美醜も貞操もあべこべなファンタジー世界を脱却しようと足掻くメンタルおっさん男(の娘)の話   作:シエスタなう

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処女作です。とても緊張していますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。
世界観説明などは出来る限り駆け足で済ませたいと考えております。


1話 生まれ育った農村から脱出しよう

 遠くにぼんやりと光る城壁内側の灯り達。それらを一瞥し、簡素に組んだ薪へ手の中で作った小さな炎を投げ入れる。

 あれが話に聞く開拓都市。

 せめてあそこには行かなければ……。

 

「あっれー? お、おにーさん、こんな場所で一人ぃ?」

 びくり、と肩が揺れたのを自覚する。

 突如として弾む軽薄そうな声、それでもどこか上擦った馴れ馴れしい声が草木と分ける物音に続く。

 ふと顔を上げると、そこには見慣れぬ少女の姿。

 風に揺れる髪の合間から覗く、小さな二対の角。腰のあたりでは、しなやかな尻尾がせわしなく動いている。

 

 咄嗟の出来事だったのだろう。君は……と声を挙げようとしたが掠れた音しか出ない。

 どうして、どうしてこんなことになったのだろう。

 嗚呼、傷だらけのその少女を尻目に思考が散らばっていく。

 

 

 

 物心ついた頃から全てが受け入れられなかった。

 黄昏が村を染め上げる中、その静けさを嘲笑うかのように、騒々しい声がとある家中に響き渡る。

 

「明日からあの別嬪が私のもんだと思うと、たまらないねぇ!」

「ああ、姉御。とうとう明日ですねぇ。羨ましい限りですよ」

「フフン、楽しみすぎて寝られないよ……私の前では人形のように済ました顔もくしゃくしゃに崩れるんだって、お楽しみの後には村中に自慢して回るさ。その後は……勿論あんたらにもね」

 

 今世の婚約者である女のガラついた声が受け入れがたい事実を壁一枚向こうから突き付けてくる。

 やり取りが聴こえてくるたび、心臓は早鐘を打ち、胸の奥は冷たく冷え切っていく。

 自分に残された猶予があと僅かしかないことを嫌でも思い知らされるのだ。

 婚約者である自分と母が暮らす居間で、取り巻きの仲間たちと母を巻き込んでのどんちゃん騒ぎを繰り広げている。

 

「ああ、見てごらんよ! あの分厚い肩幅! 低い鼻!あんたがあんな美しい人のお婿さんになれるだなんて、あたしゃ感激だよ」

 

「ふうーん?あんたのせがれ、村の中では一番の顔じゃないか。村長の跡取り娘である私に相応しいなぁ……その華奢な身体も中々そそるねえ」

 

 浮かれた様子の母から初めて彼女を紹介されたあの日。

 油の浮いた荒れた肌をすり寄せ、ギョロついた目でこちらを見据えたヒキガエルを彷彿とさせる一人の女性。

 自分の婚約者と名乗る村一番のプレイガールと名高い村長の跡取り娘。

 

「へへっ、可愛いねぇ……。これからよろしく頼むよ。子リスちゃん♪」

 

 そう耳元で囁き、去り行く彼女の背中をあの頃は呆然としながら見つめることしか出来なかった。

 なにもかもが、自分の価値観からすれば到底受け入れられない現実の幕開けだった。

 

 家の手伝いをするようになる頃には自分の価値観が周囲と大きく違うという事を自覚していた。

 

 この村では、彼女もまた「美の象徴」とされる存在の1つに過ぎない。

 

 筋骨隆々とした女性も、この村では男性たちに十分魅力的とされるのだが彼女は一際目立つ。

 村息子たちが彼女に黄色い声を上げるのは、農村ではありふれた女性の傾向とは違った肥沃な贅肉を蓄えたタイプの美女であり、農村自体も豊か故に小金持ちでもあるという側面が大きい。

 筋骨隆々とした女性が大多数を占めるこの村では、彼女のように豊かな肢体を持つ女性は際立って見えるそうだ。

 そういった女性たちもまた男性からの人気の高い容姿であることも事実ではあるのだが、農村ではやはり彼女の特別な容姿というのは注目の的らしい。

 

 自分には到底理解出来ない世界だった。

 田畑を耕す女性たちの汗よりもぬめり輝く皮脂――村息子たちは「艶が違う!」と色めき讃えるが、その価値観に馴染むこともできぬまま。

 募るばかりの日本への郷愁を抱えながら、あれよあれよと成人として扱われ婚姻可能となる15の誕生日を迎える日が来てしまったのだ。

 

 美しい女には美しい男を。村の誰もが口々にお似合いだと褒めそやす度に感じる疎外感。

 凍り付いた心をそのまま映すかのように――悲しいかな、今では表情筋が微動だにしなくなってしまった。

 

 明日に控えた村総出で行われる結婚式。用意された仕立ての上等な衣装に袖を通すつもりなんぞ、はなからない。

 部屋の片隅、荷物を手早くまとめながら、壁越しに母の声を聞き流す。婚約者とその取り巻きをもてなし、今も遠回しに金の無心を続ける彼女は、まさか息子がその夜に逃げ出す準備をしているとは夢にも思わないだろう。

 

 

「私、結婚だなんて恥ずかしくて……。緊張しているのです……今日一日は心の準備をさせて頂けませんか?」

 

 この世界の男性らしくしなをつくってそう言ってみせる。悶絶する内心を馴染み切ったポーカーフェイスに隠して絞り出した言葉はどうやらさして親しくもない婚約者にはクリティカルヒットだったらしい。

 彼女らは勝ちを確信した笑みを浮かべると、あっさりと引き下がり取り巻きと早々に酒盛りを始めたのだ。

 この村を出るしかない。必要なものは全て持った。以前、行商人と村人の会話を盗み聞きしたことがある。

 そう遠くない場所に開拓都市と呼ばれる場所があるという話を。

 窓から外を覗くと、いよいよ夕日が完全に隠れ、夜の帳が下りようとしている。

 遠い、あまりにも遠い朧げな記憶が、最近になって頻繁に見る夢たちが言っている。

 ここは自分の居る場所ではないと。

 今日、この牢獄を抜け出す。

 

 

 最後に手鏡を1つ、袋へ仕舞う前に覗き込む。

 鏡の中に映るのは、農村の息子には不相応な程に整ったサラサラの金髪と、燃えるように赤い瞳、そして淡い肌――一見すれば絵本の中から飛び出してきたような少女の姿。

 だが、それは自分自身だとわかっていてもなお、どこか他人のようにも感じてしまう。自分でも息を吞むほどの顔立ちは15を迎えるにしては余りに幼く、ここが日本なら男女の区別すら曖昧に見えるほど可憐だと言われるだろう。それだけに、動かぬ表情、硬く一文字に結ばれた口の冷たさが一層際立つ。

 まるで精巧な人形のような顔だ、と幾度も言われてきたが、それを褒め言葉として素直に受け取れたことは一度もなかった。

 

 

 身に纏う衣服もまた、自分の本来の感性とはかけ離れているはずのもの。胸元にギャザーの入った白いブラウスと、鮮やかな青色のエプロンスカート。腰回りにはリボンが結ばれたこのピナフォアのような衣装も着慣れたものだ。

 

 

 違和感を完全に払拭出来た訳でない。それでも――この世界で唯一、まともに見えるのは、自分だけだった。

 

「ナルシスト極まれり、だな……。ここまで来ると、もう笑えるけど……」

 

 そう思いながらも、鏡を覗き込むことがやめられなかった。もはや習慣を通り越して依存に近い行為だとわかっているが、それでも手鏡を手放せない。鏡の中の自分だけが、自分の常識を肯定してくれている。

 

 しかし、その行為が本当に正気を保つためのものなのか、それとも既に正気を失っている証なのか――答えはわからない。

 でも動き出すしかない。あの時に聞いた少女の声。

 全てを思い出した今、動き出す以外の道はない。

 

 手鏡を閉じ、袋の中へとしまい込む。冷たくなった手のひらが、微かに震えていることに気づきながらも、視線は窓の外へ向けられる。夜の帳がすっかり降り、世界を静寂が包み込んでいた。

 

 

 存外、村からの脱出はあっけないほどだった。

 考えてみれば、誰も自分が逃げることなど想定すらしていなかったのだから当然かもしれない。

 この街道を進めば、開拓都市に辿り着けるらしい。

 

 まだ村を出てからそれほど時間は経っていないが、夜の帳が降りたばかりの空には、まだわずかに薄明かりが滲んでいる。

 月明かりが街道の石畳を照らし、先の見えぬ闇へと溶け込んでいる。

 

 行く先を照らす光を絞るように調整しながら歩を進める。

 幼い頃はこんな調整もうまくできなかったが、今では意識するまでもなく、自然と手が動く。

 

「……そういえば、懐中電灯ってこんな感じだったね」

 

 小さく呟くと、ふわりと宙に浮かんでいた光球が、するすると収束し、一筋の光へと変わった。

 村でここまでの精度で扱える者は誰一人としていない。

 

 幼い頃から、どうすればもっと便利に使えるのかを考えてきた。

 だが、それは「誰かの役に立つため」でも「より良い生活のため」でもなかった。

 ただ、他にすることがなかったから。

 いつの間にか、それは孤独を癒すための手慰みになっていた。

 前世の記憶と知識の断片が、自分の魔力を通じて、鮮明な事象を映し出すように想起させてくれる。

 

 この先、どれだけの時間がかかるかは正確にはわからないが、徒歩でも開拓都市へ辿り着けるはずだ。

 もちろん、村の外に出たことのない自分にとって、道中の不確定要素は多い。

 それでも、街道を辿れば迷うことはないし、昼間の移動を避けて森の縁を進めれば、多少なりとも危険を回避できるだろう。

 明け方が近づき、疲れを感じ始めた頃、ひとまず街道を外れ、林の陰に身を潜めて休息を取る。

 日が昇れば、街道を行き交う人の目に留まる可能性もある。

 

 日中は目立たぬよう森の縁を進み、疲れたら適当な場所で休息を取る。

 そうして、夜が再び訪れる頃には、都市近郊の林へと辿り着いていた。

 

 遠くに見える都市の灯りが、闇に浮かぶ星のように瞬いている。

 街道を進めば、程なくして門へと到達することはできるだろう。

 しかし、こんな人通りの少ない時間に、単身で門をくぐるのは避けるべきだろう。

 目立ちすぎるだろうし、無用な詮索や面倒事を招きかねない。

 夜明けを待つ間、また身を隠しつつ少し休むことにする。

 

 木々の合間に身を寄せ、周囲の気配を探る。

 風が葉を揺らし、小さな獣が草むらを駆ける音が微かに聞こえる。

 それ以外に、怪しい物音はない。

 

 焚火は最小限に。

 枯れ枝を小さく積み、指先から灯した焔が目立ちすぎないよう細かく調整する。

 揺らめく炎を見つめながら、ゆっくりと身体の力を抜いていった。

 その手を軽く掲げると、宙に淡い光が揺れた。 透き通るような魔力の粒が集まり、やがて丸い水の球体を形作る。 それをそっと火の上に浮かべ、手のひらをかざす。

 水球の表面がわずかに揺らぎ、次第に湯気を立ち始める。 温まったそれを慎重に手元へ引き寄せ、指先で魔法を操作して湯を適量すくい取ると、小さなカップへと注ぎ込んだ。

 

 夜の帳に包まれた林の中、ぽつりと灯る火と、ほんのりと立ち上る湯気。 それをぼんやりと眺めながら、ふと、自分が村を出てから一度も温かいものを口にしていないことに気がつく。

 焚火の炎が小さく揺らめき、その淡い光が空になったカップの縁をかすめる。

 幼少期から誰にも言えなかった謎の記憶の断片たち。

 こわばった身体を解すようにお湯を嚥下しながら、その端々を手繰り寄せる。

 

 断片的に思い出す記憶の中の自分は、決して恵まれた容姿ではなかった。

 鏡を見るたびに溜息をつき、外を歩けば時折感じる冷ややかな視線に苛まれることもあった。

 それでも、身近には笑い合える友人がいて、気の置けない家族がいる。

 恋愛や結婚には縁がなかったが、それでも間違いなく幸せだったと、今でも自分の心が誰に聞かせるわけでもなく、そう訴え続けている。

 

 そう、思っていたはずなのに。

 

 どれほど時が経とうとも、あの村には馴染めないままの日々。

 一つとして交わることのない価値観の狭間で、ただ立ち尽くすばかりだった。

 目に映る牧歌的な雰囲気はどこか懐かしさを覚えるのに、そこに満ちる価値観にはどうしても馴染めなかった。

 村に生まれ育ちながらも、果ての見えない海を漂う小舟のように、どこへ向かえばよいのかもわからぬまま、ただ揺られていた。

 

 だけど、それでも、と。どれほど人々に馴染めなくとも、ここで生まれ育ったことは変わらない。

 だが、そんな村の人間たちでさえ、口にするのも憚られるほどの亜人と呼ばれる醜い存在がいるのだという。

 嫌悪と軽蔑に歪む彼らの表情を見たとき、胸の奥にわずかな親近感が芽生えてしまった。

 そんな爪弾きにされている存在に親近感を覚えてしまったことを今でもはっきりと覚えている。

 

 ふとカップを見下ろすと、いつの間にかお湯は無くなっていた。

 いよいよ手持無沙汰になり、空のカップもそのままに吸い込まれるように揺れる炎を見つめ続ける。

 

 

 ――ふと、胸の奥が詰まるような感覚に襲われる。

 

 呼吸が苦しい。指先が痺れる。

 身体の感覚が遠のいていく。

 暗い部屋。鈍く響く時計の音。

 

 ぼやける視界の向こう、焦燥感の奥からのこの場にそぐわない声。

 

「やっと……やっと見つけたぁっ!」

 

 遠く、耳鳴りのように聞こえるそれは歓喜に満ちた少女のもの。

 涙混じりのような、それでいてはち切れんばかりの高揚感を孕んでいた。

 

 誰だろう?いや、誰でもいい……。

 瞼が重い。

 意識が霞んでいく。

 

「私と同じ……、愛を知らない人……でも、大丈夫……だよ!」

 

 どうして、この声はこんなにも楽しげなのだろう。

 親しみを込めるような、押しつけがましいほどの安心感。

 まるで、大切なおもちゃを見つけた子供のような……。

 

 

 指先から段々と感覚が薄れ、意識が霧の向こうへ溶けていく。

 

「だから……ね……」

 

 次第に、その声はとろけるように緩やかになっていく。

 まるで、微睡みに沈むかのように。

 最早、自分に出来る事はないらしい。

「私を……見つけて……絶対、だよ……」

 

 最後の一言は、限界まで搾り出したような哀願の声。

 まるで、約束を交わすような響き。

 

 これは――自分の前世。その最期なのだろう。

 幼少期から見る断片的な誰かの記憶。

 そしてほんの数日前に思い出した、今際の際の記憶。

 ――自分は。

 

 そして。

 そこで、意識がすっと闇に溶けた。

 

 ぱちり。

 焚火の炎が跳ねる音に、思わず肩が揺れた。

 びくりと肩が震え、張り詰めていた意識が引き戻される。

 

 風の音。葉擦れの囁き。遠くで夜鳥が短く鳴いた。

 焚火の音とともに、ぼんやりしていた意識がはっきりと輪郭を持ち始める。

 

 またこの夢だ。特に今見たものはこれまでと違い、現実かと見紛うほど鮮明で鮮烈な――。

 あの声。あの少女の言葉。

「愛を知らない人」とは――。

 

 がさり。

 

 唐突に、背後の草むらが揺れる。

 気配。誰かが近づいてくる。

 

 軽薄な調子で弾みながらも、どこか上擦った馴れ馴れしい声が物音に続く。

 

「あっれー? お、おにーさん、こんな場所で一人ぃ?」

 

 びくりと肩が揺れる。

 ふと顔を上げると、そこには見慣れぬ少女の姿。

 風に揺れる髪の合間から覗く、小さな二対の角。腰のあたりでは、しなやかな尻尾がせわしなく動いていた。

 

 凡そ人とは違う特徴を兼ね備え、傷だらけでやせ細った、それでも今世で見たことも無いような可愛らしい少女。

 そんな少女が随分と落ち着かない様子でこちらを見据えていたのだった。

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