妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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12話 重い女を演じる妖狐によるヤンデレ営業

 3Dお披露目配信を終えてから数日。

 ありがたいことに、《きつたぬ》のチャンネルは明らかに勢いがついていた。

 切り抜きは回り、登録者数も伸び、マネージャーからは「この流れを維持したいですね!」という、明るい圧のこもった連絡が届いている。

 

 とはいえ、3D配信は基本的に事務所スタジオでの収録が必要だ。機材も人手もいるし、そう頻繁にはできない。

 だから今日の配信は、いつも通り自宅からの2D雑談配信である。

 

 「今日はゆる雑談でいいよね。3Dお披露目の裏話とか、質問箱消化とか」

 「はい。シズク殿と二人きりの自宅配信……つまり実質新婚生活報告ですね」

 「違うね」

 

 私は配信ソフトを立ち上げながら、コノハの妄言を流した。

 

 【配信中】

 

 『みんなー、こんばんきつたぬー!』

 『こんばんきつたぬです、皆さん』

 

 いつもの挨拶、いつもの2Dアバター。

 コメント欄には、3Dお披露目を見た新規らしき名前もちらほら混じっている。

 

 [コメント]

 ・こんばんきつたぬー

 ・3D最高だった!

 ・今日2Dなのも安心感ある

 ・夫婦雑談たすかる

 ・新婚生活報告まだ?

 

 『新婚生活じゃないからね。今日は普通に雑談です』

 

 私は質問箱を開く。

 3Dの感想、ASMRの次回予定、コノハの料理レシピ、尻尾の手入れ方法。

 これらを答えていく中、ひときわ目立つ質問があった。

 

 『えーっと。「コノハちゃんはよく重い女ムーブをしていますが、シズクちゃんがヤンデレっぽくなるとどうなりますか? 一度、重い女なシズクちゃんも見てみたいです」……は?』

 

 [コメント]

 ・見たい

 ・それは見たい

 ・攻めシズク概念

 ・コノハちゃん耐えられる?

 ・ヤンデレ狐助かる

 

 私は眉をひそめた。

 重い女。ヤンデレ。私が?

 

 「いやいや、私は健全でドライなビジネス妖狐だから」

 『シズクちゃんは、時々とても独占欲が強そうなお顔をしますよ?』

 『しません』

 『します。特に、わたしが他の方のお話をした時など』

 『しません』

 

 コノハが余計なことを言うせいで、コメント欄がさらに盛り上がる。

 

 [コメント]

 ・やって

 ・お願いします

 ・赤スパチャ(¥10,000):重いシズク代

 ・狐のヤンデレ見たい

 

 赤スパが飛んだ。

 私は沈黙した。

 画面の隅で、収益額がきらりと光っている。

 

 『ふぅ……いいよ。そこまで言うなら、ちょっと本気出す』

 

 その瞬間、コメント欄が爆発した。

 

 [コメント]

 ・きた

 ・本気!?

 ・やばそう

 ・コノハちゃん逃げて

 ・いや逃げるな

 

 隣のコノハが、ぴくりと反応する。

 

 『ねえ、コノハ』

 『は、はい』

 『さっき言ってたよね。他の誰かの話をすると、私が少し嫌そうな顔をするって』

 『言いました、けど……』

 『じゃあ、逆は?』

 

 私はゆっくりと笑う。

 

 『私以外の誰かを見て。私以外の誰かに尻尾を振って。私以外の誰かの隣で、そんなふうに嬉しそうに笑ったら』

 『シズク、ちゃん……?』

 『私が、黙っていると思う?』

 

 声を低くする。

 けれど、怒鳴らない。

 むしろ、いつもより優しく、甘く、逃げ道を塞ぐように。

 

 『だめだよ。コノハは私の相方でしょう? 私が拾って、私が隣に置いて、私が名前を呼んであげているんだから』

 『あ、あの、シズクちゃん。それは、配信用の……』

 『うん。配信用。だから、今は優しく言ってあげてる』

 

 コノハの肩が、ぴくりと跳ねた。

 

 『でもね。本当にどこかへ行こうとしたら、私はまず止めるよ。言葉で止まらないなら、妖術で止める。足が動かないようにして、声が出ないようにして、目だけはちゃんと私を見られるようにしてあげる』

 『……っ』

 『怖い?』

 『い、いえ、その……』

 『怖がっていいよ。怖くても、嫌でも、離れられないって、ちゃんとわからせてあげるから』

 

 私はそこで、少しだけ声を甘くした。

 

 『大丈夫。壊したりしない。コノハは大事な相方だもの。傷が残るようなことはしないし、配信に出られなくなるようなこともしない』

 『基準が、配信……』

 『でも、勝手にどこかへ行けると思っているなら、それは少し困るかな』

 

 私は画面越しではなく、隣のコノハを見る。

 狸の耳が、じわじわと伏せられていく。

 

 『ねえ。コノハの予定、交友関係、行き先、連絡先。これ全部、私が把握していた方が安心だと思わない?』

 『あ、安心、ですか』

 『うん。私が安心できる』

 『シズクちゃんが』

 『そう。私が』

 

 私はにこりと笑う。

 

 『誰と会ったのか。何を話したのか。誰に笑いかけたのか。全部、教えて。隠しごとをしたら、探さなきゃいけなくなるでしょう?』

 『探す……』

 『探すよ。見つけるよ。コノハが山に逃げても、海を渡っても、知らない誰かの名前を借りても、私は見つける』

 

 そこで一拍、間を置く。

 

 『だって私、長く生きた妖狐だよ?』

 

 言葉にほんの少しだけ妖力を混ぜた。

 空気が重くなる。

 コノハの喉が、小さく鳴った。

 

 『あなたが逃げるより、私が追いつく方が早い。あなたが隠れるより、私が暴く方が上手い。あなたが誰かに助けを求めるより先に、その誰かに「この子は私のものです」って、笑って教えてあげる』

 『シズク、ちゃん……』

 『だからね、コノハ』

 

 私はさらに声を落とした。

 

 『逃げちゃだめ』

 『はい』

 『隠しちゃだめ』

 『はい』

 『私以外を、一番にしちゃだめ』

 『……はい』

 『いい子』

 

 私は、配信画面に映らない位置で、コノハの袖を軽くつまんだ。

 

 『あなたが素直でいてくれるなら、私は優しいよ。撫でるし、褒めるし、隣に置いてあげる。好きなだけ、私の相方を名乗っていい』

 『……っ、はい』

 『でも、悪い子になったら』

 

 私は笑ったまま、ささやく。

 

 『首輪くらいは、つけるかもね』

 『く、首輪……』

 『見えないやつ。妖術で作るの。私が呼んだら必ず戻ってくるように。私が許した範囲より遠くへ行けないように。私の声だけは、どこにいても聞こえるように』

 『…………』

 『ねえ、コノハ。あなたは、私から逃げたい?』

 

 コノハは固まっていた。

 顔は真っ赤で、尻尾は膨らみ、耳は完全に伏せている。

 

 『……逃げません』

 『本当に?』

 『逃げません。逃げる理由がありません』

 『そう。ならいいの』

 

 私は満足げに頷き、最後に、わざと柔らかい声で告げた。

 

 『ずっと私の隣にいなさい、コノハ。勝手にいなくなったら、迎えに行くから。返事は?』

 『わ、わたしは、ずっとシズクちゃんの隣にいます』

 『よくできました』

 

 そのあとは沈黙が訪れる。

 数秒後、コメント欄が一気に決壊した。

 

 [コメント]

 ・うわああああああ

 ・怖かった

 ・怖いのに良い

 ・コノハちゃんが押されてる!?

 ・ヤンデレ狐、解釈一致

 ・赤スパチャ(¥50,000):命が助かりませんでした

 

 私はそこで、ふっと声を戻した。

 

 『はい、というわけで重い女シズクでしたー。みんな満足した?』

 『シ、シズクちゃん……』

 『ん?』

 『わたし、今ので三百年分くらい寿命が延びました』

 『寿命を雑に延ばすな』

 

 コメント欄にも笑いが戻る。

 

 [コメント]

 ・戻ってきたw

 ・コノハちゃん生還

 ・寿命延びてて草

 ・でもさっき普通に怖かった

 

 配信はその後、やけに熱量の高いまま続いた。スパチャも飛んだ。 

 仕事としては、またしても成功である。

 

 【配信後】

 

 配信終了ボタンを押した瞬間、私は大きく息を吐いた。

 

 「……疲れた。ああいうの、演技でも消耗するんだよね」

 「シズク殿」

 「何」

 「先ほどの言葉、録音してもよろしいでしょうか」

 「だめ」

 「では、記憶の中で永久保存します」

 「それは止めようがないけど、やめてほしい」

 

 コノハは頬を赤くしたまま、もじもじと両手を合わせている。

 

 「しかし、シズク殿。あの束縛の仕方、あまりにも自然でしたが……本当に演技ですか?」

 「演技だよ」

 「本当に?」

 「演技だってば」

 「では、もしわたしが他の誰かのところへ行ったら?」

 「…………」

 「今の沈黙、録音しても?」

 「するな!」

 

 私はクッションを投げつけた。

 コノハはそれを大事そうに受け止め、頬ずりしようとしたので、慌てて奪い返す。

 まったく。

 重い女を演じたつもりが、相方の重さをさらに加速させただけだった。

 やはり、ヤンデレ営業は取り扱い注意である。

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