妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
地方での案件から帰ったあと、数日が経った。
私はリビングのローテーブルにノートPCを置き、配信準備をしていた。
「今日は軽めの振り返りでいくよ。観光PR案件の裏話、食べ物の感想、あとちょっとした妖怪豆知識」
「はい。案件としても成功でしたし、あの宿場町の葛餅は大変よい出来でした」
「コノハが褒めるなら、もう少し宣伝しようかな」
画面の向こうでは、配信に参加予定のアヤメがすでに待機している。
今日は後輩天狗を質問役にして、案件の振り返りと妖怪系VTuberとしての解説をする予定だった。
『シズク先輩! 本日はよろしくお願いいたします!』
『わたしもいますよ、アヤメちゃん』
『……コノハ先輩も、よろしくお願いいたします』
今、少し間があったな。
【配信中】
『みんなー、こんばんきつたぬー!』
『こんばんきつたぬです、皆さん』
『こ、こんばんてんぐです! 本日は質問役としてお邪魔します、アヤメです!』
[コメント]
・こんばんきつたぬー
・アヤメちゃんいる!
・案件おつかれ
・宿場町動画よかった
・猿ハプニング笑った
『というわけで、今日はこの前の地方ロケ案件の振り返り回です。歴史ある宿場町、古民家カフェ、神社、山の景色。いやー、いい場所だったね』
『はい。焼きおにぎりも、葛餅も、山菜の小鉢も美味しかったです』
『コノハ先輩、食べ物の話になると饒舌ですね』
『料理は大切ですから』
『シズク先輩への餌付けも?』
『アヤメちゃん?』
コノハの声は可愛い。可愛いが、少しばかり圧がある。
[コメント]
・圧w
・後輩が攻める
・餌付けは事実
・シズクちゃん何食べた?
『うーん、私は葛餅かな。黒蜜きな粉がかなりよかった。あと地元の油揚げも買って帰りました』
『シズク殿……シズクちゃんのために、今朝はその油揚げでお味噌汁を作りました』
『美味しかったです』
[コメント]
・夫婦の朝食報告
・案件振り返りとは
・油揚げ案件待ってます
そこでアヤメが、用意していたらしい質問リストを開いた。
『では質問です! 妖怪系VTuberとして、古い神社や山を紹介する時に気をつけることはありますか?』
『お、いい質問』
私はもっともらしく頷いた。
『まず、勝手に神様や妖怪をネタにしすぎないこと。怖がらせるだけの盛り方をすると、土地の人にも、その場所に残ってるものにも失礼になるからね』
『それと、立ち入り禁止の場所には入らないことです。これは人間のルールとしても当然ですが、妖怪側の事情としても、入ってはいけない場所は本当に入ってはいけません』
[コメント]
・急に実用的
・肝試し勢に聞かせたい
・妖怪側の事情こわい
・コノハちゃんまとも
『では、次の質問です! 今回、撮影中に猿っぽいものが出たじゃないですか。あれは本当に猿だったんですか?』
コメント欄が一気に流れた。
[コメント]
・聞いたw
・そこ気になってた
・急に固まったやつ
・シズクちゃん落ち着きすぎだった
『猿です』
『猿ですね』
すぐに察したアヤメは小さく咳払いした。
『なるほど!』
『まあ、野生動物もいるし、もしかしたらそうじゃないのもいるかも。だから観光地では現地のルールを守りましょう、という話。面倒事を避けるためにもね』
『シズク先輩、まとめ方がお上手です……!』
『アヤメちゃん、今のは進行上の普通のまとめですよ』
『コノハ先輩には聞いていません』
『そうですか……えへへ』
わかりやすくコノハの圧が増した。
[コメント]
・仲良くして
・バチバチで草
・えへへが怖い
・後輩天狗、命知らず
私は話題を変えるため、次のスライドを表示する。
【妖怪系VTuberの地方案件で大事なこと】
『一つ目。地元の名物はちゃんと食べる。二つ目。歴史の説明は雑にしすぎない。三つ目。周囲に迷惑をかけないよう礼儀正しく。四つ目。何か出ても、慌てない』
『シズク先輩、四つ目は普通のVTuberさんには必要ない気がします!』
『妖怪系には必要なんだよ』
[コメント]
・何か出ても
・これは経験者の言葉
・きつたぬロケもっと見たい
・アヤメちゃんも連れてって
『アヤメもロケ向きかもね。天狗だし、山とか空とか相性いいでしょ』
『本当ですか!? では次回はぜひ、シズク先輩と二人で山でのロケを──』
『わたしも行きますね』
『……コノハ先輩はお忙しいのでは?』
『シズクちゃんの相方ですから』
『うぐぐ……』
[コメント]
・いつもの
・三人ロケ見たい
・きつたぬ+天狗で山案件って強そう
・コノハちゃんガード硬い
アヤメは少し悔しそうにしながらも、次の質問を読む。
『では最後に、今回のように外に出る案件で一番大事なものは何ですか?』
私は少し考えた。
『事前準備に、体調管理に……』
『シズク先輩への敬愛』
『アヤメ?』
コノハが即座に続けた。
『あと、相方への信頼です』
『コノハまで張り合うな』
[コメント]
・全部大事
・相方への信頼てぇてぇ
・シズクちゃん大変そう
『まったくこの二人は……少しばかり真面目に言うと、案件は相手がいる仕事だからね。自分たちが目立つだけじゃなくて、紹介する場所や商品がちゃんとよく見えるようにするのが大事かな』
『はい。リスナーさんにも、案件先にも、事務所にも、全方位に失礼がないようにする必要があります』
『そして先輩の魅力も自然に伝える』
『伝えなくていい』
配信は、終始わちゃわちゃしたまま進んだ。
案件先の話もできたし、観光PRとしての空気も壊さなかった。コメント欄もほどよく盛り上がっている。
最後に、私は画面へ向き直った。
『というわけで、今回紹介した宿場町、動画も上がってるのでぜひ見てください。現地に行く時はマナーを守って、無理な山歩きはしないようにね』
『美味しいものもたくさんありますよ』
『そして古い場所では、敬意を忘れずに!』
『お、アヤメいい締め』
『シズク先輩に褒められました!』
『はいはい、おつたぬー』
【配信後】
通話を切ると、私は椅子にもたれた。
「アヤメ、質問役としては悪くなかったね」
「はい。時折、私情が混ざっていましたが」
「それはコノハもね」
「わたしは相方として当然の発言をしただけです」
その時スマホが震えた。
開いてみるとアヤメからメッセージが届いていた。
『本日はありがとうございました! 次のロケでは、シズク先輩の隣に立てるよう頑張ります!』
私は無言でコノハに見せる。
コノハはにこりと笑った。
「次のロケでは、後輩の立ち位置を丁寧に教える必要がありますね」
「ほどほどにね」
案件は終わった。振り返り配信も終わった。
けれど、面倒くさい後輩と面倒くさい相方の戦いは、どうやらまだ終わりそうにない。