妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
「案件ですか?」
事務所の打ち合わせ室で、私は思わず聞き返した。
目の前には、にこにこと笑うマネージャー。
その隣には、黒いパンツスーツを着こなし、長い髪をきっちりまとめた見覚えのある女が座っている。
表向きは、地域活性化コンサルティング会社の代表取締役。地方の観光資源を発掘し、若者向けに発信する事業を展開する、やり手の女社長。
その正体は、繁華街にある雑居ビルで一升瓶を抱えながら「妖怪帝国作るぞ」とか言っていた酒カス鬼、イバラである。
「はい。今回、弊社が支援している地方自治体の観光PR企画に、ぜひ《きつたぬ》さんのお力をお借りしたく」
イバラは、涼しげな笑みを浮かべて言った。
声が違う。姿勢が違う。なんなら目つきまで違う。
あの酒臭い鬼が、今は完全に仕事のできる女社長になっている。
「……へえ」
私は内心で戦慄した。
妖怪とは、人を化かすもの。
狐や狸が得意とする分野ではあるが、鬼だって長く生きれば外面くらいは取り繕えるらしい。
隣のコノハも、配信中と同じ甘い後輩口調で、にこりと頭を下げた。
「わぁ、素敵なお話ですね。地域の魅力を発信するお手伝いができるなんて、嬉しいです」
外面のいい妖怪たち。
マネージャーだけが何も知らず、明るく資料を配っている。
「今回の案件は、山間部にある古い宿場町のPRです。古民家カフェ、歴史ある神社、地元の郷土料理などを紹介する動画制作と配信を予定しています」
「いいですね。妖怪系VTuberとの相性も良さそうです」
私は資料をめくる。
町の名前。観光マップ。撮影予定地。
そして、小さく書かれた注意事項。
──近年、山中で怪奇現象の目撃情報あり。
私は顔を上げた。
イバラと目が合うと、社長スマイルを崩さないまま、ほんの一瞬だけ犬歯を見せた。
なるほど、そういう案件か。
打ち合わせが終わり、マネージャーが資料を取りに席を外した瞬間、私は小声で言った。
「観光PRっていうのは建前で、本命は妖怪絡みの部分でしょ」
イバラは足を組み替え、少しだけ本来の顔を出した。
「察しがいいな、シズク。あの辺りで、はぐれ妖怪が少し暴れてる。大した格じゃないが、人間に見つかると面倒だ」
「それをどうにかしろと?」
「PR動画を撮りつつ、邪魔が入ったら蹴散らせ。お前らなら、配信の画面映えもするし、戦いになっても負けん」
「雑な信頼だなぁ」
コノハがにこにこと笑ったまま、口を挟む。
「つまり、表向きは観光案件。裏では現地の妖怪トラブルの抑制。報酬は両方分いただける、という認識でよろしいですか?」
イバラが愉快そうに笑う。
「やっぱり狸は金の話が早いな」
「大切な相方に危険が及ぶ仕事ですので」
「いや、危険ってほどじゃない。シズクが一睨みすりゃ、散るような連中だ」
「昔、そんな感じで油断して人間に討伐された鬼がいるらしいけど?」
私が言うと、イバラのこめかみがぴくりと動いた。
だが次の瞬間、マネージャーが戻ってきたため、即座に完璧な社長スマイルに戻る。
「それでは、前向きにご検討いただけますと幸いです」
「はいっ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
コノハも完璧な笑顔で返す。
現代社会に適応した妖怪たちのなんと恐ろしいことか。
いや、私が言えた義理ではないけど。
***
数日後。
私たちは案件先の宿場町に来ていた。
古い街並みに石畳の道。軒先に吊るされた赤い提灯。
背後には、深い緑の山が迫っている。
撮影用のカメラを前に、私は配信用の明るい声を出した。
『みんなー、こんばんきつたぬー! 今日はなんと、地方ロケ案件です!』
『歴史ある宿場町にやってきました。とても雰囲気がありますね、シズクちゃん』
画面には、事務所から用意された簡易ロケ用の立ち絵と現地映像。
生身の私たちは人間に擬態し、スタッフの少し後ろで進行している。
「いいね、二人とも。その調子でカフェの紹介いきましょう」
マネージャーの指示で、私たちは古民家カフェに入る。
地元味噌を使った焼きおにぎり。山菜の小鉢。甘味には、黒蜜きな粉の葛餅。
「……普通に美味しい」
「はい。これは紹介しがいがありますね」
コノハは真面目に味を確認している。
料理に関して、彼女の評価は厳しい。そのコノハが頷くなら、本当にいい店だ。
撮影は順調に進んだ。
だが、夕方になって神社へ続く参道に入ったあたりで、空気が変わった。
山の方から、ざわりと妖気が流れてくる。
私は足を止めた。
「シズクちゃん?」
コノハが表向きの声で呼びかける。しかし、その目だけは鋭い。
「いるね」
「はい。三……いえ、四匹」
スタッフには聞こえないよう小声で交わす。
マネージャーが不思議そうに振り返った。
「どうしました?」
その時、参道脇の林から、黒い影が飛び出した。
猿に似た小妖怪。
目が赤く濁り、手には人間から盗んだらしいスマホや財布をぶら下げている。
「うわっ!?」
スタッフの一人が悲鳴を上げる。
まずい。カメラは回っている。人間の前で妖術の全開はできない。
だが、私たちが選ばれた理由はこれだ。
「コノハ」
「はい」
コノハが一歩前へ出る。にこりと笑い、配信用の声で言った。
「まあ、野生のお猿さんでしょうか。危ないので、皆さん下がってくださいね」
同時に、彼女の足元から薄い妖気が広がる。狸の幻術だ。
スタッフやマネージャーには、ただの猿が騒いでいるようにしか見えていないはず。
「縛」
私が小声で唱えた瞬間、小妖怪たちがぴたりと動きを止めた。
画面上では、猿たちが急に固まったように見えるだろう。
まあ、野生動物の挙動なんて人間にはよくわからない。たぶん誤魔化せる。
「観光地で盗みとは、いい度胸だね」
私は笑顔のまま、目だけで妖気を叩きつけた。小妖怪たちは一斉に震え上がる。
「こっちは仕事中。余計な真似をしたら、捕まえて説教するよ」
声は明るいが内容は脅迫。現代妖怪のコンプライアンス対応である。
小妖怪たちは、金縛りが解けた瞬間、盗んだ荷物を置いて山へ逃げ帰った。
マネージャーがぽかんとしている。
「えっと……今の、なんだったんでしょう」
いつの間にか背後に立っていたイバラが、完璧な社長の顔で言う。
「山が近いので、動物が人里に降りてくることがあるのです。ですが、お二人が落ち着いて対応してくださって助かりました」
「そ、そうですね。配信的にも、ちょっとしたハプニングとして使えるかも……?」
「ええ。安全面に配慮したうえで、地域の自然の豊かさとして編集しましょう」
この鬼、口が回る。
私は小声で呟いた。
「便利だね、社長モード」
「酒飲んでない時のあたしは有能なんだよ」
その後、撮影は何事もなかったように再開された。
神社の境内。古い狐像。山を背負った小さな本殿。
私はカメラに向かって、いつもの調子で話す。
『こういう古い場所は、空気がいいよね。人の願いとか、畏れとか、そういうものが積もってる感じがする』
『はい。皆さんも訪れる時は、礼儀を忘れずに。場所によって、それぞれの作法がありますからね』
コメント欄は盛り上がっていた。
[コメント]
・現地ロケいいな
・さっきの猿ハプニング笑った
・シズクちゃん落ち着きすぎ
・コノハちゃんの誘導上手かった
表向きは、観光PR案件。
裏では、はぐれ妖怪を一睨みで追い払う現場仕事。
我ながら、よく働いている。
夜、撮影を終えたあと、宿の一室で私たちはイバラと向かい合っていた。
人間のスタッフたちは別室。
イバラはスーツの襟を緩め、缶ビールを開けている。
「ぷはーっ! いやー、助かった助かった。やっぱお前らに頼んで正解だったな」
「社長モード、どこ行った」
「勤務時間は終わった」
イバラは悪びれずに笑う。
「でも、報酬はちゃんと上乗せする。表の案件料とは別に、処理の分もな」
コノハが静かに頷いた。
「では、追加分の請求書については、別名義で発行いたします。税務処理上、不自然にならないよう整えておきますね」
「頼もしいな、この狸」
「シズク殿の生活を守るためですので」
「重いな、この狸」
私は葛餅を食べながらため息をついた。
案件としては成功。観光PRとしても悪くない。妖怪トラブルも処理した。
報酬も上乗せで文句はない。
ただ一つ、気になることがあるとすれば。
「イバラ、さっきの小妖怪、ただのはぐれにしては変じゃなかった?」
イバラの缶ビールを持つ手が止まる。
「気づいたか」
「妖気が濁ってた。誰かに焚きつけられたか、何かに寄せられてた感じ」
コノハも真面目な顔になる。
「山の奥に、まだ何かありますね」
イバラは面倒くさそうに頭を掻いた。
「だからお前らを呼んだんだよ。表のロケは明日まである。ついでに山の奥も見てきてくれ」
「ついでで頼む内容じゃない」
「できるだろ?」
私は黙ってお茶を飲んだ。
できる。できるから腹が立つ。
「追加料金」
「払うとも」
こうして、ただの観光PR案件だったはずの仕事は、いつの間にか山奥の調査へと発展した。
現代妖怪VTuberは、配信もする。案件も受ける。税金も払う。
そして時々、画面に映らないところで同業者を蹴散らす。
やっぱり、人間社会で生きる妖怪の仕事は、妙に世知辛くて忙しい。