妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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17話 女社長な酒カス鬼からの案件に潜む裏事情

 「案件ですか?」

 

 事務所の打ち合わせ室で、私は思わず聞き返した。

 目の前には、にこにこと笑うマネージャー。

 その隣には、黒いパンツスーツを着こなし、長い髪をきっちりまとめた見覚えのある女が座っている。

 

 表向きは、地域活性化コンサルティング会社の代表取締役。地方の観光資源を発掘し、若者向けに発信する事業を展開する、やり手の女社長。

 その正体は、繁華街にある雑居ビルで一升瓶を抱えながら「妖怪帝国作るぞ」とか言っていた酒カス鬼、イバラである。

 

 「はい。今回、弊社が支援している地方自治体の観光PR企画に、ぜひ《きつたぬ》さんのお力をお借りしたく」

 

 イバラは、涼しげな笑みを浮かべて言った。

 声が違う。姿勢が違う。なんなら目つきまで違う。

 あの酒臭い鬼が、今は完全に仕事のできる女社長になっている。

 

 「……へえ」

 

 私は内心で戦慄した。

 妖怪とは、人を化かすもの。

 狐や狸が得意とする分野ではあるが、鬼だって長く生きれば外面くらいは取り繕えるらしい。

 隣のコノハも、配信中と同じ甘い後輩口調で、にこりと頭を下げた。

 

 「わぁ、素敵なお話ですね。地域の魅力を発信するお手伝いができるなんて、嬉しいです」

 

 外面のいい妖怪たち。

 マネージャーだけが何も知らず、明るく資料を配っている。

 

 「今回の案件は、山間部にある古い宿場町のPRです。古民家カフェ、歴史ある神社、地元の郷土料理などを紹介する動画制作と配信を予定しています」

 「いいですね。妖怪系VTuberとの相性も良さそうです」

 

 私は資料をめくる。

 町の名前。観光マップ。撮影予定地。

 そして、小さく書かれた注意事項。

 

 ──近年、山中で怪奇現象の目撃情報あり。

 

 私は顔を上げた。

 イバラと目が合うと、社長スマイルを崩さないまま、ほんの一瞬だけ犬歯を見せた。

 なるほど、そういう案件か。

 打ち合わせが終わり、マネージャーが資料を取りに席を外した瞬間、私は小声で言った。

 

 「観光PRっていうのは建前で、本命は妖怪絡みの部分でしょ」

 

 イバラは足を組み替え、少しだけ本来の顔を出した。

 

 「察しがいいな、シズク。あの辺りで、はぐれ妖怪が少し暴れてる。大した格じゃないが、人間に見つかると面倒だ」

 「それをどうにかしろと?」

 「PR動画を撮りつつ、邪魔が入ったら蹴散らせ。お前らなら、配信の画面映えもするし、戦いになっても負けん」

 「雑な信頼だなぁ」

 

 コノハがにこにこと笑ったまま、口を挟む。

 

 「つまり、表向きは観光案件。裏では現地の妖怪トラブルの抑制。報酬は両方分いただける、という認識でよろしいですか?」

 

 イバラが愉快そうに笑う。

 

 「やっぱり狸は金の話が早いな」

 「大切な相方に危険が及ぶ仕事ですので」

 「いや、危険ってほどじゃない。シズクが一睨みすりゃ、散るような連中だ」

 「昔、そんな感じで油断して人間に討伐された鬼がいるらしいけど?」

 

 私が言うと、イバラのこめかみがぴくりと動いた。

 だが次の瞬間、マネージャーが戻ってきたため、即座に完璧な社長スマイルに戻る。

 

 「それでは、前向きにご検討いただけますと幸いです」

 「はいっ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

 コノハも完璧な笑顔で返す。

 現代社会に適応した妖怪たちのなんと恐ろしいことか。

 いや、私が言えた義理ではないけど。

 

 ***

 

 数日後。

 私たちは案件先の宿場町に来ていた。

 古い街並みに石畳の道。軒先に吊るされた赤い提灯。

 背後には、深い緑の山が迫っている。

 撮影用のカメラを前に、私は配信用の明るい声を出した。

 

 『みんなー、こんばんきつたぬー! 今日はなんと、地方ロケ案件です!』

 『歴史ある宿場町にやってきました。とても雰囲気がありますね、シズクちゃん』

 

 画面には、事務所から用意された簡易ロケ用の立ち絵と現地映像。

 生身の私たちは人間に擬態し、スタッフの少し後ろで進行している。

 

 「いいね、二人とも。その調子でカフェの紹介いきましょう」

 

 マネージャーの指示で、私たちは古民家カフェに入る。

 地元味噌を使った焼きおにぎり。山菜の小鉢。甘味には、黒蜜きな粉の葛餅。

 

 「……普通に美味しい」

 「はい。これは紹介しがいがありますね」

 

 コノハは真面目に味を確認している。

 料理に関して、彼女の評価は厳しい。そのコノハが頷くなら、本当にいい店だ。

 撮影は順調に進んだ。

 だが、夕方になって神社へ続く参道に入ったあたりで、空気が変わった。

 山の方から、ざわりと妖気が流れてくる。

 私は足を止めた。

 

 「シズクちゃん?」

 

 コノハが表向きの声で呼びかける。しかし、その目だけは鋭い。

 

 「いるね」

 「はい。三……いえ、四匹」

 

 スタッフには聞こえないよう小声で交わす。

 マネージャーが不思議そうに振り返った。

 

 「どうしました?」

 

 その時、参道脇の林から、黒い影が飛び出した。

 猿に似た小妖怪。

 目が赤く濁り、手には人間から盗んだらしいスマホや財布をぶら下げている。

 

 「うわっ!?」

 

 スタッフの一人が悲鳴を上げる。

 まずい。カメラは回っている。人間の前で妖術の全開はできない。

 だが、私たちが選ばれた理由はこれだ。

 

 「コノハ」

 「はい」

 

 コノハが一歩前へ出る。にこりと笑い、配信用の声で言った。

 

 「まあ、野生のお猿さんでしょうか。危ないので、皆さん下がってくださいね」

 

 同時に、彼女の足元から薄い妖気が広がる。狸の幻術だ。

 スタッフやマネージャーには、ただの猿が騒いでいるようにしか見えていないはず。

 

 「縛」

 

 私が小声で唱えた瞬間、小妖怪たちがぴたりと動きを止めた。

 画面上では、猿たちが急に固まったように見えるだろう。

 まあ、野生動物の挙動なんて人間にはよくわからない。たぶん誤魔化せる。

 

 「観光地で盗みとは、いい度胸だね」

 

 私は笑顔のまま、目だけで妖気を叩きつけた。小妖怪たちは一斉に震え上がる。

 

 「こっちは仕事中。余計な真似をしたら、捕まえて説教するよ」

 

 声は明るいが内容は脅迫。現代妖怪のコンプライアンス対応である。

 小妖怪たちは、金縛りが解けた瞬間、盗んだ荷物を置いて山へ逃げ帰った。

 マネージャーがぽかんとしている。

 

 「えっと……今の、なんだったんでしょう」

 

 いつの間にか背後に立っていたイバラが、完璧な社長の顔で言う。

 

 「山が近いので、動物が人里に降りてくることがあるのです。ですが、お二人が落ち着いて対応してくださって助かりました」

 「そ、そうですね。配信的にも、ちょっとしたハプニングとして使えるかも……?」

 「ええ。安全面に配慮したうえで、地域の自然の豊かさとして編集しましょう」

 

 この鬼、口が回る。

 私は小声で呟いた。

 

 「便利だね、社長モード」

 「酒飲んでない時のあたしは有能なんだよ」

 

 その後、撮影は何事もなかったように再開された。

 神社の境内。古い狐像。山を背負った小さな本殿。

 私はカメラに向かって、いつもの調子で話す。

 

 『こういう古い場所は、空気がいいよね。人の願いとか、畏れとか、そういうものが積もってる感じがする』

 『はい。皆さんも訪れる時は、礼儀を忘れずに。場所によって、それぞれの作法がありますからね』

 

 コメント欄は盛り上がっていた。

 

 [コメント]

 ・現地ロケいいな

 ・さっきの猿ハプニング笑った

 ・シズクちゃん落ち着きすぎ

 ・コノハちゃんの誘導上手かった

 

 表向きは、観光PR案件。

 裏では、はぐれ妖怪を一睨みで追い払う現場仕事。

 我ながら、よく働いている。

 

 夜、撮影を終えたあと、宿の一室で私たちはイバラと向かい合っていた。

 人間のスタッフたちは別室。

 イバラはスーツの襟を緩め、缶ビールを開けている。

 

 「ぷはーっ! いやー、助かった助かった。やっぱお前らに頼んで正解だったな」

 「社長モード、どこ行った」

 「勤務時間は終わった」

 

 イバラは悪びれずに笑う。

 

 「でも、報酬はちゃんと上乗せする。表の案件料とは別に、処理の分もな」

 

 コノハが静かに頷いた。

 

 「では、追加分の請求書については、別名義で発行いたします。税務処理上、不自然にならないよう整えておきますね」

 「頼もしいな、この狸」

 「シズク殿の生活を守るためですので」

 「重いな、この狸」

 

 私は葛餅を食べながらため息をついた。

 案件としては成功。観光PRとしても悪くない。妖怪トラブルも処理した。

 報酬も上乗せで文句はない。

 ただ一つ、気になることがあるとすれば。

 

 「イバラ、さっきの小妖怪、ただのはぐれにしては変じゃなかった?」

 

 イバラの缶ビールを持つ手が止まる。

 

 「気づいたか」

 「妖気が濁ってた。誰かに焚きつけられたか、何かに寄せられてた感じ」

 

 コノハも真面目な顔になる。

 

 「山の奥に、まだ何かありますね」

 

 イバラは面倒くさそうに頭を掻いた。

 

 「だからお前らを呼んだんだよ。表のロケは明日まである。ついでに山の奥も見てきてくれ」

 「ついでで頼む内容じゃない」

 「できるだろ?」

 

 私は黙ってお茶を飲んだ。

 できる。できるから腹が立つ。

 

 「追加料金」

 「払うとも」

 

 こうして、ただの観光PR案件だったはずの仕事は、いつの間にか山奥の調査へと発展した。

 現代妖怪VTuberは、配信もする。案件も受ける。税金も払う。

 そして時々、画面に映らないところで同業者を蹴散らす。

 やっぱり、人間社会で生きる妖怪の仕事は、妙に世知辛くて忙しい。

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