妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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26話 古い妖怪としての格がある妖狐

 「シズク、たまには顔を出せよ。タダ酒とタダ飯あるぞ」

 

 イバラからそんな雑な誘いが来たのは、平日の午後だった。

 私はスマホの画面を見つめ、しばらく沈黙する。

 妖怪の集まり。

 そういうものが、現代にも一応ある。

 人間社会に紛れて暮らす古い妖怪たちが、年に何度か集まり、近況報告だの縄張りの確認だの、面倒事の共有だのをする会合だ。

 私はこれまで、ごく稀にしか参加していない。

 理由は単純。面倒くさいからである。

 

 「タダ酒とタダ飯……」

 

 夕食の仕込みをしていたコノハが、包丁を止めた。

 

 「シズク殿、行かれるのですか?」

 「うーん。イバラの言い方からすると、毎回タダでいろいろ飲み食いしてるっぽいんだよね。まあ、ちょっと聞いてみる」

 

 私は通話をかけた。

 数コールで繋がる。

 

 「おう、来る気になったか?」

 「確認なんだけど、あんた毎回タダで飲み食いしてるの?」

 「ああ。人の金で飲み食いするのって最高だぞ」

 「最低の返答ありがとう」

 

 堂々としている。鬼というのは、こういうところが本当に強い。

 私はため息をついた。

 

 「……ま、たまには参加するよ」

 「おう。古参が顔出すと若いのが引き締まるからな」

 「切るよ」

 「場所送っとく」

 

 通話が切れた。

 コノハがこちらを見る。

 

 「わたしも同行してよろしいでしょうか」

 「もちろん。というか拒否しても来そう」

 

 コノハの耳が嬉しそうに揺れる。

 その夜。

 私とコノハは、都内の外れにある古い料亭に向かった。

 表向きは完全予約制の高級店。

 だが裏では、妖怪やそれに近い者たちが集まる場として使われている。

 店の奥座敷へ案内されると、そこにはすでに十数人の妖怪がいた。

 

 鬼。天狗。川の者。蛇の気配を持つ女。狐や狸の同族らしき者もいる。

 外見は人間に擬態しているが、妖気の質は隠しきれていない。

 いや、ここでは隠す必要がないのだろう。

 

 「お、来たかシズク!」

 

 座敷の中央で、すでに酒瓶を抱えていたイバラが手を振る。

 

 「早い。もう飲んでる」

 「会合前の潤滑油だ」

 「それを世間では酒盛りって言う」

 

 私が座敷に入った瞬間、いくつかの視線がこちらに集まった。

 そのうち何人かは、露骨に背筋を伸ばす。

 八尾の妖狐。

 普段はVTuberだの確定申告だの油揚げだのと言っていても、妖怪としての格はそう簡単に消えない。

 こういう場に出ると、自分が妙に古い側の存在なのだと思い出させられる。

 

 「シズク殿、お席はこちらです」

 

 コノハが自然に私の隣を確保する。抜け目ない狸である。

 ほどなくして、料理が運ばれてきた。

 イバラは当然のように高そうな酒を開けていた。

 

 「それ、誰の支払い?」

 「会費」

 「堂々としすぎ」

 

 向かいに座っていた若い河童の男が、興味深そうにこちらを見てきた。

 

 「シズクさんって、今はその……ぶいちゅーばー、でしたっけ。そういうのをやってるらしいですね。儲かるんですか?」

 「まあ、ぼちぼち」

 

 私は無難に答えた。

 実際、ぼちぼちである。

 トップ層ほどではないが、生活はできる。案件もある。3D化もした。

 現代妖怪としては、かなり上手くやっている方だろう。

 別の若い妖怪が苦笑した。

 

 「俺もやろうかと思ったんですけどね。今はもうレッドオーシャンだって聞いて。人間も妖怪も、みんな配信してるじゃないですか」

 「気軽に始められるけど、続けるのが大変なんだよ」

 「やっぱり?」

 「配信内容、サムネ、タイトル、切り抜き、案件対応、税金。妖力より事務能力の方が大事まである」

 「夢がないなぁ」

 「現代は夢だけじゃ家賃払えないからね」

 

 若い妖怪たちが、妙に納得した顔をする。

 コノハがにこりと補足した。

 

 「ただ、続けられるなら悪くない仕事です。人間の感情を直接集められますし、存在を忘れられにくくなりますから」

 「なるほど。信仰の現代版みたいな?」

 「乱暴に言えば、そんな感じ」

 

 私が言うと、何人かが感心したように頷いた。

 その時、座敷の奥から低い声が響いた。

 

 「感情を集めるなら、騒ぎを起こす方が早いと考える愚か者も増えた」

 

 場の空気が少し変わる。

 声の主は、白髪の老人の姿をした妖怪だった。

 見た目は人間の老人だが、気配は座敷の誰よりも古い。山とも川とも獣ともつかない、土地そのものが形を持ったような妖気。

 おそらく、この場の最古参だ。

 老人は静かに酒を置いた。

 

 「最近、妖怪としての力を使い、人間相手に盗みを繰り返す集団が出ている。金品、情報、場合によっては戸籍や口座まで奪う」

 「また面倒な話ですね」

 

 私が言うと、老人は頷く。

 

 「騒ぎになれば、我らにも火の粉が及ぶ。のらりくらりと人間に紛れ、少しずつ社会へ根を張るなら、目立つ妖怪は困る」

 

 イバラが酒を飲みながら、鼻を鳴らした。

 

 「うちの計画にも邪魔だな。馬鹿が人間を刺激すると、土地を買うどころじゃなくなる」

 「あんたの妖怪帝国計画もたいがい刺激的だけど」

 「静かにやってるからいいんだよ」

 

 静かに妖怪帝国を作る。

 言葉だけ聞くとだいぶおかしいが、派手に暴れるよりずっと現実的なのかもしれない。

 老人は続ける。

 

 「陰陽師は、近代化のために国から姿を消した。少なくとも、表向きの制度としてはな」

 「…………」

 「されど、妖怪を相手する者は消えていない」

 

 座敷の空気が、少し冷えた。

 陰陽師。祓い屋。退魔師。呼び名はいろいろあるが、人間の側にも私たちを知る者はいる。

 科学だ近代化だと表向きでは笑い飛ばしても、裏では古いものを扱う者が残っている。

 

 「つまり、盗みをやってる連中が騒ぎを大きくすると、そういう人間が出てくるかもしれないってこと?」

 「そうだ」

 

 老人の視線が、私とイバラに向いた。

 

 「古い者ほど、若い愚か者の後始末を嫌がる。だが、放置すれば面倒は大きくなる。シズク、お前は人間社会への適応がうまい。イバラ、お前は若い妖怪を集めている。どちらも無関係ではいられまい」

 

 イバラは面倒くさそうに頭を掻いた。

 

 「盗み集団ねえ。使えそうなら回収して配下。駄目ならぼこるか」

 「発想が雑」

 「でもやるだろ、お前も。人間の祓い屋だの何だのが出てこられたら、配信どころじゃないぞ」

 「……それは困る」

 

 私は天ぷらを一つつまんだ。揚げたてで美味い。

 無料の飯を食べに来たはずなのに、面倒事の匂いがする。まったく、妖怪の集まりなんて来るものではない。

 コノハが隣で、静かに言った。

 

 「シズク殿が関わるなら、わたしもお手伝いします」

 「だろうね」

 「シズク殿の平穏な配信生活を守るためです」

 「私の平穏って、最近ずっと守られてない気がする」

 

 老人が、かすかに笑った。

 

 「平穏とは、ただ待っていて得られるものではない。時に、面倒を先に潰しておくことも必要だ」

 

 正論は嫌いではないが、面倒な時に聞くと腹が立つ。

 私は盃を置き、ため息をついた。

 

 「で、その盗み集団の情報は?」

 「あとで渡す」

 「報酬は?」

 「この場の者で融通しよう」

 「タダ飯だけで働かせる気じゃないでしょうね」

 「それはいつも飲み食いしてるイバラだけだ」

 

 イバラが笑い、場の空気が少しだけ緩む。

 そのあとは、若い妖怪たちの近況や、最近流行っている都市伝説系の弱い妖怪の話、古い井戸の管理問題、河童の用水路バイト事情など、妙に生活感のある話が続いた。

 

 妖怪の会合といっても、結局は現代社会の町内会みたいなものだ。

 違うのは、話題の中身くらい。

 

 ***

 

 帰り道。

 夜の街を、私とコノハは並んで歩いた。

 

 「参加してみると、思ったより普通だったね」

 「はい。少し物騒な町内会のようでした」

 

 スマホには、老人から送られてきた盗み集団の情報が届いている。見るだけで面倒くさい。

 

 「シズク殿」

 「何」

 「今回の件、配信には使えなさそうですね」

 「さすがにね。雑談ネタにしづらい」

 「では、裏で片付けて、表では平穏に配信しましょう」

 「簡単に言う」

 

 コノハは微笑んだ。

 

 「わたしたちは、現代社会に適応した妖怪ですから」

 

 私は小さく笑った。

 タダ飯につられて顔を出しただけのはずが、厄介事が増えた。けれどまあ、それも古参妖怪の役目ということで、今回は我慢しよう。

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