綴られる歴史 リメイク版   作:ユクリパ

5 / 15
第5話 “東部戦線に異状アリ”

帝国標準暦78年15月33日

(中央共通暦268年15月33日)

 

クラムアン帝国 東部国境地帯

 

クラムアン帝国東部。

 

ルカーロ人民共和国との国境付近。

 

雪。

 

見渡す限り雪だった。

 

白銀の平原。

 

凍り付いた針葉樹林。

 

吹き荒れる氷雪。

 

この地域は元より寒冷地だったが、この年の冬は異常だった。

 

帝国東部軍管区の記録でも、ここ数十年で最悪級の豪雪とされている。

 

鉄道は頻繁に停止。

 

補給車列は雪に埋まり。

 

前線兵士の凍傷患者も急増していた。

 

帝国軍第323師団司令部。

 

暖房用蒸気管が唸る執務室。

 

窓の外では、吹雪が視界を白く塗り潰している。

 

少将は暖かい執務室の窓辺へ立ち、コーヒーを片手に外を眺めていた。

 

「……うむ」

 

彼はゆっくり口を開く。

 

「各隊へ追加の毛布と薪を配給してくれ」

 

少将は振り返らずに続けた。

 

「私の指揮下で凍死者を出したくはないからな」

 

その声には、疲労が滲んでいた。

 

戦争が始まって以降、彼はほとんど休めていない。

 

共和国軍の侵攻。

 

各地の戦線崩壊。

 

増援要請。

 

補給不足。

 

東部軍管区は今や完全に火の車だった。

 

「……しかし」

 

少将は窓の外を見る。

 

「今年の冬は、いつにも増して雪が酷い」

 

吹雪。

 

真っ白な地獄。

 

「プルゥヴ大佐もそう思わんかね?」

 

執務机で書類整理をしていたプルゥヴ大佐は、一瞬だけ微妙な顔をした。

 

(この状況で急に天気の話ですか……?)

 

そんな感情が一瞬だけ表情へ出た。

 

だが彼はすぐに、いつもの無表情へ戻る。

 

「……はい少将」

 

淡々と答えながら、追加物資配給申請書へ記入を始める。

 

実務屋。

 

それがプルゥヴ大佐だった。

 

感情より先に手が動く。

 

彼がいなければ、第323師団の補給機構はとっくに崩壊していただろう。

 

だが。

 

記入途中で、彼の手が止まった。

 

何かに気付いたのだ。

 

大佐は書類を見つめたまま口を開く。

 

「少将」

 

「うん?」

 

「残念な知らせと、良い知らせがありますが」

 

大佐は顔を上げた。

 

「どちらからお聞きになりますか?」

 

少将は眉をひそめる。

 

「……なんだね藪から棒に」

 

少し考え。

 

「そうだな。残念な知らせから聞こうか」

 

「了解しました」

 

大佐は即答した。

 

「残念な知らせですが、毛布備蓄が枯渇しております」

 

「……なに?」

 

少将の眉が動く。

 

「幸い、薪と食料備蓄には問題ありません」

 

「だが?」

 

「良い知らせのせいで、近いうちに不足する可能性があります」

 

少将はゆっくり振り返った。

 

「……どういうことだね?」

 

「先週補給された分で、あと二週間は保つ計算だったはずだが」

 

プルゥヴ大佐は書類をめくる。

 

「西部軍管区より十五個師団が東部へ再配置されます」

 

「そのうち二個師団が、当地域へ配備される予定です」

 

沈黙。

 

少将は数秒固まった。

 

「……は?」

 

素っ頓狂な声だった。

 

「なんだって?」

 

「私はそんな話は聞いていないぞ!?」

 

「伝達時刻は三十分前です」

 

「……三十分前!?」

 

少将の声が裏返る。

 

「到着予定時刻は?」

 

「本日14時とのことです」

 

少将は壁時計を見た。

 

現在時刻。

 

13時18分。

 

「……大佐」

 

少将の顔が引き攣る。

 

「今何時かわかっているのかね?」

 

「はい」

 

「上層部は何故毎回毎回ギリギリになってから連絡を寄越すんだ!?」

 

少将は床を踏み鳴らした。

 

「もう少し早く言えば、こちらも準備が――」

 

その瞬間だった。

 

ドォォォォン――!!

 

遠方で巨大な爆発音。

 

窓ガラスがビリビリ震えた。

 

少将と大佐の動きが止まる。

 

数秒後。

 

再び。

 

ドォン!!

 

ドドドドドドッ!!

 

断続的な砲撃音。

 

しかも。

 

かなり近い。

 

「……なんの音だ?」

 

少将が呟いた直後。

 

卓上電話が狂ったように鳴り始めた。

 

ジリリリリリリリ!!

 

少将は即座に受話器を取る。

 

「こちら第323師団司令部!」

 

電話先では、怒号と爆発音が入り混じっていた。

 

『少将閣下!! 大変です!!』

 

若い将校の悲鳴のような声。

 

『人民共和国軍が奇襲を仕掛けてきました!!』

 

少将の顔色が変わる。

 

『現在、第2中隊以外との連絡が途絶!!』

 

『至急指示を!!』

 

「なんだと!?」

 

少将は思わず叫んだ。

 

「人民共和国軍が奇襲を!?」

 

先ほどの爆音。

 

あれは演習でも事故でもない。

 

本物の砲撃。

 

戦争だ。

 

「……っ!」

 

少将は即座に思考を切り替えた。

 

「よし! そっちは第2中隊と合流!」

 

「付近のトーチカで防衛線を構築しろ!」

 

『了解!!』

 

少将はさらに叫ぶ。

 

「プルゥヴ大佐!!」

 

「はい!」

 

「ちょうどいい!!」

 

少将は地図へ指を叩き付けた。

 

「こちらへ向かっている二個師団へ至急連絡!」

 

「“我、人民共和国軍の奇襲を受けたり”だ!!」

 

「急げ!!」

 

「直ちに!」

 

大佐は即座に飛び出した。

 

扉を乱暴に開け放ち、通信室へ走る。

 

その頃には既に。

 

窓の外。

 

国境方向から黒煙が幾筋も立ち上っていた。

 

時折閃光。

 

砲撃。

 

遠くで対空警報も鳴り始める。

 

第323師団司令部は一瞬で修羅場へ変わった。

 

通信兵が走る。

 

伝令が叫ぶ。

 

電話が鳴り続ける。

 

少将は受話器を握ったまま、各地との通信を繋ぎ続けていた。

 

「被害は確認した!」

 

『ですが敵戦車が――』

 

「こちらも増援はすぐには送れん!!」

 

少将は怒鳴る。

 

「現有戦力で何としてでも時間を稼げ!!」

 

彼は地図を見る。

 

西部軍管区からの増援。

 

それが到着するまで。

 

最低でも数時間。

 

「時間さえ稼げば、西部からの増援が来る!」

 

「だから持ちこたえろ!!」

 

「何が何でもだ!!」

 

受話器越しに爆音。

 

悲鳴。

 

銃声。

 

それでも少将は叫び続けた。

 

「配置に付け!!」

 

「私は他部隊状況を確認する!!」

 

戦線は。

 

崩れ始めていた。

 

十数分前 ― ルカーロ人民共和国西部国境地帯

 

共和国軍前線指揮所。

 

地下式コンクリート掩蔽壕。

 

内部には無数の通信機と参謀将校。

 

地図。

 

赤旗。

 

忙しなく動き回る兵士達。

 

その中央。

 

ダールフォ大将が腕時計を確認していた。

 

「同志大将閣下!」

 

参謀将校が駆け寄る。

 

「第12、第23、第24、第25、第28各師団、攻勢準備完了との報告です!」

 

「第21重砲兵連隊も砲撃準備完了!」

 

ダールフォはゆっくり頷く。

 

そして。

 

芝居がかった動きで振り返った。

 

「同志諸君!」

 

周囲が静まる。

 

「我々はこれより!」

 

「人民を不当に圧するクラムアン帝国へ!」

 

「正義の鉄槌を下す!!」

 

将校達が敬礼する。

 

「だが恐れる必要はない!」

 

「正義は我々にある!!」

 

「我々は人民の槍であり盾である!!」

 

完全に演説だった。

 

だが。

 

不思議と人を惹きつける熱がある。

 

「各員配置に付け!!」

 

「第21重砲兵連隊は即時砲撃開始!!」

 

「第12、第23師団は10分後攻勢開始!」

 

「他師団は援護しつつ交代前進せよ!!」

 

「「「人民共和国万歳!!」」」

 

「「「人民に栄光あれ!!」」」

 

歓声。

 

ダールフォは満足そうに頷く。

 

そして。

 

指揮所中央の作戦卓へ目を向けた。

 

地形図。

 

赤い駒。

 

青い駒。

 

赤は共和国軍。

 

青は帝国軍。

 

ダールフォは赤駒を進める。

 

正面突破。

 

さらに左右包囲。

 

「……ふむ」

 

顎へ手を当てる。

 

そして側近へ尋ねた。

 

「第2航空師団は?」

 

「現在位置を確認したまえ」

 

「出撃可能なら前線投入だ」

 

「了解!」

 

共和国軍は航空優勢を確信していた。

 

帝国東部軍航空戦力は旧式機中心。

 

数も少ない。

 

だがダールフォは慎重だった。

 

数分後。

 

「同志大将閣下!」

 

「第2航空師団、出撃可能!」

 

「現在前線へ向かっております!」

 

「そうか」

 

ダールフォは頷いた。

 

「敵航空戦力は貧弱だが……万一がある」

 

「前線へ確認を」

 

「敵航空機目撃情報を集めろ」

 

「了解!」

 

だが。

 

その直後。

 

通信室が騒然となった。

 

「報告!!」

 

「帝国軍、予想以上の抵抗!!」

 

「国境地下陣地群確認!!」

 

「第24師団損害増大!!」

 

空気が変わる。

 

ダールフォの眉が動いた。

 

共和国軍は順調に突破している。

 

だが。

 

帝国軍は完全崩壊してはいなかった。

 

むしろ。

 

異様に粘る。

 

戦線は、想定以上に血塗れになり始めていた。

 

 

帝国某所

 

暗い部屋。

 

誰かが地図を見下ろしていた。

 

帝国軍。

 

共和国軍。

 

双方の駒が、じわじわ削れていく。

 

「ふーん……」

 

楽しそうな声。

 

「そうなってたかぁ」

 

笑う。

 

「でもまぁ」

 

指先で赤と青の駒を転がす。

 

「お互い、程よく損耗してくれた方が後々都合が良いのよねぇ」

 

その声は酷く軽い。

 

まるで戦争を遊びのように眺めている。

 

「ま、とっとと決着ついた方が」

 

中央大陸中央部を示す場所を指でなぞる。

 

「中央への進出が早くなって助かるんだけどねぇ……」

 

暗闇の中。

 

その人物だけが、楽しそうに笑っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。