妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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22話 迫るくる3D関連のお仕事に備えて

 「……ダンスレッスン?」

 

 事務所から送られてきたスケジュールを見て、私は思わず眉をひそめた。

 隣で昼食をよそっていたコノハが、ぴくりと狸耳を動かす。

 

 「3D合同企画に向けた、基礎レッスンのようですね」

 「いや、聞いてない。私は聞いてない。3Dモデルでちょっと手を振ったり、尻尾揺らしたり、ハート作ったりするくらいだと思ってた」

 「シズク殿、VTuberにおける3Dとは、動いてこそ価値があるものです」

 「正論やめて」

 

 私は淡い金髪をかき上げながら、スマホ画面を睨む。

 内容はこうだ。

 来月、事務所内のVTuberを交えて合同3D企画があるらしい。

 その中で、簡単な歌とダンス、ミニゲーム、体力測定風の企画を行う。

 《きつたぬ》も3D化したばかりなので、参加候補として名前が挙がっている。

 つまりこれは、そのための動作確認とレッスン。

 

 「歌って踊る妖狐……」

 「素敵です」

 「他人事だと思って」

 「いえ。わたしも一緒に踊りますので」

 

 コノハはそう言って、にこりと笑った。

 家では私の尻尾に顔を埋める変態狸だが、仕事となれば妙に覚悟が決まっている。

 しかもこの狸、体型はむっちりしているくせに案外動ける。

 昔から私を追いかけ回していただけのことはある。

 

 「……まあ、やるしかないか。仕事だし」

 「はい。仕事です」

 「スパチャと案件とグッズのために」

 「そして、シズク殿の特別なお姿を見るために」

 「私欲が混ざってる」

 

 数日後。

 私たちは事務所のスタジオにいた。

  スタッフさんが機材を調整し、マネージャーがタブレットを片手に進行を確認している。

 そして、なぜか隅の方にはアヤメがいた。

 

 「シズク先輩! 本日は見学許可をいただきました! 先輩方の3D業務を学び、いつか自分が3D化する日の糧にいたします!」

 「見学はいいけど、騒がないでね」

 「はい! シズク先輩の一挙手一投足を目に焼きつけます!」

 

 微妙にわかってない返事だった。

 マネージャーはタブレットを見ながら言う。

 

 「では、まずは3Dモデルの動作確認からお願いします。シズクさん、コノハさん、軽く歩く、手を振る、しゃがむ、ジャンプあたりを確認しましょう」

 「はーい」

 

 私はマーカー付きのスーツを着て、指定位置に立つ。

 モニターの中では、銀髪の狐耳少女が同じように立っている。

 手を上げる。尻尾が揺れる。一歩踏み出す。袖が遅れて動く。

 やはり3Dは不思議だ。

 自分の体なのに自分ではない。でも確かに、画面の中の彼女も私なのだ。

 

 「では、軽くジャンプを」

 「はい」

 

 ぴょん、と跳ぶ。

 モニターの中のシズクも跳んだ。

 そして着地と同時に、八本ではなく一本だけの狐尻尾が、ふわりと大きく揺れる。

 

 次はコノハの番だった。

 彼女が画面の中で小さく跳ねると、大きな狸尻尾と、柔らかそうな体のラインがぽよんと揺れた。

 スタッフさんが真面目な顔で確認する。

 

 「コノハさん。もう少し大きく動いてみましょう」

 「はいっ」

 

 コノハが腕を振り、くるりと回る。

 モニターの中にいる化け狸の少女が、ふわっと華やかに回転した。スカートが揺れ、尻尾が丸く跳ねる。

 

 「……おお」

 「シズクちゃん、どこを見ていましたか?」

 「動作確認」

 「本当ですか?」

 「本当です」

 

 疑いの目を向けるコノハ。

 私は目を逸らした。

 アヤメが悔しそうに呟く。

 

 「くっ……狸なのに、3D映えする……」

 「アヤメ、心の声出てる」

 「失礼しました」

 

 動作確認の次は、ダンスレッスンだった。

 講師の先生は人間だ。

 当然、私たちの正体は知らない。

 

 「では、まずは簡単なステップからいきましょう。ワン、ツー、スリー、フォー」

 

 音楽に合わせて足を動かす。

 私は正直、動ける。戦場で走り回っていた時代もあるし、妖狐としての身体能力もある。

 ただ、人間の振付というものは、戦闘の動きとは全然違う。

 

 「シズクさん、動きは綺麗なんですけど、ちょっと殺気が出ています」

 「殺気、ですか」

 

 コノハが隣で肩を震わせている。

 

 「笑った?」

 「笑っていません」

 「尻尾揺れてるよ」

 「楽しいだけです」

 

 次にコノハが踊る。

 彼女は意外にも、動きが柔らかくて見栄えがよかった。

 丸みのある体型と大きな尻尾が、振付に愛嬌を足している。

 

 「コノハさん、すごく可愛いです。その調子で」

 「ありがとうございます!」

 

 外向きの声で答えるコノハ。

 

 「コノハ、ダンスいけるね」

 「シズクちゃんに褒められました……!」

 「今は仕事中」

 「はいっ」

 

 アヤメがメモを取りながら、小さく唸る。

 

 「シズク先輩は凛々しさ、コノハ先輩は柔らかさ……。3Dでは、体の個性がそのまま武器になるのですね」

 「お、いい気づき」

 

 ダンスの後は、体力測定風な企画のリハーサルだった。

 反復横跳び、片足立ち、柔軟、握力測定の演出。もちろん画面映え重視なので、本格的な測定ではない。

 しかし問題が起きた。

 私が反復横跳びをすると、動きが速すぎてキャプチャが一瞬乱れたのである。

 スタッフさんが苦笑した。

 

 「シズクさん、もう少しゆっくりめでお願いします」

 「はい」

 

 現代社会では、速すぎるのも問題らしい。

 コノハは柔軟で妙に強かった。

 ぺたりと前屈し、画面の中の3Dモデルも滑らかに体を倒す。

 

 「コノハ、柔らかいね」

 「シズクちゃん、触って確認しますか?」

 「しない」

 「残念です」

 

 講師の先生は、仲の良いコンビだと思って微笑んでいる。実際は、少し危険なやりとりである。

 リハーサルが終わる頃には、私はかなり疲れていた。

 妖力を使う戦いとは違う疲労だ。

 人間の機材、人間のスタッフ、人間の企画進行に合わせて、妖怪の体を調整する疲れ。

 これもまた、現代妖怪VTuberの仕事である。

 控室に戻ると、アヤメが目を輝かせて近づいてきた。

 

 「シズク先輩! 本日のレッスン、大変勉強になりました! 3Dとは、ただ立体になるだけでなく、自分の体そのものをコンテンツにする仕事なのですね!」

 「そうだね。動き方、見せ方、事故らないための制御。全部大事」

 「そして、シズク先輩の動きは美しく、時折ものすごく怖かったです!」

 「褒めてる?」

 「褒めています!」

 

 コノハがお茶のペットボトルを差し出してくる。

 

 「シズク殿、お疲れ様です」

 「ありがと」

 

 私はそれを受け取り、一口飲んだ。

 

 「コノハもお疲れ。ダンス、よかったよ」

 「……っ。ありがとうございます」

 

 コノハの耳が嬉しそうに揺れる。

 アヤメが悔しげに見ていたが、今は何も言わなかった。

 彼女なりに、仕事場では騒ぎすぎないよう学んでいるらしい。

 

 帰り道。

 夕方の街を歩きながら、私は肩を回した。

 

 「3Dって大変だね」

 「はい。でも、できることは確実に増えます」

 「次は合同企画か。先輩たちとも絡むんだよね」

 「他の方々との距離感には注意が必要ですね」

 「コノハの圧とか?」

 「シズク殿が他のVTuberさんに不用意に甘い言葉をかけないように、という話です」

 

 私はため息をつく。

 3Dになれば、距離が可視化される。

 手を繋ぐ、肩を寄せる、抱きつく。

 2Dの立ち絵よりもずっと、関係性が画面に出る。

 つまり、百合営業の破壊力も上がる。

 同時に事故率も上がる。

 

 「次の合同企画、無事に終わるかな」

 「大丈夫です。わたしが隣にいます」

 「それが不安な時もある」

 「ひどいです」

 

 でもまあ、実際のところ、コノハが隣にいると助かる。

 動きのフォローも、進行の補助も、空気の作り方も上手い。

 重いし近いし時々怖いが、仕事相手としてはやはり優秀なのだ。

 

 「……頼りにしてるよ、相方」

 「シズク殿……っ」

 

 コノハの顔が一気に赤くなる。

 

 「今の言葉、3D合同企画の前にも言ってください」

 「やだ」

 「録音でも」

 「無理」

 「では、今夜の尻尾を」

 「一本まで」

 

 こうして、3D関連の仕事は着々と進んでいく。

 動いて、踊って、笑って、事故らないように距離を測る。画面の中で立体になった私たちは、少しずつ活動の幅を広げていた。

 ただし、どれだけ技術が進んでも。

 

 「シズク殿、次回の3D企画では、ぜひお姫様抱っこを」

 「しない」

 「需要はあります」

 「コノハがされたいだけでしょ」

 「はい」

 

 この化け狸の欲望だけは、モーションキャプチャでも補正しきれないらしい。

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