妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
「始まった」
夜八時。
私はリビングのローテーブルにノートPCを置き、配信ページを開いていた。
画面には、事務所の新人VTuberとなった、天狗のアヤメの待機画面が映っている。
隣ではコノハが、むすっとした顔で正座していた。手元には、なぜか配信分析用のメモ帳と、赤ペンと、温かいほうじ茶が置かれている。
「コノハ、顔怖い」
「怖くありません。後輩の初配信を見守る、優しい先輩の顔です」
「赤ペン持って待ち構えてる先輩とか嫌だなぁ」
「改善点を書き出すだけです」
言っていることはそこまで変でもない。
表情と尻尾の圧がまともではないだけで。
画面の待機コメント欄には、すでにそれなりの人数が集まっていた。
[コメント]
・新人ちゃん待機
・烏天狗系って珍しいな
・きつたぬの後輩らしい
・シズク先輩の話するかな?
・コノハ先輩にしごかれてそう
「話題性はありますね」
「うん。妖怪系の後輩ってだけで《きつたぬ》からの流入がある」
「問題は、初配信でどれだけ自分の色を出せるかです」
「意外と真面目な先輩してる……」
やがて待機画面が切り替わり、天狗っぽさを感じる黒髪少女のアバターが現れた。
『こ、こんばんは。はじめまして! 烏天狗系VTuberのアヤメです! 本日は、私の初配信へお越しくださり、ありがとうございます!』
声は少し上ずっていた。
だが、思ったより滑舌はいい。
挨拶も丁寧だし、間も悪くない。
「悪くないね」
「はい。声質も通りやすいですし、初手の印象は良好です」
コノハが赤ペンを動かす。
「ただ、少し緊張で語尾が硬いですね」
「初配信だし、そこは仕方ないでしょ」
画面の中のアヤメは、用意していた自己紹介スライドを表示した。
『ええと、好きなものは空、甘いもの、修行、そして尊敬する先輩は……』
嫌な予感がした。
『シズク先輩です!』
大きく表示される、私の立ち絵。
「あーあ」
「…………」
コノハの赤ペンが、ぱきりと折れた。
『シズク先輩は、クールで気高く、現代社会にも適応した理想の妖怪系VTuberであり、私の目標です! いつか私も、シズク先輩の隣に立てるような──』
「メール送るか」
私は即座にスマホを取った。
件名:初配信中の注意。
本文:私の話は短めに。自分の紹介を優先。あと相方ポジション狙い発言はやめなさい。
送信から数秒後、画面の中のアヤメがぴくっと反応した。
おそらく裏で通知を見たのだろう。
『……こほん。すみません、少々熱が入りました。今日は私自身のことを知っていただく配信ですので、先輩方のお話はまたいずれ!』
「すぐ修正した」
「素直ではありますね」
「そこは評価しとこう」
コノハが新しい赤ペンを取り出し、メモ帳に何かを書いた。どうやら予備があるらしい。
配信は進んでいく。
アヤメは、烏天狗として空を飛べること、山育ち、人間社会に慣れていない生意気後輩キャラなどの設定を紹介していった。
『人間の皆さんは大変ですよね。お金を払わないと空も飛べませんし、山道ではすぐ息が切れますし、電車が止まったら何もできませんし』
[コメント]
・急に煽るじゃん
・人間に厳しい
・無料で空飛べるマウントやめろ
・かわいいから許す
『あっ、違います! 今のは、ええと……烏天狗としての素直な感想です!』
「素直に失礼だね」
「でも、キャラは立っています」
コノハが赤ペンを動かす。
画面の中のアヤメは、慌てたように羽をぱたぱたと揺らした。
『で、でも、人間社会には敬意を払っています! コンビニと電子決済とエアコンには、特に深い敬意を!』
「そこは現代妖怪として正しい」
「ええ。エアコンがない暮らしはもう考えられません」
時々、設定ではなく実体験っぽい話が混ざる。
『山での修行中は、崖から落ちても翼で戻れるので問題ありません! 人間の皆さんは真似しないでくださいね!』
「ガチの注意喚起」
「よいことです。危険な行為を真似させない配慮は大事ですから」
『あと古い神社の裏山などで、妙に艶のある黒い羽を拾っても、勝手に持ち帰らないでください。持ち主が追ってくる場合がありますので』
「急に実用的だ」
「これは怪談系ショートにできますね」
「メモるなメモるな。いや、使えるか……?」
私は少し考えた。
確かに、妖怪の生活や豆知識を短くまとめるショートはありかもしれない。
うちでも似た方向はできる。
「アヤメ、初配信なのに短尺向けのフックは上手いね」
「少し生意気な口調も、キャラとしてはわかりやすいです」
「コノハがちゃんと褒めてる……」
「わたしは公平な先輩です」
その直後だった。
『ちなみに、私の夢は、いつかシズク先輩と一緒に空を飛ぶことです! もちろん、横に余計な狸は──』
「はぁ……メール送る」
「お願いします」
コノハの声が低かった。
件名:二回目。
本文:余計な狸とか言わない。コノハは先輩。あと私を巻き込まない。
送信すると、画面の中のアヤメが、またぴくっとした。
『……いえ、先輩方と一緒に、楽しい企画ができたら嬉しいです!』
「よし」
「よしではありません。今、明らかにわたしを排除しようとしました」
「未遂だから」
「未遂も罪です」
「現代社会ではそうでもない」
その後、アヤメはコメント返しに入った。
[コメント]
・シズク先輩好きすぎw
・コノハ先輩とは仲いいの?
・きつたぬとコラボしてほしい
・その翼で空飛べるの?
・生意気かわいい
『コノハ先輩とは……ええ、たいへん、仲良く、させていただいております』
「顔が引きつってる」
「私の指導が心に残っているのでしょう」
『空は飛べますが、配信ではまだ見せられません。事務所の許可と、安全管理と、あと電線が怖いので!』
「電線」
「現代天狗の弱点ですね」
「ちょっと面白いな」
私はメモを取った。
現代妖怪の苦手なもの特集。
天狗は電線、狐は役所、狸は……何がいいかな。
アヤメの初配信は、多少怪しい発言を挟みつつも、大きな事故のないまま終わりに向かっていた。
『本日は本当にありがとうございました! まだ未熟な烏天狗ですが、いつか立派なVTuberになれるよう頑張ります! シズク先輩、コノハ先輩、見ていてくださったら嬉しいです!』
最後はきちんと締めた。
配信終了画面に切り替わると、私は背もたれに体を預けた。
「……初配信としては、かなり良かったんじゃない?」
「はい。導線もキャラ立ちも悪くありません。改善点はありますが、伸びると思います」
「ほう。具体的には?」
「シズク殿への崇拝を三割減らし、わたしへの敵意を九割減らし、サムネの文字をもう少し太くするべきです」
コノハはメモ帳を閉じ、湯呑みに手を伸ばした。
「ただ、学べるところもありました」
「へえ?」
「初配信の勢い、自己紹介の短尺化、コメントへの素早い反応。わたしたちも、少し初心に帰るべきかもしれません」
「だね。慣れてきた分、雑談が内輪寄りになってるところはあるかも」
「新規向けの入り口を増やしましょう。妖怪豆知識ショート、三十秒自己紹介、切り抜き前提の企画など」
「仕事の話になると本当に頼れるなぁ、コノハは」
そう言うと、コノハは嬉しそうに狸耳を揺らした。
その時、私のスマホが震えた。アヤメからだ。
『シズク先輩! ご助言ありがとうございました! おかげで大きな失敗をせずに済みました! 次はもっとシズク先輩への敬愛を自然に表現できるよう頑張ります!』
続けて、もう一通。
『コノハ先輩にも、一応、ありがとうございましたとお伝えください』
私はそれをコノハに見せた。
コノハはにっこりと笑った。
「一応、ですか」
「コノハ、赤ペン置いて」
「次回の改善点が増えました」
「後輩への教育は、ほどほどにね」
新人VTuberアヤメの初配信は、無事成功。
そして《きつたぬ》もまた、後輩から学ぶべきものを見つけた。
ただし、妖狐への崇拝と化け狸への対抗心だけは、早めにどうにかしないといけない。
私はそう思いながら、そっと配信分析メモの端に書き足した。
──面倒くさい後輩は、思ったよりも数字を持っている。