妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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30話 妖狐の私、人間社会で稼いで生きていく

 盗まれたものは戻ってきた。

 謎の天狗の男には逃げられた。

 そしてコノハは、私に当然のように抱き寄せられた余韻で、しばらく使い物にならなかった。

 以上が、ここ数日の大まかな成果である。

 

 「成果としては、なんとも微妙ですね」

 

 リビングの床に正座したアヤメが、神妙な顔で言った。

 今日は、謎の天狗について情報共有をするため、アヤメを家に呼んでいた。

 もちろんコノハもいる。

 というか、私の隣にぴったり座っている。

 

 「アヤメ、本当に心当たりないの?」

 「ありません。力ある天狗の男、と言われても、天狗はそもそも山ごと、系統ごとでかなり繋がりが薄いので」

 「同族ネットワークとかないんだ」

 「あるところにはありますが、私は若輩ですし。そもそもシズク先輩に比べれば、天狗社会での顔もまだまだ……」

 

 アヤメは悔しそうに唇を尖らせた。

 

 「申し訳ありません。お役に立てず」

 「別に責めてないよ。まあ、私やコノハみたいに、同族との関係があんまりない類いのやつか」

 

 私は納得した。

 妖怪といっても、みんながみんな種族でまとまっているわけではない。

 私も狐の集まりと密に付き合っているわけではないし、コノハも狸社会からはだいぶ外れている。

 長く生きれば生きるほど、群れから離れる者もいる。

 あの天狗も、たぶんそういう手合いなのだろう。

 

 「とはいえ、また来るかもしれません」

 「来たらその時考える」

 「シズク殿らしいですね」

 「先の面倒事より、今日の配信の方が大事」

 

 そう。

 今日は夜に配信がある。

 内容はリスナーからの要望が多かった、妖怪系シチュエーション台詞練習だ。

 非常に嫌な予感がする企画だった。

 

 「では、練習しましょう!」

 

 アヤメが勢いよく立ち上がる。

 

 「今回のシチュエーション案は、こちらです!」

 

 彼女が取り出したメモには、丸っこい字でこう書かれていた。

 ──生意気な烏天狗の後輩を、妖狐の先輩がわからせる。

 

 「もう帰っていい?」

 「まだ始まってもいません!」

 

 アヤメは頬を赤くしつつも、やたらと期待した目でこちらを見てくる。

 

 「具体的には、壁際に追い詰められ、翼を掴まれ、『もう勝手に飛んでいけないようにしてあげる』とささやかれる感じで……」

 「背徳的な匂いがぷんぷんです」

 「コノハも乗らない」

 

 コノハは表面上は平静だった。

 だが、狸耳の先がぴくぴく動いている。

 絶対に頭の中で勝手な想像をしている。

 

 「アヤメ、そういうの配信でやるには少し強すぎる。翼を折るとか二度と飛べないようにとかは、さすがに表現を丸めなさい」

 「では、翼を捕まえて、逃げられないようにする程度で」

 「程度とは」

 

 とはいえ、キャラ練習としては使えなくもない。

 アヤメは今後、生意気な後輩路線を固めるつもりらしい。

 その相手役として、私が強めに出る練習をする。

 そう考えれば、一応仕事だ。

 

 「じゃあ、軽くね」

 

 私はソファから立ち上がり、アヤメの前へ歩いた。

 改めて見ると、アヤメは小さい。

 黒髪に小柄な体。翼を隠している今は、少し背伸びした少女に見える。

 

 「では、お願いします!」

 「はいはい」

 

 私はアヤメの肩を軽く押し、壁際へ追い詰める。

 もちろん本気ではない。

 壁にぶつからないよう、ちゃんと手で支えている。

 だが、アヤメはそれだけで顔を赤くした。

 

 「シ、シズク先輩……」

 「悪い後輩だね、アヤメ」

 

 私は低めの声で言う。

 

 「勝手に飛んで、勝手に騒いで、勝手に私の隣に立とうとして」

 

 アヤメの背中から、幻のように黒い翼が現れた。

 半分は妖気。

 半分は本人の気分だろう。

 私はその翼の端を、そっと掴む。

 

 「ひゃっ」

 「逃げられると思った?」

 「お、おお……」

 

 アヤメが妙な声を出した。

 

 表情は平静を装っている。

 だが目が泳いでいる。

 あまつさえ、こちらを上目遣いで見上げてくる。

 

 「これは、いけませんね……先輩に翼を捕まれ、自由を奪われ、悪い後輩への罰として……」

 「妄想しない」

 「してません」

 「顔に出てる」

 「長生きしていると、色々な知識が自然と」

 「自然とじゃないでしょ」

 

 私は翼から手を離し、アヤメの額を指で軽く弾いた。

 

 「痛っ」

 「はい、練習終了」

 「もう少し! もう少しだけ、わからせの続きを!」

 「配信前に限界化するな」

 

 コノハがにこにこと笑っている。

 

 「シズク殿、わたしにも同じ練習を」

 「狸に翼ないでしょ」

 「尻尾があります」

 「なおさらダメ」

 

 結局、アヤメは落ち着くために、なぜか私の膝の上に座ることになった。

 理由は「シチュエーション後の余韻を整えるため」らしい。

 意味がわからない。

 小柄なアヤメは、座っている私の上にすっぽり収まった。

 本人は神妙な顔をしているが、さりげなく背中をこちらへ押しつけてくる。

 

 「アヤメ」

 「何でしょう、シズク先輩」

 「当たり前みたいに体重預けるな」

 「後輩として、先輩の安定感を学んでおります」

 「言い訳が雑」

 

 コノハが、静かに私の横へにじり寄る。

 

 「シズク殿」

 「何」

 「わたしも膝に」

 「無理」

 「では背中に」

 「もっと無理」

 「では尻尾だけでも」

 「あとで」

 

 そう言うと、コノハの耳がぴんと立った。

 

 「あとで、ですね」

 「しまった」

 

 なんだかんだで、準備は進んだ。

 夜。

 いつもの防音部屋。

 画面には、私、コノハ、アヤメの2Dアバターが並んでいる。

 コメント欄は開始前から妙に期待値が高かった。

 

 【配信中】

 

 『みんなー、こんばんきつたぬー!』

 『こんばんきつたぬです、皆さん』

 『こんばんてんぐです! 本日は先輩方と、シチュエーション台詞の練習をしていきます!』

 

 [コメント]

 ・待ってた

 ・アヤメちゃんいる!

 ・シズクちゃんの低音ください

 ・コノハちゃん耐えられる?

 ・わからせ天狗回ですか?

 

 『えー、わからせ天狗回ではありません』

 『違うのですか?』

 『アヤメまで乗るな』

 

 私は台本を表示する。

 

 『今日はあくまで、ボイス企画に向けた練習です。強すぎる表現はマイルドにします。健全にいきます』

 『健全な範囲で、シズクちゃんに捕まえられます』

 

 まずはコノハの台詞練習から。

 甘やかし系後輩。

 これは得意分野なので、普通に上手い。

 

 『先輩、今日もお疲れさまです。ご飯できてますよ。……えへへ、たくさん食べてくださいね』

 

 [コメント]

 ・これは嫁

 ・胃袋掴まれる

 ・コノハちゃん安定感ある

 ・シズクちゃん毎日これ聞いてるの?

 

 『まあ、だいたい』

 『シズク殿……シズクちゃんには、毎日もっと濃いものをお届けしています』

 『濃いものって言うな』

 

 次はアヤメ。

 

 『ふふん。先輩、私がいないと寂しかったんじゃないですか? まったく、仕方ありませんね。今日だけは隣にいてあげます』

 

 [コメント]

 ・生意気かわいい

 ・方向性見えてきた

 ・これは後輩天狗

 ・最後に照れてほしい

 

 『うぐ……やはり、少し恥ずかしいですね』

 『そこがいいんじゃない? 生意気だけど、押されると弱い後輩』

 『シズク先輩に分析されました……!』

 

 そして、私の番だった。

 

 『じゃあ、軽くね』

 

 私は声を落とす。

 

 『アヤメ。そんなに勝手に飛び回りたいなら、私が捕まえておこうか』

 

 コメント欄が少し静かになる。

 

 『その翼、今日は私のもの。逃げたいなら逃げてもいいよ。……捕まえるから』

 

 隣でアヤメが、明らかに息を呑んだ。

 

 『悪い後輩には、ちゃんと罰をあげないとね』

 

 [コメント]

 ・ひぇ

 ・声が良すぎる

 ・アヤメちゃん大丈夫?

 ・コノハちゃんも大丈夫?

 

 アヤメは大丈夫ではなかった。

 コノハも大丈夫ではなかった。

 

 『シズク先輩……っ』

 『シズクちゃん……今のは、少々、いけません……』

 『はい終了。健全に戻ります』

 

 私はすぐ声を戻した。

 これ以上やると、また身内が使い物にならなくなる。

 その後は、三人でわちゃわちゃと台詞を読み合った。

 アヤメが生意気に振る舞い、コノハが甘く受け止め、私が二人に突っ込む。

 時々、私が強めの台詞を言うと二人が同時に固まるので、コメント欄が大いに盛り上がった。

 

 最後に、私は画面に向き直る。

 

 『というわけで、今日の練習配信はここまで。ボイス企画が本当に出るかは未定だけど、需要がありそうならマネージャーに相談してみます』

 

 [コメント]

 ・絶対出して

 ・買います

 ・きつたぬボイス待ってる

 ・アヤメちゃんも出して

 ・妖怪組ボイスください

 

 『はいはい、検討します。じゃあみんな、おつたぬー』

 『おつたぬです』

 『おつてんぐでした!』

 

 配信終了ボタンを押す。

 部屋に静けさが戻った。

 コノハが、そっと私の袖を掴む。

 

 「シズク殿」

 「何」

 「最後に、一つだけ確認してもよろしいでしょうか」

 「どうぞ」

 「これからも、シズク殿の相方はわたしですか」

 「うん」

 

 私は即答した。

 コノハが目を丸くする。

 アヤメは固まった。

 

 「そこはもう、いちいち疑わなくていいでしょ」

 

 私は肩をすくめる。

 

 「アヤメは後輩。ミヤビ先輩は先輩。イバラは酒カス鬼。謎の天狗は面倒な敵か、よくわからない何か。で、コノハは私の相方」

 

 コノハの顔が、ゆっくり赤くなっていく。

 

 「シズク殿……」

 「泣くな。あと抱きつく時は加減して」

 「無理です」

 

 コノハが抱きついてくる。

 アヤメは、うぐぐ、と悔しそうに唸った。

 

 「では私は、いつか真の後輩枠を極めてみせます」

 「後輩枠は争わなくていい」

 

 私は二人を見て、ため息をついた。

 妖狐の私が、人間社会で稼ぐためにVTuberを始めた。

 最初は生きるためだった。

 信仰が薄れ、お供え物が減り、神聖な狐火はプラズマ現象扱い。

 ならば自力で稼ぐしかないと、画面の向こうへ愛嬌を振りまいた。

 

 そこで組んだ化け狸は、営業ではなく本気だった。

 室町の焼け野原から続く、数百年熟成のクソデカ感情を抱えていた。

 平穏とは程遠い。

 けれど、悪くない。

 朝は一緒にご飯を作る。

 昼は企画を考える。

 夜は配信で稼ぐ。

 面倒事が来たら、相方と一緒に蹴散らす。

 そうやって、私はこれからも生きていく。

 

 妖狐として。

 VTuberとして。

 そして、どうしようもなく重い化け狸の相方として。

 

 「シズク殿」

 「何」

 「今夜は尻尾を八本」

 「一本」

 「では、一本を八本分の気持ちで」

 「またそれ言う」

 

 アヤメが小さく手を上げる。

 

 「私は膝上を」

 「夜だから帰りなさい」

 「お泊まりします!」

 「やれやれ……」

 

 私は笑いながら、配信のアーカイブ画面を確認した。

 コメントはまだ流れている。

 高評価も増えている。

 スパチャも、今日の夕飯代くらいにはなっていた。

 画面の中で、狐と狸と天狗のアバターが、終了画面の上で小さく揺れている。

 人間社会は世知辛い。

 妖怪が生きるには、昔よりずっと面倒なことが多い。

 

 「まあ、明日も稼ぎますか」

 

 私がそう言うと、コノハが嬉しそうに笑った。

 

 「はい。どこまでもお供します、シズク殿」

 

 アヤメも負けじと胸を張る。

 

 「私も、後輩としてついていきます!」

 「ほどほどにね」

 

 そうして、今日も夜は更けていく。

 お供え物は減った。

 社は寂れた。

 それでも、画面の向こうには誰かがいる。

 なら、私はそこで笑ってやる。

 重すぎる化け狸と、面倒くさい仲間たちと一緒に。

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