綴られる歴史 リメイク版   作:ユクリパ

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第3話 ”陸軍元帥 帝都に爆ぜる”

― 帝国標準暦78年14月29日 ―

 

 

 

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中央大陸西部

クラムアン帝国 帝都中央区

帝国陸軍総司令部

 

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雪だった。

 

帝都では14月25日から降り始めた雪が未だ止まず、巨大都市全体を白く覆い尽くしている。

 

石炭煙に濁った灰色の空。

 

蒸気暖房管から立ち上る白煙。

 

路面電車の軋み。

 

遠くで鳴り続ける工場汽笛。

 

人口四百万を超える帝都は、本日も巨大な鉄と煤煙の怪物のように動き続けていた。

 

帝国陸軍総司令部。

 

帝都中央行政区画の一角に建設された巨大石造建築であり、帝国陸軍中枢そのものと言える場所である。

 

建物正面には巨大な帝国双頭狐紋章。

 

広場には雪が積もる中でも衛兵が直立し続けている。

 

その総司令部最上階。

 

重厚な執務室の中で、一人の老人が椅子へ深く腰掛けていた。

 

ケルヴェ元帥。

 

帝国陸軍元帥。

 

統合参謀本部上級顧問。

 

建国戦争の英雄。

 

そして――現在進行している東部戦線“大演習”の事実上の責任者。

 

部屋の中では暖炉が燃えている。

 

だが老人の表情には温かみは無かった。

 

ラジオから、帝国国営放送の声が流れている。

 

『――帝国国営放送です。まずは本日の帝都天気情報です』

 

無機質な男性アナウンサーの声。

 

『帝都では25日からの降雪が現在も継続しております。今後少なくとも五日は雪が続く見込みです。市民の皆様は燃料備蓄にご注意ください――』

 

ケルヴェ元帥はそれを聞き流しながら、窓の外をぼんやり眺めていた。

 

総司令部広場。

 

雪の積もった石畳。

 

出入りする軍用車両。

 

歩哨。

 

伝令兵。

 

すべて、いつも通りだった。

 

だが。

 

「……いつも通り、か」

 

元帥は小さく呟く。

 

その声には疲労が滲んでいた。

 

ここ数週間、彼はほとんど眠っていない。

 

東部軍管区。

 

鉄道輸送。

 

兵站。

 

動員。

 

暗号通信。

 

共和国側との“調整”。

 

そして――。

 

「愚かな国とは、いつの時代も自ら火薬庫へ火を投げ込む」

 

彼は低く笑った。

 

クラムアン帝国。

 

巨大で強大な軍事国家。

 

だが内部では既に腐敗が始まっている。

 

皇帝派。

 

親衛軍。

 

陸軍中央派。

 

東部軍閥。

 

財閥。

 

官僚。

 

帝国は巨大化しすぎた。

 

そして巨大化した国家は、必ず内側から軋む。

 

ケルヴェ元帥はそれを理解していた。

 

だからこそ。

 

「……必要だったのだ」

 

彼は机上の地図へ目を落とす。

 

中央大陸東部。

 

ルカーロ人民共和国。

 

共和国は強くなりすぎた。

 

工業力。

 

重砲。

 

航空兵力。

 

鉄道機動。

 

今ならまだ勝てる。

 

だが十年後なら?

 

二十年後なら?

 

帝国は共和国に呑み込まれる。

 

それを防ぐには。

 

今、戦争を起こすしかない。

 

そう。

 

彼は本気で信じていた。

 

その時だった。

 

カチ――。

 

部屋の壁に掛けられた大型時計が、時を告げる。

 

帝国標準時。

 

13時。

 

そして。

 

遠くから、妙な騒音が聞こえてきた。

 

「……?」

 

元帥は眉をひそめる。

 

総司令部正面玄関方向。

 

怒号。

 

車両音。

 

何かがおかしい。

 

「一体どうした……?」

 

彼はゆっくり立ち上がり、窓際へ歩み寄った。

 

雪に煙る広場。

 

そこにいたものを見た瞬間。

 

ケルヴェ元帥の顔色が変わった。

 

「……親衛軍だと?」

 

広場正門前。

 

数両の重装甲車両が停車していた。

 

黒塗りの装甲。

 

金色装飾。

 

皇帝紋章。

 

親衛軍。

 

帝国皇帝直属武装組織。

 

通常陸軍とは完全に独立した権力機構。

 

さらに。

 

その周囲には灰色外套を着た武装集団。

 

治安維持局。

 

政治犯摘発・防諜・秘密警察を担当する帝国内最悪の恐怖機関。

 

「なぜ……なぜ今ここに……!?」

 

元帥は一歩後退した。

 

その瞬間。

 

理解する。

 

「……ばれたのか」

 

顔から血の気が引いた。

 

「馬鹿者め……! あれほど“絶対に痕跡を残すな”と言ったというのに……!」

 

誰だ。

 

誰が漏らした。

 

東部軍管区か。

 

通信課か。

 

共和国側か。

 

あるいは。

 

最初から――。

 

「……っ!」

 

元帥は乱暴に執務机を開けた。

 

さらに背後の大型金庫へ駆け寄る。

 

暗証番号。

 

解錠。

 

重い金庫扉が開く。

 

中には大量の極秘書類。

 

東部軍配置図。

 

鉄道輸送記録。

 

暗号電文。

 

そして。

 

一枚の文書。

 

《帝国軍東部大管区師団配置連絡書》

 

差出人:

 

ケルヴェ元帥

 

宛先:

 

ルカーロ人民共和国

人民委員会人民委員長 閣下

 

『下記地点に下記編成の部隊を配備した。指定時刻に一斉攻撃を――』

 

「……くそったれが」

 

元帥は書類束を掴み、暖炉へ投げ込む。

 

炎が一気に燃え上がる。

 

紙が黒く縮れる。

 

証拠隠滅。

 

もう、それしか無い。

 

だが。

 

――ドォンッ!!

 

突如。

 

巨大な爆音が総司令部を揺らした。

 

窓ガラスが砕け散る。

 

本棚が倒れる。

 

天井から粉塵が落ちる。

 

「っ!?」

 

元帥は咄嗟に机へ手をついた。

 

そして。

 

拡声器越しの怒声が響き渡る。

 

『ケルヴェ元帥!!』

 

親衛軍だった。

 

『貴官には軍事機密漏洩及び国家反逆罪による逮捕命令が発令されている!!』

 

広場の装甲車上。

 

拡声器を持つ親衛軍士官が叫んでいる。

 

『先ほどの砲撃は警告射撃である!!』

 

建物外壁には、既に戦車砲弾の着弾跡が刻まれていた。

 

『直ちに武装解除し投降せよ!!』

 

『抵抗した場合、親衛軍及び治安維持局特別部隊が突入する!!』

 

『その際、貴官の身の安全は保証されない!!』

 

静寂。

 

暖炉の火だけが揺れる。

 

ケルヴェ元帥は数秒間、黙っていた。

 

やがて。

 

「……く、くく」

 

笑った。

 

「ははは……!」

 

狂気じみた笑いだった。

 

「ここまで来たか……!」

 

彼は理解していた。

 

もう終わりだ。

 

だが。

 

「計画は……止まらん」

 

東部戦線は既に動き始めている。

 

兵站も。

 

装甲列車も。

 

前線部隊も。

 

たとえ自分が死んでも。

 

「戦争は始まる」

 

元帥はゆっくりと机下へ手を伸ばした。

 

そして取り出す。

 

爆薬ベスト。

 

大量の爆薬が巻き付けられた自爆用装具だった。

 

さらに。

 

75年式歩兵短機関銃。

 

帝国軍制式短機関銃。

 

彼はそれを手に取り、弾倉を装填する。

 

ガチャリ。

 

「愚かな親衛軍め」

 

元帥は爆薬ベストを身に着けた。

 

「この私を捕縛できると思うか」

 

彼は割れた窓へ歩み寄る。

 

雪が吹き込む。

 

眼下。

 

親衛軍兵士。

 

治安維持局員。

 

装甲車。

 

全てが照準の中へ入る。

 

「真の愛国者である、この私をなァ!!」

 

次の瞬間。

 

ダダダダダダダダッ!!

 

短機関銃が火を噴いた。

 

親衛軍側へ銃弾が降り注ぐ。

 

「敵襲!!」

 

「狙撃だ!!」

 

「伏せろ!!」

 

広場が混乱する。

 

ガラス破片。

 

跳弾。

 

悲鳴。

 

元帥は狂ったように笑いながら撃ち続ける。

 

「帝国を腐らせた豚共めがァ!!」

 

一方。

 

親衛軍側指揮官は冷徹だった。

 

「……まだ抵抗するか」

 

彼は静かに言う。

 

「もうよい。職員の退避は完了している」

 

そして。

 

「全車、照準合わせ」

 

装甲車内部へ引っ込んだ。

 

直後。

 

無線が飛び交う。

 

『1号車、照準よし』

 

『3号車、調整完了』

 

『2号車、照準固定』

 

砲塔がゆっくり回転する。

 

総司令部上階。

 

元帥執務室。

 

そこへ砲口が向けられる。

 

指揮官は淡々と言った。

 

「――撃て」

 

「反帝国主義者を、この世から抹消しろ」

 

轟音。

 

戦車砲が一斉射撃した。

 

同時に。

 

元帥は最後の弾倉を装填していた。

 

「私を消しても――」

 

彼は叫ぶ。

 

「最早止まれぬわ!! 帝国ばんざ――」

 

直後。

 

砲弾が執務室へ直撃した。

 

壁が吹き飛ぶ。

 

爆炎。

 

衝撃。

 

そして。

 

爆薬ベストへ誘爆。

 

――閃光。

 

次の瞬間。

 

元帥の身体は爆散した。

 

肉片。

 

血飛沫。

 

骨片。

 

それらが燃え盛る執務室内部へ撒き散らされる。

 

帝国陸軍総司令部最上階は、炎と黒煙に包まれた。

 

そして。

 

建国戦争の英雄。

 

ケルヴェ元帥は。

 

跡形もなく、この世から消えた。

 

 

 

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帝国某所

 

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暗い部屋。

 

誰かが窓の外を見ていた。

 

遠く帝都方向。

 

雪空が赤く染まっている。

 

「……ふふ」

 

静かな笑い。

 

「貴方の計画は、実に面白かったですよ」

 

その人物はワイングラスを揺らした。

 

「ですが」

 

薄暗い部屋の中。

 

口元だけが笑っている。

 

「貴方が爆ぜた方が、もっと面白いでしょう?」 

 

テーブル上には、一枚の書類。

 

《東部方面軍 特別行動開始確認》

 

既に命令は流れていた。

 

兵は動く。

 

列車は走る。

 

砲は前進する。

 

誰にも止められない。

 

「えぇ……貴方の意志だと勘違いしている者達は」

 

窓の外では雪が降っている。

 

「もう、滑らかに動き始めていますからねぇ……」

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