぶっている。
……が、あからさまな仕草で隠しているが、普通に耳が赤い、本気で照れているらしい。
「……つまり? 俺と一緒ならなんでも出来る?」
「それは無理かも? だって、何をしたら貴方が喜ぶかわからないから、怖くてなんでもなんて出来ないわ」
「……独特だなぁ」
つまり、なんでも出来るパワーはあるけど、それは殆ど使えないし、俺のためにならちょっとは使えると。
「無理だ〜〜〜〜!」
無理。
どこまで使えるのかわからん力に頼って勝てるわけがない。だってあの女ってこの国で一番強いし、俺も恩恵に預かっていたからよくわかる、喧嘩マジで強いもん。
「……うーん、一個だけ方法あるけど」
「一応聞く」
「私を、貴方が使う」
「……具体的に!!」
どうしてこう、ふわふわした物言いになるのかこの魔女。
「うーん……やり方? やり方……うーん……その時になったらわかるよ」
「……おまっ……いや、いい。本当にわかるんだな?」
「絶対にわかるよ」
「ならいい、俺を勝たせろ」
「ん、それなら、多分出来る」
よし、もうどうせやるしかないならやるだけである。とにかく勝つ気でやればなんでも出来るんだよ。
「勝つつもり?」
「負ける気でやる馬鹿いるかよ」
「それはそうね」
喋りながら、すい、と寝転がる俺の懐に落ちてくる魔女を抱き止める。
「なんだよ」
「ん、眠い」
「赤ん坊か」
好きなようにしか動かない目の前の女に、思わず笑ってしまう。ぽんぽんと、背中を撫でて横にそっと横たえる。
「そこで寝ろ、明日早いぞ」
「ん」
すぅすぅと寝息を立てて、ディアナはすぐに眠ってしまう。その顔は、無垢な少女のようにも見えるし、妖艶な魔女にも見える。なんだか、それに気が抜けて、息を吐く。
「乳でけーな……」
それはそれとして、思わず本音が漏れる。まぁ、手を出す気などさらさらないが、だってまだお互いのこととか全然知らないし。
魔女、魔女ね。一体何を考えているのだろうか、そんな事は全くわからないけれど。
ただ、昔見覚えのある眼をしているモノだから、大事にしたいとは思っている。
夜の街で、頼れるアテもなく彷徨う、どこかの違法な娼館から逃げ出した女だったか。俺が見つけて、拾ったことを思い出す。何もかもに怯えて、全てを失って、それでも、誰かを憎まないように耐えるための涙を流していた。
あの時はすぐに職として兵舎の下働きと寮を手配して、兄貴と一緒に彼女が捕まっていた娼館は叩き潰したんだっけか。まぁ、兄貴が物理的に叩き潰したせいで死ぬほど怒られたのだが。
「なぁ、言わなくてもいいけどさ、俺ならお前の悲しみは、なんとか出来るのか?」
問いかける、答えはない。棺の中で眠る姫君のように、息をするだけの魔女の頬を撫でる。
全くもって、降って湧いた女にここまでしてしまうのは、どうしてだろうかと自分でも首を傾げながら。
さて、日は明ける、朝が来る。
つまり、喧嘩の時間がやって来るというわけで。
「おはようですわ〜〜〜〜〜〜!」
がしゃーん、と食卓に並べられるのは巨大なパンを丸々使ったサンドイッチが三つ、一人一個である。
「食えるか」
「あら、これから運動というのに、何故?」
「朝からこんな食えるかっ!!!!!!」
「おいしいよ?」
もっしゃもっしゃと端からリスのようにすごい勢いで食っていく女たち二人に、愕然としながら、仕方なく端をちぎって食べる。
焼き上げられたパンに生ハムに、チーズ、バジルやルッコラに、オリーブオイルと塩だけで味付けしたシンプルだがよく出来たモノで、拘り方からしてパン以外はルクレツィアが自分で作ったのだろうということがわかった。
「美味い」
「でしょう?」
ふふん、と自慢げに、胸を張る彼女が微笑ましい。
「とてもおいひい、毎日作って欲しい」
「だってよ」
「あら〜ディアナちゃんは見る目がありますわね! 私の愛人になりませんこと?」
「ん、やだ」
「フラれてやんの」
ゲラゲラ笑ってやると、フォークが俺の顔面に飛来、強烈な痛みと共に頭蓋を貫通して地面に倒れる。
「食卓が汚れるだろうが!!!」
「あら、回復回復」
ルクレツィアが指先をくるくると回せば、回復の魔術が行使される。相変わらず、小器用な奴だ、魔術一通りは一流という程度には修めているのは流石である。
「いい加減自分で治せるようになりませんこと?」
「回復はダメだ、向いてないんだよ俺は」
「おほほ、不器用なこと」
「うるせ」
おでこの傷が消えて、布巾で血を拭いて立ち上がる。
「それで、どこで?」
「少し離れた場所に別荘がありますわ、そこの中庭でやりましょう」
「……壊れるだろ」
「ええ、壊す予定でしたので。スマートでしょう!」
「…………そう」
まぁ確かにスマートではあるが、壊している別荘とかあるんだ、あんだけ借金あるのに。……まぁ、実際のところ借りている以上に貸しているし、それ以上に儲かっているのだろう。この辺り一体の貿易網は全てこいつの手が入っていないところはないし。
「それじゃあ、行きましょうかお二人とも!」
馬車……ではなく専用のゴンドラ。ここでも船移動か、と3人で乗り込んで、ゆらゆらと揺られること数十分。海上ではない、沿岸に建てられた古い豪邸が視界に入る。
確かに、蔓や苔に覆われていて、窓も割れている。おそらくは、古びて打ち捨てられた館を買い上げて、何かに使う予定だったのだろう。それを別荘と言い出したのは見栄か分かりづらい冗談か。
「あれ?」
「あれですわね。丁度いいでしょう?」
「そうだな」
元々、誰が住んでいたのか、なぜ壊すのか、そういった事情が気になるが、そこまで肩入れしてしまったら何もできなくなると心に蓋をする。
「さて、じゃあ、どうしたら勝ちだ?」
「参ったと言わせたら勝ちですわ」
「おや、優しい」
「あら、小虫を潰し続けるのも嫌いではないですのよ?」
なるほど、嫌になるほど蘇って嫌がらせする戦法は使えないか。いやまぁ多分俺の根性ならどっかで参ったと言ってしまいそうだ。
ならば、どうしようか。
ぼんやりと考えながら、歩みを進める。屋敷の中心、荒れ果てた中庭にたどり着いた。
誰も手入れをしていないはずなのに、周囲を、茨と、赤黒い枯れかけのバラが中庭を埋め尽くしている。
「さて、やりましょうか」
ルクレツィアは、拳を構えた。あいも変わらず、ステゴロが好きらしい。こっちは、特にこだわりはないが、この女と喧嘩するなら剣の一本くらいあってもバチは当たらないと思う。
「ん」
すっと、背後からディアナが差し出したのは一本のサーベル。なんの変哲もない、軍用のものだろう、無骨なハンドガードと、黒鞘に収まった一本の剣。
「なんでも出せるな、お前」
「なんでもは無理だよ」
「……振ったらあいつ倒せたりしない?」
「……無理かな? 貴方がそう思う限り」
なるほど、多分無理なのだろう。第一、そういうのはあんまり求めていない。別に勝ちたい訳でも、負けたくない訳でもない。
ただ、俺のせいにしてくれればいいだけだったのだが。
魔女が、こちらを覗き込む、紫の瞳には星の光のように、無数の輝きが散りばめられている。
それが、笑いもせずに、問いかけるようにこちらをずっと見つめている。
「…………なぁ、今か?」
「ううん、それじゃあダメかな」
「わかった」
何がわかったのだろうか、ただ、一度自分で向かい合ってみないとわからないことだけはわかった。
剣を取って、振り向き、幼馴染へと向き合った。
「なぁ、本当に全部俺のせいにしなくていいのか?」
「勿論ですわよ、そういうの、大っ嫌いなの知っているでしょう?」
けっ、と地面に唾を吐いて中指を立ててくる幼馴染に、なんてガラの悪いお嬢様だと思わず笑ってしまう。それに応えるようにルクレツィアも笑う、ガキの頃を思い出すような無邪気な笑みだった。
それも、すぐに消えて。
「じゃあ、やろうか」
「ええ、やりましょう」
先に踏み込んだのは、ルクレツィアの方だった。一歩、地面を砕くような踏み込みと共に、俺の目の前に現れる。
なんという速度だ、全くもって、昔より速くなっているではないか。そして、その勢いを保ったまま、無造作に拳が振るわれる。
その巨腕はあらゆる物を砕かんとする勢いで、振るわれる……いや、厳密に言えば違う。
咄嗟に回避した先で、奇怪な音が響く。パリ、と乾いた、何かが砕ける音。直後に、爆発と紛うほどの轟音。
「────あら、避けましたのね」
「当たったら死ぬもん」
「衝撃まで避けるとは思いませんでしたわ」
「いいや、避けてないよ。偶々、運いいねマジで」
本当に偶然だった、軽口を叩きながらも、冷や汗が止まらない。それは一撃で、間違いなくこちらの肉体は砕け散るであろう物だった。
「ああ、決闘の口上を忘れていましたわね」
「……ああ、俺もだ。お前相手だとどうしてもね」
幼馴染と喧嘩するだけなのだから、すっかり忘れていたけれど、そういえば決闘だったのだ。
決闘ならばこの大陸、あらゆる国と、土地で伝わる言葉が必要だ。創世の神話に連なる礼儀と、儀式によって、誓わなければならないのだから。
「果てに光あり、天蓋の鐘は鳴る。太陽は天秤、誓いを照らすモノ。月は宙の
どちらが口にした言葉なのか、あるいは、どちらでもないのかもしれない。言葉は空へ流れていく。雲一つない青空の下に、流れていく。
「いざ、私は」
「お前に」
「貴方に」
視線が交錯する、互いに、瞳に映る感情は違う。好戦的な、苛立ちと、歓喜を含んだ瞳と、厭世的な、恐れと嫌気に染まった瞳。
ただ一つ、やらなければならない事を行おうという意志のみが、そこにあって。
「「勝利の機会を与えよう」」
口上、終わらせたその瞬間。抜刀、眼前に迫った拳の側面を叩き、逸らす。顔の端を掠めて、拳が通過した。
切断はできない、込めた力が、眼前の女の不可解な力により消え失せたからだ。
「あら、昔より喧嘩強いですわね?」
「……手加減してんだろ」
ただの拳の一撃だ、魔法も何も使ってはいない。
「使ったら死ぬでしょう?」
言葉と共に、乱雑に見えて、自然体に、拳がこちらの急所を狙って乱打される。正中線を狙った一撃に混じるレバーブローを刀身で受けるが、防ぎ切ることはできない。なんで切れないんだよマジでこいつ。
「せめてかすり傷くらい作ってくれませんかねぇ!」
まぁ、仕方ない、こちとらインドア派の非才の身である。一応王国流の剣術は使えるが、剣の使い方は兄の足元にも及ばないし、先生だった門番には30回やって一回勝てればいい方だ。
「……魔法抜きで、魔術による身体強化と硬質化だけでそれか?」
身体強化と、硬質化。一切の術式はいらない、ただ魔力を使うだけで行えるもの。その代わりに才能がものをいう魔法。俺は全然使えない。
「ええ! 便利バッグと自爆しかできない男とは違いましてよ! ほほほほほほ!」
高笑いしながら、顎先へのフックを繰り出すルクレツィアへと逆に踏み込み、逆に向こうの顎へ剣のポンメルによる殴打を繰り出す。
「あら、弱っちいこと!」
「ええい! ゴリラ!」
全く効いている様子がない、嫌になるね全く。
「……ふむ」
ルクレツィアは突然距離を取り、構えを変える。だらん、と下げていた腕を上げて、両拳を前へと出し、構える。現代的な拳闘のスタイルに近いが、違う。見慣れたそれは、大昔、酒場で絡んできた傭兵をボコボコにした時の構えで。
「古エスペリア流拳闘術、解禁ですわ〜〜〜〜!」
かつて、まだこの都市国家群が一つの同盟ではなかった頃の歴史。周りの都市国家は嫌いだが、戦争をして周辺諸国につけ込まれたくない都市国家達は、一つの方法を編み出した。
都市代表による、生死不問の拳闘大会によって、民衆のガス抜きとお互いの格付けを行おうとしたのだ。
当然、勝つためにさまざまな技術が開発される、組み技、投げ技、打撃技。それら全ては商人達の徹底的な合理主義により、体系的に纏められ、学問となっていく。
それは、長く、1000年続き伝統となり、いつからか貴族が学ぶべき教養となった。
────都市国家貴族は、喧嘩が強い!!!
「行きますわよ!!!!」
「来るなバカ!!」
マズイ、と思った瞬間には、ルクレツィアは
否! これは踏み込み! 空中を経由して、全体重をかけた右ストレート!
即座にしゃがみ込み、刀身に手を添えて相手の首筋へ向けて斬り込むように迎撃。ただで喰らうかと、全力にて対応するが、当然。
「甘いですわよッ!」
「お前前から思ってたけど本当に人げ……ごパァッ!?」
刃が通らない、単純に身体強化と鍛錬の妙により、筋肉が硬すぎる。つまり、攻撃は無意味であり、相手の拳は顔面に直撃する。
視界が消失する、ホワイトアウトしたまま地面を転がって、茨の生垣に激突し、全身が血まみれになる。
痛い。
痛いというか気絶しそう、まだ痛い方がマシだな。
「……舐めやがって……」
まだ生きている、ということは、手加減している。
「なんで、魔法使わない」
「さっき言ったでしょう? 必要ないからですわ、使ったら貴方は死んで、蘇る」
そしたら、またちょっと元気になって襲いかかってきて面倒でしょう? と極めて合理的なことを、満面の笑みで伝えてくる。
「ま、そりゃそうだな、うん」
「じゃ、こうしよう」
「……あら」
「焦ったふりしなくていいぞ、別に」
全身が黒い焔に覆われる、皮膚と、髪の毛が燃える感覚がするが問題ない。すでに発動と同時に表皮の神経は焼けこげて、なんの感覚もない。
よそから見たら、燃え盛る剥き出しのゾンビと言ったところか。
「普通、飛ばして使うものですのよ」
「────(こっちの方が強いだろう)」
舌が焦げてるいるから、何も喋れない。あと30秒ほどで動けなくなるので、その前に。
一歩踏み込む、足元で黒焔が爆発する。まぁ、同時に脚も吹き飛ぶのだが、まぁ誤差だろう。
そうして、炎を纏った刃を目の前の女へ全力で振り下ろして。
『我は勝利』
死を目前にして、一度消滅しつつある命と、すでに燃え尽きたはずの鼓膜に、届く声がある。
それは、いま、目の前のルクレツィアから発せられているものだと即座に理解して。
『我は栄光』
『禍つ風を払うモノ』
『────
『
──────世界が、弾けた。
異能バトルって……難しい!!!!!
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