妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
3D合同企画の打ち合わせは、思った以上に賑やかだった。
事務所のスタジオには、私たち《きつたぬ》以外にも、何人かの先輩VTuberや同期組が集まっていた。
まだ本番ではなく、今日は顔合わせと簡単な企画説明だけ。
とはいえ、3Dでの合同企画となれば、画面上の距離感や立ち位置も含めて、確認することは多い。
「シズクちゃん、3Dお披露目見たよー。尻尾の動き、めっちゃ綺麗だった」
「ありがとうございます。まだ慣れてないですけどね」
「いやいや、動きのキレすごかったよ。ダンスレッスンも期待してる」
先輩の一人が、気さくに話しかけてくる。
私は営業用の笑顔で無難に返した。
すると、隣に立っていたコノハの耳が、ぴくりと動いた。
狸の耳は隠してるので、代わりに人間の耳が反応している。
「シズクちゃんは、昔から身のこなしが綺麗ですから」
声は可愛い。笑顔も完璧。配信で見せる、甘えん坊で礼儀正しい後輩狸そのものだ。
だが、私にはわかる。
隠してる狸の尻尾がぱんぱんに膨らんでいることを。
だいぶ嫉妬している。
「コノハちゃんも3D可愛かったよ。なんかこう、動きが柔らかくて」
「あ、ありがとうございます」
褒められたコノハは、きちんと頭を下げた。
外では本当にちゃんとしている。
だが、私が別のVTuberと話すたびに、ほんの少しだけ距離を詰めてくる。
右から話しかけられれば、コノハが左に寄る。左から話しかけられれば、コノハが右に回る。
誰かが私の肩に軽く触れそうになると、絶妙なタイミングで資料を差し出してくる。
「シズクちゃん、こちらの進行表も確認しておきましょう」
「今?」
「はい。大切ですので」
大切なのは進行表ではなく、たぶん私の周辺警備だ。
それでも、コノハは最後まで崩れなかった。
他人の前では配信用の言葉遣いを守り、笑顔を絶やさず、後輩としても相方としても完璧に振る舞った。
だからこそ、私は少しだけ感心した。
以前なら、たぶんもっと露骨に嫉妬心が燃えていた。
今は一応、仕事中ということで我慢している。
それだけでも、だいぶ偉い。
打ち合わせが終わり、帰宅する頃には夜になっていた。
部屋に入るなり、コノハはいつものように買ってきた食材を冷蔵庫にしまおうとした。
だが、人間としての擬態を解いた瞬間、ぼふん、と大きく膨らんだ狸の尻尾が現れ、狸の耳は少し伏せられている。
「……コノハ」
「はい、シズク殿。夕食は軽めに、お茶漬けと焼き油揚げでよろしいでしょうか」
「その前に、こっち来て」
「え?」
私はソファに座り、手招きした。
コノハは不思議そうに近づいてくる。
「尻尾、出して」
「……はい?」
コノハが固まった。
「聞こえなかった? 狸の尻尾、出して」
「し、シズク殿? それは、その、どういう……」
「今日、我慢してたでしょ。偉かったから、ご褒美」
そう言った瞬間、コノハの顔が一気に赤くなった。
「嫌ならいいけど」
「出します!」
即答だった。
大きな狸尻尾が目の前に出される。
いつも私の尻尾を抱き枕にしている側の尻尾。
丸くて、太くて、ふかふかしていて、触る前から手触りがよさそうだった。
私はそれを両手で掴む。
「おお……」
思わず声が漏れた。
柔らかい。狐の尻尾とは違う。
私の尻尾がさらりと流れる毛並みだとすれば、コノハの尻尾はもっと密度がある。
ふかふかで、弾力があって、抱きしめると手が沈む。
「コノハの尻尾、思ったより触り心地いいね」
「ひゃ……っ。シ、シズク殿、そんなに撫でられると……」
「いつも私の尻尾でやってるでしょ」
「それは、シズク殿の尻尾があまりにも魅力的なので……っ」
「じゃあ今日は逆」
私は遠慮なく、もふもふした。
根元から先端まで、ゆっくり撫でる。
両手で包んで、軽く揉む。
毛並みに沿って指を通すと、コノハがびくりと肩を震わせた。
「んっ……シズク殿……」
「変な声出さない」
「無理です……尻尾は、敏感で……」
「私の時は容赦ないくせに」
いつもは私がされていることを、そのまま返しているだけだ。
なのにコノハは、耳を伏せ、頬を真っ赤にして、完全にされるがままになっている。
正直なところ、少し楽しい。
「今日、先輩たちと話してる時、ずっと我慢してたね」
「……はい」
「偉いじゃん」
「わたしは、シズク殿の相方ですから。仕事の場で、迷惑をかけるわけにはいきません」
「うん。ちゃんとできてた」
そう言いながら、私は尻尾を抱き寄せた。
コノハが息を呑む。
「シズク殿?」
「いつも私の尻尾に顔埋めてるから、一回やってみたかった」
私はそのまま、コノハの狸尻尾に顔を埋めた。
ふかっ、と視界が茶色い毛に包まれる。
思ったより温かい。
毛の奥に、ほうじ茶と、炊きたてのご飯と、ほんの少し土っぽい山の匂いが混じっている。
「……ん。コノハの匂いがする」
「し、シズク殿ぉ……っ」
コノハの声が、完全に上ずっている。
私は少しだけ意地悪な気分になって、もう一度深く息を吸った。
「すー……はー……」
「そ、それはわたしの真似ですか!?」
「いつもこうしてるでしょ」
「していますけど! 今されていますけど!」
「んー……」
私は顔を上げ、真面目な顔で言った。
「ちょっと獣臭いかも……」
次の瞬間、コノハの顔が耳まで真っ赤になった。
「シズク殿っ!」
ぱしんっ。
柔らかい狸尻尾が、私の頬を軽く叩いた。
「痛くはないね」
「恥ずかしいことを言わないでください!」
「いや、嫌な匂いじゃないよ。なんか、コノハっぽい」
「それが一番恥ずかしいのです!」
ぱんぱん、と尻尾でまた叩かれる。
力は全然入っていない。
むしろ照れ隠しのようなものだ。
私は笑いながら、その尻尾をもう一度抱きしめた。
「はいはい。今日のコノハは偉かったよ」
「……もう一度、言ってください」
「調子に乗らない」
「では、尻尾をもう少し」
「それは私の台詞」
コノハは真っ赤な顔のまま、ぷいと横を向いた。だが、尻尾は私の腕の中から逃げなかった。
嫉妬心マシマシの化け狸は、今日一日、ちゃんと我慢した。だから少しくらい、甘やかしてやってもいい。
そう思ったのは、私もだいぶ、この重い相方に絆されているからなのだろう。
「……シズク殿」
「うん?」
「明日も我慢したら、また尻尾をもふもふしてくださいますか?」
「我慢したらね」
「頑張ります」
現金な狸だ。
私は苦笑しながら、もう一度そのふかふかの尻尾に顔を埋めた。
少し獣臭い。でも、悪くない匂いだった。