妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
3Dお披露目配信を終えてから数日。
ありがたいことに、《きつたぬ》のチャンネルは明らかに勢いがついていた。
切り抜きは回り、登録者数も伸び、マネージャーからは「この流れを維持したいですね!」という、明るい圧のこもった連絡が届いている。
とはいえ、3D配信は基本的に事務所スタジオでの収録が必要だ。機材も人手もいるし、そう頻繁にはできない。
だから今日の配信は、いつも通り自宅からの2D雑談配信である。
「今日はゆる雑談でいいよね。3Dお披露目の裏話とか、質問箱消化とか」
「はい。シズク殿と二人きりの自宅配信……つまり実質新婚生活報告ですね」
「違うね」
私は配信ソフトを立ち上げながら、コノハの妄言を流した。
【配信中】
『みんなー、こんばんきつたぬー!』
『こんばんきつたぬです、皆さん』
いつもの挨拶、いつもの2Dアバター。
コメント欄には、3Dお披露目を見た新規らしき名前もちらほら混じっている。
[コメント]
・こんばんきつたぬー
・3D最高だった!
・今日2Dなのも安心感ある
・夫婦雑談たすかる
・新婚生活報告まだ?
『新婚生活じゃないからね。今日は普通に雑談です』
私は質問箱を開く。
3Dの感想、ASMRの次回予定、コノハの料理レシピ、尻尾の手入れ方法。
これらを答えていく中、ひときわ目立つ質問があった。
『えーっと。「コノハちゃんはよく重い女ムーブをしていますが、シズクちゃんがヤンデレっぽくなるとどうなりますか? 一度、重い女なシズクちゃんも見てみたいです」……は?』
[コメント]
・見たい
・それは見たい
・攻めシズク概念
・コノハちゃん耐えられる?
・ヤンデレ狐助かる
私は眉をひそめた。
重い女。ヤンデレ。私が?
「いやいや、私は健全でドライなビジネス妖狐だから」
『シズクちゃんは、時々とても独占欲が強そうなお顔をしますよ?』
『しません』
『します。特に、わたしが他の方のお話をした時など』
『しません』
コノハが余計なことを言うせいで、コメント欄がさらに盛り上がる。
[コメント]
・やって
・お願いします
・赤スパチャ(¥10,000):重いシズク代
・狐のヤンデレ見たい
赤スパが飛んだ。
私は沈黙した。
画面の隅で、収益額がきらりと光っている。
『ふぅ……いいよ。そこまで言うなら、ちょっと本気出す』
その瞬間、コメント欄が爆発した。
[コメント]
・きた
・本気!?
・やばそう
・コノハちゃん逃げて
・いや逃げるな
隣のコノハが、ぴくりと反応する。
『ねえ、コノハ』
『は、はい』
『さっき言ってたよね。他の誰かの話をすると、私が少し嫌そうな顔をするって』
『言いました、けど……』
『じゃあ、逆は?』
私はゆっくりと笑う。
『私以外の誰かを見て。私以外の誰かに尻尾を振って。私以外の誰かの隣で、そんなふうに嬉しそうに笑ったら』
『シズク、ちゃん……?』
『私が、黙っていると思う?』
声を低くする。
けれど、怒鳴らない。
むしろ、いつもより優しく、甘く、逃げ道を塞ぐように。
『だめだよ。コノハは私の相方でしょう? 私が拾って、私が隣に置いて、私が名前を呼んであげているんだから』
『あ、あの、シズクちゃん。それは、配信用の……』
『うん。配信用。だから、今は優しく言ってあげてる』
コノハの肩が、ぴくりと跳ねた。
『でもね。本当にどこかへ行こうとしたら、私はまず止めるよ。言葉で止まらないなら、妖術で止める。足が動かないようにして、声が出ないようにして、目だけはちゃんと私を見られるようにしてあげる』
『……っ』
『怖い?』
『い、いえ、その……』
『怖がっていいよ。怖くても、嫌でも、離れられないって、ちゃんとわからせてあげるから』
私はそこで、少しだけ声を甘くした。
『大丈夫。壊したりしない。コノハは大事な相方だもの。傷が残るようなことはしないし、配信に出られなくなるようなこともしない』
『基準が、配信……』
『でも、勝手にどこかへ行けると思っているなら、それは少し困るかな』
私は画面越しではなく、隣のコノハを見る。
狸の耳が、じわじわと伏せられていく。
『ねえ。コノハの予定、交友関係、行き先、連絡先。これ全部、私が把握していた方が安心だと思わない?』
『あ、安心、ですか』
『うん。私が安心できる』
『シズクちゃんが』
『そう。私が』
私はにこりと笑う。
『誰と会ったのか。何を話したのか。誰に笑いかけたのか。全部、教えて。隠しごとをしたら、探さなきゃいけなくなるでしょう?』
『探す……』
『探すよ。見つけるよ。コノハが山に逃げても、海を渡っても、知らない誰かの名前を借りても、私は見つける』
そこで一拍、間を置く。
『だって私、長く生きた妖狐だよ?』
言葉にほんの少しだけ妖力を混ぜた。
空気が重くなる。
コノハの喉が、小さく鳴った。
『あなたが逃げるより、私が追いつく方が早い。あなたが隠れるより、私が暴く方が上手い。あなたが誰かに助けを求めるより先に、その誰かに「この子は私のものです」って、笑って教えてあげる』
『シズク、ちゃん……』
『だからね、コノハ』
私はさらに声を落とした。
『逃げちゃだめ』
『はい』
『隠しちゃだめ』
『はい』
『私以外を、一番にしちゃだめ』
『……はい』
『いい子』
私は、配信画面に映らない位置で、コノハの袖を軽くつまんだ。
『あなたが素直でいてくれるなら、私は優しいよ。撫でるし、褒めるし、隣に置いてあげる。好きなだけ、私の相方を名乗っていい』
『……っ、はい』
『でも、悪い子になったら』
私は笑ったまま、ささやく。
『首輪くらいは、つけるかもね』
『く、首輪……』
『見えないやつ。妖術で作るの。私が呼んだら必ず戻ってくるように。私が許した範囲より遠くへ行けないように。私の声だけは、どこにいても聞こえるように』
『…………』
『ねえ、コノハ。あなたは、私から逃げたい?』
コノハは固まっていた。
顔は真っ赤で、尻尾は膨らみ、耳は完全に伏せている。
『……逃げません』
『本当に?』
『逃げません。逃げる理由がありません』
『そう。ならいいの』
私は満足げに頷き、最後に、わざと柔らかい声で告げた。
『ずっと私の隣にいなさい、コノハ。勝手にいなくなったら、迎えに行くから。返事は?』
『わ、わたしは、ずっとシズクちゃんの隣にいます』
『よくできました』
そのあとは沈黙が訪れる。
数秒後、コメント欄が一気に決壊した。
[コメント]
・うわああああああ
・怖かった
・怖いのに良い
・コノハちゃんが押されてる!?
・ヤンデレ狐、解釈一致
・赤スパチャ(¥50,000):命が助かりませんでした
私はそこで、ふっと声を戻した。
『はい、というわけで重い女シズクでしたー。みんな満足した?』
『シ、シズクちゃん……』
『ん?』
『わたし、今ので三百年分くらい寿命が延びました』
『寿命を雑に延ばすな』
コメント欄にも笑いが戻る。
[コメント]
・戻ってきたw
・コノハちゃん生還
・寿命延びてて草
・でもさっき普通に怖かった
配信はその後、やけに熱量の高いまま続いた。スパチャも飛んだ。
仕事としては、またしても成功である。
【配信後】
配信終了ボタンを押した瞬間、私は大きく息を吐いた。
「……疲れた。ああいうの、演技でも消耗するんだよね」
「シズク殿」
「何」
「先ほどの言葉、録音してもよろしいでしょうか」
「だめ」
「では、記憶の中で永久保存します」
「それは止めようがないけど、やめてほしい」
コノハは頬を赤くしたまま、もじもじと両手を合わせている。
「しかし、シズク殿。あの束縛の仕方、あまりにも自然でしたが……本当に演技ですか?」
「演技だよ」
「本当に?」
「演技だってば」
「では、もしわたしが他の誰かのところへ行ったら?」
「…………」
「今の沈黙、録音しても?」
「するな!」
私はクッションを投げつけた。
コノハはそれを大事そうに受け止め、頬ずりしようとしたので、慌てて奪い返す。
まったく。
重い女を演じたつもりが、相方の重さをさらに加速させただけだった。
やはり、ヤンデレ営業は取り扱い注意である。