妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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13話 化け狸と天狗、似たり寄ったりな者たち

 昼下がり。

 私はメールの整理をしていた。

 案件の確認、マネージャーからの連絡、グッズ監修の修正依頼。

 その中に、一件だけ異様な件名のメッセージが混じっていた。

 

 『八尾の御方へ。至急ご忠告申し上げます』

 

 差出人は見覚えのないアドレス。

 私は嫌な予感を覚えつつも本文を開いた。

 

 『尊き八尾の妖狐、シズク様。あなた様の隣にいる化け狸は、あまりにも格が低く、浅ましく、厚かましく、あなた様の相方にはふさわしくありません。どうか一刻も早く、あの狸をお切り捨てください』

 

 横で洗濯物を畳んでいたコノハが、ぴくりと耳を動かした。

 

 「うーん……」

 「シズク殿? どうかなさいましたか?」

 「いや、なんか変な信者からメール来た。八尾の狐である私を崇拝してるっぽい。で、コノハは私にふさわしくないって」

 「消しに行きましょう」

 「やめなさい」

 

 私は続きを読む。

 

 『あなた様に相応しいのは、空を統べる清廉なる天狗の一族。たとえば私のような、若く、才気に満ち、将来有望で、しかも配信映えする美少女妖怪こそが──』

 

 「ここまで来ると逆に感心する」

 「厚かましいですね。どこのどなたでしょう」

 「ええと、名前は、最後辺りに書いてあるね。天狗のアヤメだって」

 「……アヤメ?」

 

 コノハの手が止まった。

 私はゆっくりと顔を向ける。

 

 「知り合い?」

 「い、いえ。少しだけ」

 「少しだけ?」

 「大正時代に、ほんの一時期、協力関係にあったような、なかったような……」

 「何の協力?」

 

 コノハは目を逸らした。

 その瞬間、私の中で何かが確信に変わった。

 

 「コノハ。吐け」

 「……大正時代、シズク殿が当時使っていた櫛(くし)を、少しだけ拝借したことがあります」

 「盗んでるじゃん」

 「拝借しただけです。アヤメが空から見張り、わたしが忍び込みました」

 「共犯じゃん」

 

 私は深く息を吸った。

 すぐ怒ってはいけない。

 私は現代社会に適応した理性的な妖狐。自信過剰なメールと百年越しの窃盗自白くらいで、八本の尻尾を出してはいけない。

 

 「……呼ぼう。その天狗」

 「その理由は」

 「尋問するから」

 

 私はにっこりと笑って、返信を打った。

 

 『詳しい話を聞きたいので、今夜うちに来なさい』

 

 その日の夜。

 窓の外から、ばさり、と羽音がした。

 ベランダに降り立ったのは、黒い翼を持つ小柄な少女だった。

 艶やかな黒髪に、得意げにつり上がった目。

 見た目だけなら生意気な後輩キャラとして通用しそうな、いかにも配信映えする妖怪である。

 

 「ふふん。お呼びとあらば参上しました、八尾の御方! やはり私の忠告が心に響いたのですね? その狸を捨て、私を隣に──」

 「縛」

 「ぴゃっ!?」

 

 部屋に入った瞬間、アヤメは床に正座の姿勢で固定された。ついでに、逃げようとしたコノハも同じく正座で固定する。

 こういう時、金縛りは便利だ。

 

 「な、なぜわたしまで……?」

 「こいつと共犯だから」

 

 私は二人の前に座り、八本の尻尾をゆらりと広げた。

 

 「さて。まず聞きたいのは、大正時代の私物窃盗事件について」

 「ち、違います! 私はただ、八尾の御方を陰ながらお守りするためにですね!」

 「守るために櫛を盗むな」

 「御髪(おぐし)に触れていた神聖な品です!」

 「なお悪い」

 

 アヤメは金縛りで動けないまま、悔しそうに頬を膨らませた。

 

 「そもそも! その狸が悪いのです! 当時の私は、シズク様の御姿を遠くから拝むだけで満足しておりました! なのにこの狸が『シズク殿の私物を一つだけでも手元に置ければ、日々の修行に身が入ります』などと情けないことを言うから!」

 「アヤメも『その櫛は霊験あらたかな御神体になる』と乗り気でした」

 「言ってないですぅ! ちょっとしか言ってないですぅ!」

 「言ってるじゃん」

 

 私はこめかみを押さえた。

 片方は室町時代から私を追っている化け狸で、もう片方は八尾の狐を勝手に崇拝する若い天狗。

 評価としては、どちらも似たり寄ったりである。

 

 「で、アヤメ。あなたはコノハが私にふさわしくないって?」

 「はい! 八尾の御方の隣に立つなら、もっと格があり、気品があり、高潔な妖怪でなければ!」

 「ふーん」

 

 私は頬杖をついた。

 

 「じゃあ、仮にアヤメが私と組んでVTuberやるとして」

 「は、はい!」

 「百合営業できる?」

 「……へ?」

 「私と一緒に配信で距離近めに絡んで、リスナーを限界化させて、再生数とスパチャを伸ばせるの?」

 「そ、それは……」

 

 アヤメの顔が、みるみる赤くなった。

 

 「わ、私は、その、八尾の御方を敬愛しているのであって、そういう不埒な営業は……」

 「でも相方にはなりたいんでしょ?」

 「な、なりたいですけどぉ……!」

 「じゃあ、試そうか」

 

 私は八本すべての尻尾を、ふわりとアヤメの周囲へ広げた。

 淡い黄金色の毛並みが、波のように小柄な天狗を包み込む。

 

 「ひゃ……っ」

 

 右から一本。左から二本。背中に三本。

 頬に一本。最後の一本で頭をぽんぽんと撫でる。

 

 「ほら、アヤメ。私の相方になりたいなら耐えなきゃ」

 

 少しだけ甘い声でささやくと、アヤメの目がぐるぐると回り始めた。

 

 「は、八尾の御方の、尻尾が、八本、全部……っ。ふわふわで、あたたかくて、よい香りで……あ、あの、私、もうだめです……」

 「さすがに早い」

 「無理ですぅ……尊すぎますぅ……」

 

 アヤメは金縛りされたまま、完全に陥落した。

 私は次に、コノハへ同じように八本の尻尾を伸ばす。

 

 「次はコノハね」

 「っ……!」

 

 八本の尻尾で包み込んだ瞬間、コノハの呼吸が止まった。

 顔は真っ赤。耳はぺたり。尻尾はぱんぱんに膨らんでいる。だが、崩れ落ちはしなかった。

 

 「なかなか耐えるね」

 「シズク殿の相方として……この程度で醜態を晒すわけには……っ」

 「いや、もうだいぶ晒してるけど」

 「まだ、配信中ではありませんので……!」

 

 その根性だけは認めてもいい。

 私は尻尾を戻し、ため息をついた。

 

 「まあ、これじゃあ化け狸を相方にするしかないね」

 「シズク殿……!」

 「うぐぐぐ……!」

 

 アヤメが悔しそうに唸る。

 

 「納得できません……! 私だって、もっと修行すれば、尻尾耐性を……!」

 「そんな修行いらない」

 「いいえ、必要です! 私はいつか、シズク様の隣に立つにふさわしい天狗になります!」

 「その前に窃盗を反省しなさい」

 「はい……申し訳ありませんでした」

 

 私は金縛りを解いた。

 コノハとアヤメはそろって正座のまま、しゅんと肩を落としている。

 

 「今後、私の私物を盗んだりは?」

 「「しません……」」

 「私のアドレスに怪文書は?」  

 「内容を推敲してから送ります」

 「送るな」

 

 こうして、八尾信者の天狗による小さな横槍は無事に鎮圧された。

 ……はずだった。

 

 ***

 

 数日後。

 事務所のマネージャーから一通の連絡が届く。

 

 『新しく後輩VTuberが入ることになりました! 烏天狗モチーフの子で、以前からオーディションに参加していたそうです。お二人とも、よかったら面倒を見てあげてください』

 

 添付された立ち絵には、見覚えのある小生意気そうな天狗の少女が、得意げに笑っていた。

 私は無言でスマホを置いた。

 隣でコノハが、静かに包丁を研ぎ始める。

 

 「コノハ」

 「はい」

 「事務所の後輩だからね」

 「はい。先輩として後輩へ、丁寧に、念入りに、上下関係を教えて差し上げます」

 「包丁は使わない」

 「では、まな板だけでも」

 「何に使うつもり?」

 

 妖怪社会は狭い。VTuber業界はもっと狭い。

 どうやら私の配信生活にまた一つ、面倒くさい存在が増えるらしい。

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