妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
「……完成した」
事務所の収録スタジオ。
大型モニターに映し出された二体の3Dモデルを前に、私は思わず息を呑んだ。
銀髪に狐耳、すらりとした体躯に揺れる尻尾。クール系妖狐のシズク。
そしてその隣には、茶髪の狸耳に、少し丸みのある柔らかそうなシルエット。甘えん坊後輩化け狸のコノハ。
Live2Dの頃から見慣れていたはずなのに、立体になると迫力が違う。
横を向くと尻尾が揺れる。袖がふわりと遅れて動く。
画面の中に、もう一人の自分が本当に存在しているようだった。
「すご……。ちゃんと私だ」
「本当に素敵です、シズクちゃん。凛としていて、綺麗で、でも少しだけ触れたら消えてしまいそうな儚さもあって……」
隣でコノハが、いつもの配信用の甘い声でそう言った。
私はちらりと横を見る。
今日のコノハは、完全に外向きモードだった。語尾は柔らかく、声は可愛く、所作は控えめ。
家で私の尻尾に顔を埋めて「シズク殿の匂い……♡」などと限界化している化け狸と同一人物とは思えない。
「コノハ、事務所だとちゃんとしてるよね」
「えへへ。お仕事ですから」
「その顔で言われると、逆に怖いんだけど」
スタジオのスタッフさんが、にこやかに近づいてくる。
「お二人とも、本日はよろしくお願いします。まずはモーションキャプチャの確認から入りますね」
「はいっ、よろしくお願いします!」
コノハがぺこりと頭を下げる。
完璧な後輩ムーブである。
私は内心で感心しながら、マーカー付きのスーツに着替え、収録スペースへ向かった。
カメラに囲まれた広い床。
正面のモニターには、私の3Dモデルがリアルタイムで立っている。
「では、シズクさん。軽く手を振ってみてください」
「はーい」
右手を上げる。画面の中のシズクも、同じように手を振る。
次に一歩歩く。尻尾が遅れてふわりと揺れる。
「おお……! 尻尾、ちゃんと動く……!」
「すごく自然ですね。シズクちゃん、かっこいいです!」
コノハがぱちぱちと拍手をする。他人の前なので、ちゃんとシズクちゃん呼びだ。
偉い。いや、普段からそうしろ。
「次はコノハさん、お願いします」 「はいっ」
コノハが収録スペースに立つ。
彼女が軽く体を揺らすと、画面の中の狸耳少女もふわふわと動いた。
大きめの尻尾が丸く揺れ、スカートの裾がひらりと揺れる。
「……おお」
「シズクちゃん? 今、どこを見てました?」
「いや、3Dモデルの出来を確認してただけ」
「本当ですか?」
「本当です」
コノハのモデルは、かなり出来がよかった。
茶色い髪の柔らかさも、丸い耳も、少しむっちりした健康的な体型も、全部いい感じに立体化されている。
これはリスナーが騒ぐだろうな、と私は冷静に分析した。
収録は順調に進んだ。
歩く、座る、手を振る、二人で並んでポーズを取る。
途中、スタッフさんから「せっかくなので、お二人でハートを作ってみましょうか」と言われ、私は一瞬固まった。
「ハート、ですか」
「はい。お披露目配信用に可愛いと思いますよ」
「やりましょう、シズクちゃん」
コノハが微笑みながら言う。
外面は完璧。だが、その尻尾だけが異様な勢いでぱたぱたと揺れている。
「……はいはい」
私は諦めてコノハと向かい合う。
互いに片手を出し、指先を合わせてハートを作る。
画面の中の二人も、同じように寄り添っている。
「いいですね! もう少し近づけますか?」
「近づくんですか」
「はい、お願いします」
業務命令なら仕方ない。
私は一歩近づいた。コノハの肩が、かすかに震える。
「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です、シズクちゃん。とっても」
「声、ちょっと裏返ってるよ」
「気のせいです」
そんなこんなで収録を終えて、数日後。
いよいよ3Dお披露目配信の日がやってきた。
【配信中】
『みんなー、こんばんきつたぬー!』
画面の中で、3Dの私が手を振る。コメント欄は開始直後から爆発していた。
[コメント]
・うおおおおおおおお!!!
・動いてる!!
・シズクちゃん3Dかっこよすぎる
・尻尾ふわふわ!
『ついに私たち、立体になりました!』
私はくるりと回って、尻尾を見せる。
ふわりと広がる銀髪と狐尻尾。
自分で見ても、なかなか悪くない。
『そして、もちろんこの子も一緒だよ。コノハ、どうぞ』
『は、はいっ。皆さん、こんばんきつたぬです』
コノハの3Dモデルが、とてとてと画面に入ってくる。
その瞬間、コメント欄がさらに加速した。
[コメント]
・コノハちゃんかわいいいいい
・丸い! かわいい!
・尻尾でっか!
・むっちり3Dタヌキ助かる
『む、むっちりって言わないでください……!』
コノハが両手で体を隠すように縮こまる。
その動きがまた妙に可愛く、コメント欄は大いに湧いた。
『いいじゃん。健康的で可愛いよ』
『シ、シズクちゃん……っ。配信中にそういうことを言われると、わたし……』
『はい、今日はお披露目配信だからね。崩れない。耐える』
『が、頑張ります……』
その後は、定番の3Dお披露目企画を進めていった。
全身チェック、尻尾チェック、表情差分、簡単なダンス。
二人で並んでポーズを取るたびに、スパチャが飛ぶ。
『では次、事務所スタッフさんから提案された例のポーズ。二人でハート』
『とうとう来ましたね』
私はコノハと向かい合う。
配信画面の中で、二人の3Dモデルがゆっくり近づく。
『ほら、手』
『はい……っ』
指先を合わせ、ハートを作る。
その瞬間、コメント欄が弾けた。
[コメント]
・てぇてぇ!!!
・公式ハート助かる
・結婚会見ですか?
・赤スパチャ(¥10,000):ご祝儀です
『あはは、祝儀助かるー』
『シズクちゃん……』
『ん?』
『この姿で、こうして隣に立てる日が来るなんて、夢みたいです』
コノハの声は、いつもの配信用の可愛い声だった。
けれど、その奥にある熱だけは、私にはわかった。
室町からずっと追いかけてきた化け狸が、ようやく同じ舞台に立っている。
そういう、重くて面倒で、少しだけ眩しい感情。
私は小さく息を吐き、画面の中のコノハへ少しだけ身を寄せた。
『……私も、コノハが隣でよかったよ』
一瞬、コノハが固まった。
次の瞬間、狸耳がぴんと立ち、尻尾が限界まで膨らむ。
[コメント]
・今のガチでは?
・シズクちゃん!?
・コノハちゃん固まったw
・赤スパチャ(¥50,000):ありがとう世界
『し、シズクちゃん……っ』
『はいはい、泣かない。まだ配信中』
『泣いてません……! ただ、幸せで胸がいっぱいなだけです……!』
結局、お披露目配信は大成功だった。
同接は過去最高を更新し、スパチャも切り抜き動画もたくさん増えた。
【配信後】
配信終了ボタンを押した瞬間、コノハは私の方へ向き直った。
外向きの笑顔がゆっくりと溶ける。
呼び方も、声色も、いつものものに戻った。
「シズク殿」
「はい」
「隣でよかった、というのは」
「言葉通り」
私はため息をつきながら、ソファに腰を下ろした。画面には、配信終了後も増え続ける高評価とコメント。
3Dになった私たちは、確かに一つ上のステージに進んだのだと思う。
ただし。
「次は3Dで添い寝ASMRなどいかがでしょう」
「やらない」
「需要はあります」
「私欲が漏れてる」
「需要と私欲が一致しているだけです」
立体になろうが、舞台が広がろうが。
この化け狸の重さだけは、相変わらず二次元にも三次元にも収まりきらないらしい。