妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
3D合同企画、その本番当日。
事務所のスタジオは、朝から妙な熱気に包まれていた。
スタッフが機材を確認し、マネージャーたちが進行表を抱えて走り回り、出演者たちはそれぞれ控室で軽く声出しや動作確認をしている。
今回の企画は事務所所属VTuberたちによる、立体わちゃフェス!先輩後輩大集合SP、という代物だ。
流れはこうだ。
簡単な自己紹介。ミニゲーム。軽いダンス。 体力測定風の企画。そして最後に全員で告知。
内容だけ見れば健全だ。
問題は、3Dになると距離感が全部画面に出るということ。
「シズク殿。もし他の方が不必要に距離を詰めてきた場合は」
「仕事だからね」
「はい。わかっています。仕事ですので、わたしは我慢します」
「昨日も言ったけど、我慢したら帰ってから尻尾もふもふね」
「頑張ります」
コノハは真剣な顔で頷いた。頑張る方向性が合っているようで、ちょっと違う気もする。
控室の扉が開いた。
「やっほー。《きつたぬ》ちゃんたち、今日よろしくねー」
入ってきたのは、事務所の先輩VTuber、ミヤビさんだった。
黒髪のロングヘアに、気だるげな目元。アバター上では猫耳と二本の尻尾を持つ、気まぐれお姉さん系の猫又キャラである。
なお、キャラではない。
この人、ガチの猫又だったりする。
人間ばかりの先輩たちの中に、本物が混ざっている。
しかも本人は隠しているつもりらしいが、妖気の出し方が雑なので、私やコノハには普通にわかる。
「ミヤビ先輩、よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします、ミヤビ先輩」
コノハが外向きの可愛い演技で頭を下げる。
ミヤビさんは、ふふん、と得意げに笑った。
「いやー、こういうのはね、初めてだと緊張するよね。私くらい慣れてくると、カメラ位置とか立ち回りとか自然にわかっちゃうんだけど」
「はあ」
「シズクちゃん、尻尾の見せ方はもっと意識した方がいいよ。せっかくの狐尻尾なんだからさ、ターンの時に流す感じで。コノハちゃんは丸い尻尾が武器だから、後ろ姿を見せるタイミング大事ね」
「なるほど。参考になります」
正直、ちょっとうざい。
だが言っていることは間違っていない。
実際、ミヤビさんは3D企画に何度も出ていて、先輩風を吹かせてくるが、配信を考えるなら妥協できる範囲である。
コノハも同じ判断らしく、笑顔で頷いていた。
「ありがとうございます。勉強になります」
「うんうん。素直な後輩は可愛いね」
ミヤビさんがコノハの肩にぽんと手を置く。
その瞬間、コノハの目が一瞬だけ細くなった。
「……ありがとうございます」
耐えた。偉い。
私は心の中で、今日の尻尾もふもふ時間を少し延長することにした。
やがて本番が始まった。
【配信中】
『皆さん、こんばんはー! 本日はお越しいただき、ありがとうございます!』
司会役の先輩が明るく声を張る。
画面には、色とりどりの3Dモデルが並んでいた。
人間、魔法少女、アイドル、悪魔風、妖怪風。
その中に、私とコノハ、そして猫又のミヤビさん。
『ではまず、初参加組から自己紹介してもらいましょう! シズクちゃん、コノハちゃん、お願いしまーす!』
『はい。《きつたぬ》のクール系妖狐、シズクです。今日はよろしくお願いします』
『同じく《きつたぬ》の化け狸、コノハです。皆さんと一緒に楽しめるよう頑張ります!』
[コメント]
・きつたぬきた!
・3Dで見ると新鮮
・シズクちゃん立ち姿きれい
・コノハちゃん丸くてかわいい
ミヤビさんが横からひょいと入ってくる。
『二人とも初々しいねー。今日はこのミヤビお姉さんが、3D企画の立ち回りを教えてあげるからね』
[コメント]
・先輩風吹かせてるw
・ミヤビ姉さん出た
・きつたぬ逃げて
・猫と狐と狸だ
配信的には美味しい。
少しうざいが、コメントは盛り上がっている。
私はにこりと笑った。
『頼りにしてます、ミヤビ先輩』
『わたしも、たくさん勉強させていただきますね』
コノハも完璧に合わせた。いい子だ。ただし尻尾が少し膨らんでいる。
最初の企画は、3Dジェスチャー伝言ゲーム。
お題を体だけで次の人へ伝え、最後の人が答える。
画面映えするし、事故も起きやすい。
つまり盛り上がる。
私のお題は、狐が油揚げを見つけた瞬間だった。
「なんか悪意感じる」
私はそう呟きながら、画面の中でそろそろと歩き、何かを見つけたように狐耳をぴこぴこと動かし、ぱあっと表情を明るくして、両手で大事そうに油揚げを抱える仕草をした。
[コメント]
・かわいい
・完全に油揚げ
・餌付けされてる狐
・コノハちゃん見てる?
もちろん見ていた。
コノハは画面端で両手を胸に当て、謎に感動していた。
『シズクちゃんの油揚げ発見ポーズ……尊い……』
『伝言して』
コノハは慌てて次の人へ同じ動きを伝える。
ただし、私の真似をするコノハが妙に可愛く、コメント欄はさらに盛り上がった。
次のミヤビさんのお題は、猫又が後輩に先輩風を吹かせるだった。
本人そのままだ。
ミヤビさんは胸を張り、片手を腰に当て、尻尾を二本ゆらゆらさせながら、後輩を見下ろすようなポーズを取った。
『ほらほら、こういう時はね、もっとカメラを意識するんだよー』
『お題言ってません?』
司会に突っ込まれ、コメントが爆笑に溢れる。
[コメント]
・そのまんまw
・猫又先輩うざかわ
・先輩風の具現化
・シズクちゃん苦笑してる
うざい。でも強い。
こういうわかりやすいムーブは、配信では非常に助かる。
次の企画は、体力測定風のミニゲーム。
反復横跳び、片足立ち、簡単な障害物避けなど。
私は動きすぎないように気をつけた。
本気を出すとキャプチャが乱れるし、人間組とのバランスも悪くなる。
『シズクちゃん、もしかして本気隠してる?』
『そんなことないですよ。普通です』
『その普通、怪しいなー』
猫又の目が、にやりと細くなる。
たぶん、こちらがただの狐キャラではないことに気づいている。
いや、気づいているなら自分の妖気も少しは隠せ。
コノハがすっと間に入った。
『シズクちゃんは、体を動かすのが得意なんです。でも今日は合同企画ですから、皆さんと楽しくできる範囲で、ですよね?』
『そうそう。楽しくね』
助かった。コノハのフォローは自然だった。
嫉妬心はともかく、こういう場での空気作りは本当に上手い。
ミヤビさんも肩をすくめる。
『まあ、そうだね。こういうのはバランス大事。後輩たち、わかってるじゃん』
『先輩のご指導のおかげです』
コノハがにこりと笑う。
圧はあったが、画面上では綺麗な先輩後輩の会話だった。
最後の企画は、全員で短いダンスを踊るコーナー。
レッスンで練習した振付をする私は、殺気を出さないように手を伸ばし、コノハは柔らかく体を揺らす。
ミヤビさんはさすがに上手かった。
尻尾二本の見せ方、ターンの角度、カメラに抜かれるタイミング。
先輩風を吹かせるだけのことはある。
踊り終わると、コメント欄はかなり盛り上がっていた。
[コメント]
・シズクちゃんキレある
・コノハちゃん動き柔らかい
・ミヤビ先輩さすが
・妖怪組もっと見たい
妖怪組。
リスナーは軽いノリで言っているのだろう。
しかし、実際に画面の中には本物がいる。
不思議な時代だ。
そして配信は無事に終了した。
【配信後】
スタジオの空気が緩む。
スタッフが機材を確認し、出演者たちはお疲れ様ですと挨拶を交わしていく。
ミヤビさんが私たちのところへ歩いてきた。
「おつかれー。二人とも初めてにしてはかなりよかったよ」
「ありがとうございます」
「特にコノハちゃん、フォロー上手いね。シズクちゃんが変な方向に目立ちすぎないようにしてたでしょ」
「……いえ、相方ですので」
「いい相方だね。大事にしなよ、シズクちゃん」
ミヤビさんはそう言って、私の肩を軽く叩くと、ひらひらと手を振って去っていった。
「じゃ、また妖怪組で企画やろうねー」
私は小さく息を吐く。
「まあ、ちょっとうざいけど、悪い先輩じゃないね」
「はい。配信上の立ち回りは大変参考になりました」
「コノハ、よく我慢したね」
「……はい」
コノハの耳が、少しだけ赤くなる。
帰宅後。
私は約束通り、ソファに座って言った。
「尻尾、出して」
「はいっ」
ぼふん、と大きな狸尻尾が現れる。
今日一日ため込んだ嫉妬と我慢が、毛量に出ているような膨らみ方だった。
私はそれを両手で抱え、もふもふと撫でる。
「ちゃんと仕事してた。偉い」
「シズク殿……」
「ミヤビ先輩に肩叩かれた時も、我慢してた」
「はい……とても、我慢しました」
「うん。見てた」
そう言うと、コノハは真っ赤になって俯いた。
「では、もう少しだけ撫でてください」
「はいはい」
先輩風を吹かせる猫又。嫉妬を飲み込む化け狸。
そして、その間にいて配信のことを考える妖狐。
合同企画は、無事成功。次の課題も見えた。
3Dになった《きつたぬ》は、まだまだ面倒くさい関係性を増やしながらも、活動の幅を広げていけるというわけだ。