妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
「シズク、たまには顔を出せよ。タダ酒とタダ飯あるぞ」
イバラからそんな雑な誘いが来たのは、平日の午後だった。
私はスマホの画面を見つめ、しばらく沈黙する。
妖怪の集まり。
そういうものが、現代にも一応ある。
人間社会に紛れて暮らす古い妖怪たちが、年に何度か集まり、近況報告だの縄張りの確認だの、面倒事の共有だのをする会合だ。
私はこれまで、ごく稀にしか参加していない。
理由は単純。面倒くさいからである。
「タダ酒とタダ飯……」
夕食の仕込みをしていたコノハが、包丁を止めた。
「シズク殿、行かれるのですか?」
「うーん。イバラの言い方からすると、毎回タダでいろいろ飲み食いしてるっぽいんだよね。まあ、ちょっと聞いてみる」
私は通話をかけた。
数コールで繋がる。
「おう、来る気になったか?」
「確認なんだけど、あんた毎回タダで飲み食いしてるの?」
「ああ。人の金で飲み食いするのって最高だぞ」
「最低の返答ありがとう」
堂々としている。鬼というのは、こういうところが本当に強い。
私はため息をついた。
「……ま、たまには参加するよ」
「おう。古参が顔出すと若いのが引き締まるからな」
「切るよ」
「場所送っとく」
通話が切れた。
コノハがこちらを見る。
「わたしも同行してよろしいでしょうか」
「もちろん。というか拒否しても来そう」
コノハの耳が嬉しそうに揺れる。
その夜。
私とコノハは、都内の外れにある古い料亭に向かった。
表向きは完全予約制の高級店。
だが裏では、妖怪やそれに近い者たちが集まる場として使われている。
店の奥座敷へ案内されると、そこにはすでに十数人の妖怪がいた。
鬼。天狗。川の者。蛇の気配を持つ女。狐や狸の同族らしき者もいる。
外見は人間に擬態しているが、妖気の質は隠しきれていない。
いや、ここでは隠す必要がないのだろう。
「お、来たかシズク!」
座敷の中央で、すでに酒瓶を抱えていたイバラが手を振る。
「早い。もう飲んでる」
「会合前の潤滑油だ」
「それを世間では酒盛りって言う」
私が座敷に入った瞬間、いくつかの視線がこちらに集まった。
そのうち何人かは、露骨に背筋を伸ばす。
八尾の妖狐。
普段はVTuberだの確定申告だの油揚げだのと言っていても、妖怪としての格はそう簡単に消えない。
こういう場に出ると、自分が妙に古い側の存在なのだと思い出させられる。
「シズク殿、お席はこちらです」
コノハが自然に私の隣を確保する。抜け目ない狸である。
ほどなくして、料理が運ばれてきた。
イバラは当然のように高そうな酒を開けていた。
「それ、誰の支払い?」
「会費」
「堂々としすぎ」
向かいに座っていた若い河童の男が、興味深そうにこちらを見てきた。
「シズクさんって、今はその……ぶいちゅーばー、でしたっけ。そういうのをやってるらしいですね。儲かるんですか?」
「まあ、ぼちぼち」
私は無難に答えた。
実際、ぼちぼちである。
トップ層ほどではないが、生活はできる。案件もある。3D化もした。
現代妖怪としては、かなり上手くやっている方だろう。
別の若い妖怪が苦笑した。
「俺もやろうかと思ったんですけどね。今はもうレッドオーシャンだって聞いて。人間も妖怪も、みんな配信してるじゃないですか」
「気軽に始められるけど、続けるのが大変なんだよ」
「やっぱり?」
「配信内容、サムネ、タイトル、切り抜き、案件対応、税金。妖力より事務能力の方が大事まである」
「夢がないなぁ」
「現代は夢だけじゃ家賃払えないからね」
若い妖怪たちが、妙に納得した顔をする。
コノハがにこりと補足した。
「ただ、続けられるなら悪くない仕事です。人間の感情を直接集められますし、存在を忘れられにくくなりますから」
「なるほど。信仰の現代版みたいな?」
「乱暴に言えば、そんな感じ」
私が言うと、何人かが感心したように頷いた。
その時、座敷の奥から低い声が響いた。
「感情を集めるなら、騒ぎを起こす方が早いと考える愚か者も増えた」
場の空気が少し変わる。
声の主は、白髪の老人の姿をした妖怪だった。
見た目は人間の老人だが、気配は座敷の誰よりも古い。山とも川とも獣ともつかない、土地そのものが形を持ったような妖気。
おそらく、この場の最古参だ。
老人は静かに酒を置いた。
「最近、妖怪としての力を使い、人間相手に盗みを繰り返す集団が出ている。金品、情報、場合によっては戸籍や口座まで奪う」
「また面倒な話ですね」
私が言うと、老人は頷く。
「騒ぎになれば、我らにも火の粉が及ぶ。のらりくらりと人間に紛れ、少しずつ社会へ根を張るなら、目立つ妖怪は困る」
イバラが酒を飲みながら、鼻を鳴らした。
「うちの計画にも邪魔だな。馬鹿が人間を刺激すると、土地を買うどころじゃなくなる」
「あんたの妖怪帝国計画もたいがい刺激的だけど」
「静かにやってるからいいんだよ」
静かに妖怪帝国を作る。
言葉だけ聞くとだいぶおかしいが、派手に暴れるよりずっと現実的なのかもしれない。
老人は続ける。
「陰陽師は、近代化のために国から姿を消した。少なくとも、表向きの制度としてはな」
「…………」
「されど、妖怪を相手する者は消えていない」
座敷の空気が、少し冷えた。
陰陽師。祓い屋。退魔師。呼び名はいろいろあるが、人間の側にも私たちを知る者はいる。
科学だ近代化だと表向きでは笑い飛ばしても、裏では古いものを扱う者が残っている。
「つまり、盗みをやってる連中が騒ぎを大きくすると、そういう人間が出てくるかもしれないってこと?」
「そうだ」
老人の視線が、私とイバラに向いた。
「古い者ほど、若い愚か者の後始末を嫌がる。だが、放置すれば面倒は大きくなる。シズク、お前は人間社会への適応がうまい。イバラ、お前は若い妖怪を集めている。どちらも無関係ではいられまい」
イバラは面倒くさそうに頭を掻いた。
「盗み集団ねえ。使えそうなら回収して配下。駄目ならぼこるか」
「発想が雑」
「でもやるだろ、お前も。人間の祓い屋だの何だのが出てこられたら、配信どころじゃないぞ」
「……それは困る」
私は天ぷらを一つつまんだ。揚げたてで美味い。
無料の飯を食べに来たはずなのに、面倒事の匂いがする。まったく、妖怪の集まりなんて来るものではない。
コノハが隣で、静かに言った。
「シズク殿が関わるなら、わたしもお手伝いします」
「だろうね」
「シズク殿の平穏な配信生活を守るためです」
「私の平穏って、最近ずっと守られてない気がする」
老人が、かすかに笑った。
「平穏とは、ただ待っていて得られるものではない。時に、面倒を先に潰しておくことも必要だ」
正論は嫌いではないが、面倒な時に聞くと腹が立つ。
私は盃を置き、ため息をついた。
「で、その盗み集団の情報は?」
「あとで渡す」
「報酬は?」
「この場の者で融通しよう」
「タダ飯だけで働かせる気じゃないでしょうね」
「それはいつも飲み食いしてるイバラだけだ」
イバラが笑い、場の空気が少しだけ緩む。
そのあとは、若い妖怪たちの近況や、最近流行っている都市伝説系の弱い妖怪の話、古い井戸の管理問題、河童の用水路バイト事情など、妙に生活感のある話が続いた。
妖怪の会合といっても、結局は現代社会の町内会みたいなものだ。
違うのは、話題の中身くらい。
***
帰り道。
夜の街を、私とコノハは並んで歩いた。
「参加してみると、思ったより普通だったね」
「はい。少し物騒な町内会のようでした」
スマホには、老人から送られてきた盗み集団の情報が届いている。見るだけで面倒くさい。
「シズク殿」
「何」
「今回の件、配信には使えなさそうですね」
「さすがにね。雑談ネタにしづらい」
「では、裏で片付けて、表では平穏に配信しましょう」
「簡単に言う」
コノハは微笑んだ。
「わたしたちは、現代社会に適応した妖怪ですから」
私は小さく笑った。
タダ飯につられて顔を出しただけのはずが、厄介事が増えた。けれどまあ、それも古参妖怪の役目ということで、今回は我慢しよう。