妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件 作:パッタリ
「すー……はー……。すー……はー……。んふふ、シズク殿の匂い……♡」
耳元で響く、規則的かつひどく情念の籠もった深呼吸の音。
私の自慢である金色のふさふさな尻尾は、ベッドの中で背後に陣取る同居人──コノハの腕の中にガッチリとホールドされ、完全に抱き枕扱いされていた。
一晩中、定期的にモフられ、顔を埋められ、匂いを嗅がれ続けるプレッシャー。
そのまま朝になった結果として、今の私はひどい寝不足に陥っていた。
(このままじゃまずい。私の美しい尻尾の毛がストレスと摩擦でハゲてしまう……!)
私は、コノハが寝落ちした隙を突いてそっと尻尾を引き抜き、逃げるように家を飛び出した。
気分転換と、あわよくば誰かに客観的なアドバイスをもらうためである。
向かった先は、繁華街の裏手にある雑居ビルの小さな一室。
ドアを開けると、強烈なアルコールの匂いが鼻を突いた。
「あ? 誰かと思えばシズクか。ちょうどいい、酒のつまみでも買ってきてくれたか?」
「手ぶらだよ。相変わらず酒カスやってるね、イバラ」
パイプ椅子にふんぞり返り、一升瓶を抱えていたのは、頭に立派な一本角を生やした女、もとい鬼のイバラだった。
彼女は一応、この小さなオフィスで事業を営む社長である。
表向きはコンサルティング会社だが、それはただの隠れ蓑。
「お前さ、もうVTuberなんてのは辞めて、妖怪帝国を作るためにあたしの配下になれよ。手当ては出すぞ?」
「妖怪帝国、ねえ」
なんでも、過疎化が進む地方の土地を水面下で買い叩き、百年か二百年後を目標に妖怪たちが人間を支配する独立国家を作る………らしい。
壮大かつ気の長い計画だ。
「うーん、お断りで。泥臭い仕事好きじゃないし」
私が即答で断ると、イバラは鋭い犬歯を見せてニヤリと笑った。
「へえ? 昔は結構な武闘派の狐だったろうに。……平和ボケして牙が鈍ってないか、試してやろうか?」
ギリッ、とイバラの周囲の空気が歪み、鬼特有の凄まじい闘気が膨れ上がる。
「待った待った! あんたが暴れたらこのビルが壊れるから! あと、私が武闘派だったのは百年以上も前の話!」
慌ててストップをかけると、イバラは舌打ちをして闘気を収めた。
「最近は妖怪の数も少し増えてきたが、自我の薄い雑魚ばかりでな。強い者は限られているんだ。お前のような奴が来てくれたら、こっちの計画も楽になるってのに」
「……大体、そういうあんたは、私が生まれるよりずっと前に大暴れして、圧倒的に弱い人間に討伐されたくせに」
「うぐっ……」
「強いだけでどうにかなる世の中ならいいけど、そうじゃないし」
私が痛いところを突くと、イバラは悔しそうに角をポリポリと掻いた。
「……ひっじょーに腹立たしいが、一理ある」
「でしょ」
「仕方ない。じゃあ、単発の妖怪バイトを紹介してやる。人間に危害を与えるのと、被害を防ぐの、どっちがしたい? 工事の邪魔をして工期を伸ばすか、人間を操って盗みを働いてるようなはぐれ妖怪をボコるか、だ」
紹介する仕事の内容が極端すぎる。
「どっちもしたくないんだけど。というか、仕事探しに来たわけじゃないの。同居してる狸の愛が重すぎて尻尾がハゲそうなんだけど、なにかアドバイスないわけ?」
イバラは一升瓶から酒をグビグビと飲み、面倒くさそうに口の端を拭った。
「そんなもん、力関係の問題だろ。押して押して押しまくれ。主導権さえ握ればどうにかなる」
「主導権……。あんま参考にはならないけど、まあ、試してみるか」
そのあと昼間は適当にぶらぶらし、夕方になってからマンションに帰還すると、玄関には正座をして待ち構えるコノハの姿があった。
その茶色い狸耳はぺたんと伏せられ、頬をこれでもかと膨らませている。
「シズク殿。わたしというものがありながら、黙って外出するなんて……ひどいです。尻尾を一晩中モフモフしていただけなのに」
「わかってんじゃん」
「どこで誰と何をしていたんですか?」
「あー、ごめんごめん。ちょっと昔馴染みの鬼と会っててね。そいつ、会社の社長やっててさ」
私はイバラのアドバイスを思い出し、ここで引いてはいけないとばかりに、むすっとしているコノハの頭に手をポンと乗せた。
そして、ふさふさの髪と耳を、よしよし、と大胆に撫で回す。
「……っ!? し、シズク殿……?」
「怒った顔も可愛いけど、私は笑ってるコノハの方が好きだよ。ほら、もうすぐ配信の時間でしょ。準備しよ」
「ふぁい……っ♡」
撫でられた瞬間、コノハの顔が茹でダコのように真っ赤になり、尻尾がちぎれんばかりにパタパタと揺れ始めた。
ちょろい。愛が重い分、こちらからアクションを起こせばあっさり陥落するのだ。
(いける! このまま配信でも私が主導権を握り続ければ、受け身で食い物にされるだけの状況から脱却できるはず!)
【配信中】
『みんなー、こんばんきつたぬ〜! 今日は私からコノハに、日頃の感謝を込めて色々してあげようと思うんだ』
『えっ……!? シ、シズクちゃん、今日はやけに積極的、ですね……?』
『当たり前でしょ。だって、コノハは私の大事な相方だもん。ほら、もっとこっちにおいでよ。ぎゅーってしてあげる』
[コメント]
・ファッ!?
・今日のシズクちゃんイケメンすぎんか
・突然の供給にむせび泣くオタク
・コノハちゃんの声ガチで上ずってて草
『あ、あわわ……っ。シズクちゃんの匂い、シズクちゃんの体温……っ! ああっ、ダメです、そんな耳元でささやかれたら、わたし、理性飛んじゃいそ……っ』
『ふふっ、可愛いなぁ。そのまま私の胸の中で大人しくしててね?』
[コメント]
・てぇてぇのオーバードーズで死ぬ
・赤スパチャ(¥10,000):墓代です!!!
・おい画面越しにイチャつくのやめろ(もっとやれ)
配信は大盛況だった。
私は確かに、終始コノハを翻弄し、主導権を握り続けた。
……握り続けたのだが。
【配信後】
「はぁ、はぁ、シズク殿……っ! 今日のシズク殿、積極的で素敵でした! 主導権を握られるのも、悪くありませんね! さぁ、配信の続きをしましょう! 今夜は朝まで、わたしを翻弄してください……!!」
「ちょ、ストップ、やめ、ああっ! 私の尻尾がぁぁぁ!!」
結果として。
主導権を握って攻めの姿勢を見せたところで、それは自分から積極的にイチャイチャしにいっているという事実に他ならなかった。
タガが外れて大興奮状態に陥った狸とベッドの上で揉み合いになりながら、私は酒カス鬼のアドバイスを真に受けた己の浅はかさを、ただただ呪うのだった。