妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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16話 今からでもわかる《きつたぬ》講座

 「……そろそろ、新規向けの導線が必要だと思う」

 

 平日の午後。

 私はノートPCの前で腕を組んでいた。

 3D化、ASMR、アヤメの初配信。

 ここ最近、ありがたいことに《きつたぬ》の周囲はやけに騒がしい。

 登録者も増え、切り抜きから入ってくる新規リスナーも増えた。

 その結果、コメント欄にはこんな声が目立つようになった。

 

 [コメント]

 ・最近見始めたけど二人の関係性がわからない

 ・きつたぬ履修したい

 ・コノハちゃんって本当に同居してる設定なの?

 ・シズクちゃんの尻尾って何本あるの?

 ・アヤメちゃんとの関係も知りたい

 

 「まあ、そりゃそうなるよね。途中から見ると、私たちの関係性ってだいぶ混沌としてるし」

 「シズク殿とわたしは、室町の世より運命で結ばれた魂の伴侶です」

 

 隣で資料をまとめていたコノハが、真顔で言った。

 

 「違う」

 「違いましたか?」

 「少なくとも公式説明として出すな」

 

 私は深くため息をついた。

 そこで今日の配信は、新規リスナー向けの振り返り回に決まった。

 題して、今からでもわかる《きつたぬ》講座である。

 

 【配信中】

 

 『みんなー、こんばんきつたぬー!』

 『こんばんきつたぬです、皆さん』

 

 いつもの挨拶。

 画面上には、私とコノハの2Dアバター。

 背景には、私が急ごしらえで作った、今からでもわかる《きつたぬ》という大きな文字入りのサムネが表示されている。

 

 [コメント]

 ・助かる

 ・新規なのでありがたい

 ・古参だけど見たい

 ・関係性複雑すぎるからな

 ・公式まとめきた

 

 『今日は最近見始めた人向けに、私たち《きつたぬ》がどういうユニットなのか、ざっくり振り返っていくよ』

 『はい。シズクちゃんの魅力を中心に、丁寧にご説明しますね』

 『中心にするな。ユニットの説明だから』

 

 私はスライドを一枚表示した。

 

 【その一:私たちは妖怪系VTuberユニットです】

 

 『まず基本。私はクールな妖狐系VTuberのシズク。で、隣にいるのが化け狸系VTuberのコノハ。二人合わせて《きつたぬ》です』

 『わたしは、シズクちゃんをお慕いする化け狸です』

 『言い方がもう危ない』

 

 [コメント]

 ・基本から重い

 ・お慕いするw

 ・狸かわいい

 ・シズクちゃん苦労してそう

 

 『活動内容としては、雑談、ゲーム、企画配信、ASMR、たまに3D配信。最近は後輩のアヤメも絡み始めたね』

 『あの烏天狗ちゃんですね』

 

 コノハの声は可愛いが、ほんの少しだけ圧がある。

 

 『後輩だからね。仲良くしてあげてね』

 『もちろんです。優しく、丁寧に、立場というものを教えていきます』

 『教育方針が怖い』

 

 私は次のスライドを出した。

 

 【その二:二人はビジネス百合から始まりました】

 

 『もともと私たちは、VTuberとして伸びるために、ちょっと距離近めの百合営業をしています』

 

 [コメント]

 ・ちょっと?

 ・ちょっととは

 ・初期からだいぶ近かったぞ

 ・営業だったんですか?

 

 『営業です。少なくとも私は』

 『わたしは本気でした』

 『そういうところだぞ』

 

 コメント欄が一気に加速する。

 

 [コメント]

 ・草

 ・知ってた

 ・温度差w

 ・営業と本気の事故物件ユニット

 

 『えー、コノハはですね。昔、私がちょっと食べ物を分けてあげたことがあって、それをやたら大げさに覚えてまして』

 『シズクちゃんは、飢えていたわたしに救いをくださったのです』

 『半分かじった油揚げを投げただけです』

 『それがわたしの人生を変えました』

 『変わりすぎ』

 

 私はスライドに、室町時代からのクソデカ感情と表示した。

 もちろん、詳しい年代はぼかして、設定に思えるようにする。

 

 『つまり、コノハは昔から私への感情が重かった。で、現代でVTuberになった私を追って、同じ事務所に入り、相方になったと』

 『努力しました』

 『努力の方向性がおかしい』

 

 次のスライド。

 

 【その三:強制オフコラボから同居へ】

 

 『ある日、コノハが私の家に来ました。鍵を開けて』

 『お邪魔しました』

 『お邪魔の仕方じゃなかった。チェーンロック外してたからね』

 

 [コメント]

 ・事件では?

 ・強制オフコラボ回すき

 ・不法侵入狸

 ・でもご飯が美味い

 

 『そう。問題はここ。コノハは料理がめちゃくちゃ上手い。いなり寿司、油揚げの肉詰め、和風マカロン、何を作っても美味しい』

 『シズクちゃんのために、たくさん練習しました』

 『重いけど美味い。怖いけど美味い。これが厄介』

 『今では朝食も夕食も、一緒に作ることが増えましたね』

 『まあ、それは……そう』

 

 うっかり認めると、コメント欄が沸いた。

 

 [コメント]

 ・夫婦じゃん

 ・同棲生活助かる

 ・シズクちゃん認めた

 ・胃袋掴まれてる

 

 私は咳払いをして、次へ進む。

 

 【その四:現代妖怪は世知辛い】

 

 『私たちの配信では、妖怪が現代社会でどう生きるか、という話もよくします』

 『耳や尻尾を隠すのは大変ですし、戸籍の管理も大変です』

 『確定申告も大変。源泉徴収、経費、減価償却。妖怪だろうが税務署からは逃げられない』

 

 [コメント]

 ・妖怪も税金払う時代

 ・世知辛い

 ・戸籍ロンダリング回すき

 ・社会人妖怪シリーズもっと見たい

 

 『あと、私は昔からいろいろやってきました。戦場にいたこともあるし、絵の仕事をしていたこともあるし』

 『シズクちゃんは、とても強く、美しく、由緒ある妖狐で──』

 『はいストップ』

 

 私は即座に遮った。

 

 『その辺はふわっとで。尻尾の数とか格とか、設定が深くなりすぎるのでね』

 

 [コメント]

 ・濁した

 ・尻尾の数NG

 ・事務所NGの尻尾

 ・八……いえ何でもないです

 

 危ないコメントが流れたが、私は見なかったことにした。

 

 『とにかく、私はそれなりに長く生きて、それなりに現代社会へ適応している妖狐です。以上』

 『本当はもっと語りたいのですが』

 『語らないで』

 

 次のスライド。

 

 【その五:最近の主な出来事】

 

 『3D化しました』

 『はい。シズクちゃんの3Dモデルは本当に素晴らしくて、尻尾の揺れ、立ち姿、横顔、すべてが芸術品でした』

 『コノハの3Dも可愛かったよ。むっちりしてて』

 『シズクちゃん!』

 

 [コメント]

 ・公式むっちり

 ・3Dお披露目最高だった

 ・ハートポーズ助かった

 ・コノハちゃん照れてる

 

 『ASMRもやりました』

 『シズクちゃんのささやき声は危険です』

 『まさかコノハが真っ先に落ちるとはね』

 『あれは仕方ありません。耳元であんな声を出されたら、天狗でも鬼でも落ちます』

 『妖怪全般に効くみたいに言うな』

 

 そして、アヤメの話題へ移る。

 

 『最近は、後輩の烏天狗系VTuber、アヤメも加わりました』

 『シズクちゃんを過度に崇拝する、少し困った後輩です』

 『それ、コノハが言う?』

 『わたしは節度を持っています』

 『節度って何だっけ』

 

 [コメント]

 ・似た者同士

 ・もはやストーカー対決

 ・アヤメちゃん初配信よかった

 

 私は最後のスライドを表示した。

 

 【まとめ:きつたぬとは?】

 

 『まとめると、《きつたぬ》は、現代社会を生きる妖狐と化け狸が、配信で稼ぎながら、妖怪らしい悩みと百合っぽい距離感をお届けするユニットです』

 『そして、わたしがシズクちゃんを一生お支えする物語です』

 『勝手に人生をまとめるな』

 

 [コメント]

 ・わかりやすい

 ・つまり夫婦

 ・営業と本気の境目が曖昧なユニット

 ・新規だけどだいたい理解した

 ・理解したけど余計わからなくなった

 

 『まあ、細かいことは過去アーカイブを見てください。おすすめは強制オフコラボ回、ASMR回、3Dお披露目回あたりかな』

 『シズクちゃんの重い女回もおすすめです』

 『それはおすすめしなくていい』

 

 配信は盛況のうちに終わった。

 

 【配信後】

 

 私は椅子にもたれ、息を吐く。

 

 「新規向けとしては、まあまあまとまったんじゃない?」

 「はい。シズク殿の魅力を語りきれなかったことだけが心残りです」

 

 コノハはメモ帳を閉じると、満足そうに微笑んだ。

 

 「でも、こうして振り返ると、いろいろありましたね」

 「まだ一ヶ月ぐらいしか経ってないのに、濃すぎる」

 

 私は画面に残るコメント欄を見る。

 

 ・今から追います。

 ・きつたぬ面白い。

 ・二人の関係性、好き。

 ・コノハちゃん重いけど、シズクちゃんも結構受け入れてるよね。

 

 最後のコメントを、私はそっと見なかったことにした。

 隣でコノハが、にこにこと尻尾を揺らしている。

 

 「シズク殿」

 「何」

 「新規向けに、今からでもわかる同棲生活編も作りませんか?」

 「作らない」

 「では、今からでもわかるシズク殿の尻尾入門編」

 「もっと作らない」

 

 私はノートPCを閉じる。

 《きつたぬ》は今日もそれなりに順調だ。

 営業なのか、本気なのか、設定なのか、実話なのか。

 その境目を曖昧にしたまま、私たちは配信を続けていく。

 たぶん、その曖昧さこそが、今の私たちの一番の売りなのだ。

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