妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
「ええと……お疲れ様です。先日のタイアップ案件の件ですが、スケジュールの調整がつきました。企画書の構成案についても拝見し、問題ございません。引き続き、よろしくお願いいたします……っと」
カタカタと軽快なタイピング音を響かせ、私は事務所の担当マネージャーへのチャットを送信した。
数秒後、画面の向こうから『迅速なご対応助かります! では、こちらの進行で進めますね』という、絵文字付きの返信が返ってくる。
(よしよし、今日もそつなく社会人をこなしているな、私)
Vtuberといえど、裏側のやり取りは立派なビジネスである。
メールのマナーや関係各所への根回し、スケジュールの自己管理。
何百年も人間社会の酸いも甘いも噛み分けてきた妖狐たる私にとって、この程度のビジネスマナーなど息をするより容易い。
我々《きつたぬ》が所属する事務所は、業界でもそこそこの規模を誇る。
とはいえ、チャンネル登録者が数百万人に達し、街頭ビジョンや地上波番組に引っ張りだこなトップ層の先輩たちは、我々からすれば完全に雲の上の存在だ。
登録者数10万人台の我々は、いわゆる中堅層。
一部の熱狂的なファンに支えられ、日々の配信とたまに来る案件で、手堅く日銭を稼ぐ日々である。
「シズク殿、マネージャー様とのやり取り、お疲れ様です。玉露を淹れましたよ。お茶請けは、京都から取り寄せた和三盆の干菓子です」
「ん、ありがと」
すっかり私の部屋に居座り、甲斐甲斐しく世話を焼く同居人となったコノハが、絶妙な温度で淹れられたお茶をデスクに置いた。
強引に合鍵を使われて始まった同棲生活だが、彼女の家事スキル(と財力)があまりにも高すぎるため、情けないことに私は完全に飼い慣らされつつあった。
極上の油揚げと引き換えなら、百合営業がガチになってもまあいっか、という謎の妥協すら生まれ始めている。
「あーあ、コンビニ行きたいけど、耳と尻尾隠すの面倒くさいな」
「わたしが買ってまいりますよ? シズク殿は何がお望みですか?」
「いや、たまには外の空気吸いたいだけ。……妖術で人間に擬態するのって、地味に力を使うんだよね」
私は金色のふさふさな尻尾をだらんと垂らしながらぼやいた。
人間に紛れて暮らすのは、それはそれで苦労があるのだ。
【配信中】
『──というわけでね、我々妖怪が現代社会で生きていくのって、みんなが思ってる以上にハードモードなんだよ!』
その日の夜の雑談配信。
私は昼間の愚痴を、そのままロールプレイというオブラートに包んで、リスナーに向けて語っていた。
画面の横では、コノハのアバターが相槌を打つように揺れている。
『まずはね、この狐耳と尻尾! 配信中は出しっぱなしでいいから楽だけど、一歩外に出る時は妖術で完全に隠さないといけないの。一瞬でも気を抜いたら「あ、コスプレですか?」とか言われるし。最悪、通報されかねないからね』
『そうですよねぇ。わたしも、油断すると耳と尻尾が出そうになっちゃって大変です』
『でしょ!? それにさ、一番しんどいのが寿命の差問題!』
私はヒートアップして、マイクに身を乗り出した。
『人間って長生きしても100年くらいじゃん? でも私たち妖怪って、放っておくと何百年も同じ姿のままだから、同じ場所に長く住めないのよ。「あの奥さん、50年経っても20代のままね……」ってご近所で噂になったらジ・エンド! いやまあ、歳を取った外見を、妖術であれこれすればどうにかなるけども』
[コメント]
・設定細かくて草
・妙にリアルな悩みでワロタ
・ファンタジーなのに世知辛い
『それとね、定期的に自分の葬式を出すの!』
『あー、やりますね、お葬式』
『そう! 戸籍を抹消するために一回死んだことにして、遠い親戚の養子とか、自分の孫って設定で新しい戸籍を作り直すの! 名付けて戸籍ロンダリング! これがもう、役所の手続きがめっちゃくちゃ面倒くさいのよ!』
[コメント]
・戸籍ロンダリングwww
・お役所仕事には勝てない妖狐
・シズクちゃん役所への恨みがガチっぽいぞw
『ほんと、みんなも妖怪に生まれたら苦労するよ〜?』
私が冗談めかして笑うと、横にいたコノハが、ふんわりとした、けれどどこか湿度を帯びた声で口を開いた。
『ええ、本当にそうですね。……わたしも過去に三度ほど、シズクちゃんのお葬式に参列しましたけど。偽装だとわかっていても、棺のなかで眠るシズクちゃんを見るたびに、本気で血の涙を流しちゃいましたもん』
『……え?』
『あの時、いつも誓うんです。もし、本当にシズクちゃんがいなくなるような日が来たら、わたし、この世界を壊せるだけ壊して、あとを追おうって……♡』
[コメント]
・重い重い重い!!!
・コノハちゃん!?!?
・愛が重すぎる
・ガチトーンやめろwww
・橙スパチャ(¥4,000):メンヘラ化け狸てぇてぇ!!
(バカ、お前それ設定じゃなくて、大正と昭和にやったガチのやつじゃん……!!)
背筋に冷たい汗が伝う。
リスナーたちは重すぎる百合設定として面白がりつつスパチャを投げているが、私は知っている。
こいつは私が死んだら、国を一つか二つ道連れにする気だ。
『あ、あはは! コ、コノハったら、またまた演技派なんだからぁ〜! みんな、コノハのヤンデレお芝居に騙されないでね!? ほら、そろそろ時間だし、今日はこの辺でおつたぬー!』
【配信後】
「ふぅ……っ、危なかった。コノハ、配信中にマジトーンで過去のやばいエピソードをぶっ込むのはやめなさいって言ってるでしょ!」
「申し訳ありません。ですが、事実ですので。……あ、シズク殿。確か、近いうちに事務所へグッズのサインを書きに行くんですよね? その時のお弁当は、油揚げの肉詰めとお稲荷さん、どちらが良いですか?」
「……り、両方」
「ふふっ、畏まりました」
嬉しそうに尻尾を振る狸の妖怪を横目に、私は深くため息をついた。
上位陣の背中はまだまだ遠いし、現代社会のルールは窮屈だ。おまけに相方の愛は底なし沼のように深くて重い。
けれど、ディスプレイの向こうで本日の収益額を示す数字と、キッチンから漂う極上の出汁の香りが、私をこの生活に繋ぎ止めている。
(まあ、次の戸籍ロンダリングの時……こいつと一緒なら悪くない、か)
そんな柄にもないことを考えたのは、きっと疲れて糖分を欲しているせいだ。
私はコノハが残してくれた和三盆をポイッと口に放り込んだ。