妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
現代社会。
それは我々、人ならざる者にとって、ひどく世知辛い時代である。
かつて人々は畏怖と敬意をもって我々を祀り、お供え物という名の不労所得を貢いでくれた。
だが今はどうだ。
山は切り拓かれ、社(やしろ)は寂れ、神聖な狐火は「プラズマ現象ですね」と小賢しい大学生に言われる始末。
つまり、現代社会で妖狐が生きるためには己で稼ぐしかないのだ。
「……よし、今月の家賃はなんとかなりそう」
防音設備完備のワンルームマンション。
私、シズクは、ディスプレイに表示された銀行口座の残高を見て、金色の毛並みをした狐耳をピコピコと揺らした。
私の現在の職業。それはVTuberである。
人間社会に紛れ込んだクール系妖狐という、設定のようでいて一切の嘘がないガチのプロフィールを引っ提げ、日夜インターネットの大海原で愛嬌を振りまいている。
だが、Vtuber界隈もレッドオーシャンだ。
ただの狐っ娘だけでは埋もれてしまう。
そこで私が目をつけたのが、オタクたちが愛してやまない至高の概念──百合だった。
【配信中】
『あはは、コノハってばまたゲームオーバー? どんくさいなぁ。ほら、私の後ろに隠れてなよ』
『ふぇぇん、シズクちゃんかっこいい〜! 一生ついていく〜!』
画面の中で、私の分身である銀髪の狐耳アバターと、相方の茶髪の狸耳アバターが身を寄せ合う。
コメント欄は瞬く間に滝のような勢いで流れ始めた。
[コメント]
・てぇてぇ……
・助かる
・シズクのイケメンムーブキタコレ
・はい結婚、おめでとうございます
・赤スパチャ(¥10,000):祝儀です!!!
(よしよし、いいぞお前ら。もっと限界化して赤スパを投げるのだ)
私は内心でニチャァと笑いながら、あくまでクールな声音を作った。
相方のコノハとは、デビュー同期のユニット《きつたぬ》として活動している。
彼女も私と同じく、現代社会に隠れ潜むためVtuberをやっている化け狸の妖怪だ。
『もう、大げさだなぁコノハは。でもまぁ、お前が私のそばから離れられないのは事実だけどね?』
『っ……! そ、それは……っ』
百合営業の基本は、過剰なまでの匂わせである。
私が台本通りに甘い言葉をささやくと、通話越しのコノハは息を呑み、そして、なんだかひどく生々しい、震えるような声で言った。
『うん……そうだよ。わたし、シズクちゃんから離れられない。シズクちゃんがいないと、呼吸もできない……。ずっとずっと、何百年も前から、シズクちゃんのことだけを見てたんだから……』
[コメント]
・ん?
・何百年?
・設定重くて草
・コノハちゃんガチトーンでビビるw
『あ、あはは! コノハったら、またロールプレイに熱入っちゃって! 何百年って、私たちはまだデビューして半年だよ?』
私は慌ててフォローを入れ、その日の配信を強引に締めくくった。
【配信後】
「お疲れー、コノハ。今日の配信もええ感じに稼げたね!」
配信ソフトを切り、ヘッドセットを外した私は、○iscordの通話越しにコノハに労いの言葉をかけた。
今日のスパチャ額なら、今夜はスーパーで一番高い、極上・手揚げ油揚げが買える。
つい、ふさふさな尻尾がご機嫌に揺れる。
「でもさ、最後の何百年はちょっと重すぎない? オタクくんたち、一瞬マジで引いてたよ? ビジネスとしての百合なんだから、もっとこう、ポップでライトなイチャイチャをさ……」
「……ビジネス、ですか」
スピーカーから響いたコノハの声は、配信中のドジっ子で甘えん坊な後輩狸のそれではなく、地を這うような低い……いや、底知れぬ情念を孕んだものだった。
「え? コノハ?」
「シズク殿」
急な古風な呼び方に、私の背筋にゾクッと悪寒が走る。
長生きしてきた私の勘が告げてる。これはマズい。
「シズク殿は、本当に覚えておいでではないのですか? 応仁の乱の真っ只中、焼け野原となった京の都で、飢え死に寸前だった子狸の私に、半分かじった油揚げを恵んでくださったことを」
「……はい?」
すぐに応仁の乱をスマホで調べる。
発生したのは1467年。
(……あー。なんか、そんなことがあったような)
戦乱の影響でろくに食べ物がなくて、ゴミ捨て場っぽいところから拾った油揚げを私がかじってたら、足元で汚い毛玉がキューキュー鳴いてて、面倒くさくなって投げ与えた記憶が……。
「あの日から! 私はずっと! シズク殿のお側に寄り添い! 見つめ続け! シズク殿が『現代ではVTuberというものが儲かるらしい』と呟いたのを聞きつけ、裏ルートで同じ事務所のオーディションを突破し、相方としての座を勝ち取ったというのに!!』
「えっ、ちょ、おま、ストーカー……!?」
「ビジネス? 冗談ではありません」
スピーカー越しだというのに、彼女のドロドロとした熱を帯びた息遣いが聞こえてくるようだった。
「これは、数百年の時を超えた壮大なプロポーズです。シズク殿がその気なら、私はいつだって戸籍の性別を書き換える妖術を使う準備ができています。まずは既成事実から──今からそちらのマンションに向かいますね? 合鍵はもう作ってあるので」
「は!? なんで合鍵!? ちょっと待て、来るな、助けてお巡りさぁぁぁん!!!」
ガチャン、と通話が切れる。
数秒後、私の部屋の玄関からカチャリと鍵の開く音がした。
ビジネス的なものだと思っていた相方のクソデカ感情は、室町時代からじっくりコトコト煮込まれた致死量の劇薬だった。
私の平穏な現代ライフは、詰んでいるのかもしれない。