妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
盗まれたものは戻ってきた。
謎の天狗の男には逃げられた。
そしてコノハは、私に当然のように抱き寄せられた余韻で、しばらく使い物にならなかった。
以上が、ここ数日の大まかな成果である。
「成果としては、なんとも微妙ですね」
リビングの床に正座したアヤメが、神妙な顔で言った。
今日は、謎の天狗について情報共有をするため、アヤメを家に呼んでいた。
もちろんコノハもいる。
というか、私の隣にぴったり座っている。
「アヤメ、本当に心当たりないの?」
「ありません。力ある天狗の男、と言われても、天狗はそもそも山ごと、系統ごとでかなり繋がりが薄いので」
「同族ネットワークとかないんだ」
「あるところにはありますが、私は若輩ですし。そもそもシズク先輩に比べれば、天狗社会での顔もまだまだ……」
アヤメは悔しそうに唇を尖らせた。
「申し訳ありません。お役に立てず」
「別に責めてないよ。まあ、私やコノハみたいに、同族との関係があんまりない類いのやつか」
私は納得した。
妖怪といっても、みんながみんな種族でまとまっているわけではない。
私も狐の集まりと密に付き合っているわけではないし、コノハも狸社会からはだいぶ外れている。
長く生きれば生きるほど、群れから離れる者もいる。
あの天狗も、たぶんそういう手合いなのだろう。
「とはいえ、また来るかもしれません」
「来たらその時考える」
「シズク殿らしいですね」
「先の面倒事より、今日の配信の方が大事」
そう。
今日は夜に配信がある。
内容はリスナーからの要望が多かった、妖怪系シチュエーション台詞練習だ。
非常に嫌な予感がする企画だった。
「では、練習しましょう!」
アヤメが勢いよく立ち上がる。
「今回のシチュエーション案は、こちらです!」
彼女が取り出したメモには、丸っこい字でこう書かれていた。
──生意気な烏天狗の後輩を、妖狐の先輩がわからせる。
「もう帰っていい?」
「まだ始まってもいません!」
アヤメは頬を赤くしつつも、やたらと期待した目でこちらを見てくる。
「具体的には、壁際に追い詰められ、翼を掴まれ、『もう勝手に飛んでいけないようにしてあげる』とささやかれる感じで……」
「背徳的な匂いがぷんぷんです」
「コノハも乗らない」
コノハは表面上は平静だった。
だが、狸耳の先がぴくぴく動いている。
絶対に頭の中で勝手な想像をしている。
「アヤメ、そういうの配信でやるには少し強すぎる。翼を折るとか二度と飛べないようにとかは、さすがに表現を丸めなさい」
「では、翼を捕まえて、逃げられないようにする程度で」
「程度とは」
とはいえ、キャラ練習としては使えなくもない。
アヤメは今後、生意気な後輩路線を固めるつもりらしい。
その相手役として、私が強めに出る練習をする。
そう考えれば、一応仕事だ。
「じゃあ、軽くね」
私はソファから立ち上がり、アヤメの前へ歩いた。
改めて見ると、アヤメは小さい。
黒髪に小柄な体。翼を隠している今は、少し背伸びした少女に見える。
「では、お願いします!」
「はいはい」
私はアヤメの肩を軽く押し、壁際へ追い詰める。
もちろん本気ではない。
壁にぶつからないよう、ちゃんと手で支えている。
だが、アヤメはそれだけで顔を赤くした。
「シ、シズク先輩……」
「悪い後輩だね、アヤメ」
私は低めの声で言う。
「勝手に飛んで、勝手に騒いで、勝手に私の隣に立とうとして」
アヤメの背中から、幻のように黒い翼が現れた。
半分は妖気。
半分は本人の気分だろう。
私はその翼の端を、そっと掴む。
「ひゃっ」
「逃げられると思った?」
「お、おお……」
アヤメが妙な声を出した。
表情は平静を装っている。
だが目が泳いでいる。
あまつさえ、こちらを上目遣いで見上げてくる。
「これは、いけませんね……先輩に翼を捕まれ、自由を奪われ、悪い後輩への罰として……」
「妄想しない」
「してません」
「顔に出てる」
「長生きしていると、色々な知識が自然と」
「自然とじゃないでしょ」
私は翼から手を離し、アヤメの額を指で軽く弾いた。
「痛っ」
「はい、練習終了」
「もう少し! もう少しだけ、わからせの続きを!」
「配信前に限界化するな」
コノハがにこにこと笑っている。
「シズク殿、わたしにも同じ練習を」
「狸に翼ないでしょ」
「尻尾があります」
「なおさらダメ」
結局、アヤメは落ち着くために、なぜか私の膝の上に座ることになった。
理由は「シチュエーション後の余韻を整えるため」らしい。
意味がわからない。
小柄なアヤメは、座っている私の上にすっぽり収まった。
本人は神妙な顔をしているが、さりげなく背中をこちらへ押しつけてくる。
「アヤメ」
「何でしょう、シズク先輩」
「当たり前みたいに体重預けるな」
「後輩として、先輩の安定感を学んでおります」
「言い訳が雑」
コノハが、静かに私の横へにじり寄る。
「シズク殿」
「何」
「わたしも膝に」
「無理」
「では背中に」
「もっと無理」
「では尻尾だけでも」
「あとで」
そう言うと、コノハの耳がぴんと立った。
「あとで、ですね」
「しまった」
なんだかんだで、準備は進んだ。
夜。
いつもの防音部屋。
画面には、私、コノハ、アヤメの2Dアバターが並んでいる。
コメント欄は開始前から妙に期待値が高かった。
【配信中】
『みんなー、こんばんきつたぬー!』
『こんばんきつたぬです、皆さん』
『こんばんてんぐです! 本日は先輩方と、シチュエーション台詞の練習をしていきます!』
[コメント]
・待ってた
・アヤメちゃんいる!
・シズクちゃんの低音ください
・コノハちゃん耐えられる?
・わからせ天狗回ですか?
『えー、わからせ天狗回ではありません』
『違うのですか?』
『アヤメまで乗るな』
私は台本を表示する。
『今日はあくまで、ボイス企画に向けた練習です。強すぎる表現はマイルドにします。健全にいきます』
『健全な範囲で、シズクちゃんに捕まえられます』
まずはコノハの台詞練習から。
甘やかし系後輩。
これは得意分野なので、普通に上手い。
『先輩、今日もお疲れさまです。ご飯できてますよ。……えへへ、たくさん食べてくださいね』
[コメント]
・これは嫁
・胃袋掴まれる
・コノハちゃん安定感ある
・シズクちゃん毎日これ聞いてるの?
『まあ、だいたい』
『シズク殿……シズクちゃんには、毎日もっと濃いものをお届けしています』
『濃いものって言うな』
次はアヤメ。
『ふふん。先輩、私がいないと寂しかったんじゃないですか? まったく、仕方ありませんね。今日だけは隣にいてあげます』
[コメント]
・生意気かわいい
・方向性見えてきた
・これは後輩天狗
・最後に照れてほしい
『うぐ……やはり、少し恥ずかしいですね』
『そこがいいんじゃない? 生意気だけど、押されると弱い後輩』
『シズク先輩に分析されました……!』
そして、私の番だった。
『じゃあ、軽くね』
私は声を落とす。
『アヤメ。そんなに勝手に飛び回りたいなら、私が捕まえておこうか』
コメント欄が少し静かになる。
『その翼、今日は私のもの。逃げたいなら逃げてもいいよ。……捕まえるから』
隣でアヤメが、明らかに息を呑んだ。
『悪い後輩には、ちゃんと罰をあげないとね』
[コメント]
・ひぇ
・声が良すぎる
・アヤメちゃん大丈夫?
・コノハちゃんも大丈夫?
アヤメは大丈夫ではなかった。
コノハも大丈夫ではなかった。
『シズク先輩……っ』
『シズクちゃん……今のは、少々、いけません……』
『はい終了。健全に戻ります』
私はすぐ声を戻した。
これ以上やると、また身内が使い物にならなくなる。
その後は、三人でわちゃわちゃと台詞を読み合った。
アヤメが生意気に振る舞い、コノハが甘く受け止め、私が二人に突っ込む。
時々、私が強めの台詞を言うと二人が同時に固まるので、コメント欄が大いに盛り上がった。
最後に、私は画面に向き直る。
『というわけで、今日の練習配信はここまで。ボイス企画が本当に出るかは未定だけど、需要がありそうならマネージャーに相談してみます』
[コメント]
・絶対出して
・買います
・きつたぬボイス待ってる
・アヤメちゃんも出して
・妖怪組ボイスください
『はいはい、検討します。じゃあみんな、おつたぬー』
『おつたぬです』
『おつてんぐでした!』
配信終了ボタンを押す。
部屋に静けさが戻った。
コノハが、そっと私の袖を掴む。
「シズク殿」
「何」
「最後に、一つだけ確認してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「これからも、シズク殿の相方はわたしですか」
「うん」
私は即答した。
コノハが目を丸くする。
アヤメは固まった。
「そこはもう、いちいち疑わなくていいでしょ」
私は肩をすくめる。
「アヤメは後輩。ミヤビ先輩は先輩。イバラは酒カス鬼。謎の天狗は面倒な敵か、よくわからない何か。で、コノハは私の相方」
コノハの顔が、ゆっくり赤くなっていく。
「シズク殿……」
「泣くな。あと抱きつく時は加減して」
「無理です」
コノハが抱きついてくる。
アヤメは、うぐぐ、と悔しそうに唸った。
「では私は、いつか真の後輩枠を極めてみせます」
「後輩枠は争わなくていい」
私は二人を見て、ため息をついた。
妖狐の私が、人間社会で稼ぐためにVTuberを始めた。
最初は生きるためだった。
信仰が薄れ、お供え物が減り、神聖な狐火はプラズマ現象扱い。
ならば自力で稼ぐしかないと、画面の向こうへ愛嬌を振りまいた。
そこで組んだ化け狸は、営業ではなく本気だった。
室町の焼け野原から続く、数百年熟成のクソデカ感情を抱えていた。
平穏とは程遠い。
けれど、悪くない。
朝は一緒にご飯を作る。
昼は企画を考える。
夜は配信で稼ぐ。
面倒事が来たら、相方と一緒に蹴散らす。
そうやって、私はこれからも生きていく。
妖狐として。
VTuberとして。
そして、どうしようもなく重い化け狸の相方として。
「シズク殿」
「何」
「今夜は尻尾を八本」
「一本」
「では、一本を八本分の気持ちで」
「またそれ言う」
アヤメが小さく手を上げる。
「私は膝上を」
「夜だから帰りなさい」
「お泊まりします!」
「やれやれ……」
私は笑いながら、配信のアーカイブ画面を確認した。
コメントはまだ流れている。
高評価も増えている。
スパチャも、今日の夕飯代くらいにはなっていた。
画面の中で、狐と狸と天狗のアバターが、終了画面の上で小さく揺れている。
人間社会は世知辛い。
妖怪が生きるには、昔よりずっと面倒なことが多い。
「まあ、明日も稼ぎますか」
私がそう言うと、コノハが嬉しそうに笑った。
「はい。どこまでもお供します、シズク殿」
アヤメも負けじと胸を張る。
「私も、後輩としてついていきます!」
「ほどほどにね」
そうして、今日も夜は更けていく。
お供え物は減った。
社は寂れた。
それでも、画面の向こうには誰かがいる。
なら、私はそこで笑ってやる。
重すぎる化け狸と、面倒くさい仲間たちと一緒に。