綴られる歴史 リメイク版   作:ユクリパ

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久々の投稿ですね。AIを使用してのリメイクを行いました。


本編
第1話“引き金を引かされた道化”


― 帝国標準暦78年13月35日 ―

 

 

 

クラムアン帝国。

 

中央大陸西部に広大な版図を築き上げたこの国家は、建国から僅か七十八年という短期間で、周辺諸国を圧倒する巨大軍事国家へと変貌していた。

 

帝国標準暦――十五か月制、一日二十五時間という独自の暦を用いるこの国家は、建国以前に乱立していた西部諸国家群を武力と統合政策によってまとめ上げ、中央大陸西部最大の勢力となったのである。

 

だが、その膨張は未だ完成してはいない。

 

帝国の東には、豊かな鉱物資源地帯と工業地帯を擁する強国――ルカーロ人民共和国。

 

さらにその周囲には、旧来からの封建的秩序を色濃く残す王国諸邦。

 

帝国は建国以来、幾度も東方進出を試みてきたが、そのたびにルカーロ人民共和国と東方諸国の抵抗によって押し返されてきた。

 

そして今。

 

再び、その均衡が崩れようとしていた。

 

 

 

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帝国東部地域国境線

クラムアン帝国軍 東部軍管区

第3軍 第2軍団 第3師団司令部

 

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吹雪だった。

 

窓の外では、灰色の空から粉雪が斜めに吹きつけ、司令部の煉瓦壁を白く染めている。

 

帝国東部戦線。

 

ここは、帝都から数千キロ離れた極寒の辺境であり、東方へ向かう軍事回廊の最前線だった。

 

蒸気暖房管が唸る室内にも、冷気は完全には防ぎ切れず、薄く白い息が漂っている。

 

部屋の中央に置かれた大型机の上には、帝国東部全域を描いた軍用地図が広げられ、その周囲には赤と黒の駒が無数に並べられていた。

 

鉄道。

 

補給線。

 

砲兵陣地。

 

国境監視所。

 

そして――ルカーロ人民共和国軍の推定配置。

 

 

 

「……プルゥヴ大佐。これは本当かね? 間違いではないだろうな?」

 

 

 

低く重い声が、静まり返った司令官室に響いた。

 

第323師団長、ヴァルグレス少将。

 

四十代後半。

 

北部戦線叩き上げの職業軍人であり、古傷で潰れた左耳と、灰色混じりの短髪がその経歴を物語っている。

 

少将は手にした命令書を睨みつけながら、無意識に靴先で床を叩いていた。

 

その苛立ちを隠し切れてはいない。

 

 

 

対するプルゥヴ大佐もまた、険しい表情のまま口を開く。

 

 

 

「はい。間違いなく帝都より、東部軍管区司令部を経由して我々第323師団へ下達された正式命令です」

 

 

 

そこで一瞬言葉を切る。

 

まるで、続きを言うこと自体をためらうように。

 

 

 

「……ですが少将。本当に、この命令を実施するおつもりで?」

 

 

 

その瞬間、室内の空気がさらに重く沈んだ。

 

暖房管の蒸気音だけが、妙に大きく響く。

 

 

 

少将はしばらく無言だった。

 

やがて忌々しそうに鼻を鳴らし、握り締めていた命令書を机へ叩きつける。

 

 

 

「“東方国境地帯における限定的軍事行動を許可する”……か」

 

 

 

その文面は簡潔だった。

 

あまりにも簡潔すぎた。

 

だが、軍人である彼らには、その数行が何を意味するのか痛いほど理解できる。

 

 

 

開戦。

 

 

 

しかもこれは、単なる国境紛争ではない。

 

帝国中央が、意図的に“引き金”を引こうとしている。

 

 

 

「プルゥヴ大佐。我々は軍人だ」

 

 

 

少将は低く呟いた。

 

 

 

「命令には絶対だ。ましてこれは軍管区承認済み……つまり、帝都上層部も覚悟を決めている」

 

 

 

彼は窓の外を見る。

 

吹雪の向こう。

 

さらに東には、ルカーロ人民共和国の国境要塞群が存在している。

 

共和国は工業力で帝国に匹敵し、特に重砲・装甲列車・機械化歩兵戦力に優れていることで知られていた。

 

数年前の東部国境衝突では、帝国軍は共和国軍の縦深砲撃と機関銃陣地によって大損害を出している。

 

それを、ヴァルグレス少将は忘れていなかった。

 

 

 

「……引き金を引く役を押し付けられたのは腹立たしいがな」

 

 

 

少将は吐き捨てるように言う。

 

 

 

「だが我々は、我々の職務を果たすだけだ」

 

 

 

その声には怒りと、諦めと、そして僅かな恐怖が混ざっていた。

 

 

 

「各部隊へ伝達しろ。砲兵連隊は前進配置。工兵隊には鉄道橋確保を命令。補給大隊は二十四時間以内に前線物資集積を完了させろ」

 

 

 

「……了解しました」

 

 

 

大佐は敬礼した。

 

だが、その表情は晴れない。

 

 

 

第323師団は機械化率こそ低いが、東部軍管区内でも比較的精鋭とされる部隊だった。

 

兵員およそ二万六千。

 

野戦砲百二十門。

 

軽戦車三十両。

 

装甲車五十両。

 

軍用トラック数百。

 

さらに鉄道輸送能力も高い。

 

つまり――最初に突撃させるには都合の良い部隊だった。

 

「……少将」

 

 

 

退出しかけた大佐が、不意に振り返る。

 

 

 

「もし共和国側が全面報復に踏み切った場合、これは東部全域戦争になります」

 

 

 

少将は答えない。

 

 

 

大佐は苦しげに続けた。

 

 

 

「ルカーロは以前の共和国ではありません。工業生産量はここ十年で倍増しています。東部重工業地帯も稼働を始めた。航空戦力も増強中です」

 

 

 

帝国情報部の分析によれば、ルカーロ人民共和国は既に年間数千門規模の火砲生産能力を持つとされていた。

 

さらに近年では航空機工場の増設も確認されている。

 

共和国製戦闘機は帝国東部でたびたび目撃されていた。

 

 

 

「……分かっている」

 

 

 

少将は短く答える。

 

 

 

「だからこそ、上は先に動く気なのだろう」

 

 

 

共和国がさらに成長する前に。

 

工業力が帝国を完全に追い越す前に。

 

 

 

帝国は――潰す気だ。

 

 

 

その事実を理解した瞬間、プルゥヴ大佐は背筋に寒気を覚えた。

 

 

 

だが彼は軍人だった。

 

疑問を抱くことは許されても、逆らうことは許されない。

 

 

 

「……了解いたしました。直ちに各部隊へ伝達します」

 

 

 

そう言い残し、大佐は司令官室を退出した。

 

重い扉が閉まる。

 

 

 

その瞬間。

 

少将は誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。

 

 

 

「……道化は、いつの時代も前線に立たされる」

 

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同時刻

クラムアン帝国 帝都中央区

帝国軍軍務省 通信課作戦発令室

 

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帝都。

 

人口四百万人を超える、クラムアン帝国最大の都市。

 

煤煙に覆われた巨大工業都市であり、帝国全土へ伸びる鉄道網の中心でもある。

 

冬の夜空の下、無数の工場煙突から黒煙が立ち上り、都市全体を灰色に染めていた。

 

石炭の臭い。

 

蒸気機関の振動。

 

路面電車の軋み。

 

遠くで鳴る工場サイレン。

 

帝都は眠らない。

 

 

 

その中心部。

 

巨大な石造建築――帝国軍軍務省。

 

 

 

地下二区画に存在する通信課作戦発令室は、今まさに戦時さながらの慌ただしさに包まれていた。

 

 

 

「東部軍管区への暗号通信確認!」

 

「西部軍管区より受領信号!」

 

「第八鉄道輸送局へ優先列車運行命令送信します!」

 

「暗号表更新急げ!」

 

 

 

通信士たちが次々と書類を運び、電信機が狂ったように打鍵音を鳴らし続ける。

 

壁面には巨大な戦域通信図。

 

帝国全土へ張り巡らされた軍用通信線が赤く示されていた。

 

 

 

「……そうだ、その指示を東部へ送れ。そっちは西部軍管区へ」

 

 

 

通信課長が怒鳴るように指示を飛ばしていた。

 

額には脂汗。

 

軍服の襟元も乱れている。

 

 

 

そこへ。

 

 

 

重い扉が、静かに開いた。

 

 

 

一瞬で室内の空気が変わる。

 

 

 

「……?! 元帥閣下!」

 

現れたのは、一人の老軍人だった。

 

帝国軍元帥。

軍務省統合参謀本部総監。

エーヴェル・グラディス元帥。

 

帝国建国戦争を知る数少ない生き残りであり、“帝国の剣”と呼ばれる男。

九十近い高齢ながら、その眼光は鋭い。

黒い元帥杖を片手に、ゆっくりと室内を見回している。

 

職員たちは一斉に敬礼した。

だが元帥はそれを気にも留めず、室内中央の大型通信パネルへ歩み寄る。

 

「ん? うむ、別に良い。直接見るのが好きでな」

 

低く掠れた声。

だが、それだけで室内の誰もが背筋を伸ばす。

 

「して。東部への伝達はどうなっている?」

 

通信課長は慌てて駆け寄った。

 

「は、はい閣下! 東部軍管区への第一次命令は既に送信済みであります! 現在追加命令を暗号化中です!」

 

元帥は無言で頷く。

だが、その目は笑っていなかった。

 

彼は部屋全体を見渡す。

通信士。

暗号士官。

伝令兵。

誰が聞いているかを確認するように。

 

そして通信課長へ、わずかに声を落として言った。

 

「……親衛軍には絶対に気取られるなよ」

 

「……は?」

 

通信課長は思わず聞き返してしまった。

 

親衛軍。

帝国皇帝直属の武装組織。

軍務省とは別系統で動く政治軍事機関であり、帝国内でも特異な存在だった。

規模は通常軍より小さい。

だが装備は優先供給され、政治監察権限まで有している。

軍内部では恐れられていた。

 

「ご、ご命令通り親衛軍へは一切伝達しておりませんが……本当によろしいので?」

 

その瞬間。

元帥の視線が突き刺さる。

 

「くどい」

 

室温が下がったように感じた。

 

「貴官は与えられた職務だけ果たしていれば良い」

 

元帥の声には、露骨な苛立ちが混じっていた。

 

「余計な詮索は身を滅ぼす。理解しているだろう?」

 

「……っ! は、はい閣下!」

 

通信課長は反射的に背筋を伸ばした。

冷や汗が頬を流れる。

 

親衛軍に知らせていない。

それはつまり。

今回の作戦が、通常の軍事行動ではない可能性を意味していた。

 

元帥はそれ以上説明しない。

 

「ならば仕事へ戻れ。私の機嫌取りが貴官の任務ではない」

 

「は、はい!」

 

通信課長は慌てて持ち場へ戻り、再び怒号を飛ばし始める。

 

「西部への追加命令急げ!」

「第六通信局回線を優先使用!」

「東部方面暗号更新!」

 

再び部屋が慌ただしさを取り戻す。

 

それを見ながら、グラディス元帥はゆっくりと出口へ向かった。

扉に手を掛ける。

 

だがそこで、ふと足を止めた。

 

「……順調なようだな」

 

室内へ背を向けたまま言う。

 

「私は別件がある故、ここで失礼する。諸君の働きぶりは見させてもらった。人事には良く伝えておこう」

 

その瞬間。

室内の空気が明るくなる。

 

「「ありがとうございます閣下!」」

 

職員たちは嬉しそうに頭を下げた。

 

元帥は満足そうに肩を揺らし――。

 

そして誰にも見えない角度で、ほんの僅かに口元を歪めた。

 

まるで。

既に、何かが始まっていることを知っている者のように。

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