妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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6話 社会人妖怪のリアルと適応力全振り勢

 「……よし、今月分の請求書作成終わり。源泉徴収の計算って何度やっても面倒くさいなぁ」

 

 カタッ、とエンターキーを強めに叩き、私はPC用メガネを外して大きく背伸びをした。

 時刻は平日の午前十時。

 VTuberという職業は、華やかな表の顔とは裏腹に、裏側は泥臭い事務作業で構成されている。

 経費の精算、確定申告の準備、機材の減価償却。

 人間に紛れて社会人として真っ当に生きるためには、避けては通れない道だ。

 

 「シズク殿、事務作業お疲れ様です。糖分補給に、特製の和風マカロン──きな粉と黒蜜のガナッシュ仕立てを焼きました。お茶は深蒸しの煎茶です」

 「うわ、めっちゃ美味しそう。ありがとう、コノハ」

 

 絶妙なタイミングで、同居人の化け狸が完璧なティーセットを運んでくる。

 彼女もまた、私の隣でノートPCを開き、淀みないタイピング速度で何やらエクセルに数字を打ち込んでいた。

 

 「コノハは何の作業?」

 「《きつたぬ》の今年の収支予測と、シズク殿の今後の資産運用ポートフォリオの再構築です。人間社会のインフレリスクに備え、堅実なインデックス投資に回しています。江戸時代に米相場で培った相場観がありますから、安心してお任せください」

 「化け狸が口にしていい単語じゃないのよ」

 

 サクサクの和風マカロンをかじりながら、私は呆れたようにツッコミを入れた。

 だが実際のところ、現代において我々のような狐や狸の妖怪は、かなり上手く人間社会に溶け込んでいる部類に入る。

 先日のイバラのような鬼は闘争本能が強すぎてすぐコンプライアンス違反を起こすし、天狗はプライドが高すぎて組織の歯車になれない。

 

 しかし、狐や狸はどうだろう。

 我々の基本にあるのは変化の術と人たらしである。

 相手の望む姿に化け、愛嬌を振りまき、時には言葉巧みに言いくるめる。

 この能力、現代社会のビジネススキルと異常なほど親和性が高いのだ。

 

 営業職、接客業、コンサルタント、あるいはITエンジニア。

 街ですれ違う、妙に愛想が良くて成績トップの営業マンや、絶対にクレームを長引かせないコールセンターの主。

 彼らの何割かは、実は耳や尻尾を隠した我々の同族だったりする。

 

 「私たちって適応力に全振りしてるからね。社会人として生きるのが一番楽なんだよ」

 「ええ。とはいえ、シズク殿のように八尾の格を持ちながら、これほど完璧に現代社会のルールに順応されている方は稀有ですが」

 「まあね。長く生き残るコツは、郷に入っては郷に従えだから」

 

 私が得意げに胸を張ると、コノハは熱っぽい視線で私の顔を見つめてきた。

 

 「本当に尊敬します……。私がいくつもの資格を取り、ITスキルを身につけたのも、すべてはいつかシズク殿をお迎えし、金銭的にも一切の不自由をさせないため。数百年の自己研鑽が、今こうして役立っていると思うと……っ!」

 「うん、ストーキングの動機が壮大すぎて怖いよ」

 

 重すぎる愛の告白を煎茶で流し込み、私は午後の配信の準備に取り掛かった。

 

 【配信中】

 

 『──というわけでね、みんなの職場にも、実は妖怪が紛れ込んでるかもしれないって話!』

 

 その日の配信は、昼間の話題をそのまま雑談のテーマに流用していた。

 VTuberのキャラクター設定という体裁をとれば、どんなリアルな妖怪事情も練り込まれた世界観として消費してもらえる。

 便利な世の中である。

 

 『特に狐と狸は擬態が上手いからね。もし、あなたの会社に、入社以来ずっと見た目が変わらない。妙に仕事の段取りが良くて、いつも定時で帰る。でも飲み会になると、なぜかいなり寿司とかばっかり食べてる。みたいな先輩がいたら、それは間違いなく我々の仲間だよ!』

 

 [コメント]

 ・いるわそういうお局様ww

 ・うちの課長、絶対狸だわ。腹出てるし。

 ・社会人妖怪の設定おもろい

 ・妖怪も確定申告する時代

 

 『あはは! 狸の妖怪はお腹出てるって決めつけは良くないぞー! ほら、うちのコノハを見てよ。こんなにスマートで可愛い……』

 

 私が話を振ると、横のアバターがもじもじと動いた。

 

 『えへへ、ありがとうございます。でも、狸の妖怪がみんな器用なわけじゃないんですよ? わたしなんて、元々はどんくさい山の落ちこぼれでしたし……』

 『おっ、謙遜しちゃって。でもコノハは事務作業も完璧だし、料理もプロ級じゃん。何がきっかけで、そんなにハイスペック社会人狸になったの?』

 

 リスナーに向けて努力家な後輩をアピールする絶好のパス。

 しかし、私は忘れていた。

 この狸の行動原理のすべてが、ただ一つの狂気的な感情に向いているということを。

 

 『はい……。わたし、絶対にシズクちゃんのお嫁さんになるって決めてたから……。シズクちゃんが「不労所得で暮らしたい」って呟いたのを聞いてから、不動産投資のノウハウを学ぶために財閥系の企業に潜り込んで、それから料理の腕を磨くために老舗の料亭で板前をやって……。シズクちゃんの胃袋と通帳、両方を完全に掌握できる完璧な女になるために、数百年かけて履歴書を仕上げてきたんです……♡』

 

  [コメント]

 ・ヒエッ……

 ・執念が深すぎる

 ・履歴書のスケールが大昔からで草

 ・シズクちゃん、もう逃げられないねぇ

 

 バカバカバカ! リアルな職歴(しかもガチ)を電波に乗せて垂れ流すな!

 つい、そう言いたくなるが、ぐっと抑えた。

 

 『あ、あーっ! コノハのロールプレイ、今日も冴え渡ってるねー! みんな、コノハは設定に忠実な凄腕アクターだからね! 拍手ー!』

 

 私は冷や汗をかきながら、無理やり拍手のエフェクトを鳴り響かせた。

 

 【配信後】

 

 「コ・ノ・ハ! 配信中にガチの経歴を話すなって言ったでしょ! 財閥系企業に潜り込んでたとか、もし特定されたらどうすんの!」

 「申し訳ありません。ですが、私のシズク殿への献身が設定だと思われるのは、心外でしたので」

 

 むすっとした顔で反省の色を見せないコノハ。

 しかし、彼女が私のアセットマネジメントを完璧にこなし、税務署からの面倒な問い合わせもすべてシャットアウトしてくれているのは事実だ。

 社会人として、これほど優秀なパートナーは他にいない。

 

 「はぁ……。まあ、今日もスパチャいっぱい飛んだし、確定申告の準備も手伝ってもらったから、今回は許す」

 「本当ですか!? では、ついでにご褒美として……今夜はシズク殿の尻尾を二本、抱き枕にしても……?」

 「だめだめ、一本まで。あと毛玉ケア用のブラッシングもつけること!」

 「喜んで!!」

 

 かくして、今日もまた一つ、世知辛い人間社会の夜が更けていく。

 妖怪が生き残るために必要なのは、強大な妖力でも、人を化かす術でもない。

 確定申告を乗り切る事務処理能力と、相方の重すぎる愛を受け流すスルースキルなのかもしれない。

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