綴られる歴史 リメイク版   作:ユクリパ

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外伝ドキュメンタリー『帝国と人民共和国』第5回

共通暦360年7月3日

 

クラムアン帝国 エルテア市。

 

夜。

 

スタジオ照明が静かに点灯し、重厚な音楽と共に番組ロゴが映し出される。

 

『帝国と人民共和国』

 

長年続く歴史検証ドキュメンタリーシリーズの第五回である。

 

司会席へカメラが切り替わる。

 

「皆さま、こんばんは。本日もこの時間がやってまいりました。司会のタリーメンです。」

 

軽く一礼。

 

「さて、前回はダールフォ将軍率いる革命軍の蜂起と、当時の帝国非主流派による極秘工作について掘り下げていきました。そして本日は――東部戦線を象徴する“あの兵器”について特集していきます。」

 

背後スクリーンへ一枚の写真が映し出される。

 

泥濘の戦場。

 

その中央を進む、異様な巨体。

 

SHT-1。

 

「本日のテーマは、帝国超重戦車“SHT-1”。通称――『鋼鉄の怪物』です。」

 

スタジオの空気が少し張り詰める。

 

「本日もゲストをお二人お呼びしております。帝国戦史研究科のムアン少佐。そして連邦戦史研究局のドメリ中佐です。本日もよろしくお願い致します。」

 

「よろしくお願いします。」

 

「よろしくお願いします。」

 

タリーメンは頷き、机上の資料を開く。

 

「さて、このSHT-1ですが、現在でも帝国戦史研究において極めて議論の多い兵器です。東部戦線における象徴的存在である一方、失敗兵器という評価も根強い。」

 

「えぇ。」とムアン少佐が頷く。

 

「実際、この戦車ほど“評価が両極端”な兵器も珍しいですね。」

 

「と言いますと?」

 

「一部では『戦局を変えた兵器』とされ、一方では『国家資源を浪費した狂気の産物』とも言われています。」

 

スクリーンへ設計図が表示される。

 

全長比較図。

 

通常戦車との比較。

 

歩兵との比較。

 

その圧倒的な巨体に、観客席から小さなどよめきが漏れる。

 

「改めて見ると凄まじい大きさですね……。」

 

タリーメンが呟く。

 

ドメリ中佐が苦笑した。

 

「連邦側資料では、初めて遭遇した兵士たちの証言が大量に残っています。」

 

「どのような?」

 

「“移動要塞が歩いてきた”ですね。」

 

スタジオに小さな笑いが起こる。

 

だが、その笑いはすぐ消える。

 

ドメリ中佐は資料をめくった。

 

「しかし実際、当時の人民軍兵士たちにとっては笑い話ではありませんでした。SHT-1初投入時、通常対戦車砲ではほぼ損害を与えられず、戦線が崩壊した記録が残っています。」

 

「当時の連邦……つまり人民共和国側では、どのように認識されていたのでしょうか?」

 

「最初は新型重戦車程度と思われていました。ですが戦闘報告が積み重なるにつれて、“異常兵器”として恐れられるようになります。」

 

スクリーンへ人民軍兵士の日記が映る。

 

『砲撃しても止まらない。まるで鋼鉄の城塞だ。』

 

『奴らは泥の中を進み続ける。砲弾が弾かれている。』

 

『神よ、あれは本当に人間の兵器なのか。』

 

タリーメンが静かに息を吐いた。

 

「まさしく怪物ですね……。」

 

「えぇ。」

 

ムアン少佐が頷く。

 

「ですが近年開示された帝国技術局資料を見ると、当時の開発陣はかなり冷静に“欠陥兵器”として認識していたことも分かっています。」

 

「欠陥兵器?」

 

「はい。」

 

スクリーンが切り替わる。

 

今度は帝国軍技術士官の手記。

 

そこには乱雑な筆跡でこう記されていた。

 

『SHT-1は前進できる要塞である。しかし同時に、前進しかできない兵器でもある。』

 

「これは開発責任者補佐官の手記ですね。」

 

ムアン少佐は続ける。

 

「SHT-1最大の問題は、まず機動性でした。」

 

「最高速度7km/hですね。」

 

「はい。しかもそれは理論値です。泥濘地帯ではさらに低下していました。」

 

ドメリ中佐が補足する。

 

「連邦側記録でも、“歩兵と変わらない速度”と分析されています。」

 

「加えて燃費も極端に悪かった。」とムアン少佐。

 

「一両を動かすだけで通常戦車数両分の燃料を消費します。補給部隊は常に悲鳴を上げていました。」

 

スクリーンへ当時の補給記録。

 

『SHT-1三両への補給で燃料輸送車列二十七両を消費』

 

『履帯交換作業に丸二日を要す』

 

『橋梁崩落により車両通行不能』

 

「うわぁ……。」

 

タリーメンが思わず顔をしかめる。

 

「これは酷いですね。」

 

「はい。」ムアン少佐は苦笑した。

 

「実際、SHT-1の損失原因の多くは敵砲火ではありません。」

 

「と言いますと?」

 

「故障、放棄、泥濘による行動不能です。」

 

スタジオが静まる。

 

ドメリ中佐が資料をめくる。

 

「特に有名なのが“ラグエフ湿地帯の惨事”ですね。」

 

スクリーンへ古い白黒写真。

 

巨大なSHT-1が泥へ半ば沈んでいる。

 

周囲には作業兵。

 

牽引車。

 

大量の木材。

 

「共通暦270年6月、帝国軍第八独立重戦車連隊は進軍中に湿地帯へ突入。結果、十二両中七両が泥へ沈下しました。」

 

「七両も!?」

 

「はい。しかも回収不能。」

 

「敵に撃破されたわけではなく?」

 

「えぇ。沈んだのです。」

 

スタジオが沈黙する。

 

ドメリ中佐はさらに続けた。

 

「しかも問題はそこで終わりません。回収作業中に革命軍の襲撃を受け、さらに三両喪失しています。」

 

「つまり……。」

 

「実戦前に壊滅しかけました。」

 

タリーメンは思わず額を押さえた。

 

「なんというか……巨大兵器の浪漫と現実を同時に見せられている気分ですね。」

 

「非常に帝国らしい兵器とも言えます。」とムアン少佐。

 

「帝国軍は当時、“突破力”を極端に重視していました。特に親衛軍は、“敵防衛線を正面から粉砕する象徴兵器”を求めていた。」

 

スクリーンへ親衛軍宣伝映像。

 

泥濘を進むSHT-1。

 

砲撃。

 

崩壊する塹壕。

 

歓声を上げる帝国兵。

 

『帝国の鉄槌』

 

『敵を踏み潰す鋼鉄』

 

『祖国の守護者』

 

大仰な字幕が流れる。

 

ドメリ中佐が苦笑する。

 

「まぁ、連邦側では“動く工場”とか“鉄の棺桶”とも呼ばれていましたが。」

 

「棺桶ですか?」

 

「内部環境が最悪だったんですよ。」

 

スクリーンへ内部構造図。

 

狭い通路。

 

弾薬庫。

 

エンジン区画。

 

複数砲座。

 

「乗員十二名という数字だけ見ると広そうに感じますが、実際は極めて劣悪です。」

 

「熱ですか?」

 

「はい。エンジン熱、火薬臭、換気不足。長時間行動では乗員が酸欠や熱中症を起こしています。」

 

ムアン少佐も頷く。

 

「特に夏場は酷かったようですね。内部温度が四十度を超える記録もあります。」

 

「それはもう戦闘以前の問題ですね……。」

 

「えぇ。しかも巨大ゆえに敵砲火を非常に集めやすい。」

 

スクリーンへ当時の技術士官手記。

 

『SHT-1は強固である。しかし巨大である以上、敵は必ずこちらを狙う。』

 

『敵砲兵にとって最も目立つ目標となる。』

 

『我々は装甲を増やした。しかし隠れる方法は与えられなかった。』

 

タリーメンが静かに言う。

 

「巨大で強力だからこそ、狙われる……。」

 

「はい。」

 

ムアン少佐は続けた。

 

「しかも後期になると、人民軍側も対策を学習し始めます。」

 

「具体的には?」

 

「履帯です。」

 

スクリーンへ戦場写真。

 

側面へ集中砲撃を受けたSHT-1。

 

履帯が破断している。

 

「装甲そのものは抜けなくとも、履帯や転輪を破壊すれば停止する。停止したSHT-1は、巨大な固定砲台になります。」

 

「つまり機動不能化を狙った?」

 

「えぇ。」

 

ドメリ中佐が補足する。

 

「連邦側では後期になると、“撃破より拘束”が重視されます。」

 

「拘束?」

 

「泥へ誘導し、履帯を壊し、放置する。」

 

「……嫌な戦法ですね。」

 

「非常に合理的ですが。」

 

スタジオに少し乾いた笑いが流れる。

 

だが次の瞬間。

 

スクリーンへ別の写真が映し出される。

 

炎上するSHT-1。

 

周囲には倒れた歩兵。

 

黒煙。

 

泥。

 

「ただし。」

 

ムアン少佐の声が少し低くなる。

 

「それでもSHT-1が与えた心理的影響は凄まじいものでした。」

 

「心理的影響?」

 

「えぇ。当時の人民軍では、SHT-1出現時に戦線崩壊率が明確に上昇しています。」

 

「そんなにですか?」

 

「はい。特に初遭遇部隊ほど顕著でした。」

 

ドメリ中佐が頷く。

 

「実際、“どう倒せば良いのか分からない”という恐怖は極めて大きい。」

 

スクリーンへ人民軍将校記録。

 

『兵士たちは逃げ始めた。』

 

『砲弾が効かぬという認識が瞬時に広がった。』

 

『恐慌は伝染する。』

 

「戦争とは結局、心理でもありますからね。」

 

タリーメンが静かに言う。

 

「えぇ。」とドメリ中佐。

 

「だからこそSHT-1は、兵器として失敗しつつ、心理兵器としては成功したとも言えるのです。」

 

「なるほど……。」

 

番組後半。

 

スクリーンへさらに別の資料が映し出される。

 

帝国軍内部報告書。

 

『生産効率最低』

 

『輸送網圧迫』

 

『整備負荷過大』

 

『通常戦車量産を優先すべき』

 

タリーメンが目を見開く。

 

「これ、かなり辛辣ですね。」

 

「えぇ。」ムアン少佐が苦笑する。

 

「実は帝国内部でも批判は非常に強かった。」

 

「それでも数百両生産された。」

 

「はい。」

 

「何故でしょう?」

 

数秒の沈黙。

 

そしてムアン少佐は静かに言った。

 

「帝国が“止まれなくなっていた”からです。」

 

スタジオが静まる。

 

「当時の帝国は、人民共和国との総力戦、革命軍問題、国内権力闘争、その全てへ呑み込まれていました。だからこそ、“勝利の象徴”が必要だった。」

 

ドメリ中佐も頷く。

 

「SHT-1は戦車である以前に、政治的象徴だったのです。」

 

「象徴……。」

 

「えぇ。“帝国はまだ圧倒的である”と示すための。」

 

スクリーンへ当時の新聞。

 

『帝国新鋭超重戦車、戦線を突破!』

 

『敵軍崩壊!』

 

『祖国に栄光あれ!』

 

派手な見出し。

 

誇張された戦果。

 

だがその裏で。

 

泥に沈む車体。

 

故障。

 

燃料不足。

 

放棄。

 

無数の問題。

 

「結局のところ。」とタリーメン。

 

「SHT-1とは成功だったのでしょうか?失敗だったのでしょうか?」

 

ムアン少佐とドメリ中佐は顔を見合わせる。

 

そして。

 

ドメリ中佐が先に口を開いた。

 

「両方です。」

 

「両方?」

 

「えぇ。」

 

「戦場では多くの兵士を殺し、多くの戦線を破壊した。ですが同時に、多くの資源と人命を呑み込み、国家を疲弊させた。」

 

ムアン少佐も続ける。

 

「まさしくあの戦争そのものを象徴しています。」

 

「戦争そのもの。」

 

「はい。」

 

ムアン少佐は静かに言った。

 

「巨大で、狂気的で、非効率で、それでも止まれなかった。」

 

スタジオが沈黙する。

 

しばらくして。

 

タリーメンがゆっくりと締めに入った。

 

「SHT-1は、単なる超重戦車ではありませんでした。それは、あの時代の帝国そのものだったのかもしれません。」

 

背後スクリーンへ最後の写真。

 

泥濘の中。

 

停止したSHT-1。

 

その巨体の上へ、静かに雪が降り始めている。

 

「さて、次回は東部戦線後半――疲弊し崩壊していく人民共和国と、拡大する革命軍、そして帝国内部で進行していた“もう一つの戦い”について掘り下げていきます。」

 

タリーメンが一礼する。

 

「それでは皆さま、また次回お会いしましょう。」

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