綴られる歴史 リメイク版   作:ユクリパ

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外伝ドキュメンタリー
外伝ドキュメンタリー『帝国と人民共和国』第4回


共通暦360年6月26日

クラムアン帝国 エルテア市

 

「本日もこの時間がやってまいりました。皆さまこんばんは。司会のタリーメンです。」

 

柔らかな弦楽器のオープニングが流れ、映像には夜のエルテア市が映し出される。

 

白い雪を被った街路樹。

帝国標準暦に合わせて造られた巨大時計塔。

蒸気暖房の煙を吐き出す集合住宅群。

そして、市中央部にそびえる帝国戦史記念館。

 

既に戦争終結から九十年以上が経過していた。

 

だが、“帝国・人民共和国戦争”――後に「東部大戦」とも呼ばれるこの戦争は、今なお帝国と連邦双方に深い傷跡を残し続けている。

 

「今回もシリーズ『帝国と人民共和国』。本日は第4回になる共通暦268年代からです。」

 

スタジオ中央の円卓には三人の人物が座っていた。

 

一人は司会のタリーメン。

 

もう一人は、帝国軍軍服を模した濃紺の礼装を纏った帝国戦史研究科所属のムアン少佐。

 

そして最後の一人は、連邦軍将校制服を着た連邦戦史研究局所属のドメリ中佐である。

 

「そして今回もゲストをお二人お呼びしております。帝国戦史研究科のムアン少佐と、連邦戦史研究局のドメリ中佐です。お二方共、本日はどうぞよろしくお願いいたします。」

 

「こちらこそよろしくお願いします。」

 

「話せる限りでですが、よろしくお願いします。」

 

軽い笑いが起きる。

 

しかし、番組の空気はすぐに引き締まった。

 

今回扱う内容は、それほどまでに重い。

 

「ではまず、近年になって当時人民共和国であった現・連邦、その268年代頃の機密文書の機密指定が解除され、今までの通説が大きく覆っています。」

 

画面には古びた文書の映像が映る。

 

焼け焦げた紙束。

赤い検閲印。

“最高機密”の文字。

そして、人民共和国統一人民委員会の紋章。

 

「本シリーズは最新情報と研究成果を元に、帝国と連邦の関係を追っていこうとするものです。」

 

タリーメンはドメリ中佐へ顔を向けた。

 

「ドメリ中佐。しかし何故、今になってからこれらのような機密文書が開示され、通説が覆っているのでしょうか?」

 

ドメリ中佐は少し考えるように指を組み、ゆっくり口を開いた。

 

「理由は大きく二つあります。」

 

スタジオの照明が僅かに落ち、背後スクリーンに当時の連邦公文書館が映る。

 

「まず一つ目は、我が連邦で今まで機密指定にされていた各種資料の機密指定が解かれたことです。」

 

「ただ、これに関しては作成から数十年が経過し、公開しても問題ないと判断が下されたものに限られますが。」

 

彼は苦笑した。

 

「まぁ……既に噂という形で、まことしやかに囁かれていた情報が主となっての公開ですね。」

 

タリーメンは頷く。

 

「なるほど。」

 

「そして二つ目は、そちらの帝国側での情報開示及び、当時の資料が幾つか発見された事にも繋がりますね。」

 

スクリーンには、帝国東部軍管区地下倉庫から発見された資料映像が映る。

 

湿気で傷んだファイル。

軍配置図。

暗号通信記録。

 

「我々連邦としても、既に帝国側で発見されてしまっている情報とほぼ同一のものであれば、最早機密指定している必要性が存在しなくなった――そう判断したのでしょう。」

 

「なるほど。」

 

タリーメンは深く頷いた。

 

「それでは今回も、最新情報から明らかになった帝国と人民共和国、その歴史へ迫っていきましょう。」

 

「第四回の本日は、人民共和国による帝国侵攻と、逆侵攻。そして革命までを辿っていきたいと思います。」

 

映像が切り替わる。

 

吹雪の中を進む帝国軍歩兵。

燃え上がる装甲列車。

鹵獲された人民共和国軍戦車。

そして、瓦礫と化した国境要塞。

 

「前提として、この時点での帝国には、連邦……当時の人民共和国と戦争するにあたって明確に技術的不利がありました。」

 

ムアン少佐が補足する。

 

「特に航空機、通信機器、機械化運用思想ですね。工業力そのものは帝国も高かったのですが、人民共和国は中央部東側諸国からの技術流入によって、急速に近代化を進めていました。」

 

「しかし――」

 

タリーメンは少し声を低くした。

 

「近年開示された当時の機密文書によると、驚くべきことに帝国側から攻撃を仕掛けたということが明らかとなったのです。」

 

スタジオ内の空気が重くなる。

 

「従来の通説及び常識では、人民共和国が帝国へ侵攻したと見られていたのですが、新たに開示された文書によると、帝国側のある元帥が第323師団へ、人民共和国側への挑発、そしてそれに乗らなかった場合に攻撃を行う指示を出していたことが明らかになりました。」

 

スクリーンには実際の命令書の一部が映し出される。

 

“指定時刻ニ至ルモ敵軍反応無キ場合、限定攻撃ヲ実施セヨ”

 

「ここで疑問が生じます。」

 

タリーメンは二人を見た。

 

「何故元帥は、帝国軍が圧倒できる状況ではないと知りながら、人民共和国へ戦争を誘発させたのでしょうか?」

 

「お二方はその理由をどうお考えでしょうか?」

 

ムアン少佐は苦笑した。

 

「あー……中佐、コレ言っていいんでしょうかね?」

 

ドメリ中佐も少し困ったように笑う。

 

「もう開示されていますし、良いでしょう。」

 

その瞬間、スタジオの空気が変わった。

 

「当時、人民共和国の人民委員長と帝国の元帥の間では、秘密裏に協力関係があったことが判明しています。」

 

タリーメンが目を見開く。

 

「この奇妙な協力関係のお互いの真意は最早分かりません。」

 

「ですが、残されている資料から読み取るに、元帥は当時の帝国を何とかして変えたかったようです。」

 

ムアン少佐が頷く。

 

「当時の帝国は既に深刻な官僚腐敗と派閥抗争を抱えていました。東部進出失敗の責任問題、親衛軍の肥大化、地方軍閥化など……かなり危険な状態だったのです。」

 

ドメリ中佐は続ける。

 

「一方、人民委員長は……驚くべきことに、表向き人民共和国の繁栄と拡大を謳っていましたが、その本心はいびつに歪んだ情欲だったようです。」

 

スタジオが静まり返る。

 

「なんと……ムアン少佐、帝国側の資料にもそれは残っているのでしょうか?」

 

「えぇ。」

 

ムアン少佐は即答した。

 

「当時の資料で人民委員長を捕らえた際の尋問記録にはっきり残っていますね。」

 

彼は資料をめくる。

 

「記録から一部を抜粋します。“私はかの方を、貴様ら邪悪な帝国人の魔の手から救い出すために戦い抜いたのだ!”――とのことです。」

 

「それは……彼は正気じゃなかったのでしょうか?」

 

ドメリ中佐は静かに首を横へ振った。

 

「残念ながら、我々連邦そして帝国両国の精神鑑定で“正常”だったという記録が残っています。」

 

「少なくとも当人の中では、間違いない事実として認識していたのでしょう……。」

 

「ですが、帝国……とりわけ親衛軍は、一切の容赦も同情も持たない苛烈な性質をしており、その刃は当然、捕らえられた人民委員長にも振り下ろされ、処刑されました。」

 

タリーメンは溜息を漏らした。

 

「未だに帝国でも議論されることが多い、親衛軍による司法の無視ですね。」

 

「えぇ。」

 

ムアン少佐は表情を曇らせる。

 

「当時の資料を読み解く限り、帝国軍や憲兵隊、そして司法局による強い制止があったことが明らかになっています。」

 

「しかし彼らはそれを強引に押し抜き、処刑を強行しました。」

 

スクリーンには、処刑直後の親衛軍内部報告書が映る。

 

「結果としては、当時すでに機能不全に陥っていた人民共和国政府の結束を完全に粉砕することとなったのですが……悪しき前例が出来てしまいました。」

 

タリーメンは話題を切り替える。

 

「……この話はここら辺にしておいて、本筋に戻しましょうか。」

 

「粛清されたはずの当時人民共和国大将であったダールフォ閣下は、如何にして粛清の魔の手から逃れ、連邦を起こすに至ったのでしょうか?」

 

「ドメリ中佐、その辺りの情報は明らかになっているのでしょうか?」

 

ドメリ中佐は静かに頷いた。

 

「ではまず、ダールフォ大将の手記から抜粋させていただきます。」

 

スクリーンに手記の一節が映る。

 

『あの時の私は、檻に繋がれ銃殺を待つだけの存在だった。しかし私を慕う同志達が私を助け、檻から出してくれたのだ――』

 

スタジオ内は静まり返っていた。

 

「“だがどうやって?と同志達に聞くと、同志達は誰かは全くわからないが、私が囚われ銃殺を待っているという情報と装備を渡してくれた方達が居たというのだ。”」

 

「“驚くべきことに、その情報を渡されたのは私が檻へ連行されている時だという。”」

 

ドメリ中佐はゆっくり続ける。

 

「“いったいどのようにして即座にその情報を得て同志達へ伝えたのか……同志達も私も今に至るまでわかっていない。”」

 

「“だが、その後の革命闘争を見るに、帝国の中の一部の友人たちが動いてくれたのだろう。”」

 

タリーメンは息を呑んだ。

 

「これと当時の人民共和国の記録を突き合わせてみると……奇妙な空白が幾つか浮かびますね。」

 

ムアン少佐が頷く。

 

「そして、ドメリ中佐が挙げた空白達に、帝国の欠落した記録を埋め込むと……」

 

「帝国の、表向きそして実際に排斥されたはずの部隊と、潜伏していた工作員が浮かび上がる。」

 

「それらを繋ぎ合わせると?」

 

タリーメンが静かに言う。

 

「帝国による、人民共和国への革命計画が浮かび上がるということですか……。」

 

「えぇ。」

 

ドメリ中佐は静かに肯定した。

 

「タリーメンさんのおっしゃる通り、帝国による革命工作でした。」

 

「しかし帝国内部でも、限られた一部……というよりは非主流派が独自に動いていたようなのですよね。」

 

「ですがムアン少佐、主流派は把握していなかったのでしょうか?」

 

「そもそもが、排斥され表舞台から姿を消した非主流派ですからね。」

 

ムアン少佐は苦笑する。

 

「普通なら敵国へ潜入している工作員を動かせるだけの権限も影響力も無いはずなのですよ。」

 

「更には当時、人民共和国と戦争をしていたわけで……主流派の目はそちらへ向いており、処分したはずの非主流派へは全く目を向けていなかったのです。」

 

「なるほど……その後はどうなったのでしょうか?」

 

「我々連邦の革命闘争中に多数の帝国製兵器が運用されていたことはご存知かと思います。」

 

スクリーンには革命軍の写真が映る。

 

帝国製小銃。

帝国製野砲。

そして帝国軍塗装を消した戦車。

 

「これらの兵器は実際の所、先ほど出た非主流派やその他勢力が、それぞれ独自に連邦成立と影響力確保を目論み、意図的に放棄したものだと見られています。」

 

「中には革命闘争完遂後の連邦で、その後も使い続けられた新型戦車なども混じっており……」

 

「これの元を辿ると、人民共和国から鹵獲したものを帝国がリバースエンジニアリングし、それを非主流派影響下の工場で改良生産したものを流していたようです。」

 

「それは……よくバレなかったですね?」

 

タリーメンは思わず笑ってしまう。

 

「流石に帳簿や資材の流れでバレるのでは?」

 

「タリーメンさん。」

 

ドメリ中佐は苦笑した。

 

「確かに、ある意味では貴方の言っていることは正しいのです。」

 

「ですが、これらの工場では事情が異なりました。」

 

彼は資料を指差す。

 

「同様に影響下にある鉱山で採掘した鉱石を精錬し加工。それを影響下の輸送隊で秘密裏に輸送。そして工場で兵器化していた。」

 

「つまり帳簿に書かれている物とは別に、“存在しないはずの資材”が循環していたわけです。」

 

タリーメンは呆れたように笑った。

 

「そこまで大きく動いていると、戦後になってバレなかったのでしょうか?」

 

「えぇ。勿論バレました。」

 

ムアン少佐が即答する。

 

「何なら戦時中から中央の一部や親衛軍上層部は把握していた節があります。」

 

「ですが彼らが捕縛されず、その後もポストに就き続けていたということは……」

 

「黙認されたのでしょうね。」

 

数秒、沈黙が流れた。

 

「おっと……これ以上は不味そうですね。」

 

タリーメンが苦笑する。

 

「受け取っていた連邦側ではどうなっていたのでしょうか?」

 

「鹵獲兵器や新規供与兵器を用いて革命闘争を継続したのは勿論ですが、その為には帝国との講和が必要でした。」

 

ドメリ中佐は続ける。

 

「同志ダールフォが蜂起してから一月も経たないうちに、秘密裏に帝国との講和がセッティングされ、異常とも言える速度で講和が成立しました。」

 

「この秘密講和の後、帝国軍と革命軍の間では“不幸な誤解”を除けば、戦闘らしい戦闘が停止されます。」

 

ムアン少佐が補足する。

 

「帝国軍側の攻勢も急速に鈍化しました。」

 

「その間に革命軍は、人民共和国からの離反者を吸収しながら勢力を拡大していった。」

 

「蜂起から半年が経つ頃には、首都ポーコを解放しています。」

 

タリーメンは静かに頷いた。

 

「なるほど……秘密講和で帝国軍が進撃を鈍化させている間に、人民共和国領奥深くへ進出し、解放地域を増やしていったのですね。」

 

「はい。その通りです。」

 

ドメリ中佐は穏やかに答える。

 

「我々が解放した地域は、その後の正式講和で一部割譲されることにはなりました。」

 

「ですが戦争の代償としては比較的……非常に言いにくいですが、“マシ”であり、事実上の敗戦であることを鑑みれば寛大な条件だったと、私は思います。」

 

「なるほど……。」

 

タリーメンは時計を見る。

 

「まだまだ私も語り合いたい事は多いですが、番組の終了時間が迫っていますね。」

 

「お二人とも、本日はありがとうございました。」

 

「ありがとうございました。」

 

「ありがとうございました。」

 

「さて、次回は戦後の新秩序と、新たな脅威について語り合っていきたいと思います。」

 

「次回もどうぞお楽しみください!」

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