妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
事務所の打ち合わせスペース。
私とコノハは、マネージャーに呼び出されていた。
「新しく入る後輩の子、妖怪モチーフなので《きつたぬ》さんと相性がいいと思いまして!」
マネージャーは、実に無邪気な笑顔でそう言った。
私は内心、頭を抱える。
相性がいいというか、前世紀から因縁がある。
大正時代に私から盗みを働いたストーカー仲間の片割れなのだから。
「へ、へえ……妖怪モチーフの後輩ですか」
「はい! 烏天狗系VTuberとしてデビュー予定です。ちょっと生意気だけど礼儀正しい感じのキャラで、きっと伸びると思うんですよ!」
ちょっと生意気。
その評価は間違っていない。
ただし、生意気の向き先が主に私への崇拝とコノハへの敵意であることを、マネージャーは知らない。
会議室の扉がノックされた。
「失礼いたします!」
入ってきたのは、長い黒髪を下ろした小柄な少女だった。
白を基調とした清楚なワンピースに、控えめなリボン。
部屋にベランダから侵入してきた時の得意げな烏天狗姿とは違い、今日は人前だからか、きちんと外向きの姿を整えている。
見た目だけなら、礼儀正しい新人アイドルで通りそうだった。
「初めまして、烏天狗系VTuberのアヤメです! シズク先輩、コノハ先輩、本日はご指導よろしくお願いいたします!」
ぺこり、と綺麗なお辞儀。
外面はいい、外面だけは。
私はマネージャーに顔を寄せ、小声で聞いた。
「あの、年齢的に大丈夫なんですか?」
「あ、そこは大丈夫です。十八歳ですので、契約上も問題ありません」
十八歳にしては、だいぶ幼く見える。
そう言いかけて、私は口を閉じた。
人間社会で活動する妖怪が、戸籍や経歴をどのように整えるかは、あまり触れてはいけない領域である。
事務所を納得させられる書類を用意できているなら、これ以上突っ込んでも仕方ない。
「シズク先輩にご指導いただけるなんて、光栄です!」
アヤメの瞳が、きらきらと輝く。
「いや、まあ、先輩って言ってもまだ中堅だからね。そんな大したことは」
「いいえ! 八……いえ、クールで気高く、しかも時代に適応し続けるシズク先輩は、私にとって理想の妖──VTuberです!」
今、八尾って言いかけたな。
危ないなこいつ。
すると、私とアヤメの間に、にこにこと笑うコノハがすっと入ってきた。
「アヤメちゃん、シズクちゃんは忙しいので、まずはわたしが色々教えますね?」
声は甘い。表情は柔らかい。
配信で見せる、優しくて可愛い顔である。
だが私には見えた。
コノハの背後で、巨大な狸の尻尾が怒りで限界まで膨らんでいる幻影が。
「……あなたが?」
アヤメの口元が、ほんの少しだけ歪んだ。
「はい。これでも一応、シズクちゃんの相方ですので」
「一応、ですか」
「えへへ。よろしくお願いしますね、アヤメちゃん」
圧がすごい。
マネージャーは何も気づかず、にこにこと頷いている。
「いやー、先輩後輩感あっていいですね! では、まずは簡単に活動面の注意事項などを共有してもらえますか?」
こうして、先輩化け狸による圧迫面談が始まった。
「まず、配信前の音量チェックは必ずしましょう。マイクが大きすぎるとリスナーさんの耳を壊してしまいますし、小さすぎると離脱率が上がります」
「はい」
「サムネイルとタイトルはとても大切です。内容が良くても、クリックされなければ見てもらえません。キャラ性を出しつつ、誤解を招きすぎない言葉を選びましょう」
「なるほど」
「炎上回避も重要です。過度に攻撃的な話題、実在の個人への言及はよくないです。あとは……妖怪としての体験を話す時は、設定として処理できる範囲に留めてください」
「ふむふむ」
まともだ。
驚くほどまともだ。
「事務所連絡の返信は、できれば二十四時間以内。スケジュール管理は自分でカレンダーに入れること。確定申告の準備は年末に慌てると地獄を見ますから、毎月領収書を整理してください」
「うっ、はい……」
「それと、百合営業は距離感が大事です。リスナーさんが喜ぶ一方で、相手との信頼関係がないまま踏み込むと、あとで大きなトラブルになります」
アヤメが少しだけ目を細める。
コノハは笑顔のまま、最後の一撃を放った。
「特に、先輩の相方ポジションを狙うような発言は、リスナーさんに誤解を与えますからね?」
「私は正当な敬愛を表明しているだけです」
「えへへ。敬愛と執着の境目は、外から見るとわかりづらいものですから」
「それはご自身のことでは?」
「まあ、アヤメちゃんったら。面白い冗談ですね」
笑顔と笑顔がぶつかり合う。
私は思った。
これ、事務所の会議室でやる空気じゃない。
その時、マネージャーが手を叩いた。
「そうだ。アヤメさんの初配信前に、先輩二人から軽くアドバイス動画を撮ってほしいんです。ショート用に一言ずつで大丈夫なので!」
「アドバイス動画ですか」
「はい! 新人さんを先輩が応援する感じで!」
それならまあ、普通の仕事だ。
私たちは簡易撮影スペースへ移動し、カメラの前に立った。
今回は3Dではなく、事務所用の実写ではない収録素材に合わせるための、音声と立ち絵用コメント撮りである。
私はマイクの前で、少し考えてから口を開いた。
「アヤメ、最初は無理にキャラを作りすぎないこと。デビュー直後は目立ちたくなるけど、長く続けられる自分を出した方がいいよ。配信は、一回だけじゃなくて、何年も続く仕事だから」
アヤメが目を潤ませる。
「シズク先輩……なんて深いお言葉……!」
「いや、普通のこと言っただけだけど」
次にコノハがマイクの前へ出る。
「リスナーさんは大切に。でも、数字に振り回されすぎないようにしてくださいね。伸びる日もあれば、伸びない日もあります。そういう時こそ、生活を整えて、心を壊さないことが大切です」
普通にいいことを言った。
かなりいい先輩アドバイスだった。
だがアヤメは、ふん、と小さく鼻を鳴らしただけだった。
「なるほど。参考程度に聞いておきます」
コノハの笑顔が固定された。
「えへへ。参考程度でも、聞いてもらえて嬉しいです」
怖い。
笑顔なのに、怖い。
マネージャーは「いいですね、先輩後輩の空気!」と満足そうだった。
この人の危機察知能力は大丈夫なのだろうか。
その後、マネージャーに促され、私たちはさらに三人で簡単な顔合わせ用の写真風素材を撮ることになった。
私を中央に、右にコノハ、左にアヤメ。
「もっと寄ってくださーい」
スタッフさんの声で、二人が同時に私へ寄る。
「近い近い近い」
「シズクちゃん、相方としての自然な距離です」
「シズク先輩、後輩としての敬意ある距離です」
「両方近い」
肩が触れる。左右から圧が来る。
狐は挟まれると案外弱いのだ。
撮影が終わる頃には、私はぐったりしていた。
帰り道、事務所を出て、夕方の街を歩く。
「……で、コノハ。どうだった? 天狗のアヤメは」
「とても礼儀正しく、将来性のある子だと思います」
「本音は?」
「シズク殿の相方ポジションを狙う発言は、今後、徹底的に教育する必要があります」
「やっぱりね」
コノハはにこりと笑った。
「ご安心ください。人前では、わたしは優しい先輩ですので」
「人前では、ね」
私はため息をつく。
アヤメは面倒くさい。コノハも面倒くさい。
だが、アヤメの加入は事務所としては悪くない話なのだろう。
烏天狗系の新人VTuber。
小生意気で、清楚で、先輩たる妖狐を崇拝気味。
キャラとしては濃い。たぶん伸びる。
問題は、その濃さが現実由来であることだ。
スマホが震えた。
アヤメからメッセージが来ていた。
『本日はありがとうございました、シズク先輩! いつか必ず、私が真の相方にふさわしいと証明してみせます!』
続けて、もう一通。
『追伸:コノハ先輩のご指導は、まあ、少しだけ参考になりました』
私はそれをコノハに見せた。
コノハはしばらく無言で画面を見つめてから、ふふっと笑った。
「少しだけ、ですか」
「コノハ?」
「次回は、確定申告の基礎からみっちり教えて差し上げます」
「地味に一番嫌なやつ」
こうして、後輩天狗アヤメは正式に私たちの周囲へ加わった。
そして私は思った。
強い妖怪が減った現代において、面倒くさい妖怪ほどしぶとく生き残るのはなぜのか。