綴られる歴史 リメイク版   作:ユクリパ

11 / 15
第11話 “夏季大攻勢”

帝国標準暦80年7月(中央共通暦270年7月)

 

夏が来ていた。

 

だが、それは平穏な季節の到来ではない。

 

腐臭と火薬と血に満ちた、戦争の夏だった。

 

東部戦線。

 

春の泥濘がようやく落ち着き始めた頃、クラムアン帝国軍は各地で異変を感じ始めていた。

 

人民共和国軍の動きが鈍い。

 

あまりにも静かだった。

 

前線砲撃は減少。

 

局地反撃も減る。

 

偵察隊が確認する敵部隊数も減少している。

 

まるで。

 

何かを溜め込むように。

 

人民共和国軍は静まり返っていた。

 

========クラムアン帝国東部戦線 第17軍司令部========

 

司令部内部には重苦しい空気が漂っていた。

 

巨大地図には無数の駒。

 

帝国軍。

 

人民共和国軍。

 

革命軍。

 

三勢力が複雑に入り乱れている。

 

帝国陸軍第17軍司令官ヴァルメン中将は、地図を睨みながら低く呟いた。

 

「静かすぎる。」

 

副官が頷く。

 

「はい。人民軍前線部隊の活動が明らかに低下しています。」

 

「補給線は?」

 

「逆です。鉄道輸送量は増加しています。」

 

ヴァルメン中将の眉が動く。

 

「どこへ運んでいる。」

 

「現在調査中です。」

 

沈黙。

 

その時。

 

通信兵が駆け込んできた。

 

「中将閣下!北部戦線第9軍より緊急報告!」

 

「読め。」

 

「人民共和国軍大規模機械化部隊を確認!戦車多数!砲兵集結を確認!」

 

司令部内の空気が変わった。

 

ヴァルメン中将は静かに地図へ視線を落とす。

 

「……始まるな。」

 

========人民共和国軍西部方面総司令部========

 

地下司令部。

 

巨大地図の前に無数の将校が並んでいる。

 

壁には赤旗。

 

空気は張り詰めていた。

 

その中央に立つ男。

 

人民共和国西部方面軍総司令官グラドネフ上級大将。

 

かつて東部戦線で帝国軍と激突し続けた男だった。

 

疲弊した顔。

 

痩せ細った頬。

 

だが、その目だけは異様な光を宿していた。

 

「同志諸君。」

 

低い声が司令部へ響く。

 

「祖国は今、最大の危機にある。」

 

誰も動かない。

 

「帝国軍は我々の国土を蹂躙し、革命軍は背後から国家を切り裂いている。」

 

地図上には革命軍支配地域。

 

それは少しずつ広がっていた。

 

「だが。」

 

グラドネフの声が強くなる。

 

「まだ人民共和国は死んでいない。」

 

机へ拳が叩きつけられる。

 

「我々は攻勢へ出る!」

 

ざわめき。

 

将校たちの表情が変わる。

 

「全戦線から戦力を抽出。予備兵力投入。機械化部隊集中。砲兵戦力集中。航空隊集中。」

 

地図へ赤線が引かれる。

 

帝国軍中央突出部。

 

エルテア方面。

 

「敵中央部を叩き潰し、帝国軍を分断する。」

 

「……夏季大攻勢。」

 

誰かが呟いた。

 

グラドネフは頷く。

 

「そうだ。これが最後の攻勢になる。」

 

その言葉に、司令部内が静まり返る。

 

誰もが理解していた。

 

人民共和国には、もう余力がない。

 

この攻勢が失敗すれば。

 

国家そのものが崩壊しかねない。

 

========人民共和国首都 ポーコ========

 

人民委員長は静かに報告書を読んでいた。

 

窓の外では雨。

 

遠くでサイレン。

 

都市の空気は既に戦時色へ完全に染まっていた。

 

「革命軍は。」

 

「南西部で依然活動中です。」

 

秘書官が答える。

 

「ダールフォは?」

 

「確認されておりません。」

 

人民委員長は小さく舌打ちした。

 

「鼠め。」

 

革命軍は厄介だった。

 

帝国軍よりも。

 

むしろ内部から国家を侵食する存在として危険だった。

 

だが。

 

今優先すべきは帝国軍。

 

「夏季攻勢が成功すれば、全て変わる。」

 

人民委員長は静かに呟く。

 

「帝国軍を押し戻し、革命軍を孤立させる。」

 

彼は地図を見る。

 

エルテア。

 

帝国東部の重要都市。

 

鉄道結節点。

 

補給中継地。

 

工業地域。

 

そこを奪えば。

 

帝国東部戦線は崩れる。

 

「帝国人どもへ教えてやる。」

 

その目には狂気が宿っていた。

 

「人民共和国はまだ終わっていないと。」

 

========帝国東部戦線========

 

7月12日。

 

午前4時17分。

 

それは突然始まった。

 

最初に響いたのは。

 

砲声だった。

 

ドォォォォォン!!

 

天地を揺るがす轟音。

 

続いて。

 

第二射。

 

第三射。

 

第四射。

 

人民共和国軍砲兵による大規模砲撃。

 

数千門規模。

 

帝国軍前線へ、一斉に火力が叩き込まれた。

 

塹壕が吹き飛ぶ。

 

鉄条網が裂ける。

 

通信壕が崩壊。

 

兵士たちは泥と爆炎の中へ叩き込まれる。

 

「敵砲撃!!!」

 

帝国兵たちが叫ぶ。

 

その直後。

 

空が唸った。

 

人民共和国軍航空隊。

 

数百機規模。

 

爆撃機。

 

攻撃機。

 

戦闘機。

 

それらが帝国軍後方拠点へ殺到していた。

 

「航空隊だ!!!」

 

対空砲火。

 

爆撃。

 

炎上する補給基地。

 

鉄道施設。

 

弾薬庫。

 

帝国軍は一気に混乱へ陥る。

 

そして。

 

砲煙の向こうから。

 

人民共和国軍戦車部隊が現れた。

 

TMA2。

 

TM1。

 

自走砲。

 

装甲車。

 

歩兵。

 

それらが津波のように押し寄せてくる。

 

========帝国軍第323師団========

 

ヴァルグレス少将は双眼鏡を下ろした。

 

その表情は険しい。

 

「……本気だな。」

 

眼前。

 

地平線を埋める人民共和国軍。

 

砲煙。

 

戦車。

 

歩兵波。

 

空には航空隊。

 

副官が震える声で言った。

 

「確認されているだけで敵七個師団です……。」

 

「こちらは。」

 

「四個師団。」

 

ヴァルグレス少将は静かに息を吐く。

 

「数で押し潰す気か。」

 

その時。

 

砲撃。

 

司令部近くへ着弾。

 

土砂。

 

爆炎。

 

兵士たちが吹き飛ぶ。

 

「閣下!」

 

「問題ない。」

 

ヴァルグレスは立ち上がる。

 

「全軍へ通達。」

 

その声は異様なほど落ち着いていた。

 

「ここが東部戦線の分岐点だ。」

 

彼は地図を指す。

 

エルテア市。

 

「ここを失えば、敵は帝国東部へ雪崩れ込む。」

 

将校たちが息を呑む。

 

「よって。」

 

ヴァルグレスは静かに言った。

 

「死んでも守れ。」

 

========エルテア市========

 

工業都市エルテア。

 

煙突群。

 

鉄道。

 

工場。

 

巨大倉庫群。

 

東部戦線最大級の補給都市である。

 

その都市が今。

 

戦場になろうとしていた。

 

市民たちは避難を始めていた。

 

荷車。

 

泣き叫ぶ子供。

 

老人。

 

負傷兵。

 

憲兵たちが怒鳴りながら交通整理をしている。

 

「急げ!!」

 

「南側道路を塞ぐな!!」

 

空では既に航空戦。

 

爆音。

 

機銃掃射。

 

墜落炎上する戦闘機。

 

街中では防衛準備が進む。

 

土嚢。

 

対戦車砲。

 

バリケード。

 

市民すら動員されていた。

 

「まさかここまで来るなんて……。」

 

工員の老人が呟く。

 

誰も答えなかった。

 

========前線========

 

人民共和国軍の攻勢は凄まじかった。

 

徹底的な火力集中。

 

航空支援。

 

機械化突撃。

 

帝国軍前線は徐々に押し込まれていく。

 

「後退!後退だ!!」

 

帝国兵たちが泥の中を下がる。

 

その背後で。

 

TMA2が砲撃。

 

帝国軍陣地が吹き飛ぶ。

 

SHT-1すら投入された。

 

115mm砲が火を吹き、人民共和国軍部隊を吹き飛ばしていく。

 

だが。

 

人民共和国軍は止まらない。

 

砲兵が集中砲撃。

 

航空機が爆撃。

 

工兵隊が地雷を敷設。

 

ついに。

 

一両のSHT-1が履帯を破壊され停止した。

 

「履帯損傷!!」

 

「動けません!!」

 

さらに砲撃。

 

巨体が揺れる。

 

煙。

 

炎。

 

周囲の帝国歩兵が次々吹き飛ぶ。

 

SHT-1はなお砲撃を続ける。

 

だが。

 

人民共和国軍砲兵が座標修正。

 

集中砲火。

 

ついに主砲塔付近へ直撃。

 

爆炎。

 

鋼鉄の怪物が停止した。

 

「……やったぞ!!」

 

人民共和国軍兵士たちが歓声を上げる。

 

しかし。

 

その代償として。

 

周囲には大量の死体が転がっていた。

 

========革命軍支配地域========

 

ダールフォは報告書を見つめていた。

 

「夏季大攻勢……。」

 

革命軍参謀が頷く。

 

「人民共和国軍は帝国軍へ戦力を集中しています。」

 

「こちらへの圧力は。」

 

「減少しています。」

 

ダールフォは沈黙した。

 

机上地図。

 

人民共和国軍主力はエルテア方面へ向かっていた。

 

つまり。

 

背後が薄くなる。

 

参謀が小声で言った。

 

「今なら進出可能です。」

 

「……分かっている。」

 

ダールフォは低く答える。

 

革命軍にとっても。

 

これは好機だった。

 

だが同時に。

 

帝国軍が敗北すれば。

 

革命軍も危うい。

 

人民共和国が再統一されれば。

 

次に潰されるのは自分たちだからだ。

 

「嫌な戦争だ。」

 

ダールフォは静かに呟く。

 

「誰も勝者になれん。」

 

========エルテア市外縁========

 

7月18日。

 

人民共和国軍先鋒がついにエルテア外縁へ到達した。

 

市街地戦。

 

それは東部戦線でも最悪の戦場の一つだった。

 

建物。

 

地下道。

 

工場。

 

瓦礫。

 

狙撃。

 

火炎放射。

 

近距離戦。

 

死体。

 

「敵戦車接近!!」

 

帝国兵が叫ぶ。

 

通りの向こう。

 

TMA2が姿を現す。

 

帝国軍対戦車砲発射。

 

命中。

 

だが止まらない。

 

逆に85mm砲。

 

建物ごと吹き飛ばされる。

 

「撤退!!!」

 

しかし撤退先でも砲撃。

 

航空爆撃。

 

市街地は少しずつ崩壊していく。

 

========第323師団司令部========

 

ヴァルグレス少将は疲弊していた。

 

数日間まともに眠っていない。

 

報告は悪化し続ける。

 

「第12連隊壊滅。」

 

「南部工業区喪失。」

 

「弾薬不足。」

 

「航空支援要請失敗。」

 

それでも。

 

彼は地図を睨み続けていた。

 

「まだだ。」

 

副官が言う。

 

「閣下、後退をご検討ください。」

 

「出来ん。」

 

即答だった。

 

「ここを捨てれば戦線が裂ける。」

 

その時。

 

通信兵が飛び込む。

 

「人民共和国軍主力確認!!北西部突破を開始しています!!」

 

ヴァルグレス少将の目が鋭くなる。

 

「予備隊投入。」

 

「既にありません!」

 

沈黙。

 

数秒後。

 

ヴァルグレスは静かに言った。

 

「ならば我々が行く。」

 

========エルテア市 北西部========

 

燃える街。

 

砲煙。

 

崩落建築。

 

その中を。

 

ヴァルグレス少将自ら前線へ出ていた。

 

帝国兵たちが驚愕する。

 

「閣下!?」

 

「持ち場を守れ!!」

 

ヴァルグレスは怒鳴る。

 

その直後。

 

人民共和国軍歩兵突撃。

 

機関銃。

 

手榴弾。

 

火炎放射。

 

両軍兵士が至近距離で殺し合う。

 

銃剣。

 

シャベル。

 

素手。

 

もはや戦場ではなく。

 

獣同士の殺し合いだった。

 

========人民共和国軍側========

 

グラドネフ上級大将は報告を受けていた。

 

「エルテア北西部へ到達。」

 

「帝国軍防衛線崩壊寸前。」

 

「敵補給網寸断間近。」

 

彼は静かに頷く。

 

「押し切れる。」

 

だが。

 

その時。

 

別の報告が入る。

 

「革命軍が後方鉄道を襲撃。」

 

グラドネフの顔が歪む。

 

「またか。」

 

革命軍は人民共和国軍後方を執拗に攻撃していた。

 

鉄道爆破。

 

補給車列襲撃。

 

通信線切断。

 

それによって大攻勢の補給も少しずつ乱れ始めていた。

 

「ダールフォ……。」

 

グラドネフは低く呟く。

 

「貴様、本当に国家を壊す気か。」

 

========帝国某所========

 

薄暗い部屋。

 

地図。

 

赤線。

 

青線。

 

黒い印。

 

ラジオからはエルテア市の戦況が流れている。

 

『人民共和国軍、エルテア市北西部へ突入――』

 

『帝国軍第323師団激戦継続中――』

 

『双方損害甚大――』

 

椅子へ座る人物が、楽しそうに笑った。

 

「んふふ……。」

 

机上には写真。

 

ヴァルグレス少将。

 

ダールフォ。

 

人民委員長。

 

グラドネフ。

 

全員の動きが細かく書き込まれている。

 

「良い感じに壊れてきたわねぇ。」

 

窓の外では雷雨。

 

「国家も、人も、戦場も。」

 

その人物は椅子を回す。

 

「極限まで追い込まれると、本当に面白い。」

 

その瞳は狂気じみた熱を帯びていた。

 

「さて。」

 

笑う。

 

「エルテアで最後に立っているのは、誰かしら?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。