妖狐の私、人間の社会で稼ぐためVtuberとして百合営業をしていたら相方の化け狸がガチだった件   作:パッタリ

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9話 チャンネル成長戦略会議と限界突破の妖術ASMR

 「うーん……伸びが微妙」

 

 ある日の昼下がり。

 私は配信アナリティクスのグラフを睨んでいた。

 隣ではコノハが、手作りのきつね色フィナンシェとほうじ茶を用意しつつ、自前のノートPCで数字を確認している。

 数日前にした《きつたぬ》の3D化決定発表は、確かに盛り上がった。

 赤スパは飛んだし、切り抜きも回ったし、登録者数も一時的にぐんと伸びた。

 だが、冷静に長期グラフを見ると、問題は明白だった。

 

 「同棲生活……じゃなくて、強制オフコラボが始まるしばらく前くらいから、じわじわ鈍化してるね。時々跳ねてるけど」

 「はい。直近の増加率だけを見ると悪くありませんが、3D化発表のブーストを除けば、基礎成長率は明らかに低下しています」

 「言い方がガチの経営会議なんだよね」

 

 とはいえ、私たちは仕事としてVTuberをやっている。

 百合営業でスパチャをむしり取るだけの狐と狸ではない。企画会議もするし、収益分析もするし、税金にも怯える。

 現代妖怪は数字から逃げられないのだ。

 

 「ゲーム配信は固定客には強い。でも新規流入が弱い。雑談は安定してるけど爆発力がない。ショート動画は当たり外れが大きい」

 「歌はどうですか?」

 「私、歌は嫌いじゃないけど、妖狐の声に妖力乗ると人間がちょっと変になるからNGで」

 「では、料理配信」

 「コノハがガチ料亭の技を出すと、今度は別の人間が変になりそうだからNG」

 

 詰んでいた。妖怪、配信適性が高いようで、ところどころ扱いづらい。

 私が腕を組んで唸っていると、PCに通知が飛んできた。事務所のマネージャーからだ。

 

 『お疲れ様です。《きつたぬ》さんの今後の展開についてご相談です。3D化前に、音声コンテンツ方面の需要も試したいと考えています。まずは一度、ASMR配信をやってみませんか?』

 「……ASMR」

 「ASMR、ですか」

 

 私とコノハの声が重なった。

 その瞬間、コノハの狸耳がぴくりと動く。

 

 「うーん。ASMRは距離感が近すぎる。耳元でささやくやつでしょ? 百合営業との相性はいいけど、事故る未来しか見えない」

 「しかしシズク殿。音声コンテンツは、固定ファンの満足度向上と新規層への導線として有効です。特にシズク殿の声質は低めで落ち着いており、癒やし需要に刺さる可能性があります」

 「急にまともな分析をするな」

 「それに、3D化後のライブやボイス販売にも繋がります。ここで一度テストしておくのは、事業戦略として極めて妥当かと」

 「言ってることは正しい。正しいんだけど」

 

 コノハの尻尾が、さっきから床をぱたぱた叩いている。うるさいくらいに。

 顔は真面目。声も真面目。

 だが、長く妖怪をやってきた私にはわかる。

 こいつ、私のささやき声を合法的に耳元で浴びたいだけだ。

 

 「……私欲、漏れてるよ」

 「いえ。すべては《きつたぬ》の未来のためです」

 「じゃあその尻尾止めて」

 「無理です」

 

 正直者め。

 結局、私は渋々承諾した。

 数日後、事務所から借りてきた高性能ダミーヘッドマイクが、我が家に鎮座することになった。

 

 【配信中】

 

 『こ、こんばんきつたぬ……』

 

 いつもの挨拶なのに、やけに緊張する。

 画面には、暗めの背景と、少し近めに配置された私とコノハのアバター。

 そして中央には、耳の形をしたマイクのイラスト。

 

 [コメント]

 ・ASMRきちゃ!

 ・イヤホン装備済み

 ・シズクちゃんの低音ASMR助かる

 ・コノハちゃんもう息荒くない?

 

 『今日は初めてのASMR配信ということで、耳かきとか、ささやきとか、いろいろ試していこうと思うよ』

 『は、はい……。よろしくお願いします……』

 

 横を見ると、コノハはすでに背筋を伸ばし、両手を膝の上に置いていた。

 なんだその覚悟完了みたいな姿勢は。

 私は咳払いを一つして、ダミーヘッドマイクの右耳に顔を寄せる。

 

 『それじゃあ、まずは右耳から。……今日も一日、お疲れさま』

 

 少しだけ、声に妖力を乗せる。

 人を惑わすほどではない。

 ただ、聞いた相手の緊張をほどき、胸の奥をほんのり温める程度の、ごく薄い妖術。

 

 『えらいね。ちゃんと頑張ってて。……無理しなくていいよ。今だけは、私の声だけ聞いてて』

 

 [コメント]

 ・あっ

 ・これはやばい

 ・耳が溶ける

 ・シズクちゃん声良すぎ

 

 よしよし、反応は上々。

 私は内心でガッツポーズをした。

 しかし、問題はリスナーではなかった。

 

 「ふぁ……っ」

 

 隣から、明らかに配信用ではない声が漏れた。

 

 『……コノハ?』

 『だ、大丈夫です……続けてください、シズクちゃん……』

 

 大丈夫な声ではなかった。

 狸耳はへにゃりと垂れ、尻尾は床の上で暴れ、目は完全にとろんとしている。

 

 『じゃ、じゃあ次は左耳ね。……ほら、こっち向いて』

 

 今度は左耳にささやく。

 するとコノハが、びくんと肩を跳ねさせた。

 

 『近くにおいで。今日は私が、ちゃんと甘やかしてあげるから』

 「し、シズク殿……っ」

 

 まずい。呼び方が戻った。

 こいつ配信中だということを忘れかけている。

 

 [コメント]

 ・コノハちゃん?w

 ・先に相方が落ちてて草

 ・ASMRじゃなくてコノハ攻略配信じゃん

 ・限界化け狸ASMR

 

 『あ、あはは。コノハ、リスナーのみんなに向けてやってるんだからね?』

 『わ、わかっています……ですが、声が耳の奥から、骨まで染みて……もう……』

 『表現が生々しい!』

 

 私は慌てて進行台本を見る。

 次は耳かき音。その次は添い寝風のささやき。

 無理だ。この狸が耐えられる気がしない。

 それでも仕事なので、私は意を決して、最後の台詞を読むことにした。

 

 『……今日は、もう寝よっか。大丈夫。私が隣にいるから。朝まで、どこにも行かないよ』

 

 その瞬間。

 

 「っ~~~~!」

 

 コノハが両手で顔を覆って崩れ落ちた。

 狸耳は真っ赤。尻尾は限界まで膨らみ、完全に丸い毛玉になっている。

 

 [コメント]

 ・落ちたwww

 ・コノハちゃん陥落RTA

 ・シズクちゃん攻め適性高すぎる

 ・橙スパチャ(¥3,000):ありがとうございますありがとうございます

 

 『え、えー……本日のASMR配信は、機材トラブルならぬ相方トラブルにより、ここまで! おつたぬー!』

 

 私は全力で配信終了ボタンを押した。

 

 【配信後】

 

 静まり返った部屋。

 床にへたり込んだコノハが、潤んだ目で私を見上げていた。

 

 「シズク殿……」

 「なになに」

 「次は、わたしがシズク殿をささやき落とします」

 「すぐ堕ちたくせに」

 

 配信データを見る。

 同接は上がっている。スパチャも同じ。切り抜き候補は山ほどある。

 仕事としては、成功と言えた。

 

 「……そもそも、これASMR配信だった?」

 「百合ASMR配信です」

 「明らかに違う気がするけど」

 

 こうして《きつたぬ》は、音声コンテンツ方面に新たな可能性を見出した。

 同時に私は、自分の声が一緒にいる化け狸に対して特攻効果を持つという、非常に面倒くさい事実を知ってしまったのだった。

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