妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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20話 留守番妖狐と押しかけ天狗、そして修羅場

 コノハが事務所の用事で出かけた日の午後。

 私は久しぶりに一人の時間を満喫していた。

 ソファに寝転がり、ノートPCで次回配信のネタを整理する。

 

 「次は……ゲーム実況にしようかな」

 

 台所からは朝の味噌汁の残り香。

 テーブルにはコノハが置いていった手作りの豆大福。

 洗濯かごには、私の部屋着とコノハのエプロンが普通に混ざっている。

 その時、インターホンが鳴った。

 

 「はいはい」

 

 画面を確認すると、そこには長い黒髪を下ろした、清楚なワンピース姿の小柄な少女が立っていた。

 事務所の後輩VTuberたるアヤメである。

 私は通話ボタンを押した。

 

 『シズク先輩! 本日は後輩として、ご自宅訪問のご挨拶に参りました!』

 「帰って」

 『お土産もあります!』

 

 画面の中で、アヤメが風呂敷包みを掲げる。

 人の家に来る際の礼儀はあるらしい。

 私は深くため息をついて、扉を開けた。

 

 「お邪魔いたします! こちら、山の老舗で買った栗羊羹です! シズク先輩のお口に合えば……」

 「一応言っておくけど、勝手に部屋のものを触らないように」

 「はいっ!」

 

 家に入ったアヤメは、あちこちを興味深そうにきょろきょろと見回した。

 テーブルの上には、コノハが朝に書き残した献立メモ。

 ソファには、私用の膝掛けと、なぜかコノハ用のクッション。

 キッチンには二人分の湯呑み。

 洗面所の棚には、色違いの歯ブラシが二本。

 アヤメの顔が、みるみる青ざめていく。

 

 「……二本」

 「何が」

 「歯ブラシが、二本」

 「同居してるからね」

 「湯呑みも、二つ」

 「そりゃ飲むでしょ」

 「メモには、『シズク殿、たまには冷たいものはどうですか?』と……」

 「コノハだけ出かける時、ああいうの置いてある」

 「生活の、痕跡が……生々しい……!」

 

 アヤメは胸を押さえて倒れかけるも、すぐに復活した。

 

 「何やってんだこいつ」

 

 勝手に人の家へ来て、勝手にダメージを受けている。厄介な後輩である。

 私は栗羊羹を切り、ほうじ茶を淹れる。

 コノハほど完璧ではないが、客をもてなすくらいはできる。

 

 「それで? 今日は何の用?」

 「はい。新人VTuberとして、キャラ立ちについてご相談に参りました」

 「それならまあ、先輩らしいことはできるけど」

 

 アヤメは湯呑みを置き、胸を張った。

 

 「私は、もっと強い個性を出すべきだと思うんです。清楚で礼儀正しいだけでは、埋もれてしまいますから」

 「わかる。今はいろんな事務所があって、新人も多いし、わかりやすいフックは必要だよね」

 「そこで考えたのが、生意気で、挑発的で、先輩をからかう後輩ムーブです」

 

 アヤメはにやりと笑った。

 それが演技を始める合図だったようで、少しばかり雰囲気が変わる。

 

 「ふふん。シズク先輩ってば、一人だと案外だらしないんですね? ふわふわ狐尻尾も床に投げ出して。そんなことで、私の憧れの先輩として大丈夫なんですかぁ?」

 「ふーん?」

 

 私は少し感心した。

 悪くはない。アヤメの小柄で生意気な雰囲気とは合っている。

 崇拝を前面に出しすぎるより、配信上は扱いやすいかもしれない。

 

 「いいんじゃない? ただ、やりすぎると反感を買うから、加減は必要だけど」

 「なるほど。では、このくらいなら?」

 

 アヤメは調子に乗ったように、私の尻尾の先をつん、と指でつついた。

 

 「ほらほら、シズク先輩。油断しすぎですよ? こんなに無防備だと、後輩に尻尾を取られちゃいますよ?」

 「触る許可は出してない」

 「ふふん、先輩なのに隙だらけですね。やっぱり私が隣で見張って差し上げないと──」

 

 次の瞬間、私はアヤメの手首を軽く取って、すとん、と床へ押し倒した。

 もちろん、本気ではない。

 怪我をしないように座布団の上へ転がしただけだ。

 だが、八尾の妖狐に上から見下ろされる圧は、それなりにある。

 

 「調子に乗り過ぎる後輩には、わからせが必要かな?」

 

 私はあえて低い声で言った。

 アヤメが固まった。瞳が丸くなり、頬が一気に赤くなる。

 

 「し、シズク先輩が……私を床に……。これは、悪い後輩への罰として、先輩が私を自分色に染め上げる展開……?」

 「違う」

 「そして私は、先輩に逆らえない後輩としてムラムラした時に呼び出され、すぐ飛んでくる関係に……」

 「違う」

 「こ、これが禁断の、先輩と後輩の危ない関係性……!」

 「どこでそういう知識つけてきたの」

 

 アヤメは床に転がったまま、目を泳がせた。

 

 「そりゃもう、長生きしておりますので、いろいろ小耳に挟んだり、書物やネットの物語を少々……。いやあ、人間社会には過激なものがごろごろしてますよね」

 「変な方向で現代に適応するな」

 

 私は手を離し、アヤメから離れた。

 だがアヤメは、なぜか上目遣いでこちらを見てくる。

 

 「シズク先輩……もう終わりですか?」

 「終わりです」

 「もう少しだけ、わからせていただいても」

 「ダメです」

 「では尻尾で」

 「欲望が漏れてる」

 

 結局、キャラ立ち相談はそこで中断した。  

 その代わりに私は、アヤメを八本の尻尾でぐるぐる巻きにした。

 

 「ひゃあああ……っ。ふわふわ……あたたかい……八尾の御方のご加護……」

 「罰だからね、これ」

 「ご褒美ですぅ……」

 「とりあえず、しばらく静かにしてて」

 

 アヤメは完全に陥落した。

 尻尾の中で丸くなり、うっとりした顔で眠りかけている。

 栗羊羹というお土産を持って、VTuberとして相談しに来たはずの後輩天狗は、いつの間にか狐の尻尾布団の捕虜になっていた。

 

 「まあ、この弱さも配信でのネタにはなるか……?」

 

 その時、玄関の鍵が開く音がした。

 

 「ただいま戻りました、シズク殿」

 

 まずい。

 私は尻尾を解こうとした。しかし、眠りかけのアヤメが反射的にしがみつく。

 

 「むにゃ……シズク先輩の尻尾……もう少し……」

 「くそ、離せ。今すぐ離せ」

 

 リビングの扉が開いた。

 買い物袋を提げたコノハが立っていた。

 その視線が、まず私を見て、次に床に転がるアヤメへ向かい、八本の尻尾に包まれている状況を確認すると、ゆっくりと戻ってくる。

 

 「……シズク殿?」

 「違う」

 「何が違うのでしょうか」

 「全部」

 「わたしが留守の間に、後輩を家に招き入れ、床に押し倒し、八本の尻尾で包み込んで寝かしつけていたわけではないと?」

 「だいたい合ってるけど違う」

 「合っているのですね」

 

 アヤメが、ようやく目を覚ました。

 

 「ん……? あ、コノハ先輩。お邪魔しております」

 「ええ、本当に。お邪魔ですね」

 

 笑顔という圧。

 買い物袋の中の長ネギが、なぜか刀に見える。

 

 「アヤメちゃん。後輩として、先輩の家へ遊びに来るのは構いません」

 「は、はい」

 「ですが、シズクちゃんの尻尾を八本すべて独占するのは、順番と許可が必要です」

 「そこなんだ」

 「そこです」

 

 私は頭を抱えた。

 結局その後、アヤメはコノハによる“家庭訪問時の礼儀講座”を正座で受けることになった。  

 内容は、手土産の選び方、訪問時間、事前連絡、他人の尻尾に触れる際の許可取りなど。

 

 「シズクちゃんの相方は、わたしですからね?」

 

 ただし、教育としてはだいぶ私情が混ざっていた。

 

 「うぐぐ……。ですが、いつか必ず……」

 「はいはい。いつかね」

 

 私は疲れた声で流した。

 静かな一人だけの時間のはずが、天狗の家庭訪問と化け狸の帰宅が重なる修羅場になってしまった。

 平穏な休日というのは、現代社会ではなかなかに希少だ。

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