妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
「……そろそろ、新規向けの導線が必要だと思う」
平日の午後。
私はノートPCの前で腕を組んでいた。
3D化、ASMR、アヤメの初配信。
ここ最近、ありがたいことに《きつたぬ》の周囲はやけに騒がしい。
登録者も増え、切り抜きから入ってくる新規リスナーも増えた。
その結果、コメント欄にはこんな声が目立つようになった。
[コメント]
・最近見始めたけど二人の関係性がわからない
・きつたぬ履修したい
・コノハちゃんって本当に同居してる設定なの?
・シズクちゃんの尻尾って何本あるの?
・アヤメちゃんとの関係も知りたい
「まあ、そりゃそうなるよね。途中から見ると、私たちの関係性ってだいぶ混沌としてるし」
「シズク殿とわたしは、室町の世より運命で結ばれた魂の伴侶です」
隣で資料をまとめていたコノハが、真顔で言った。
「違う」
「違いましたか?」
「少なくとも公式説明として出すな」
私は深くため息をついた。
そこで今日の配信は、新規リスナー向けの振り返り回に決まった。
題して、今からでもわかる《きつたぬ》講座である。
【配信中】
『みんなー、こんばんきつたぬー!』
『こんばんきつたぬです、皆さん』
いつもの挨拶。
画面上には、私とコノハの2Dアバター。
背景には、私が急ごしらえで作った、今からでもわかる《きつたぬ》という大きな文字入りのサムネが表示されている。
[コメント]
・助かる
・新規なのでありがたい
・古参だけど見たい
・関係性複雑すぎるからな
・公式まとめきた
『今日は最近見始めた人向けに、私たち《きつたぬ》がどういうユニットなのか、ざっくり振り返っていくよ』
『はい。シズクちゃんの魅力を中心に、丁寧にご説明しますね』
『中心にするな。ユニットの説明だから』
私はスライドを一枚表示した。
【その一:私たちは妖怪系VTuberユニットです】
『まず基本。私はクールな妖狐系VTuberのシズク。で、隣にいるのが化け狸系VTuberのコノハ。二人合わせて《きつたぬ》です』
『わたしは、シズクちゃんをお慕いする化け狸です』
『言い方がもう危ない』
[コメント]
・基本から重い
・お慕いするw
・狸かわいい
・シズクちゃん苦労してそう
『活動内容としては、雑談、ゲーム、企画配信、ASMR、たまに3D配信。最近は後輩のアヤメも絡み始めたね』
『あの烏天狗ちゃんですね』
コノハの声は可愛いが、ほんの少しだけ圧がある。
『後輩だからね。仲良くしてあげてね』
『もちろんです。優しく、丁寧に、立場というものを教えていきます』
『教育方針が怖い』
私は次のスライドを出した。
【その二:二人はビジネス百合から始まりました】
『もともと私たちは、VTuberとして伸びるために、ちょっと距離近めの百合営業をしています』
[コメント]
・ちょっと?
・ちょっととは
・初期からだいぶ近かったぞ
・営業だったんですか?
『営業です。少なくとも私は』
『わたしは本気でした』
『そういうところだぞ』
コメント欄が一気に加速する。
[コメント]
・草
・知ってた
・温度差w
・営業と本気の事故物件ユニット
『えー、コノハはですね。昔、私がちょっと食べ物を分けてあげたことがあって、それをやたら大げさに覚えてまして』
『シズクちゃんは、飢えていたわたしに救いをくださったのです』
『半分かじった油揚げを投げただけです』
『それがわたしの人生を変えました』
『変わりすぎ』
私はスライドに、室町時代からのクソデカ感情と表示した。
もちろん、詳しい年代はぼかして、設定に思えるようにする。
『つまり、コノハは昔から私への感情が重かった。で、現代でVTuberになった私を追って、同じ事務所に入り、相方になったと』
『努力しました』
『努力の方向性がおかしい』
次のスライド。
【その三:強制オフコラボから同居へ】
『ある日、コノハが私の家に来ました。鍵を開けて』
『お邪魔しました』
『お邪魔の仕方じゃなかった。チェーンロック外してたからね』
[コメント]
・事件では?
・強制オフコラボ回すき
・不法侵入狸
・でもご飯が美味い
『そう。問題はここ。コノハは料理がめちゃくちゃ上手い。いなり寿司、油揚げの肉詰め、和風マカロン、何を作っても美味しい』
『シズクちゃんのために、たくさん練習しました』
『重いけど美味い。怖いけど美味い。これが厄介』
『今では朝食も夕食も、一緒に作ることが増えましたね』
『まあ、それは……そう』
うっかり認めると、コメント欄が沸いた。
[コメント]
・夫婦じゃん
・同棲生活助かる
・シズクちゃん認めた
・胃袋掴まれてる
私は咳払いをして、次へ進む。
【その四:現代妖怪は世知辛い】
『私たちの配信では、妖怪が現代社会でどう生きるか、という話もよくします』
『耳や尻尾を隠すのは大変ですし、戸籍の管理も大変です』
『確定申告も大変。源泉徴収、経費、減価償却。妖怪だろうが税務署からは逃げられない』
[コメント]
・妖怪も税金払う時代
・世知辛い
・戸籍ロンダリング回すき
・社会人妖怪シリーズもっと見たい
『あと、私は昔からいろいろやってきました。戦場にいたこともあるし、絵の仕事をしていたこともあるし』
『シズクちゃんは、とても強く、美しく、由緒ある妖狐で──』
『はいストップ』
私は即座に遮った。
『その辺はふわっとで。尻尾の数とか格とか、設定が深くなりすぎるのでね』
[コメント]
・濁した
・尻尾の数NG
・事務所NGの尻尾
・八……いえ何でもないです
危ないコメントが流れたが、私は見なかったことにした。
『とにかく、私はそれなりに長く生きて、それなりに現代社会へ適応している妖狐です。以上』
『本当はもっと語りたいのですが』
『語らないで』
次のスライド。
【その五:最近の主な出来事】
『3D化しました』
『はい。シズクちゃんの3Dモデルは本当に素晴らしくて、尻尾の揺れ、立ち姿、横顔、すべてが芸術品でした』
『コノハの3Dも可愛かったよ。むっちりしてて』
『シズクちゃん!』
[コメント]
・公式むっちり
・3Dお披露目最高だった
・ハートポーズ助かった
・コノハちゃん照れてる
『ASMRもやりました』
『シズクちゃんのささやき声は危険です』
『まさかコノハが真っ先に落ちるとはね』
『あれは仕方ありません。耳元であんな声を出されたら、天狗でも鬼でも落ちます』
『妖怪全般に効くみたいに言うな』
そして、アヤメの話題へ移る。
『最近は、後輩の烏天狗系VTuber、アヤメも加わりました』
『シズクちゃんを過度に崇拝する、少し困った後輩です』
『それ、コノハが言う?』
『わたしは節度を持っています』
『節度って何だっけ』
[コメント]
・似た者同士
・もはやストーカー対決
・アヤメちゃん初配信よかった
私は最後のスライドを表示した。
【まとめ:きつたぬとは?】
『まとめると、《きつたぬ》は、現代社会を生きる妖狐と化け狸が、配信で稼ぎながら、妖怪らしい悩みと百合っぽい距離感をお届けするユニットです』
『そして、わたしがシズクちゃんを一生お支えする物語です』
『勝手に人生をまとめるな』
[コメント]
・わかりやすい
・つまり夫婦
・営業と本気の境目が曖昧なユニット
・新規だけどだいたい理解した
・理解したけど余計わからなくなった
『まあ、細かいことは過去アーカイブを見てください。おすすめは強制オフコラボ回、ASMR回、3Dお披露目回あたりかな』
『シズクちゃんの重い女回もおすすめです』
『それはおすすめしなくていい』
配信は盛況のうちに終わった。
【配信後】
私は椅子にもたれ、息を吐く。
「新規向けとしては、まあまあまとまったんじゃない?」
「はい。シズク殿の魅力を語りきれなかったことだけが心残りです」
コノハはメモ帳を閉じると、満足そうに微笑んだ。
「でも、こうして振り返ると、いろいろありましたね」
「まだ一ヶ月ぐらいしか経ってないのに、濃すぎる」
私は画面に残るコメント欄を見る。
・今から追います。
・きつたぬ面白い。
・二人の関係性、好き。
・コノハちゃん重いけど、シズクちゃんも結構受け入れてるよね。
最後のコメントを、私はそっと見なかったことにした。
隣でコノハが、にこにこと尻尾を揺らしている。
「シズク殿」
「何」
「新規向けに、今からでもわかる同棲生活編も作りませんか?」
「作らない」
「では、今からでもわかるシズク殿の尻尾入門編」
「もっと作らない」
私はノートPCを閉じる。
《きつたぬ》は今日もそれなりに順調だ。
営業なのか、本気なのか、設定なのか、実話なのか。
その境目を曖昧にしたまま、私たちは配信を続けていく。
たぶん、その曖昧さこそが、今の私たちの一番の売りなのだ。