妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
薄い妖気の糸を辿った先にあったのは、古い骨董店だった。
駅前の賑わいから少し外れた路地。
古びた木製の看板には、かすれた文字で店の名前が書いてある。
ガラス戸の向こうには、壺、掛け軸、木彫りの面、錆びた刀の鍔、あとよくわからない箱。
いかにも、曰くつきのものが一つや二つ紛れていそうな店だった。
「……趣味悪いね」
「はい。いかにも待ち構えています、という店構えです」
コノハが隣で静かに言う。
普段なら「シズク殿、危険ですから私が先に」などと言い出すところだが、今日は違った。
私の少し後ろ、すぐ手が届く位置。
近すぎず、離れすぎず。
相方として、最も動きやすい場所に立っている。
「何がいるのやら」
私はガラス戸に手をかけた。
からから、と乾いた音を立てて戸が開く。
店内は薄暗かった。
古い紙と木と埃の匂いに混じって、はっきりとした妖気がある。
奥に、一人の男が座っていた。
「来たか」
男はまるで約束でもしていたかのように言った。
黒い髪を後ろで束ね、細い目をした長身の男。着流しに羽織という、今どき骨董店でもなかなか見ない格好だ。
だが、その背筋は妙に自然で、古臭さよりも馴染みの良さを感じさせる。
そして何より、背中に隠しきれない風の気配。
天狗だ。
それも、アヤメのような若い者ではない。もっと古く、もっと力がある。
「待たせた覚えはないんだけど」
「盗んだ物を辿れば、あんたなら来ると思った」
男は古い名刺入れを取り出した。
私のものだ。
「まずは謝っておこう。勝手に持ち出したことは悪かった」
そう言うと名刺入れをこちらへ滑らせる。
軽い。謝罪や仕草が、あまりにも軽い。
私は受け取ると中身を確認した。
古い名刺は残っている。
妙な細工も、すぐ見える範囲では見当たらない。
「話がしたかっただけなら、普通に連絡すればよかったんじゃない?」
「それで来たか?」
「来ないね」
「だろう」
男は笑った。
コノハの気配が、背後でわずかに濃くなる。
怒っている。
私の物を盗んだ相手が、軽い態度で笑っているからだ。
私は片手でコノハを制し、男を見る。
「で、話って何」
「なあ、現代でも珍しい強い妖怪のあんたに聞きたいんだが」
男の目が、細くなる。
「もっとでかいことをする気はないのか?」
「でかいこと?」
「人間に紛れて配信をし、案件やグッズで稼ぐ。なるほど、今の時代に合わせた生き方としては悪くない。だが、あんたほどの妖怪がそれだけで満足しているのか?」
その声は静かだった。
だが、言葉の奥には熱がある。
「強い妖怪は減った。古い妖怪も減った。残った者は、息を潜めるか、人間の真似事をして日銭を稼ぐか。だが本当にそれでいいのか。人間の作った枠の中で、可愛い顔をして、投げ銭をもらう。それが妖怪の生き方だと?」
「耳が痛いような、そうでもないような」
「八尾の妖狐。あんたなら、もっと多くを動かせる。古い連中も、若い連中も、あんたの名なら耳を貸す。人間社会の裏へ、もっと深く根を張ることもできる」
私は黙って聞いた。
男は続ける。
「組まないか。俺たちと」
「俺たち、ね」
「古い妖怪が、ただ消えていく時代は終わりにしたい」
店内の空気がほんの少しだけ揺れた。
棚の上の面が、からりと鳴る。
私は名刺入れを懐にしまった。
「何をするにしても、自分で考えて自分で決める。少なくとも、利用してやろうと考える天狗とは組めない」
そう返すと、向こうは少しだけ楽しそうに笑った。
「そうかい。それなら、これ以上話してもどうしようもない。返すものは返した。俺は帰る」
「ただで返すと思ってる?」
相手が立ち上がるのに合わせて、私は一歩前へ出た。
店内に、金色の妖気が薄く広がる。
棚の上の古道具が、かすかに震えた。
「人の家を荒らして、私の過去に手を突っ込んで、話が済んだから帰ります? ずいぶん礼儀のいい天狗だね」
「おっと、街中だぞ」
「だから小手調べで済ませてあげる」
男の目が初めて鋭くなった。
次の瞬間、風が走った。
狭い店内で、男の姿がかき消える。
ただの移動ではない。空気の流れに身を乗せ、視線と気配の隙間を抜ける天狗の動き。
だが、見えないほどではない。
「縛」
私が一声発すると、店内の空気が重くなる。
男の足が一瞬止まった。
しかし、完全には止まらない。
風の刃が走り、私の頬の横をかすめて、背後の柱に浅い傷を刻んだ。
「へえ。効きが浅い」
「そっちこそ。今ので捕らえる気だったなら甘いな」
私は笑った。
久しぶりだ。
こういう、ただの雑魚ではない相手と向き合う感覚は。
もちろん、本気は出せない。なにせ都市の中だ。
派手に妖気をぶつければ、妖怪以外の面倒な者たちも嗅ぎつけてくる。
だから互いに刃を抜ききらない。
爪先だけで相手の深さを測る。
「はっ!」
男が棚を蹴り、天井近くへ跳ぶ。
私は八本の尻尾を一瞬だけ広げ、そのうち二本で風の流れを叩き落とした。
骨董品が落ちかける。
コノハがすっと動き、割れる前に受け止める。
「シズク殿、店の物が」
「あとで天狗に請求する」
「細かいな、妖狐」
「現代社会は、昔よりも気をつけるべきことが多いんだよ」
私は床を蹴った。
一気に距離を詰め、相手の襟元へ手を伸ばす。
全力ではなくとも、私の妖力で縛って捕まえればそれで終わる。
男の目がわずかに動いた。
向かう先は、私ではなく私の後ろ。
「コノハ……!」
風が折れた。
男の指先から放たれた小さな羽根が、まるで矢のようにコノハへ向かう。
威力は低く、致命傷にはならない。
だが、私の動きを一瞬ずらすには十分だった。
私は反射的に身を引き、コノハを腕の中へ抱き寄せた。
「シズク殿……!?」
羽根が私の肩口をかすめる。
痛みより先に、苛立ちが来た。
「コノハを狙うとは、いい度胸だね」
「狙ったわけじゃない。試しただけだ」
男はすでに戸口へ移動していた。
こちらがコノハを守ると読んで、その隙を使ったのだ。
腹が立つ。かなり腹が立つ。
しかし、逃げ足は天狗の得意分野だ。
この距離で、街中で、無理に追えば被害が出る。
男は戸口に立ち、こちらを振り返った。
「嬉しいよ」
「何が」
「まだ古くて強い妖怪がいる。現代の皮を被っても、牙を失っていないやつがいる」
天狗は笑う。
「また会おう、八尾の妖狐」
「今度出てきたら逃がさない」
「それは楽しみだ」
風が吹いた。
ガラス戸がからんと鳴り、次の瞬間にはその姿は消えていた。
店内に残ったのは、埃と古道具の匂い。
そして、かすかな天狗の妖気だけ。
私は舌打ちした。
「ちっ、逃げられた……コノハ?」
反応がないので腕の中を見下ろすと、コノハは固まっていた。
顔は真っ赤で、人間としての擬態は解けている。
耳はぺたりと伏せ、尻尾は限界まで膨らんでおり、呼吸すら忘れているように見える。
「……大丈夫?」
「シズク殿が」
「うん」
「何の迷いもなく、私を抱き寄せて」
「ああ、まあ、狙われたからね」
「当然のように」
「相方だからね」
その瞬間、コノハの体がびくんと震えた。
「相方……だから……当然……」
「あ、まずい」
私は察した。
これは戦闘の余韻ではない。
別方向で完全に限界を迎えている。
「コノハ、今は動ける? 犯人逃げたし、ここも長居しない方がいいんだけど」
「無理です」
「即答するな」
「シズク殿に当然のように守られ、抱き寄せられ、相方だからと断言されました。足に力が入りません」
「妖怪としての足腰が弱すぎる」
私はため息をついた。
仕方なく、コノハの肩を支えながら店を出る。
彼女はまだ、ふわふわした顔で私の腕に寄りかかっていた。
名刺入れは戻り、犯人の正体もわかった。ただし逃げられた。
そして相方は、抱き寄せられた衝撃で使い物にならない。
今日の収穫としては、良いのか悪いのか判断に困る。
「シズク殿」
「何」
「帰ったら、もう一度、相方だからと言ってください」
「言わない」
「では、抱き寄せるだけでも」
「しない」
まったく。
力ある天狗よりも、腕の中でとろけている化け狸の方が、今の私にはよほど扱いづらかった。