妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
昼下がり。
私はメールの整理をしていた。
案件の確認、マネージャーからの連絡、グッズ監修の修正依頼。
その中に、一件だけ異様な件名のメッセージが混じっていた。
『八尾の御方へ。至急ご忠告申し上げます』
差出人は見覚えのないアドレス。
私は嫌な予感を覚えつつも本文を開いた。
『尊き八尾の妖狐、シズク様。あなた様の隣にいる化け狸は、あまりにも格が低く、浅ましく、厚かましく、あなた様の相方にはふさわしくありません。どうか一刻も早く、あの狸をお切り捨てください』
横で洗濯物を畳んでいたコノハが、ぴくりと耳を動かした。
「うーん……」
「シズク殿? どうかなさいましたか?」
「いや、なんか変な信者からメール来た。八尾の狐である私を崇拝してるっぽい。で、コノハは私にふさわしくないって」
「消しに行きましょう」
「やめなさい」
私は続きを読む。
『あなた様に相応しいのは、空を統べる清廉なる天狗の一族。たとえば私のような、若く、才気に満ち、将来有望で、しかも配信映えする美少女妖怪こそが──』
「ここまで来ると逆に感心する」
「厚かましいですね。どこのどなたでしょう」
「ええと、名前は、最後辺りに書いてあるね。天狗のアヤメだって」
「……アヤメ?」
コノハの手が止まった。
私はゆっくりと顔を向ける。
「知り合い?」
「い、いえ。少しだけ」
「少しだけ?」
「大正時代に、ほんの一時期、協力関係にあったような、なかったような……」
「何の協力?」
コノハは目を逸らした。
その瞬間、私の中で何かが確信に変わった。
「コノハ。吐け」
「……大正時代、シズク殿が当時使っていた櫛(くし)を、少しだけ拝借したことがあります」
「盗んでるじゃん」
「拝借しただけです。アヤメが空から見張り、わたしが忍び込みました」
「共犯じゃん」
私は深く息を吸った。
すぐ怒ってはいけない。
私は現代社会に適応した理性的な妖狐。自信過剰なメールと百年越しの窃盗自白くらいで、八本の尻尾を出してはいけない。
「……呼ぼう。その天狗」
「その理由は」
「尋問するから」
私はにっこりと笑って、返信を打った。
『詳しい話を聞きたいので、今夜うちに来なさい』
その日の夜。
窓の外から、ばさり、と羽音がした。
ベランダに降り立ったのは、黒い翼を持つ小柄な少女だった。
艶やかな黒髪に、得意げにつり上がった目。
見た目だけなら生意気な後輩キャラとして通用しそうな、いかにも配信映えする妖怪である。
「ふふん。お呼びとあらば参上しました、八尾の御方! やはり私の忠告が心に響いたのですね? その狸を捨て、私を隣に──」
「縛」
「ぴゃっ!?」
部屋に入った瞬間、アヤメは床に正座の姿勢で固定された。ついでに、逃げようとしたコノハも同じく正座で固定する。
こういう時、金縛りは便利だ。
「な、なぜわたしまで……?」
「こいつと共犯だから」
私は二人の前に座り、八本の尻尾をゆらりと広げた。
「さて。まず聞きたいのは、大正時代の私物窃盗事件について」
「ち、違います! 私はただ、八尾の御方を陰ながらお守りするためにですね!」
「守るために櫛を盗むな」
「御髪(おぐし)に触れていた神聖な品です!」
「なお悪い」
アヤメは金縛りで動けないまま、悔しそうに頬を膨らませた。
「そもそも! その狸が悪いのです! 当時の私は、シズク様の御姿を遠くから拝むだけで満足しておりました! なのにこの狸が『シズク殿の私物を一つだけでも手元に置ければ、日々の修行に身が入ります』などと情けないことを言うから!」
「アヤメも『その櫛は霊験あらたかな御神体になる』と乗り気でした」
「言ってないですぅ! ちょっとしか言ってないですぅ!」
「言ってるじゃん」
私はこめかみを押さえた。
片方は室町時代から私を追っている化け狸で、もう片方は八尾の狐を勝手に崇拝する若い天狗。
評価としては、どちらも似たり寄ったりである。
「で、アヤメ。あなたはコノハが私にふさわしくないって?」
「はい! 八尾の御方の隣に立つなら、もっと格があり、気品があり、高潔な妖怪でなければ!」
「ふーん」
私は頬杖をついた。
「じゃあ、仮にアヤメが私と組んでVTuberやるとして」
「は、はい!」
「百合営業できる?」
「……へ?」
「私と一緒に配信で距離近めに絡んで、リスナーを限界化させて、再生数とスパチャを伸ばせるの?」
「そ、それは……」
アヤメの顔が、みるみる赤くなった。
「わ、私は、その、八尾の御方を敬愛しているのであって、そういう不埒な営業は……」
「でも相方にはなりたいんでしょ?」
「な、なりたいですけどぉ……!」
「じゃあ、試そうか」
私は八本すべての尻尾を、ふわりとアヤメの周囲へ広げた。
淡い黄金色の毛並みが、波のように小柄な天狗を包み込む。
「ひゃ……っ」
右から一本。左から二本。背中に三本。
頬に一本。最後の一本で頭をぽんぽんと撫でる。
「ほら、アヤメ。私の相方になりたいなら耐えなきゃ」
少しだけ甘い声でささやくと、アヤメの目がぐるぐると回り始めた。
「は、八尾の御方の、尻尾が、八本、全部……っ。ふわふわで、あたたかくて、よい香りで……あ、あの、私、もうだめです……」
「さすがに早い」
「無理ですぅ……尊すぎますぅ……」
アヤメは金縛りされたまま、完全に陥落した。
私は次に、コノハへ同じように八本の尻尾を伸ばす。
「次はコノハね」
「っ……!」
八本の尻尾で包み込んだ瞬間、コノハの呼吸が止まった。
顔は真っ赤。耳はぺたり。尻尾はぱんぱんに膨らんでいる。だが、崩れ落ちはしなかった。
「なかなか耐えるね」
「シズク殿の相方として……この程度で醜態を晒すわけには……っ」
「いや、もうだいぶ晒してるけど」
「まだ、配信中ではありませんので……!」
その根性だけは認めてもいい。
私は尻尾を戻し、ため息をついた。
「まあ、これじゃあ化け狸を相方にするしかないね」
「シズク殿……!」
「うぐぐぐ……!」
アヤメが悔しそうに唸る。
「納得できません……! 私だって、もっと修行すれば、尻尾耐性を……!」
「そんな修行いらない」
「いいえ、必要です! 私はいつか、シズク様の隣に立つにふさわしい天狗になります!」
「その前に窃盗を反省しなさい」
「はい……申し訳ありませんでした」
私は金縛りを解いた。
コノハとアヤメはそろって正座のまま、しゅんと肩を落としている。
「今後、私の私物を盗んだりは?」
「「しません……」」
「私のアドレスに怪文書は?」
「内容を推敲してから送ります」
「送るな」
こうして、八尾信者の天狗による小さな横槍は無事に鎮圧された。
……はずだった。
***
数日後。
事務所のマネージャーから一通の連絡が届く。
『新しく後輩VTuberが入ることになりました! 烏天狗モチーフの子で、以前からオーディションに参加していたそうです。お二人とも、よかったら面倒を見てあげてください』
添付された立ち絵には、見覚えのある小生意気そうな天狗の少女が、得意げに笑っていた。
私は無言でスマホを置いた。
隣でコノハが、静かに包丁を研ぎ始める。
「コノハ」
「はい」
「事務所の後輩だからね」
「はい。先輩として後輩へ、丁寧に、念入りに、上下関係を教えて差し上げます」
「包丁は使わない」
「では、まな板だけでも」
「何に使うつもり?」
妖怪社会は狭い。VTuber業界はもっと狭い。
どうやら私の配信生活にまた一つ、面倒くさい存在が増えるらしい。