妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
「……ダンスレッスン?」
事務所から送られてきたスケジュールを見て、私は思わず眉をひそめた。
隣で昼食をよそっていたコノハが、ぴくりと狸耳を動かす。
「3D合同企画に向けた、基礎レッスンのようですね」
「いや、聞いてない。私は聞いてない。3Dモデルでちょっと手を振ったり、尻尾揺らしたり、ハート作ったりするくらいだと思ってた」
「シズク殿、VTuberにおける3Dとは、動いてこそ価値があるものです」
「正論やめて」
私は淡い金髪をかき上げながら、スマホ画面を睨む。
内容はこうだ。
来月、事務所内のVTuberを交えて合同3D企画があるらしい。
その中で、簡単な歌とダンス、ミニゲーム、体力測定風の企画を行う。
《きつたぬ》も3D化したばかりなので、参加候補として名前が挙がっている。
つまりこれは、そのための動作確認とレッスン。
「歌って踊る妖狐……」
「素敵です」
「他人事だと思って」
「いえ。わたしも一緒に踊りますので」
コノハはそう言って、にこりと笑った。
家では私の尻尾に顔を埋める変態狸だが、仕事となれば妙に覚悟が決まっている。
しかもこの狸、体型はむっちりしているくせに案外動ける。
昔から私を追いかけ回していただけのことはある。
「……まあ、やるしかないか。仕事だし」
「はい。仕事です」
「スパチャと案件とグッズのために」
「そして、シズク殿の特別なお姿を見るために」
「私欲が混ざってる」
数日後。
私たちは事務所のスタジオにいた。
スタッフさんが機材を調整し、マネージャーがタブレットを片手に進行を確認している。
そして、なぜか隅の方にはアヤメがいた。
「シズク先輩! 本日は見学許可をいただきました! 先輩方の3D業務を学び、いつか自分が3D化する日の糧にいたします!」
「見学はいいけど、騒がないでね」
「はい! シズク先輩の一挙手一投足を目に焼きつけます!」
微妙にわかってない返事だった。
マネージャーはタブレットを見ながら言う。
「では、まずは3Dモデルの動作確認からお願いします。シズクさん、コノハさん、軽く歩く、手を振る、しゃがむ、ジャンプあたりを確認しましょう」
「はーい」
私はマーカー付きのスーツを着て、指定位置に立つ。
モニターの中では、銀髪の狐耳少女が同じように立っている。
手を上げる。尻尾が揺れる。一歩踏み出す。袖が遅れて動く。
やはり3Dは不思議だ。
自分の体なのに自分ではない。でも確かに、画面の中の彼女も私なのだ。
「では、軽くジャンプを」
「はい」
ぴょん、と跳ぶ。
モニターの中のシズクも跳んだ。
そして着地と同時に、八本ではなく一本だけの狐尻尾が、ふわりと大きく揺れる。
次はコノハの番だった。
彼女が画面の中で小さく跳ねると、大きな狸尻尾と、柔らかそうな体のラインがぽよんと揺れた。
スタッフさんが真面目な顔で確認する。
「コノハさん。もう少し大きく動いてみましょう」
「はいっ」
コノハが腕を振り、くるりと回る。
モニターの中にいる化け狸の少女が、ふわっと華やかに回転した。スカートが揺れ、尻尾が丸く跳ねる。
「……おお」
「シズクちゃん、どこを見ていましたか?」
「動作確認」
「本当ですか?」
「本当です」
疑いの目を向けるコノハ。
私は目を逸らした。
アヤメが悔しそうに呟く。
「くっ……狸なのに、3D映えする……」
「アヤメ、心の声出てる」
「失礼しました」
動作確認の次は、ダンスレッスンだった。
講師の先生は人間だ。
当然、私たちの正体は知らない。
「では、まずは簡単なステップからいきましょう。ワン、ツー、スリー、フォー」
音楽に合わせて足を動かす。
私は正直、動ける。戦場で走り回っていた時代もあるし、妖狐としての身体能力もある。
ただ、人間の振付というものは、戦闘の動きとは全然違う。
「シズクさん、動きは綺麗なんですけど、ちょっと殺気が出ています」
「殺気、ですか」
コノハが隣で肩を震わせている。
「笑った?」
「笑っていません」
「尻尾揺れてるよ」
「楽しいだけです」
次にコノハが踊る。
彼女は意外にも、動きが柔らかくて見栄えがよかった。
丸みのある体型と大きな尻尾が、振付に愛嬌を足している。
「コノハさん、すごく可愛いです。その調子で」
「ありがとうございます!」
外向きの声で答えるコノハ。
「コノハ、ダンスいけるね」
「シズクちゃんに褒められました……!」
「今は仕事中」
「はいっ」
アヤメがメモを取りながら、小さく唸る。
「シズク先輩は凛々しさ、コノハ先輩は柔らかさ……。3Dでは、体の個性がそのまま武器になるのですね」
「お、いい気づき」
ダンスの後は、体力測定風な企画のリハーサルだった。
反復横跳び、片足立ち、柔軟、握力測定の演出。もちろん画面映え重視なので、本格的な測定ではない。
しかし問題が起きた。
私が反復横跳びをすると、動きが速すぎてキャプチャが一瞬乱れたのである。
スタッフさんが苦笑した。
「シズクさん、もう少しゆっくりめでお願いします」
「はい」
現代社会では、速すぎるのも問題らしい。
コノハは柔軟で妙に強かった。
ぺたりと前屈し、画面の中の3Dモデルも滑らかに体を倒す。
「コノハ、柔らかいね」
「シズクちゃん、触って確認しますか?」
「しない」
「残念です」
講師の先生は、仲の良いコンビだと思って微笑んでいる。実際は、少し危険なやりとりである。
リハーサルが終わる頃には、私はかなり疲れていた。
妖力を使う戦いとは違う疲労だ。
人間の機材、人間のスタッフ、人間の企画進行に合わせて、妖怪の体を調整する疲れ。
これもまた、現代妖怪VTuberの仕事である。
控室に戻ると、アヤメが目を輝かせて近づいてきた。
「シズク先輩! 本日のレッスン、大変勉強になりました! 3Dとは、ただ立体になるだけでなく、自分の体そのものをコンテンツにする仕事なのですね!」
「そうだね。動き方、見せ方、事故らないための制御。全部大事」
「そして、シズク先輩の動きは美しく、時折ものすごく怖かったです!」
「褒めてる?」
「褒めています!」
コノハがお茶のペットボトルを差し出してくる。
「シズク殿、お疲れ様です」
「ありがと」
私はそれを受け取り、一口飲んだ。
「コノハもお疲れ。ダンス、よかったよ」
「……っ。ありがとうございます」
コノハの耳が嬉しそうに揺れる。
アヤメが悔しげに見ていたが、今は何も言わなかった。
彼女なりに、仕事場では騒ぎすぎないよう学んでいるらしい。
帰り道。
夕方の街を歩きながら、私は肩を回した。
「3Dって大変だね」
「はい。でも、できることは確実に増えます」
「次は合同企画か。先輩たちとも絡むんだよね」
「他の方々との距離感には注意が必要ですね」
「コノハの圧とか?」
「シズク殿が他のVTuberさんに不用意に甘い言葉をかけないように、という話です」
私はため息をつく。
3Dになれば、距離が可視化される。
手を繋ぐ、肩を寄せる、抱きつく。
2Dの立ち絵よりもずっと、関係性が画面に出る。
つまり、百合営業の破壊力も上がる。
同時に事故率も上がる。
「次の合同企画、無事に終わるかな」
「大丈夫です。わたしが隣にいます」
「それが不安な時もある」
「ひどいです」
でもまあ、実際のところ、コノハが隣にいると助かる。
動きのフォローも、進行の補助も、空気の作り方も上手い。
重いし近いし時々怖いが、仕事相手としてはやはり優秀なのだ。
「……頼りにしてるよ、相方」
「シズク殿……っ」
コノハの顔が一気に赤くなる。
「今の言葉、3D合同企画の前にも言ってください」
「やだ」
「録音でも」
「無理」
「では、今夜の尻尾を」
「一本まで」
こうして、3D関連の仕事は着々と進んでいく。
動いて、踊って、笑って、事故らないように距離を測る。画面の中で立体になった私たちは、少しずつ活動の幅を広げていた。
ただし、どれだけ技術が進んでも。
「シズク殿、次回の3D企画では、ぜひお姫様抱っこを」
「しない」
「需要はあります」
「コノハがされたいだけでしょ」
「はい」
この化け狸の欲望だけは、モーションキャプチャでも補正しきれないらしい。