妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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10話 妖狐と化け狸のなんでもない一日

 朝、目が覚めた瞬間、私は違和感を覚えた。

 静かすぎる。

 いつもなら、私の尻尾に顔を埋めたコノハが、すーはーすーはーと情念のこもった呼吸音を響かせているはずだ。

 しかし、今日はそれがない。

 その代わり、隣の布団の中で茶色い狸耳だけが、ぴくりとも動かずに寝たふりをしていた。

 

 「……コノハ」

 

 名前を呼んでも返事はない。

 だが、耳の先がほんの少しだけ震えた。

 私は上半身を起こし、わざと顔を近づける。

 そして昨日のASMR配信を思い出しながら、できるだけ甘い声でささやいた。

 

 「おはよう、コノハ。もう朝だよ、起きて」

 

 狸耳が、ぴくんと跳ねた。明らかに起きている。

 

 「……ふーん。反応はするくせに無視か」

 

 少しむかっときた私はさらに耳元へ口を寄せる。

 

 「起きないなら、今日は一人で出かけようかな。ネタ探しも買い出しも、コノハは置いていくね」

 

 その瞬間、布団が爆発した。

 

 「起きました! おはようございますシズク殿! 本日も大変よい朝ですね!」

 「寝たふり下手すぎ」

 「シズク殿の甘い声で起こされる朝を、一度体験してみたかったのです」

 「だんだん図々しくなってきたな、この狸」

 

 私は呆れながらも、ふわりと乱れた金髪を手櫛で整えた。

 淡い金色の髪に、同じ色の狐耳と尻尾。

 コノハによると、配信用の銀髪アバターと比べ、現実の私はもっと柔らかい印象に見えるらしい。

 対するコノハは茶色いボブカットに丸い狸耳。

 こうして並ぶと、狐と狸というより、少し雰囲気の違う姉妹のように見えなくもない。

 

 「さて、朝ごはん作るか」

 「はい。一緒に作りましょう」

 

 キッチンに立ち、私は味噌汁用の豆腐を切る。コノハは隣で手際よく出汁を温め、焼き網に油揚げを乗せていた。

 

 「シズク殿、お揚げは少し焦げ目がつくくらいで?」

 「うん。カリッとしてる方が好き」

 

 二人で作る朝食は悪くなかった。

 炊きたての白米(麦入り)、焼き油揚げ、豆腐とわかめの味噌汁、だし巻き卵。

 妖怪だろうがVTuberだろうが、朝に温かいものを食べると、だいたいのことはどうにかなる気がする。

 食後は仕事の時間だった。

 テーブルにノートPCを並べ、次の配信ネタを考える。

 

 「ASMRの切り抜き、そこそこ回ってるね」

 「限界化け狸、というタグができております」

 「不名誉すぎる」

 「ですが、流入は増えています。次は日常系の軽い企画でもよいかもしれません」

 「日常系ねえ。妖怪の一日密着とか?」

 「シズク殿の寝起き密着」

 「却下」

 「シズク殿の尻尾ブラッシング耐久配信」

 「却下」

 「シズク殿に甘やかされるだけの三時間」

 「チャンネルの私物化がひどい」

 

 結局、ネタ探しも兼ねて外へ出ることになった。人間に擬態するため、耳と尻尾を妖術で隠す。

 外に出ると、初夏の風がビルの間を抜けていった。

 駅前を歩いていると、ショーウィンドウに私たちの姿が映る。

 淡い金髪の私と、茶髪で少し丸みのある柔らかい雰囲気のコノハ。

 通りすがりの女子高生が小声で言った。

 

 「今の二人、姉妹かな。雰囲気かわいい」

 「……だってさ」

 「姉妹……姉妹ですか。では、ゆくゆくは禁断の」

 「おいこら、その発想やめなさい」

 

 コノハの頭を軽く小突き、私たちは商店街へ入った。和菓子屋、雑貨店、古い神社へ続く細い路地。

 配信ネタになりそうなものを探しながら、他愛もない話をする。

 

 「うん?」

 

 ふと、神社の鳥居の陰に、小さな妖気が揺れているのを感じた。

 見ると、子どもほどの大きさの影が慌てて路地裏へ逃げていく。

 おそらく、まだ自我も薄い小妖怪だ。

 

 「最近、ああいうの増えたね」

 「はい。ですが、強い妖怪は減りました」

 

 コノハの声が、少しだけ静かになる。

 

 「昔は、山一つ、川一つにヌシのようなものがいました。けれど今は、信仰も畏れも薄れ、力を保てる者は少ない」

 「増えてるのは、都市伝説とかネットの噂から生まれた弱いのばっかり。強いけど古い妖怪は、消えるか、人間社会に適応するか、イバラみたいに変な計画立てるか」

 「妖怪は、これからどうなるのでしょうか」

 「さあね」

 

 私は空を見上げた。

 ビルの隙間から見える空は狭い。山の空とは違う。それでも、ここに私たちの生きる場所はある。

 

 「まあ、少なくとも私は稼ぐよ。お供え物が減ったなら、スパチャをもぎ取る。社が寂れたなら、チャンネルを育てる。時代が変わったなら、こっちも変わるだけって感じにね」

 「……シズク殿らしいです」

 「コノハは?」

 「わたしは、シズク殿のお側にいられるなら、どの時代でも構いません」

 「重いけど、コノハらしくはある」

 

 その後、私たちは和菓子屋で季節限定の葛まんじゅうを買い、雑貨店で配信用の小道具を見繕った。

 昼は適当に食べ歩きながらぶらつくと、人間に紛れて暮らす妖怪をちらほらと見かける。

 しばらく歩いていると、進む先に見覚えのある長身の女がいた。

 仕立てのよさそうなスーツに、妙に堂々とした足取り。

 鬼のイバラだった。

 服装を見るに、他の会社へ向かう途中のようだ。

 

 「ん? シズクと……横にいるのは、同棲してるっていう狸か」

 「そっちは、仕事中みたいだね」

 

 鬼の角は、妖術か何かで隠されてる。

 私の視線に気づいたイバラは、にやりと笑った。

 

 「くくく、これでも表向きは美人で敏腕な女社長で通っているからな。あたしと一緒にいると注目されるぞ?」

 「うっわ、自画自賛とか。で、そんな敏腕社長さんの例の計画は今どんなもん?」

 「ぼちぼち。そっちこそ、VTuberは上手くいってるのか?」

 「順調と言えば順調かな」

 「3D化も決定しましたしね」

 「やれやれ、どいつもこいつも人間社会に馴染みやがって」

 「それ、今の格好のイバラに言われてもね」

 「うるせえ」

 

 話していると、イバラが持っているスマホのアラームが鳴り、イバラは少し慌てた様子でどこかへ去っていった。

 

 「あれは、遅刻かな」

 「シズク殿、わたしたちはこのあとどうしますか?」

 「もう少しぶらぶらしてから帰ろうか」

 

 帰宅する頃には、日が傾き始めていた。

 

 ***

 

 夜、軽い雑談配信を終え、風呂に入り、明日の予定を確認する。いつも通りの、なんでもない一日だった。

 ベッドに入ると、コノハが当然のように私の尻尾へ手を伸ばしてくる。

 

 「一本まで」

 「はい。一本だけ、大切に抱かせていただきます」

 「匂いの嗅ぎすぎは禁止」

 「努力します」

 「努力じゃなくて遵守しろ」

 

 くすりと笑う声が、暗い部屋に溶けた。

 コノハの体温が背中に近づく。

 昔なら、誰かと同じ寝床で眠るなんて考えもしなかった。

 妖怪は長く生きる。長く生きるほど、失うものも増える。だから、近づきすぎない方が楽だった。

 けれど……。

 

 「シズク殿」

 「何?」

 「今日も一日、楽しかったです」

 「……そうだね」

 

 私は目を閉じる。尻尾を抱くコノハの手は、今日は不思議と鬱陶しくなかった。

 

 「明日もネタ探しに外へ行く?」

 「はい。どこへでも」

 

 妖怪がこれからどうなるのかなんて、正直わからない。

 でも、明日の配信ネタと朝ごはんの献立くらいなら考えられる。

 それで今は、十分なのかもしれない。

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