昏き星のアドラスタ -第二王子は如何にして魔女と共に王位を簒奪したか- 作:鴉の子
これにて一旦決着です。
疾駆、踏み込み、真っ向からの唐竹割り、シンプルな一撃。だが、その身体性能はそれまでの比ではない。所詮、一流には届かない程度の剣技が、速度と膂力のみで絶死の刃と化している。
見惚れていた、その一瞬の隙を狙った一撃。なりふり構わぬものだった。
だが。
「────驚きましたわ」
頭蓋を割るどころか、人体を縦に引き裂いて余りある一撃を、受け止める。
受けた衝撃は、足の裏から地面へと放出。本来は刀身を通してロランの肉体へと反射する筈だったが、何故か阻まれた。
「いったい、どういう理屈ですの?」
魔法は、この世の理に属さない。魔術は、この星の人間が生来持つ、魔力と呼ばれるエネルギーを消費して、人間の己のできる範囲で世界を書き換えるものに過ぎないが、魔法は違う。
異能たるそれは、世界を書き換えるに何のリソースも使わず、息をするように、そして人間の想像や理解を超えた力を容易に発揮する。
だから、それが通らないのは一体どういうことなのか。いや、正確には通らないわけではないのだろう、阻害されているという感覚が最も近い。
「理屈はわからん!」
『鎧は、私の世界、私の心、私自身だから。あなた、星を知覚することは出来ないでしょう?』
「だそうだ!」
「概ねわかりましたわ」
なるほど、そもそも、あの鎧にはこちらが知覚できないレベルの空間、質量、概念が詰められていると考えていいだろう。だが、先ほどの反応を見るに、重い一撃を喰らえば間違いなくダメージは受けるのだろう。
つまり、必殺を失っただけのこと。これにて、勝負の天秤が釣り合ったに過ぎないと、凶暴な笑みをルクレツィアは浮かべる。
「……では、改めて、参りましょう」
「ああ、やろうぜ」
全身を鎧に包んだ、ロランは答える。先ほど拳の一撃を受けた左腕は鎧の中でひしゃげて指の一本まで骨を粉砕されている。それを、鎧が勝手に動かして、剣を握っている。激痛が走るが、構わない。握る剣から、歓喜のような感情が流れ込む、哄笑を上げている魔女の声と共に。
いつのまにか剣は、刀身が厚く、鋭く、先程までのサーベルから歪んだ大剣へと姿を変えていた。
「──────性格悪いな、お前」
『失礼ね、かっこいいところ見ると、嬉しいでしょう?』
この女のことは本当にわからないとずっと思ってきたが、このザマになって、ようやくわかった。
ふわふわしているようで、意外と邪悪で、意外と一途で。
「そんなに好かれると嬉しいね、全く」
全くどうして、理由も意味もわからないが、本当に俺のことは好きらしいと、ロラン・アランキール・イスタリアは理解した。
『同期率19% で安定、身体浸透と共に強化。神経系加速を最優先に、現在通常の150%、現在の状態での活動可能時間、あなたのタイムスケールにおいては1分ね』
「過ぎると」
『死ぬわ』
「気絶は」
『しないわ、でも多分私のお腹の中で一生溶けちゃうわよ』
「…………おーけー、1分以内な」
解除して、またやり直すのはどうだろうか、と思ったが、多分ダメだと思った。正直、聞かぬともわかるくらい、自分の中の何かがガリガリと削り取られているような感覚がある。
ヤスリのような舌で、巨大な怪物に削られ喰われているような感覚。しかも、悪意が感じられないのだからタチが悪い。これで死んだら、多分、まともに蘇生はできまい。
「────喧嘩しよう」
「いい啖呵ですわね、死になさい」
全身全霊の拳の一撃が、ロランの腹部へと直撃した。だが、踏みとどまる、内臓が破裂し、鎧の中で吐血するが、問題はない。身体は何故か、真っ直ぐ動く。
ルクレツィアはそれを開いた腕で防ぐ、防ぐのである。いかな剣の一撃といえど、その魔法にてインパクトの瞬間の勢いを流されてしまえば、かすり傷程度しか負うことはない。
だが、かすり傷を負った。
「久しぶりか?」
「ええ、バカロラン、北の雷帝にやられた時以来ですわね」
言葉ともに、繰り出されるのはハイキック、鎧越しに頭蓋を粉砕する一撃。だが、外的要因による死亡だ、問題なく再生する。
「かっ……!?」
「ですが、このままでは勝てませんわよ、どうするのです? 大人しく負けを……」
「ヤダね」
「……あなたは、どうして、そう頑固なんです」
ルクレツィアの怒りの感情が、悲しみに変わっていくのが、わかる。何故かは、わからない。
「あなた、いつもそうでしたわね」
「なにが」
「そういうところだよ」
言葉が崩れる。ああ、昔みたいだなと、少し懐かしんで。剣を振るう、弾かれる。
剣を振るう、肉を裂いた。処理速度が間に合わないのだろう。
「いつもいつもいつも、お前らは悪くないみたいな顔して、最後に自分だけ責任を取ればいいと思っている」
「そりゃそうだろ、お前らいい奴なんだから」
いい奴らなんだもの、一番出来の悪い奴が割を食うのは仕方ないだろう。
「お前が、酒場の裏で、頭を潰されて死んでいた時の、私と、あの男の顔をお前は知らない」
「あー、あの頃は復活するのに一日かかったからな」
火に油を注いだのか、さらに重い一撃が、関節蹴りとして放たれて膝を砕いた。鎧は即座に修復されるが、肉体はそうではない、鎧が強制的に縛り上げるように脚を支えてて、立ち続ける。
「今もそうやって、怒りもせずに私に殴られているッ!」
「だって、お前は悲しいんだろう?」
だったら、寄り添ってやるべきなんだ。それが、俺のできる唯一のことだから。
────魔女の笑い声が脳に響く。
『くすくす、くすくす』
『変な人、変な人、あなた、やっぱりおかしいわ』
一体何がおかしいんだというのだろう。
誰だって、泣いてほしくないのは人として当然のことだというのに。
「お前がそういう態度をとるから、私はあいつに協力したんだ!」
「お前が、いつも笑って死ぬから、お前以外を殺すと決めたアレに従ったんだ!」
────それはおかしい、だって、この女が兄に協力しているのは、きっと後で裏切るためだと言っていたじゃないか。
「なんで、お前がそんなことする!」
「好きだからだよバカ野郎!」
「は!?!?!?!?」
えっお前好きなの女の子じゃないの!?!?!?
「嘘だぁ!?」
思わず剣がブレて、その隙を狙って喉笛を狙った一本拳が突き刺さり、喉の骨が折れて呼吸が止まり、絶命、再生。
「嘘じゃないわよ! このバカ! バカ!」
「ごひゅ……!? いや、お前、おかしいだろ!」
「何が!? 国益も、お前も手に入るのに? 知らねぇ顔で花嫁なんか連れてきて!」
「うるせぇ! もっと早く言えよ! バカ!」
「バカっていう方がバカなんだぞ!」
子供みたいな言い合いに反して、剣と拳の衝突はどんどんと加速する。
弾く、斬る、弾かれる、殴られる、血を吐く、斬る、血が噴き出る、殴られる、骨が折れる。
そんな血まみれのやり取りの中で、それでも彼女を倒すほどの一撃はない。全てが、薄皮か、肉を裂いても、わずかな傷を残すばかり。
おそらく、残り時間は10秒程度。
ならばどうする。
「ディアナ」
『なぁに?』
「次動いたら、俺の体無視して、蹴り入れろ」
『あら、あら、いいわよ!』
一撃、上段構えから繰り出される袈裟斬り。単純なものだ、どうせそれしかできないのだから。
前へ踏み込む、地が砕けて、
「バカの一つ覚えを……!」
ルクレツィアが選択したのは、防御ではない、カウンターとしての、アッパーカット。間違いなく、こちらより先に到達させるために跳躍の力を込めた一撃。喰らえば、おそらくは俺の顎を粉砕して、そしたら時間切れで、本当の敗北。
だが、一手覆すに足るものがある。
踏み込んだ踏み足が、筋肉と、骨を砕く音を立てながら跳ね上がる!
「────なっ……!?」
跳躍の最中、その肉体は地面から離れて、何も触れていない。その身体をさらに空中へ蹴り上げて跳ね上げる。
「このっ……!」
「……ごめんな」
折れた足で、地面を再度踏み締める。
胸の前で、剣を構える。選ぶ技は片手突き、接触面積を最小に、最速で技を届けるために。
『私の、王子様なの』
何か、笑い続けている魔女の声に、悍ましい暖かさを感じながら、脳裏に浮かんだ言葉を唱える。
『「
これまでのダメージで発生した出血、鎧の中に蓄積されたそれが、全身から吹き出し、そして、剣へと収束する。
「…………初黒星ですわね」
「ガキの頃は、俺が負けてやってただけだろ」
三歳で初めて会った時は、わざと負けてやったのだから。
思わず、昔のように笑って。
────ルクレツィアへと、血の刃は突き立てられ、その身は天へと弾き飛ばされた。
「か〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! ムカつく!!!!! 負けましたわよ!!!!!」
「……………………………………ディアナ、助けて」
「無理よ」
10数分後、気絶していたルクレツィアは自力で立ち上がり、自分を治癒し負けを認め。
俺は地面に筋肉痛と骨のひびと出血過多で倒れ伏していた。
「……よう、スッキリした?」
「ええ! スッキリ!」
「…………じゃ、割にあってるな……」
「ですが」
「うん?」
「色々と説明してもらいますわよ、目的、手段、何より動機」
「わかるだろ、最後は」
「いいえ、あなたの口から、言うべきですから」
「……了解、あとディアナ、指で突かないでくれ、痛い。二人ともどっちか治して」
「あら、どっちがよろしい?」
「どっちがいい?」
おや、何か間違ったらしいぞ。
「どっちでもいいけど」
「「じゃあだめ(ですわ)」」
なんで?
ウテナの……バンク!
感想、評価いただければ励みになるので是非よろしくお願いします!