妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
休日の朝。
私は、スマホに送られてきた資料を眺めながら、深くため息をついた。
「盗み集団って言うから、もうちょっと大物かと思ったんだけどね」
「相手は三名。いずれも若い妖怪。手口は、夜間に人間を軽く惑わせ、財布やスマートフォンを盗む。時には空き巣まがいの行為もあり……ですね」
隣でコノハが、資料を読み上げる。
先日の妖怪会合で話に出た、人間相手に盗みを繰り返している連中。
古参の妖怪から情報を渡され、イバラからも「捕まえたあと呼べば回収する」と連絡が来た。
そして私たちの休日は潰れた。
「まあ、さっさと捕まえて、イバラに引き渡して終わりにしよう」
「はい。午前中に片づけて、午後はゆっくりしましょう」
「コノハ、その顔で買い物袋持ってると、完全に休日の主婦なんだけど」
「シズク殿の食生活を守るのも、相方の務めですので」
私は何も言わずに歩き出した。
目的地は、都内の古い商店街から少し外れた住宅地。
最近、奇妙な置き引きや空き巣が続いているらしい。
人間の警察も動いてはいるが、犯人が妖怪なら普通には捕まらない。
もっとも、妖怪同士なら話は別である。
「この辺りだね」
昼前の住宅街で人通りは少ない。
監視カメラはあるが、設置位置が甘い。
昔ながらの家と新しいアパートが入り混じり、路地も多い。
盗みには向いている。
だからこそ、下手な妖怪が調子に乗る。
「シズク殿、あちらです」
コノハが目線だけで示す。
路地の奥で、若い男三人が立っていた。
見た目は人間だが、妖気が薄く漏れている。
一人はイタチ、もう一人はネズミ、最後はよくわからない毛玉系の何か。
格は低いが、小賢しい。
彼らは通行人の老婆に軽く妖術をかけ、意識を逸らした隙に鞄へ手を伸ばそうとしていた。
「はい、現行犯」
私は指先を鳴らした。
「縛」
三人の体が、ぴたりと固まる。
老婆は何も気づかず、そのままゆっくり歩いていった。
コノハがさりげなく鞄の位置を直し、にこりと見送る。
「さて」
私は三人の襟首を掴み、監視カメラの死角になっている路地裏へと引きずり込んだ。
「ひっ……!」
「な、なんだよ、あんた……!」
「同業者だよ。かなり上の」
尻尾を一本だけ出し、少しだけ妖気を濃くする。
それだけで三人は青ざめた。
コノハはにこにこと笑っている。
「皆さん、盗みをするなら、まず基本的な防犯知識を身につけましょうね」
「説教の方向性おかしくない?」
「シズク殿、彼らはどうせイバラ社長に引き渡されます。今後、下働きとして更生するなら、最低限の知識は必要かと」
なるほど。妙に納得してしまった。
私は三人の前で腕を組む。
「なら、まずは、監視カメラの死角でやるにしても動線が雑。入口と出口が一つしかない路地でやるな。逃げ道がない」
「は、はい……」
「あと、同じ地域で騒ぎになるほど盗むな。警戒が強まる。やるならもっと広い範囲で、少しずつ」
「シズク殿」
「何」
「指導が悪い意味で実践的すぎます」
「言ってから思った」
コノハも続ける。
「それと、財布やスマートフォンをまとめて盗むと足がつきやすいです。特にスマートフォンは位置情報があります。現代社会を舐めてはいけません。怖いですよ、スマホは」
私は頷いた。
スマホは怖い。個人情報、位置情報、通話履歴、決済アプリ。それらから足がつく可能性がある。
「あと、防犯カメラがないと思っても、最近は車載カメラとかドアベルカメラとかあるからね」
「ど、どあべる……?」
「玄関の呼び鈴にカメラがついてるやつ」
若い妖怪たちは、完全にしゅんとしていた。
盗みの説教というより、現代防犯講座になっている。
「まあ、今回はここまで。あとはイバラのところで働きなさい。用水路掃除とか、土地管理とか、たぶん仕事あるから」
「鬼のところ……?」
「嫌なら警察か祓い屋コースだけど」
「鬼でお願いします!」
判断が早い。
私はイバラに連絡を入れた。しばらくすると、以前見た河童の女妖怪が軽トラックで現れた。
「どーも。回収に来ましたー」
「またあんたか」
「現場仕事はだいたいうちです。ほら、乗れー。社長が草刈りと倉庫整理の仕事用意してるぞー」
三人は怯えながら荷台に乗せられていく。
途中で人間としての擬態を解き、小動物じみた姿になったため、荷台にいても警察に呼び止められることはなさそうだ。
河童は私たちに軽く頭を下げた。
「助かりました。最近、若いのが調子乗って困ってたんすよ。悪いことしても、こわーいお姉さんにすぐ捕まるということが広まると、いろいろ楽になります」
「またやらかさないよう、きちんと教育しといて」
「はい。まずはスマホの位置情報から教えます」
「そこからかぁ」
軽トラックが去っていく。
私は伸びをした。
「大したことなかったね」
「はい。午前中で片づきました」
「じゃあ帰って昼ごはんにしよ。今日は何?」
「油揚げと鶏そぼろの混ぜご飯を予定しています」
「いいね」
そうして、私たちは家へ戻った。
戻った……のだが。
玄関の前に立った瞬間、私は違和感を覚えた。
鍵が開いている。
「……コノハ」
「はい」
コノハの声が低くなる。
私は扉に手をかけ、ゆっくり開けた。
部屋の中は、荒らされていた。
引き出しが開けられ、棚の中身が床に散らばっている。
机の上の書類も動かされている。
配信機材は無事。財布やノートPCも残っている。
ただ、明らかに何かを探された跡だった。
「空き巣……ではあるけど、金目当てじゃないね」
「シズク殿、こちらを」
コノハが、私の古い小物入れを見つけていた。フタが開いている。
中に入れていたはずの、古い名刺入れが消えていた。
「……それだけ?」
「はい。少なくとも、今見える範囲では」
私は無言で部屋を見渡した。
古い名刺入れ。
大正から昭和の初め頃に使っていたものだ。
今の身分とは関係ないし、金銭的価値もほぼない。
だが、過去の縁を辿る手がかりにはなる。
「私の過去が狙いか」
「その可能性が高いですね」
コノハの目が、静かに濁っていた。怒っている。私のものを盗まれたからだ。
「イバラ社長に連絡しますか?」
「いや」
私は首を振った。
「まずは私たちで動く」
「承知しました」
即答だった。
私は部屋の中に残るわずかな妖気を嗅ぐ。
さっき捕まえた若い妖怪たちとは違う。もっと薄く、古く、嫌な感じのする気配。
人間か。妖怪か。それとも、その中間か。
「コノハ、防犯カメラの確認」
「はい。マンション共用部と近隣のカメラ位置を洗います。管理会社には、適当な理由で問い合わせます」
「私は残った妖気を追う。あと、盗まれた名刺入れの中身を思い出す」
「シズク殿」
「何?」
「無茶はしないでください」
「それはこっちの台詞」
私たちは顔を見合わせた。
休日は終わった。昼ごはんも、たぶん遅れる。
さっきまで若い妖怪に偉そうに防犯講座をしていたのに、自宅を荒らされるとは、なんとも間抜けな話である。
私は床に落ちていた尻尾用ブラシを拾い上げ、ため息をついた。
妖怪でもわかる現代防犯講座。
その第一回目の結論は、こうだ。
──他人に説教する前に、自宅の防犯を見直しましょう。
まったく、世知辛い話である。